あの日のことを思い出したのは……つい最近。
修学旅行のときだ……。
「なんだよ、宿泊先も一緒だったのかよ」
「俺の班さ、みんなとっとと寝ちまったからどうせなら一緒に遊ばねえか?」
「ほら、トランプ持って来たからさ」
どうして思い出せなかったんだろう。
どうして思い出してしまったんだろう。
「七並べしようぜ」
「七並べ?」
彼の一言に軽く息を漏らす。
当時の彼は金髪……。私達が言えたことじゃないけど、小学生で髪が金色なんて周りから目立つし関わるのを辞めようと思われるのも間違いじゃなかったと思う。
少なくとも、私は……。
『今日ね、風太郎って金髪の男の子と二人で迷子になってたの』
楽しそうに話していた四葉の声……。
修学旅行でただ一人逸れて、みんな探してた。お父さんが見つけてくれて一安心していたなか、宿でそんな話をしてたのを覚えてる。
なんで、私はあのときフータロー君に……。
人違いだとか、自分は一花だって言わなかったんだろう。
純粋な話してみたいだとか、遊んでみたいとかそういうのだったのかも……。
だから、私は……。
「七並べってどうやるの?」
多分、彼の提案を受け入れてしまったのは……。
純粋なものだったと思いたい。四葉を蹴落としたいとかそういうものじゃなくて、私自身……。
「はぁ?お前そんなことも知らないのかよ」
「ご、ごめんね……私家貧乏だからさ」
「あーそういやそう言ってたよな……」
軽くトランプのカードを混ぜながらも彼は気まずそうにしてる。
徐々に手が早くなっていって……。
「あっ……やべっ……」
畳の上に彼はカードを散らばしていた。
桜の花びらに散らかって行くカードを手に取ろうとしている姿を私はただ見つめているだけだった。それを思い出しただけでもうちゃんと自分のことを思い出せた。
純粋だった。
純粋だったけれど、そこに四葉の関係を壊すものを入れたのは私。
多分、本当は……心のどこかで男の子と仲良くなりたいとかそういう気持ちがあった……。後ろめたくもありながらも、四葉が言っていた通り……。
ガキ大将だったんだ……。
なのに、今は……。
なにもかもから、逃げてる……。
フータロー君から逃げたところで何も変わらない。
何も変わるわけじゃない。
逃げた自分から逃げて、勝手に傷ついてるだけでしかない。
『重要なのは……今なはずだろ』
過去は過去でしかないみたいなことを言って欲しくなかった。
赤くなったこの手の痛みはまだ残り続けてるような気がしてならない。
戦うと決めたのは私の方もだった。
自分が悪いのに呼吸をするのがやっと……。
分かってる、本当は……。
過去も大事だって言って欲しかった……。
フータロー君なら言ってくれると信じたかった……。
私の中のフータロー君は……。
なんであいつが……。
あのとき、はぐらかしたりするのかはずっと気になっていた。
女優と勉強の両立をし始めるようになってからのような気もしていたが……。
修学旅行の頃からのような気もしていたが。
『本当になんでもないよ』
そうじゃない、一花が本当に様子が変わったのは……。
『俺が一時の気の迷いでもしたと言いたいのか?』
あいつに投げかけた言葉自身だ……。
偶々流れで言った発言とはいえ、まさかあの一花にああいう発言が引っ掛かるなんて考えられなかったなんてのは後だからこそできる言い訳でしかない。
「あいつが言っていたことは……」
景色が変わっていく……。
一花には悪いが、自分の意志を曲げるつもりはない。
だが、あいつが零奈であって零奈でないよう気がしてならない。
こんな矛盾を抱えるのはあまりにも不可解だが、早く一花を見つけ出さなくちゃいけなかった。
『上杉さん、事情は分かりました。こちらの方でも探して見ます』
『頼む』
一度、信号で立ち止まってから。
俺は五月に連絡を返す。
あいつがもし自分が零奈だと言うなら。
俺にきっぱりと過去は過去だと言われたことで傷ついてるのかもしれない。
「あいつらの父親が言っていたように不用意なことだったのかもな……」
そう小さく呟く。
家庭教師を続けるという選択肢を選んだ。あいつらに引き受けたのは俺達の方だと言われたときもあった。あいつらのせいで滅茶苦茶なことに放り出されたときもあった。あいつらと出会ってから、俺の全部が崩壊したようなものなのに……。
それでも、俺は……。
一花を見捨てることができない。
例え、過去は過去だと言ったとしても……。
いつまで此処にいればいいんだろう。
何処に行ったってきっと彼が見つけ出してしまう。
こんな期待すら抱いてしまう自分を笑いたくなってしまう。
自虐したくなってしまう気持ちが抑え切れない。
「なあ、このカードすげえ強くてさ!!」
子供の無邪気な声が私の胸に突き刺さってしまう。
それがトランプを自分の中で絡めてしまうのは心が弱くなっている証拠……。
分かってる、この手で握っているブランコの力がどんどん弱くなってることぐらい。
「ダメだな、私……」
今になって京都のことを思い出す。
勝手に傷ついて、勝手に逃げ出す。
大粒な涙が出そうなのに……。
泣きたいのはフータロー君の方だよと自問自答したくなる。
ごめんね、フータロー君……。
今にも泣きそうな声を出してしまう。
届くことがないものがそのまま空気で流れそうになってると、誰かが……。
「一花……!!」
ブランコを強く揺らす……。
それと共に揺れた体は一瞬だけ、私の身体や心を吹き飛ばしたような気がしていると……。
「二乃……ちゃん」
気のせいじゃなかった。
「なにしてんのよ、アンタ」
「別になんでもないよ」
二乃の発言よりも気になってたことがあった。
しっかりと……足には砂がついてる。足を軽く上げれば砂粒が落ちていく……。
地面に着地していたんだ……。まるで、二乃が来たおかげみたいに……。
「どうして此処が分かったの?」
「さあ?知らないわよ、どっかの誰かさんが勝手に落ち込んで五月が大袈裟に電話を入れて来たから、探してたら偶々見かけただけよ」
「……そっか」
地に足を付けたからと言って、すぐ誰かの方を見れるわけじゃなかった。
二乃は鋭い視線で私の方を見てくれているのに、私の方は地面だった。合わせる顔がなかった。あんなことの後だから。
「随分とシケた面してるじゃない?また風太郎相手に自分は分不相応とか勝手にくよくよしてるわけ?別にそうやって、アンタが落ち込んでるのはどうでもいいけど。どうにもイラっとするわ」
「二乃はさ……いいよね」
「……は?」
冷たい二乃の声が流れて来る。
それだけで私はこの場から去りたくなって仕方なかった。
「だって、そうだよ」
「二乃は自分を犠牲にして、ようやくソラ君と結ばれることが出来た」
なのに、止まらなかった。
「私にはできなかった。出来るわけがなかった。だって、私にはその資格が──「いい加減にしなさいよ、一花……!!」」
「アンタ、本気でそれ言ってるわけ!!?」
服を掴まれてる。
強い力で掴まれてるはずなのに、私は無気力で抵抗しようとすら意欲がまるで湧かなかった……。全部二乃に言われても仕方ないことだから。
「アンタも修学旅行のときの三玖もそうよ!こういうところばっかり姉妹だからなのか似てて本当にうんざりするわ!!すぐいじけて、すぐ凹んだりして」
「そうだね、だけど二乃ちゃん」
「みんながみんな、二乃みたいには強くなれないよ」
そうじゃない。
違う、本当は気づいてる。
私はこうやって自分のことを引き留めようとしてくれてる二乃……。
そして、ソラ君と結果的に結ばれたことを羨ましくてしょうがない。私は四葉と戦う覚悟すら無く、ただ前田君に負けないで欲しいと言われてそれをすんなりと受け入れてるように見せかけていただけのツギハギだらけの女優だから。
それが真実なのに……。
私は二乃の次の言葉を予感してしまっていた。
それは言葉なんかにしなくて血が一番……覚えてるから。
本当に許せなかった。
一花がまた落ち込んでることじゃない。
前にも似たようなことを三玖に言われたことを思い出して。
それに苛々していたからの方が大きかった。
姉妹だから仕方ないとは言わせないわ。
血が繋がってるから、そういうところも似てるなんて言わせる気もない。
なによりも、私が許せなかったのは……。
「ほんと……腹が立つわ!!」
掴んでいた一花の服を離す。
もうこの手で握りことすら不快でしかなかったわ。
「そうやってグチグチ言いたいなら、言ってればいいわ。だけど、一つだけ覚えておきなさい」
「アンタがもし誰かに風太郎を取られて、嫌だとか本当は私の方が好きだったとか泣き叫んで私は助けてあげないし、慰めてもあげないから!!アンタみたいにそうやって戦う気もない奴の言い訳なんて誰も聞かないわよ!三玖は本気で私と戦ってくれたわよ!」
「今でもあの子は私のことを姉妹だと思ってくれてる、ソラに振られたのに!!まあ、ソラは空で最近は私のことを無視して……いや、無視というか気遣えるくせにあーもうそこはどうでもいいけど!!」
「とにかく……!!」
「今のアンタじゃあいつが振り向くわけないわよ!なんであんな奴のこと好きなのか知らないけど!!」
自分でやっていて本当に馬鹿らしかったわ。
こんな不甲斐ない奴のためにここまで怒ってあげる必要もなかった。寧ろ、勝手にしていればいいとすら言い切れたはずなのに、見捨てることができなかった。
「どうして」
「なによ?言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ」
一花が何かを言いかけていた。
歯を立てて、自分で言わないようにしてたのを私がはっきりと言いなさいよと言えば、一花は呼吸をした後……。
「なんでそこまでしてくれるの?二乃ってそういう子だったっけ……というか私がフータロー君のこと好きなの言ったことあった?」
「なに馬鹿なことを言ってるのよ」
「私はアンタのちょっと後に生まれた、妹よ?アンタが誰を好きだとか。それにアンタ、子供の頃から問題児だったんだから。私がしっかりしなくちゃいけないと思うようになったのなんて……」
「当たり前じゃない」
お母さんがよく話してた。
お腹の中で一番元気いっぱいだったのは一花だったって……。
小学生の頃、一番色んな男に話しかけてたのも一花だった。
そのせいで、私達が割喰らうことも多くて面倒な対処をさせられることも多かった。その弾みなのか、私は姉妹の中でこの子達のことを自分が守らなくちゃいけないと考えるようになってたわ。
能天気な長女が一番傍にいたからこそ……。
「二乃」
「なによ?まだ何か言いたい訳?」
まだ反論でもしたいわけ?
いい加減その頑固なところも矯正した方がいいんじゃないの?アンタのそういうところ、ダルくてしょうがないのよ。
「口に出してる、能天気って……ダルいとか頑固とかも」
「わ、悪かったわね!事実は事実だから否定はしないわよ!!」
言われて初めて口が開いてることに気づく。
私は急いで、口を閉じてから一花の顔に指を指していると、一花は「痛いってば」といつもの声を出してる……。
「うん……ありがとう……」
「気持ち悪いわね、そうやって急に素直になられるのも……」
「二乃がそうさせてくれたから」
「そう?なら、こう言ってあげるわ」
「どういたしまして、お礼は弾んでもらうわよ」
どうして一花がまた軽口が叩けるようになったかなんてどうでもいいわ。
あの頃の三玖。それに五月、四葉に比べたら一花は割と切り替えが早い。
それにこういうのは口に出して言うのはダサいとしか言いようがないわ。
言わなくても、伝わるなんてのも臭くて嫌いだけど。こういう場合はまあそういうのでも悪くはないわね……。
「わかってるよ、タピオカでいい?」
「一旦、それで許してあげるわよ」
「ありがとう二乃」
「いいわよ、別に」
一花と一緒に歩き始める。
思えば、この子とこうやって一緒に歩くのも……。
一花が女優に専念してからあんまりなかったことね。
そう考えると……。
「ソラ君と上手く行ってないんだね二乃」
「う、うるさいわよ!!よ、余計なお世話よ!!」
「頑張ってね」
「アンタも頑張りなさいよ!!」
やっぱり訂正だわ。
こうやって歩くこと自体全然楽しくないわ……。
全く……。