「じゃあ、私は行くから」
「うん、ありがとう二乃」
「別にアンタのためにやったわけじゃないわよ」
振っていた手が二乃から帰って来ることはない。
伝えたいことは伝えて切って、満足したかのような顔をしてる。
「二乃らしいね」
その背中だけでいつも通りの二乃……。
少し羨ましくあっても、現実にまた引き戻されそうになる。
「現実を見ないと、ダメだよね」
小さく呟く……。
ただ一人でまだ満たされてない心を満たしたいなら、自分でどうにかしなくちゃいけない。
『誰を蹴落としてでも……』
修学旅行のときは似たようなことを考えてた。
もし、フータロー君に好きな人がいるならその誰かを蹴落としてでも騙してでも好きだと伝えなくちゃいけなかった。あの頃の私は滅茶苦茶だった。
後先考えず、動いた結果。
みんなを悲しませてしまった。
「フータロー君……」
伸ばす手が微妙に霞んでしまってる。
涙で滲んでいるのか、不安でしょうがないのかスマホを手に取るまで時間がかかってしまう。どれだけ息を漏らしたのかなんて覚えてない。数えたくない。
曖昧でぐちゃぐちゃとした感情。
何度も何度も手を戻してしまいそうになる。
「これで……」
「いいのかな……」
背中を押してくれたはずなのに、自分を誤魔化すことができない。
揺れ動いてしまう自分の心を凝視してしまう。
それでも言ってくれた二乃は……。
『私はアンタのちょっと後に生まれた、妹よ?』
『当たり前じゃない』
それでも、と肯定できたのは……。
多分、言うまでもない。私はあんまりそういうのを柄じゃないよ二乃……。
だから……。
『随分と探したんだぞ、一花』
彼の声がしてしまう。
瞼が一気に重くなる。さっきよりも、自分の身体が震えてしまう。自覚できるぐらいまでに分かってしまうからこそ……。
「うん……」
涙を抑えることはせずに……。
「それで何か言いたいのか?」
「うん、あるよフータロー君。ただその前にごめんね、急に消えて」
「お前らが急に消えるのは日常茶飯事だ、今更驚くことじゃない」
「それもそうかな……?」
自分で疑問を投げてたけれど。
フータロー君が言っていたように、思い返してみれば結構私達が急に消えること自体は多かったかもしれない。ちゃんと見てくれているんだな、みんなのこと。
「そういうところだよね、やっぱり」
どうしようもなくこの感情が抑えられなくなったのは……。
間違いなくそう。
「それでまだ何かあるのか?」
「うん、あるよ。もう一つ伝えたかったことがあるんだ……」
握る力が一気に弱くなっていく……。
それと同時に、私は覚悟が決まったような感覚がしていたような気がしてた……。
そこにいたのは女優としての一花じゃなくて。
「好きだよ、フータロー君」
ただの中野一花……。
後悔はない。もう自分で決めたこと。
「キミが過去を否定しようとも、私は」
「フータロー君が好き」
昔の俺ならなんて言っていただろうか。
いや、考えなくても分かる。
恋愛なんてのは余計なもの、なんてのをきっと言い切っていた。
それであいつにドン引きされたこともあったような、なかったような気がしてならない。とはいえ、今となっても恋愛ばかりに目を向けるというのは、学生としての本業を蔑ろにしてるとも言える。
なのに、今この耳に届いてるのは……。
純粋な思い……。
『重要なのは……今なはずだろ』
少なくとも、あいつの願いは『過去』もあってのものなのは間違いない。
あいつが零奈だと語るならば、あのときあの手を振り払ったのも頷くことができるが、俺の心はまるであいつが本当に……。
零奈なのかという疑問も残っている。
勿論、今更零奈探しなんてするつもりはない。
自分の考えを覆すつもりはない。
「これもあの爺さんが言っていたことなのか」
愛があれば、見分けることができる。
誰が誰なのかを。最早、あいつらが誰かになって誰かになるという光景すらあまり見ることもなくなってきたというよりも、あまり学校にいる時間も少ないのもある。
「いや、それよりも……」
何度も呼応する。
自分でも意味分からないぐらい、あいつの言葉が残り香となってしまってる。
乱れというのが自分で起きるなんて考えたこともなかったが……。
「どう受け止めろってんだ……」
この後も、これからもあいつとはワンツーマンで勉強を教えることになる。
映画も撮ることになってる。どうする?このまま、続けて行ったら、昔の自分が全く想像もしていなかった、選択肢として眼中にもなかった。情けない自分が作り上げられてしまうような気がしてしまう。
「なるようになるのを待つしかない、か……」
一花のことだ。
次にちゃんと会ったときはいつも通り揶揄う……とも言い切れない。
『フータロー君、事務所戻るから勉強よろしくね』
「……あの後でか?」
『一秒たりとも無駄にはできないんでしょ?』
『まあ、そうだが……』
「よろしくね、先生」
電話を終えた後での……。
携帯から来てた連絡が目に残る。車が通過した音と共に、俺の服が一瞬だけ流れたような気がしていた。
「本当に気難しい奴等だな、あいつらは……」
「特に、一花は問題児だな……」
知ってる、分かり切ってることだ。
今更あいつに何を言われても……。
驚きはしない……。
「四葉、一花が見つかったみたいですよ!」
五月の声が隣から聞こえて来る。
「そっか……」
「よかったです、また修学旅行のときのようになってしまったと思っていたので……」
なんだろう、なんでなのか確かには言えない。
そっと胸を撫で下ろす五月の姿が目に入るのに、声が遠くなっているのもそうだけれど。
「やっぱり、そうだよね」
今、この場にいない一花が……。
一花が、まるで覚悟を決めたような気がしてならない。それが姉妹だからこそ分かってしまうような気がしてしまうのは……。
『ごめん、みんな』
『もう逃げたりしないから』
一花からの連絡……。
それだけでもうはっきりと言えることがあるような……。
もしかしたら、私が修学旅行で言ってた。
戦うときが来るかもしれない、そのときが……。
今度こそやって来たのかもしれない。
「五月」
「四葉?どうかしたのですか?」
こっちを振り返ってる、五月の姿が目に入る。
その視線は不思議そうにこっちを見ていたけれど、私はどうしても言いたかった。
「頑張るよ、私も……」
「やれるだけやってみたい」
「学園祭で」