五等分の花嫁 心の傷を持つ少年   作:瀧野瀬

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次女の苦悩

「……とはいえなぁ」

 

 風太郎の決意が終わり、告白も終わった。

 あいつの姿はもう俺の隣じゃない。学園祭もそれらしい行事を終えたってことになる。

 他人事のように見えるが、この学園祭という一大イベントのなかで危ないのは今度は俺の方になってる。

 

『なによ?今更戻って来たわけ?』

 

『ロクに手伝いもできないんだからどっか行ってなさいよ』

 

 想像しなくてもよくわかる。

 いつもの上から目線の態度で腕を組んでる姿が絶対に目に浮かぶ。

 

「はぁ、行くか……」

 

 色々とああでもない。こうでもないと模索し続けても埒が明かない。

 風太郎にあれだけ自分で決めろ、自分で考えろとか話をしておいて、自分の番になれば今度は動けなくなるってのはあいつにも示しがつかない。

 

 寧ろ、アホ丸出しと言っても過言じゃない。

 できるか、できないかじゃない、やるしかねえんだ。これに関しては……。

 ただ一つだけ言えることがある。

 

 

 

 

 どうにも面倒なことが始まるってことだ。

 

 

 

 

 

「……」

 

 たこ焼きの出店の前に辿り着く。

 何組かの家族連れのような人達が店の前から去って行く。そういうある種の風物詩を感じながらも、俺はその奥にいる奴が気になってしょうがない。

 

「なぁ、二乃……」

 

「なによ?」

 

「今更戻ってきたわけ?使えないわね」

 

 ……現実はもっと非常だ。

 自分が想像しているよりも、直球のものが投げ返されてくる。

 

「返す言葉もねえよ」

 

 こういうとき、冷静になりたくなる。

 ズボンのポケットに指を突っ込む程度ぐらいの余裕が欲しくなるが。それすらもできないってのが現実。やれていることがあるとすりゃあ。

 

「じゃあ、何しに来たわけ?あんまり人のことじろじろ見ないで欲しいんだけど?」

 

 やれることがあるとすりゃあ、それは……。

 

「俺は逃げねえからな、二乃」

 

 あいつから目を離さず、はっきりと立てることぐらい。

 

「なによそれ?何が言いたいわけ?」

 

「別に何かを言いたいわけじゃねえよ、俺が何を言ってもお前は口先だけと言うだろ?実際、俺はそういう行動ばっか取ってたしな」

 

「今更反省ってわけ?」

 

 何処までできるのか知らねえ。

 足や身体はふらついたり、震えたりはしてないだろう。していたら、あいつは指摘してくるだろうからな。俺が今できることがあるとすれば本当にそれは……。

 

 

 

 

「一人にする気はないってだけだ」

 

 現実を直視し続けるぐらいだ。

 

「……なんの話よ?」

 

「言ってただろ、花見のとき。一人にしないで欲しいって」

 

 忘れてない、俺はあの言葉を。

 あいつは俺にちゃんと言ってくれた。

 

 今にしてみれば、あいつがあんなにも弱音を吐いたのは後にも先にもあれが最後だったのかもしれない。あいつからしてみれば、そうだろう。自分のかけがえのない家族を失って、家族がバラバラになりそうなこともあった。

 

 そんな喪失感を抱えて生きてあいつはこの場に立ってるんだから。

 

「強いよな、二乃は」

 

「アンタはヘタレだけどね」

 

 お互いに本心から出たもの……。

 あいつがどういう人間でどういう性格をしてるかなんてのは最早言うまでもねえ。俺自身もそれを否定することはなく、軽く鼻で笑うしかなかった。事実だからだ。

 

「パンケーキの屋台の方もういいのか?」

 

「知らないわよ、あの子もあの子も急に変わってとか言い出すし」

 

「訳分かんないのよ」

 

 三玖がパンケーキの屋台をやりたいと言ったとき、大反対したのもあいつだ。

 俺はその現場を直接見ていたわけじゃないが、三玖が屋台から一旦離れて俺達に屋台を頼むと言っていたとき、あいつはちょっとした抗議をしていた。三玖曰く手を少し離したかったと言っていたが……。

 

『行きたいところあるから、二乃少しの間だけお願い』

『アンタねぇ、自分でやりたいって言ったんでしょ?』

 

『分かってる、ちゃんと戻って来るから』

『……数分で戻って来なさいよ』

 

 短い会話だったが、明らかに二乃は不服そうに声を出していたのを覚えてる。

 それを三玖は軽く笑みを浮かべていた。

 

 風太郎の一件が終わった後、俺もパンケーキの店には立ち寄ったが。

 その際に三玖はもう戻って来ていた。

 

『頑張ってね、ソラ』

 

 と言われたのを覚えてる。

 あいつは多分知ってたんだろう、俺が二乃の機嫌を損なわせてるのを……。本当流石は五つ子という言うべきしかできないよな。こういうときは……。あいつらが強すぎて。

 

 

 

 

「すぅ……」

 

 呼吸をする。

 自分が触れていた記憶の断片から少しついてしまった埃を払う。

 そうすることより一層、自分の記憶に磨きがかかる。

 

「味見したから分かるけどな」

 

 

 

 

 

「俺は美味しかったと思うぞ、お前が作ったパンケーキ」

 

 

 

 

「アンタには分からないわよ、私が何を考えてるのかなんて……」

 

 ああ、分からねえよ。

 俺はお前じゃないし、お前は俺じゃない。それでも、俺は……。

 

「お前が三玖にパンケーキの作り、ちゃんと見てやってたのは知ってるぞ」

 

「うるさいわね……なんで」

 

 

 

 

「見てるのよ馬鹿」

 

 

 

 

 

「悪かったな」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 見てたんだ、あいつ……。

 家に来ることはあるから、見れる時間はあったかもだけど。少なくとも、あいつの目の前じゃ一度たりともやったことがなかった。三玖がソラに話をした?いや、それは考えられない。

 

『できるかぎり、自分の力でやってみたい。味見だけお願い』

 

 あの子はちゃんと自分でそう口にしてた。

 自分でやってみたいけれど、自分の力だけじゃどうしようもできないから誰かの力を借りてあの子は自分なりにお母さんのパンケーキに追いつこうとしてた。

 

『なによこれ?全然美味しくないじゃない?こんなんでお母さんのパンケーキに追いつこうってしてるわけ?』

 

『ご、ごめん二乃……』

 

『謝るんじゃなくて早く次作りなさいよ』

 

 作り方をこうした方がいいとかは絶対言わなかった。

 あの子もそれは望んでいなかっただろうし、私もそれを望んでなかった。これは私達姉妹がお母さんに送る最後のパンケーキになるかもしれないし、そうなるならちゃんと自分の力で作りたいという気持ちもあった……から。

 

 

 

 でも、あるとき覚えてるわ。

 記憶にも新しい……。

 

 

 

 

 

『二乃、これはもしかしてパンケーキですか!?』

『なによ、帰って来て早々食い意地張ってるの?』

 

『い、いえ……一応帰り道に肉ま……は食べていませんが少し食べてはきたんですが』

『食べてるじゃないのよ、アンタ……』

 

 学園祭前のある日……。

 私は自分の家のキッチンで三玖に負けないよう、パンケーキ作りをしていた。

 

『どうしたのですか?二乃?』

 

『なんでもないわよ、アンタでよかったと思ってただけ』

 

 五月は何を言ってるのか、首を傾げてた。

 三玖かソラが帰って来たと思って、慌てて自分でパンケーキを食べようとしていたけれど、あの子だから別に慌てる必要もなかった。あの二人は鋭いし、見抜いて来るけどこの子の場合はそういうことはあんまりないから。勉強はまあまあできるのに。

 

『食べていいわよ、パンケーキ』

 

『いいんですか!いただきます!!』

 

 お皿の上に置かれてあったフォーク。

 あの子はそれを手に取ってる。遠慮の欠片もない五月は用意してあったものを食べようとしてる。相変わらずよね、この子は……。

 

『二乃、これ美味しいですよ!!』

 

『そう、ならよかったわ』

 

『え?え?何故、そんなに反応が薄いんですか二乃?なにかあったんですか?』

 

 

 

 

 何か音がしたような感覚があった。

 私はそれを物音をしたと思っていたけれど、違ったの。

 

 

 

 

 あれは紛れもなく。

 やっぱりお母さんと同じようなパンケーキを作ることなんてできない。

 その苛立ちが抑えきれなくて、貧乏ゆすりをすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ただ、それだけだったのよ。

 そして、私は今……。

 

 

 

 

 店前にいるあいつに……。

 

 

 

 

 

『俺は美味しかったと思うぞ、お前が作ったパンケーキ』

 

 また触れられて……。

 

 

 

 

 

 イライラを抑え切れなかった……。

 なのに、何処か安心してる自分がいるのは多分……。

 

 

 

 あいつに料理を褒められたことが一回じゃなくて。

 何度もあるから。

 

 

 

 

 それも決定的のが……。

 

 

 

 

 

 一つ……。

 

 

 

 

 

 

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