「それで、どうして空はこんなところにいたの?」
「こんなところってお前な」
「二乃、落ち込んでたようにも見えたけど肝心の空は何してるのかって聞いてるんだけどなー」
図星過ぎて反論することもできやしない。
反論するだけの体力があるかと言われたら、ないのもそうだが。
「あいつとは色々あったんだよ」
「色々って?」
何も返したくない、そんな気持ちになってくる。
根掘り葉掘り聞き出そうとしているというより、優莉からすれば二乃と付き合ってたように見えるのに、なんで溝ができてるのか気になってしょうがないんだろう。
もしくは……。
「簡単に言っちまえば、あいつの機嫌を損ねるようなことをやったんだよ」
「それこそ、他の奴を優先するようなことをな」
我慢してくれるような奴。
そういうふうに認識していたわけじゃない。ただ結果的にそう見せてるような行動を多く取ってしまったのも、確かだ。
「なんだ、そんなことだったんだ」
「なんだってお前な……」
あまりにも気安い。
とはいえ、なんでそんな態度になるのかも大体想像はつく。優莉からすれば、俺と優莉のように取り返しのつかないことになってないか、不安だったんだろう。今こうして、机に寄りかかっているのも感情が落ち着いたってところなんだろう……。
「じゃあ、質問を変えるね。どうしてここにいたの?」
「どうして、か……」
考えてみりゃ、そうなのかもしれない。
二乃から逃げないだとか、口先だけじゃない。そんなふうに意気込みを入れていた割に、俺がいる場所は休憩室となっている教室。容赦なく言ってしまえば、逃げてるのと同じだ。
「どれだけ、頭を整理してるって言ってもそうだよな……」
独り言。
それが分解されていくことで自分の中で改めて何をするべきなのかを思い出す。
今度は……。
目の前にある椅子を机の方に押す。そうすることで、自分がこの現実にいるんだと視覚できるようになる。誤認し続けないで済む。
「行くの?空」
廊下の前に立っている優莉に声を掛ければ、優莉が俺の顔を覗き込んでくる。
その姿もまた、あの頃の優莉そのまんまだった。あの頃の優莉はちょっぴりだが、人の顔色を窺ったりしていた時期もあったからな。
「ああ、行ってくるよ。ちゃんと目の前にあることを終わらせて来る」
「正しく終わらせないとダメだよ?」
「そうだな」
「分かってる」
廊下に出て、目の前にいた優莉。
俺が足を一歩ずつ、歩き出せばその姿は見えなくなっていくが……。
俺は最後まで手を掲げていた……。
◆◆◆◆◆◆
去って行く空の姿をただ見つめていた。
蜃気楼みたいに徐々にぼやけていくその姿は……。
私が泣いていたからなのか、それとも本当に見えにくくなってるだけなのか。
どちらかなのか、はっきりとはしなかった。
『頭を整理してるって言ってもそうだよな……』
聞こえてたんだ彼の声が……。
きっとあれは自分を奮い立たせるための一言で使っていたんだ。
私に言われてということもあるかもしれないけど。
初めから空は知っていたんだ。後は、自分がどうするべきなのかが重要なだけだったんだ。
直接、空から聞いたわけじゃない。
空の言動だけが確かなことで、実際に行動しに行って確信できた。
空はちゃんと前に進んでるんだって……。
私のこの瞼から溢れるものは後悔もあれば……。
きっと嬉しさもあるんだって言えるんだ……。
◆◆◆◆◆◆
直接、二乃の方に出向くのは簡単なことだ。
俺が行けば、それだけあいつは嫌そうな顔はするだろう。
『何しに来たのよ?まだ私にその顔を見せたいわけ?』
ボロクソ言われるのもはっきりとしてる。
いつもみたいに腕を組んで、仁王立ちではないがそういう感じであいつに一方的に言葉の暴力で殴られることになる。あいつなりに、それが防衛手段なんだろうがちゃんと謝ることも大事だが、あいつの気持ちを理解することも大事だ。
「ソラ、また二乃に浮気してるって言われたいの?」
屋台の先にあるのは蜂蜜の匂い。ふんわりとした生地だけじゃなかった。
耳に入って来たのはいつもの軽口……。最早、安心感すらある。
「結果的にそう言われるようなことをすることになるのは間違いないだろうけど、な」
「二乃に怒られるね」
「違いないな、ただ言ったろ。ここに来たのには理由があるって」
屋台の奴らに「悪い」と言いながら、俺は屋台の中へと入って行く。
幸い、客足もそこまで多くはないみたいでお客さんの波に呑まれることはなくすんなりと中に入ることができていた。
「三玖、パンケーキ一つ作ってもいいか?」
「いいよ」
三玖のお許しを得る。
早速、一つの卵を手に取る。
その時点で、俺の中にある感情というものが何かを感じ取っていたんだ。
そして、それはもっと先でも……そうだった。
卵が割れたのと同時に思ったことがあった。
ボウルの上にたまごが落ちて、牛乳やパンケーキミックスとかき混ぜているときも同じようなことを思った。小さめのフライパンに入れているときも同じことを思った。
作業は違うはずなのに、どれも似たような感情が思い浮かんだのだ。
「どう?ソラ?」
「……お前らがパンケーキに拘る理由そこに踏み込めた気がする」
間が一瞬だけ空く……。
研ぎ澄まされた感覚が自分の中で五つ子にとってのパンケーキというものの大切さを教えてくれているみたいだった。
「お前らのじいちゃんが言ってたこと覚えてるか?」
「愛情があれば、そこに触れることができるって話。あれは俺もその通りだし、実際お前のことを見分けることができたのも修学旅行で逃げた奴が二乃だと見破れたのも、感情があっ……」
「悪い、そういうつもりで言ったんじゃなかったんだがそう聞こえちまったよな……」
全部を言い掛けようとしたとき。
俺はこの言い方じゃ、まるで三玖を傷つけるような言い方になる。
引っ込めようとしていたが、三玖は首を横に振っていた。
「罪作りだなとは思う。ソラらしいとも」
風で髪が揺れながらも、三玖は答える。
揺れた髪を耳元に掛けながらも、その口元は微笑んでくれていた……。
「悪い……」
「謝り過ぎ、ソラが言いたいのは、こうやってパンケーキを作っていくことで私達がパンケーキを大切にしている。それに触れることができたってこと?」
三玖の方を再度見てしまった。
今度は不意にじゃなくて、言ってることがかなり正確だったからだ……。
何も言わずに、三玖から皿を受け取ってからお礼を言う。
それからして、俺は話を続ける。
「ああ、そうだな。多分、あいつはそれだけじゃ満足はしてくれない。尤も、俺が悪いんだがな」
三玖は「そうだね」と声を出す。
三玖もまた二乃の奴が何かに悩んでいることに気づいてはいたんだろう。
パンケーキのことは二乃に教わっていたということが無くても、自分でやると言った時点で互いに気づいてはいたんだろうが。俺と二乃の間で何かあったことは既に知ってはいたんだろう。
そして、俺は出来上がったパンケーキを皿に乗せる。
そこにあるのは……。
パンケーキの上にはバターが載せられていて、はちみつも掛けられている。
それだけじゃなくて、パンケーキらしくふわっとした感じがはっきりと形として残されてる。
「後はこいつを二乃に持って行くだけだな」
皿に盛りつけられたパンケーキを視界に入れながらも、俺は皿を指先で持ってみる。
「食べて貰うの?」
「ああ、多分あいつにとっての大事なパンケーキとは程遠い」
「あいつの口に合わないかもしれないし、いらないとすら言われるかもしれない」
「それでもやるの?」
「やるよ、俺は……」
「行動で示すって言ったのは俺だからな」
自分で作り上げたパンケーキをこの手で俺は動き出す。
俺がさっきまでいた休憩室とは違い、歩き出そうとしているのは俺と言う存在そのものだ。
「ソラ」
「なんだ?」
振り返れば、そこには三玖がいる。
三玖は少し下を俯いた後に……。
「後で、パンケーキ食べに来て……」
俺はそれを聴いて、息を吐いてから……。
「ああ、当たり前だろ。ちゃんと食べに行く……三玖が作ったものだ」
「美味いのなんて分かり切ってるけどな」
◆◆◆◆◆◆
「二乃さん、やっぱり空に謝りに行った方がいいんじゃ……」
「いいのよ、あいつなんて……」
匂いが入って来る。
あいつの匂いじゃなくて、たこ焼きのソースの匂いが。
忙しさもあって、あいつのことを忘れようとできていたのに、時々こうやって同じクラスの奴にあいつと話した方がいいとかそういうことを言われて、気分は最悪だわ。
自分のせいで屋台の空気が悪くなってる。
知ってるはずなのに、あいつに会いに行くことができない。
五月だとか三玖がいたら、意地を張ってるとかそういうことを言われてたかもしれないわ。
三玖の方はなんだかんだもう遠慮なく言う子になって来たし……。はぁ、全く……。
笑えないわね、あいつのこと……。
「なにしてるのよ、ほら早く皿に入れ……」
間抜けな声を出しながらも、固まっている男子。
私はその男子からたこ焼きの皿を奪う形で掴んで、その中にたこ焼きを入れていく単純な作業をする。それでも、その男子が動かなくなってたわ。
どうしても、気になって視線の先にあるお客さんの方を見たら……。
「よぉ、二乃。たこやき一つ貰えるか?」
「なんで、アンタ……」
「言ったろ……」
「俺は逃げねえって」