親父さんに会えばすぐ解決することじゃない。
そんなことは頭でも分かってる。それでも、止まることを辞めようとしたくなかった。
二乃の手を握って、そのまま走り続ける。いつもの俺だったら、少しぐらいは動揺していたかもしれない。
太陽の輝きが燦燦と俺の髪を照らしているなかで、後ろから二乃の声が聞こえて来る。
「待ちなさいよ、ソラ」
「は?なんだよ、俺がお前の親父さんのところ行くのダメなのか?」
「ダメに決まってるじゃない!って、それよりも……」
「アンタどうやって行くのよ!?」
俺の足が止まる。
急ブレーキをかけた車みたいに止まった俺の身体は……。
「いった……!きゅ、急に止まるんじゃないわよ」
「わ、悪い……」
そのまま俺の背中に二乃の身体が激突していた。
軽く背中に痛みが残りながらも……。
「アンタまさかどうやって行くかも決めてなかったんじゃないでしょうね」
「……いや、決めてたぞ」
「絶対、嘘じゃない!?」
「いや、だから俺はそのだな……。ほら、通学用のバイクあるだろ?あれ乗って行こうとしてたんだ」
「……今思いついたでしょ、絶対」
ぐうの音も出ない正論を投げつけられる。
呆れたように髪を掻きながらも、溜め息をついてくる二乃……。
なんかすげえ申し訳ない気持ちになってきたな……。
「先に訳を話しなさいよ、なんでお父さんのところに行こうとしているのかを」
「お前が悩んでいるのは親父さんのことなんだろ。学園祭に来てくれるかもしれなかったって。なら、直接会いに行って来て欲しいとか言えばいいだろ」
「……それができるなら苦労しないわよ」
俯きながらも、二乃はまた息を吐いていた。
吐いた息は微かなものだったが、さっきよりも明らかに大きいもの……だった。
「そうかもしれない、そうだろうしな」
ザラついたものを手で感じ取る。
壁に手を置くことで、一度冷静になり自分の身体と現実を一体化させたかった。
「だとしても、俺はお前に……お前らに後悔はして欲しくない」
「もし、本当にお前らの父親が学園祭に来ると言ったんだったら、その頑張りを見る資格はあるだろ。だから、俺はその手助けをしてやりたい。例え、お前にお節介だと言われようが俺は辞めるつもりはないぞ」
「二乃」
病院に行った後のことなんてこれっぽちも考えてない。
一か八かの賭けしかでしかない、アホでしかないがそれでも万が一に賭ける可能性は……。
幾らでもあった。
◆◆◆◆◆◆
ソラのやろうとしてることは滅茶苦茶も同然だわ。
お父さんに会いに行けば、何もかも解決できると信じてる。そもそも、どうやってお父さんと面会するのかも決まってない。何も決まってない状況で、動こうとしてる時点で悩みの種が増えてるだけでしかない。
なのに、どうしても私はこの馬鹿に期待しまってる。
我ながら、情けない話よ。
真っ直ぐで、ヘタレで馬鹿なくせして。
こういうところの行動力だけ本当に頭おかしいのよ、こいつは……。
「どうやって、お父さんに会うのか決めておきなさいよソラ」
「任せとけよ」
不安でしかない、その一言。
目を瞑って、ただ彼の言葉を信じることにする。なんだかんだ、ソラは逃げたことはあったわ。
こいつの態度にムカつくこともあったし、嫌になることもあった。
◆◆◆◆◆◆
「すみません、中野マルオさんに会いたいんですが……」
「院長ですか?あの……事前に」
「事前にですか?あーそれは……」
病院に来たのはよかった。
来たまではよかった。病院の受付に行けば、院長に会えるかもしれない。間抜けな行動ばかりを想定していたわけじゃないが、そもそも病院が広すぎて探すより聞いた方が早かったはずなんだが……。
「すみません、事前に「中野二乃って名前を出して頂戴」」
「し、失礼しました。院長さんの娘さんでしたか。少々、お待ちください」
受付の人は軽く頭を下げた後、すぐに電話を繋げてくれていた。
俺が頬を掻いていると二乃が冷たい視線が投げつけられている。
「アンタねぇ、いい作戦があるとか言ってなかった?」
「いや、この大きさなら聞いた方が早いって……」
「まさか、探すつもりでいた訳!?はぁ……全く行動力はあるくせにどうしてそういうところはちゃんと考えないのよ」
「そこは……言葉を返すこともできねえ」
息を吐くことすら、せず二乃は黙り込んでいた。
最早、慣れたような目でしか見られていなくて俺も返す言葉もなかったんだ。
「すみません、お待たせいたしました。30分ほどお待ちいただくことになりますが、よろしいですか?」
「ありがとうございます」
俺達が軽くお礼をし、指定された場所へと向かうことにする。
病院内の最上階に行けばいいと指定されたものの……。
「すみません、お連れの方は?」
「ただの大型犬よ、手のかかる奴だけど」
「おい、誰が犬だ」
「うるさいわね、アンタは黙ってなさい」
知らんぷりするかのように、二乃は歩き始めている。
若干足が速く見えるのは気のせいではなく、恐らく俺と同じ人間だと思われたくない。そんな気持ちが見えていて、俺は何も言えなくなっていた。
何故なら、これに関しては本当に俺が悪いからだ……。
◆◆◆◆◆◆
『院長、娘さんの二乃さんが面会を希望したいと……』
『二乃君がかい?』
娘の方から自分に会いに来ると言うのは想像もしていなかった。
自分が嫌われているというより、あくまでもあの子達からすれば自分は零奈さんの亡くなった後。引き受けた存在でしかない。
それは上杉君や脇城君が言っていたこと同じようなもの……。
このタイミングで二乃君が病院に来る。それ自体に意味があるようだ。
『30分後に彼女を通したまえ』
『かしこまりました、お連れの方がいるようですがその人はどうしますか?』
『その人物は男性かい?』
『は、はい。見たところそうです』
僕が『構わない」と言うと、彼女は部屋から出て行った。
恐らく、その男性は脇城君だろう。二乃君が彼を連れて来たのか、脇城君が二乃君を連れて来たのか。そこはあまり重要ではないが、もし脇城君が僕の娘を連れて来たのであれば在りし日のことが彷彿しそうだ。
鏡に映る、自分の姿が何処が懐かしい気分になりながらも。
僕は二人がここに来るまでの時間の間、自分のやるべきことを済ませることにしていた……。
◆◆◆◆◆◆
「ここだよな?」
「ええ、此処よ」
指定された場所まで来ていた。
ここまでたどり着くまでの間、別に苦労はしていなかった。
あるとすれば、エレベーター内でそれぞれの階に病棟があることもあって、乗り入りが激しいことぐらい。特に二乃から怒られるようなことはなかった。
「一つ言っておくけど、お父さんの前で変なこと言わないでよね」
「変なことってのは?」
「言わなくても分かるでしょ、それは……」
大体は予想がつく。
二乃の親父さんの前で自分は彼氏ですとか、そういうことを言えば絶対にややこしいことになるから。やるなと言っているんだろう。正直に言ってしまえば、何れ何処かで話せればいけないことなのも確かだが。
「時間よ、入るわ」
「……ああ」
綺麗に掃除された廊下から、俺達は徐々に中野父が居る部屋と入って行く……。
「お父さん、来たわ」
院長室に入ると、高級そうなソファーに座っている中野父の姿があった。
俺達の目の前にある来客用のテーブルやソファーを見れば、そっちの方もかなりレザー感のある高そうなものだった。
「ソラもいるけど、いいわよね?」
二乃が話を始めたのを聞こえてから、俺もまた中野父の方へと意識を向ける。
深く座り込んだまま、立ち上がることもなくいつものように特徴的な無表情の顔つきだ。相変わらず、何を考えてるのか読めないっていう印象だな……。
「ああ、構わない。それで、話というのはなんだい?二乃君」
「それは俺からさせていただきます、中野さん」
「キミからかい?」
「はい、実は……」
呼吸を入れてから、間を開かせてる。
それからして、俺から話があると言ったときのことを振り返る。
明らかにそうだった。
中野父の表情は変わってはいなかったが、自分の娘の方から話がある。そう認識していたのか、少し意外そうな感じもあったようだった。
「一花は今、女優を頑張っています。まだ駆け出しと言った感じですが、あいつはあいつなりに頑張ってます。二乃は俺と一緒に店を開きたいそうです。まだ全然どういう感じなのかは決めてませんが」
「話が見えないね、それに一緒というのはどういうことだい?」
「最後まで聴いて貰えれば、分かるはずです」
隣にいる二乃からは冷めた温度差を感じつつも、俺は話を続けようとする。
「三玖は自分でパン屋を開きたいそうです、あいつは料理に自信が無かったですが、それでもやろうとしてるんです。四葉は、スポーツインストラクターになるそうです。誰かのためじゃなくて、自分のために。五月は教師を目指してます、母親と同じようにじゃなくて、自分らしく……」
「そうかい……彼女達は自分なりに答えを見つけ出そうとしてるわけだね」
「ええ、そうです」
教師を目指してると発言したとき。
資料を整理する手が止まっていた。目の前にいる中野父もまた、懸念していたのかもしれない。何かを……。
「俺が言いたいこと、それは姉妹は自分らしく自分のままに夢や目標を探し出しました。その過程で失ったもの、選べなかったもの。傷ついたこともありました。その上で、彼女達は自分で道を掴んだんです」
「時には、懐かしむということを忘れずに。時には新しく始まる予感を信じて。これは余計なお世話ですし、要らないかもしれません。それでも、俺が言いたいのは……」
「そこに貴方も立っていて欲しかった、それは此処にいる二乃も……姉妹もきっとそのはずなんです」
ただの我がままだと言われてしまえば、それまでだ。
実際、話してることは感情論でしかない。そこに漬け込んで、侵入しているようなもんだ。
「これは?」
中野父のテーブルの前に紙皿を置く。
甘い匂いがするそれを置いてから、俺が少しだけ後ろに下がる。
「二乃が作ったパンケーキです、此処に来る前調理室を借りて作らせていただきました」
「キミは病院を自分の私物か何かだと?」
「それはすみません……。ですが、貴方にとってもこれは大事なものはずです。食べたら、感想をいただきたいです」
手元に置いたブラスチックのフォーク。
皿の上にはパンケーキが載せられている。ほんの数分前に作られたもの……。
「ソラ、いいわよ。どうせお父さんは……」
「待てよ、二乃。見て見ろよ」
「……え?」
どうせ、食べるわけがない。
可能性のことなんて視野にも入れたくない。そんな二乃の感情を振り払えば、正しくあるものだってそこには存在する。それは幻なんかじゃない、現実そのものだ。
「なるほど……」
「中々悪くない味だ、次は……」
「家族で一緒に食べたいね」