不思議なもの……よ。
時々、自分の感情が曖昧になることが多いわ。
誰かさんのせいだけど、自分のせい。
『これからも隣に居続けて欲しい』
あいつはちゃんと口にしてくれてる。
パパの前であんなことを恥ずかしげもなくするなんてのは頭おかしいわよ。
なに考えてんたが……。
『ソラは絶対に居なくなったりしないで……』
『一人にしないで……』
少なくとも、あいつは……守ってくれてる。
お花見に行ったとき、私が吐いた弱音。
自分でもあまりにも、重すぎてソラだって受け止めてくれるわけがない。あいつのことを信じたいのに、信じていいのかすら不安定だった。足元がおぼつかなくて、折角の花見すら台無しにしたのは私の方。
なのに、あいつはあのときも……。
『俺より先に死んだりすんなよ、二乃……!!』
立ち上がってた。
笑いながらも、あいつは自分なりに答えてくれた。
お花見のときも、学園祭のときも、ソラは私の不安としっかりと向き合おうとしてくれた。
そうね、思い返してみればソラはいつだって……。
「そういう奴だったわね、アンタは……」
振り返るまでもなかったわ。
こいつがどういう人間で、こいつがどれだけのことを積み重ねて来たのかなんてのは……頭の中で考え直すまでもないわ。
「なんだよ、急に納得して」
「……よくも恥ずかしげもなく、パパの前であんなこと言えたわね」
「事実だから、いいだろ?」
不意にソラの身体を掴む力が強くなった気がする。
自分の身体が前のめりに……。
「事実だからって何でもかんでも言えばいいってもんじゃないわよ、全く……」
「ああ、そうだな。結果的にお前の親父さんに警戒される羽目になったし、気を付けるよ」
「気を付けるじゃなくて、辞めなさいと言ってるんだけど?自覚してるわけ?」
「自覚してると言えば……」
信号でバイクが止まる。
それと同時にソラはグローブを軽く指先で弄り出す。
慣れた手つきで……。
「悪かったな」
「なにがよ?」
「お前のこと後回しにしてたことだよ」
微妙に、ソラの身体が少しだけ動いたようだった。
まるで、私自身も一緒になって動いたみたい。
「それで許されるとでも?」
「いや、全然これっぽちも。俺はこの後、三玖のパンケーキ食べに行くことになってるから。余計、お前のこと怒らせるだろうしな」
「……アンタねぇ、そういうところは誤魔化すとかしなさいよ。仮にも、自分が何のために悪いのかを──「だからこそだ」」
「だからこそ、俺はお前に正直に話してるんだよ。包み隠さず、話すことが正しいわけじゃないのも、それが時に誰かを傷つける。そういうのは全部、俺達のこれまでが証明してきた。この言葉自体、多分何度も繰り返してるし、その内古臭くなるかもしれないし意味を成さなくなるかもしれない、それでも俺は……」
「お前より先に死ぬ気なんてないからな」
ええ、そうね……。
やっぱり、自分の記憶を振り返るまでもなかった。
説明なんて不要よね。
アンタと私の間じゃ……。
こんなにも、心も体も浮いた感情になれるのは……。
バイクが加速しだしたせいなんかじゃない。
もっと違う理由……。
「私にも埋め合わせしなさいよ?」
「ああ、死ぬまでしてやるよ」
「……重いわね」
おぼつかない心があるから、よ……。
あんたのせいで……。
◆◆◆◆◆◆
夕暮れ時、俺のバイクを照らしてる。
駐輪場に僅かな光がある。
駐輪する。
それ自体がなんてことない、いつもの作業のはずだが。その駐輪するというだけで、いつもと違う感覚。そりゃあ、さっきまで二乃を乗せていたんだから、当たり前でしかない。
あいつを乗せたのなんて、それこそ二度だけ。
好きな奴を乗せたという喜び、さっきまで本気でぶつかり合っていた。その二つの感情が合わさってる。
「それだけじゃない、か」
二乃の親父さんの前で誓ったこと。
二乃に誓ったこと。二つの意味で重なり合ってる。
この指先と繋がってるグローブの密着具合がそれを表すかのように……。
この少し鉄臭い匂いも……。
「ソラ、来たんだ?」
駐輪場から、テントの方まで真っ直ぐ来た。
二乃は俺の後ろで監視の目を光らせてる。そりゃあ、そうなるのは当たり前だが……。
「二乃からの許可は得たの?」
「二乃がいる前でその話するのやめてくれ……」
自分の中で苦笑いすることしかできない。背中には突き刺さりそうな咳払いが聞こえて来る。
それと同時に、あるのが安心を帯び出すもの……。こうやって、自分の口から自分の感情を吐き出してくれる三玖の存在が、有難かったんだ。
さっきまで真剣だった俺には……。
「はい、これパンケーキ二つ」
「私食べるとは言ってないわよ?」
「要らないなら、ソラに二つ食べてもらうからいい。練習の成果知りたくないなら」
「……じゃあ食べるわよ」
素直じゃない二乃が俺より前に出て、パンケーキを受け取っている。
紙皿の上に置かれたパンケーキ。揺らせば、すぐにでも皿から落ちてしまいそうだ。
「いただきます……」
小さく呟いた後に……。
フォークを手に取ってから、俺は一口食べてみることにする。
「ソラ、どう?美味しい?」
「ああ……」
「美味しいよ」
言うまでもなかった。
三玖のパンケーキが美味しいのなんてことは……。
初めからはっきりとしていたこと。
「中の生地はふんわりとしてるし、口にしていてパンケーキ食べてるなって実感できる。妙に粉っぽくないし、食べていてもっと食べたくなる。悪い、もう一個いいか?」
「え?う、うん。いいよ」
財布からお金を出してると、三玖があたふたしながらもパンケーキの準備をしようとする。
三玖の背後からは「よかったね」とクラスの奴が声を掛けてるのを聞こえて来る。
それに対して、三玖は「うん」と軽く反応していて、俺は自分でも何故か嬉しかった。
「口にしていてパンケーキ食べてるってなによ?感想としておかしいんじゃないの?」
「そういう二乃はどうなんだよ?三玖が作ったパンケーキ」
「そうね、三玖にしてはよく頑張った方じゃない?」
「なんだそれ?俺の感想より酷くないか?」
「酷くないわよ、どの道お母さんのパンケーキには程遠いんだし、この程度の感想で充分よ!」
「この程度ってお前な……」
どう視点を変えても、二乃の感想があまり褒めてるようには聞こえず。
俺がツッコミを入れれば、二乃と顔を近づけるような形で互いにあーだこーだと揉めてしまう。もっと、三玖はこうした感想が欲しいんじゃないのか?とか言えば、今度はあいつが……。
「だから、私は答えたでしょ」
と返すだけ。
二乃は忖度するような奴じゃないし、褒めるところがないなら不味いだとかイマイチだとかはっきりと言う。じゃあ、つまり褒めてはいるんだろう。褒めてはいるんだろうが、それが二乃らし過ぎててどうにも伝わらないだろ、それじゃあと言いたかったものの……。
「そこがお前らしいか」
「なにまた自分で納得してるのよ!!」
納得に納得を積み上げれば、また怒られる。
それもまた二乃らしいと落ち着いてしまうのは、きっと向こう側でパンケーキを作ってくれている……。
三玖も知っているはず……。
◆◆◆◆◆◆
二人の喧騒が聞こえて来る。
さっきまでは静かだった。いや、静かでもなかった。
前田君がやって来て……。
『泣きのパンケーキを一つください……!』
とお金を払ってくれた。
どういうことなのか、よく呑み込めてなかったけど。
多分、一花がフータローと結ばれたことと関係してるのかもしれない。あのときは困惑してしまって、何のことなのか理解できなかったけど……。
「三玖ちゃん、脇城君と二乃ちゃんって仲良いんだね」
まだ二人は揉めてる。
いつもと変わらない、二人の姿がそこにはある。
息苦しいものは何もない。言ってくれたから、二人は……。
「三玖ちゃん?どうしたの?笑って」
「ううん、逃げないでよかったって……」
「え?どういうこと三玖ちゃん」
「秘密」
隣でクラスの子が教えて欲しいと言ってる声が聞こえる。
その前からは二人の声を聴いてると、どうしても自分の中にあるものを溢れさせてしまう。
ああ、よかった。作れてよかった。
目の前にある丸いパンケーキをお皿に乗せてから、蜂蜜を掛ける。
その蜂蜜の匂いが自分の中に入りながらも……歩き出す。
「はい、どうぞソラ……」
「ああ、ありがとうな」
「うん、こっちこそありがとうソラ。それと……」
「二乃も……」