「そ、空君……こういうことはそのですね」
「悪かったって」
「説明されていなかったんですね……」
もう一度、「悪い」と言葉で返す。
学園祭に中野父が来るとはまさか想像もしていなかったし、五月含め俺達が冷や汗を流すことになることも全く考えてもいなかった。五月の方は安心しきってるのか、壁に寄りかかってるようだ。
「上杉君たち、大丈夫でしょうか?」
「あいつらはあいつらで上手くやるだろ」
「だといいのですが……」
かっこつけてみたものの……。
風太郎の奴が上手く行くかなんてのは答えることもできない。あいつがなにと向き合って、共に歩いてきたものがあったとしても、口にするのは風太郎。だからこそ、俺はこれ以上語ることはできない。
「ところで、空君」
「おい、まだその呼び方続けるのか……」
「いいじゃないですか、これも私が言っていた変化ですよ」
少し誇らしげに笑ってる。
わざわざポニーテールなんて目に見えやすい変化までさせて語ってる。無堂に向かっても、少し危うげなところはあってもちゃんと言い負かした。自分は自分なりの教師になるって……。
目の前にいる五月は……。
「そうかよ、その……ありがとうな」
立派だ……。
これも五月が語る変化なんだろう。あいつの胸を張った姿を見て、勇ましい。そんな感情も、湧き上がって来るが……。やはり、俺はどうしても礼が言いたかった。
「いえ、私は私自身に決着をつけたかっただけですから。あの……それより空君」
「なんだ?」
「後ろ、その……二人?いえ、三人ほど空君のことをすごーく見ていますが、大丈夫……ですか?」
「は?三人……?」
変なこと言い出すな……。
後ろを指していた五月の方を振り返る。
振り返れば、固まってしまう……。
思わず、声が出そうだった。できれば、今は考えたくもない奴らがそこにはいる。現実逃避をしたくなっていたが、説明責任を果たさなくちゃならない。
そう、俺も風太郎同様……。
「空ー?お姉ちゃんに二乃ちゃんとどういう関係なのか、たんまりと話をしてもらうからね」
「はは……僕としてはできれば息子に早々に話して欲しかったんだけどね」
家族の誰にも、あいつと付き合ってるなんて……。
「アンタねぇ、こういうのはちゃんと話しておくもんでしょ」
事実を話していなかったのだから。
二乃の隣には優莉が苦笑いを浮かべている。まるで、俺の空気感が伝わってるかのようだった。
なによりも、俺の隣にいる五月は若干居心地が悪そうだ。当たり前だ、そもそも俺のことを「空君」と呼んでるんだから。
「真面目に何処から話したらいいと思う、五月」
「骨は拾ってあげますから、空君」
「死ぬ前提で話を進めるのやめろ」
助け船も出さないどころか、小舟すら用意してくれない五月。
現実ってのはいつだって、非情なようだ。俺は仕方なく……二乃との馴れ初めから話そうとするが……。
「誰がそこから話しなさいって言ったのよ!!」
案の定、二乃から怒られる。
もうどうしろってんだ……。
◆◆◆◆◆◆
自分の息子を疑うわけじゃないが……。
空が誰かと付き合うということは今後一切ない。
父親という人間ながらも、勝手な印象ばかりを植え付けていた。優莉ちゃんとのこともあったから、中々難しい。折り合いを付けるのも、簡単じゃないだろう。心の傷は簡単なものじゃないから。だからこそ、僕は息子に孫の顔だのなんだのを急かすようなことを言わなかった。
まだ、高校生だから言うものでもないけれど……。
僕としては嬉しかった。先ほどの芸人のような感覚もそうだが。
『ねぇねぇ、二人って何処で出会ったの?』
『あーそれはベタなんだが……二乃が転校してきてそれからなんだよ』
『へぇ、凄いいいじゃん!!』
食い気味で話を聞き出そうとする楓。
ちょっと引き気味になっている空。姉弟なのに、こうも違いが出ているのは面白いし。
『五月、アンタいつから空君なんて呼ぶようになったの?』
『いえ、それはちょっと色々事情がありまして』
『私は昔から空って呼んでたよ?二乃。呼び方ぐらい変わるよね?五月さん』
『え?あ、あの……薪を広げるのはちょっと違うような!?』
怒ってはなさそうだけど、何処か少し機嫌が悪そうな二乃ちゃん。
何処か自分もそうだったと話したそうな優莉ちゃん。五月ちゃんは困惑しているが、楽しそうだった。
「よかった」
「ん?どうしたの?お父さん」
楓と共に、早々に御暇させてもらった僕たち。
これ以上、二人の関係を邪魔するようなことはあってはならなかった。
僕としては、もう少しあの二人のことを知りたかったけれど、それは追々でいいかな。
「僕は勝手に空はもう立ち直ることが出来ないと想像していた時期もあった。僕が固定観念というものに囚われていたんだろうけど、嬉しいんだよね。こうやって、空が誰かを好きになってくれたこと、誰かと親しげに話していること」
「そうだね、私も嬉しいよお父さん」
「うん、それだけじゃなくてね。優莉ちゃんや五つ子、みんながみんなちゃんと立ち直れている。僕は零奈さんに何もしてあげることができなかったから、こうして立ち直れていることが本当にどう言葉にしていいのか分からないほど、嬉しいんだ」
彼女の教師としての側面。
人としての側面を知っていたからこそ、僕は話すこともあった。五つ子の話はしてくれることはなかったが、あの子達を一人で育てあげるのは大変だっただろうし、同時に記憶に残るものだったに違いない。
「言葉に出来てるじゃん、お父さん」
「口に出してるからかい?」
「うん、言い表せるものが無くても言葉として伝えることができてる。想いだけを伝えて、成功するなんてことは少ないかもしれない。だとしても、伝えることに私は意味があると思う。結果どうなっても、そこが重要なんじゃないかな?言葉にするってことは生の感情を伝えることだけど、私はそれは……」
「いいことだと思うよ」
心が晴れやかな気分……だ。
成長したのはなにも、空達じゃない。楓もまた、こうして成長している。
さっき四葉ちゃんと話していたみたいだったが、きっとそういうことも含めて言ってるんだろうね。
「成長か」
「もしかしたら、僕ですらも成長をしてるのかもね」
「うん、してるよ」
「お父さんもきっと……」
楓の言葉の後で、耳に戻って来るのは楽しそうな学園祭ではしゃいでる子供たちの声……。
現実が耳に戻って来て、僕は立ち上がって、楓にこう語りかける。
「お父さんの分、何か買っていくかい?」
「あーそれ名案じゃん、行こうお父さん!」
楓が歩き出せば、僕はその背中を見つめて……。
ほんの僅かに肩の力が……。
抜けていた気がする。
◆◆◆◆◆◆
親父たちが何処かへと行っていた。
親父が満足そうにしていてくれていたのは分かってた。
『父さん……』
『なんだい?空』
俺が優莉のことを引き摺ってる。
『いや、やっぱなんでもねえわ……』
そう認識していたからなんだろうな。
だから、父さんが俺が歩き出したとき……。
『よかったね、空……』
ああ言っていたんだろうな。
あのときは何も言わなかったが、それが正しかったんだろう。父さんが何を考えてるかなんて分かっていたから。
「よかったね、空」
それよりも、俺はこれから起きることに正直不安でいっぱいだった。
「よくねえよ、何がいいんだ」
五月に連れられて。
体育館に来てみたのはいいものの膝を擦らせては音を立たせる。
「五月ちゃん、その……あの人のことありがとうね」
「いえ、私は私のことをしたかっただけですので」
無堂のことか……。
そりゃあ、そうか。優莉からすれば、あいつのことは気になっていただろうし五月が立ち向かえるかどうかも不安だったからこそ、泣きそうな声でいってるんだろう。ただ、俺は落ち着いていない。落ち着かない原因を作っているのは一組のせいでもある。
「いやぁ、よかったねソラ君」
「お前らの方こそよかったな、後それ聞くの二度目なんだよ一花」
こいつ、風太郎の奴と付き合ってることにまだ自分で疑ってる。
あんまり触れないでやろう。あんまり、声を掛けないでやろう。配慮をしてやっていたのに、自分から会いに来て、しかも風太郎と一緒に居やがる。
「ソラ、もうすぐ始まるよ」
「もうすぐですよ脇城さん!」
三玖も四葉もなんなんだお前ら。
なんかこう揶揄ってるだろ。もう突っ込むのすら面倒になってしまう。
「おい、始まるんじゃないのか?」
「見たいですね」
体育館の照明が消える。
周りが一瞬だけ騒がしくなっているなかで、壇上の方が明るくなっていき……。
そこに居たのは二乃……だった。
あいつが踊ってる姿なんて、珍しすぎる。
「オープニングセレモニー、本当は昨日やる予定だったんですが色々と事情があって今日になってしまって、それに今日は忙しくて二乃が出てくれることになったんです」
「四葉も偶には休息はするべきですよ」
四葉の説明の後に、五月の声がしていたような気がしていたが……。
目の前の光景に釘付けだった……。何かの夢だとすら言いたくなってしまうが、一つの一つの動きがちゃんとしっかりとしているし、歌も上手い。なによりも表情も細かいし。変に勘違いする男子も出そうだ。
「何言ってんだ、俺……」
冷静になろうとしているときに、一花が俺の肩を掴んでくる。
「ソラ君も二乃ちゃんがこういうところで踊ってるところ見るの好きでしょ?」
「お前、風太郎の彼女じゃなかったら張り倒してたぞ」
「それはちょっと……フータロー君が許さないんじゃないのかな?」
念のため、風太郎の方を見ると。
視線を簡単に逸らしていく。なんだお前は……いつのまに惚気バカになってたのか。
「で、実際どうなの?」
「まあ、そうだな」
息を吐く……。
それからして、腰に手を当てて……。
「あいつがああやってステージの上に煌びやかに輝いてる姿を見るってのも案外悪くねえのかもなって……。あんまり、他の奴らからも可愛いとか俺に気があるのかもみたいな外野の声聞くと耳栓したくなるけど」
「嫉妬してるの?」
隣にいる優莉の声に俺は不思議と笑みを浮かべて言ってしまう。
「そうじゃねえかな、あいつが俺の彼女でもあるけどあいつのいいところは俺が一番知っておきたいからな。めんどくさいし、直球だし偶に回りくどくもなるけど。俺はそこ含めて好きだから」
「ソラ君……」
何かを感じ取ったのか、一花が小さく声に出している。
あいつにも見習うことでもあったのかもしれない。
「惚気てるね、ソラ」
「うるせえな、三玖」
「いいだろ別に……それが俺なんだから」
これからも死ぬまできっと変わることはない。
それが……俺達って奴なんだろうな。
◆◆◆◆◆◆
「ソラ、ほら今日から気合入れていきなさいよ」
「はいはい、分かってるって。お前がステージで気合入れてたぐらいはやってやるよ」
「張り倒すわよ」
本気で張り倒されそうだな……。
新品ほやほやの木製のカウンター席に触れれば、いい音が鳴る。こりゃあ、いい店だ。
「アンタが自分で店作るからって風太郎からの提案を突っぱねったときは驚いたわよ」
「そりゃあ、俺達の店なんだから俺達で作り上げなきゃ意味ねえだろ、二乃」
「そうね、此処は私達のお店だもの。あいつの援助を受けてたら、それこそ台無しよ」
風太郎というか、風太郎の親父さんなんだが……。
俺はあの人にも世話になっていたし、世話になりっぱなしは絶対に嫌だった。だからこそ、俺は自分達でどうにかします、そう話を付けた。
『かっこいいこと言うじゃねえか!!』
上杉家に呼び出されたあの日、高笑いだけが響いていた。
店を開業したい。話を付けていたわけじゃないんだが、何処から話が漏れていたのか勇也さんが俺の手伝いをしてくれる提案もあったが、俺は拒否した。
『明彦先生も泣いて喜ぶだろうな!!』
父さんが腕で涙を拭う姿なんて簡単に想像できちまう。
隣で楓姉に背中を擦られてる姿なんてのも……。あの人は涙脆いからな。
『俺の親父死んだみたいな扱いしないでくださいよ、勇也さん』
『そうだよ、お父さん。空さんのお父さんは生きてるよ』
微妙にずれてるんだよな、らいはちゃん……。
お茶を差し出してくれつつも、俺は礼を言ってから軽く飲む。
『本当にいいんだな?』
あぐらをかきながらも、勇也さんが再び確認しようとしてくる。
『構いませんよ、俺は……俺達のやり方でお店をやりたいんです』
『あいつが世話になってからって理由じゃ、いつまでも俺の方があいつの世話になりっぱなしになりますし。それに、風太郎だって一花と結婚してるんですから。もう、そういうものじゃないでしょ?』
『……わかった。風太郎の奴にはそう伝えておく。全く、随分と男になったじゃねえか!!』
『い、痛いんですが……』
勇也さんは意外そうな顔をしていたが……。
俺の背中を滅茶苦茶強めに叩いていた。すげえ、痛かったんだよなあれ。
「風太郎のことで思い出したんだが」
「なによ?」
「あいつ、一花のウェティングドレス初めて見れた相手らしいな」
「主語が無いじゃない、何が言いたいのよ」
ようやくまともな国語力を付けられた二乃。
主語という単語を聴いて、俺は思わず笑いそうなのを服の袖で隠そうとしたが、二乃が一瞬だけ目を細めている。危ない、危ない。怒られるところだった。
指先にある指輪が目に入りながらも、俺はすぐにいつも通りにする……。
「女優の仕事でウェディングドレス着ることもなかったらしくて、な。それで自分が初めてそれを見る相手で安心したらしいぞ」
「なんか気持ち悪いわね、それ」
「いいんじゃないのか?最初って大事だろ」
「アンタの最初の印象は最悪だったけど」
「知ってるが」
最早、日常的に言われ過ぎて慣れてしまった。
まあ確かに、風太郎の奴が一花のウェティングドレスの姿を一番最初に安心したとかそういう話をされれば、若干引きたくなるのも無理はないだろう。あいつも独占欲が強いってことになるだろうしな……。
「ほら、店開くぞ二乃」
「話逸らしたわね、アンタ」
「いいだろ、今日はなんて言ったって……。最初の営業なんだからな」
「その最初の営業で……」
「自分達の姉妹が最初のお客さんってのもなんかこうサクラって感じで嫌だけど、まあいいわ」
二乃の発言に俺は思わず、頬が緩みそうになる。
それから、店の入り口を開ければ……。
一番最初に、三玖のことが視界に入る。
「パン屋の開業おめでとう、三玖」
「うん、ありがとうソラ」
「今度食べに来て、美味しいもの食べさせてあげる」
「楽しみにしてる」
中に入って行けば、殺人パンケーキがどうのとか二乃に言われてる。
いつも通りの会話が続いている。懐かしい感じだ。五月だけが俺に会釈をしていた。
「五月、先生の仕事大丈夫?」
「大丈夫ですよ、四葉。生徒の皆さん、色々と個性的な方が多いですが。四葉の方も、理学療法士の方はどうなんですか?」
「患者さんたち、みんなリハビリ頑張ってて。私も頑張らなくちゃなーって思っちゃうんだ」
「そうですね、私も同じようなことを思います」
それぞれの夢があった。
見つかった。目標に届いた。ただ、それだけで終わらないのが人間なの……かも。
四葉の奴は結局スポーツインストラクターじゃなかったみたいだしな。
五月が言っていた変化という言葉を使うなら。
これからも俺達は変わり続けるのかもな。例え、変わらないものがあったとしても。
「お前も思わないか、風太郎」
「なんのことかわからないが、店主が腕を組んで店前に立ってるのはどうなんだ?」
「あれだよフータロー君、きっとラーメン屋さんの店主になりたいんじゃないかな?ソラ君」
風太郎が「ラーメン屋?」と声に出して、疑問そうにしている。
バカップル二人もご来店してきたこともあってか、俺達の店の空気感が一気に変わる。新しいお店の匂いが一気に、香水の匂いが漂ってるみたいだ。
「お前、相変わらずだな」
「そうかな?ソラ君だって、相変わらずだと思うよ?」
「ほら行こう?フータロー君」
「……ああ」
腕を組もうとする一花に対して、さらりと距離を取ろうとする風太郎。
まだまだガードは硬いってことか。
「フータロー君、こういうときはね」
「非常識だろ」
至極真っ当な意見が飛んでいるなかで、店の方では……。
「二乃、実は今朝は仕事が立て込んでいてご飯の方すぐ用意できますか?」
「アハハ、実は私も……なんです」
「うん、二乃の作る料理興味ある」
「アンタ達ねぇ、というか三玖は私の料理全然食べてるじゃない」
「味見程度だから」
二乃が言っていた通り、初オープンで常連客みたいな奴らを呼ぶってのは変だな。
「ねぇねぇ、四葉。此処のオススメって分かるかな?」
「まだ開店したばかりだから、そういうのはまだないんじゃないかな?」
「いや、メニューに載ってるみたいだぞ。天ぷらとか、後は……これは何だ?お子様ランチみたいに見えるが?四葉にはちょうどいいんじゃないのか?」
「私のこと今お子様って言いましたか上杉さん!?心外ですよ!?」
騒がしい声ばかりがしている……。
「因みに、お子様ランチじゃなくてミックスグリルって奴な」
「俺達の思い出の味だ」
だけど、俺は悪くない気分だった。
「またアンタはそうやって……」
「いいだろ、事実なんだから。花見のときのな……少し違うが」
こうして俺達の夢を叶えられたのも……。
みんなのおかげだから。
数年前の俺が聞いたら、見たりしたら目を疑うだろうな……。
ただお前に言いたい事があるんだ。俺は……。
今が幸せだ……。