今日、俺は休日と言うこともあり姉に叩き起こされながら朝飯を食べ部屋でゆっくりとしていようかと思っていたところ、すぐに電話が掛かってきたのだ。
『すまん、助けてくれ』
……親友からのまさかのSOSに思わず聞かなかったフリをしたくなってしまった自分。だが、行かないとマズいだろうと思った俺は姉に「行ってくる」とだけ伝えて中野家に向かうのであった。
「なんだこれ」
……そして、現在に至る。
SOSを受けて消防車のように急いで駆けつけてきた俺の前に現れたのは、得体の知れない黒い物体であった。言っておくが、Gではない。いや、料理でGなんて使われたら溜まったもんじゃない。そんなものを食わさられるぐらいなら死んでやるぐらいだよ。
「えっと、コロッケ……らしいです」
頬を掻きながら四葉が一つ食べると、「んぐっ!?」と言って今にも倒れそうになっていた。これ作った奴なんとなく予想できるけど、どう見ても揚げすぎだよ。
「……そ、空か。来てくれてたのか」
「帰っていいか?」
流石の上杉でもあのコロッケには屈したかと思いつつ、帰ろうとするが……。四葉に「帰らないでくださいよー!」と手をブンブンに振りながら怒られたのである。
「いや、帰らないでくれ。お前に帰られたら俺が死ぬ」
お前の胃が死ぬだけだろと思いながら、俺は上杉のことをチラッと見る。
「いや、どう見ても帰っていい流れだろ」
親友の頼みとは言え、こんな頼みは聞けない。
例え、親友の命と言うより、腹痛が掛かっていたとしても世の中には食べられるものと食べられないものがある。
「ソラ、コロッケ嫌いだった?」
「いや、嫌いじゃないんだが……」
なんで、コロッケを食べさせられることになったんだ……。四葉の奴が、SOSを出して上杉の奴を呼んだのかもしれないが、そういえば今日上杉の奴は休日だけど家庭教師をやると言っていたな。じゃあ、違うな。
だが、俺にこんな物体Xを食えと言うのか。
「き、気持ちは分かりますよ。脇城さん」
四葉が耳打ちで俺に小声で言ってきた。なら、何故止めなかったと心の中で俺は思っていた。
「なんでこうなった?」
「上杉さんが、美味しくないのに美味しいと言ったんですよ!」
だったら、一回作る程度でやめているだろ。と俺は心の中で思った。
「違うだろ、四葉が美味しいのにマズいと言ったからこうなったんだろ!」
ああ、これどっちが悪いのか分かったわ。どっちも悪いわ。
四葉が不味いと言って上杉の味音痴が美味いと言ったせいで、三玖の心に火がついて完璧に作れるようになるまで作り始めたのだろう。
「はぁ、もうどっちが悪いのかはわかった……」
手で頭を抱えながら、頭痛を抑えていた。
こうなっていたから、上杉は俺の事を呼んだのだろう。俺はとんでもないSOSに呼び出されたのかもしれない。
「ソラも一つ食べる?」
「……ああ」
一つ食べるぐらいならまだ大丈夫だろう。
恐る恐る魔の料理を、口の中に入れたが焦げていて味が分からず……。三玖には悪いが、糞不味いと言うのが感想だった。そもそも、焦げすぎていて食べられたものじゃなかったのだ。
「ソラ……?」
そんな様子に気づいたのか、三玖が心配そうな表情で俺のことを見てくる。
不味い。そんな言葉が今すぐにでも出て来そうであった。だが、此処は誤魔化すことにする。
「嫌いじゃない。好きな味ではあるぞ」
逃げたような発言になるが、本人を傷つけさせないためにはこうやって返答するしかない。許してくれ、三玖。
「そっか……。じゃあ、もっと作るから待ってて」
「……え?」
三玖の重い一言に俺は思わず固まってしまうのであった。え?もっと作る……?冗談だよな?思わず、現実逃避をしたくなるほどであった。
「おい、四葉逃げるな」
今にも家から逃げ出しそうな四葉を止めると、四葉がピクリと止まり動かなくなったのである。いや、逃げるなと言われてマジで止まる奴がいるか。
「なんで逃がしてくれないんですか!?」
「当たり前だ!逃げようとするな!お前も道連れだ!」
と言いつつ、俺と四葉と上杉は三玖のコロッケを食べ始めるのであった。それから、恐らく30分の時が経っただろうか。
上杉の奴の腹の調子が悪くなり、俺は三玖と共に薬局に来ていたのである。
「お腹痛いときってどんな薬がいいの?」
「普通に正露丸でいいんじゃねえのか?」
この場合、整腸剤とかを飲んだ方がいいからなぁ……。どうだろうかと思いつつ俺が答えた。
「そっか……。そう言えば、こうして二人で出かけるってことあんまりなかったよね」
「出掛けてる先が薬局なのがパッとしないけどな」
俺が笑いながら言うと、三玖もクスっと笑っていた。
「そうだね。ところでさ、あのコロッケ本当に美味しかった?」
三玖が自分でも気づいていたのか、俺にコロッケが本当に美味しかったのか確認してきた。
「……分かってるんだ。本当はあのコロッケそんなに美味しくないんだってこと……。ソラもフータローも優しいね」
上杉の場合、優しさと言うより味音痴なだけなんだがな……。まあ、これは言うべきじゃないだろうと思いつつ俺は聞いていた。
「そうか……。でも、料理は上達すればするほど美味くなる。今は下手でも何れできるようになるさ」
俺も昔はそうだった。料理はそんなに得意じゃなかったし、男がやる必要ないと思っていた。でもまぁ、必要な物だろうと思って俺は楓姉から料理を教わった。
「そうかな?」
「三玖から見れば、料理上手な俺が言うんだから間違いないよ」
適当に見つけた整腸剤を三玖が持ってきたカゴに入れながら俺は言う。
「そっか……。ありがとう」
心の中にあった蟠りが解けたのか、三玖が徐々に頬が緩んでいた。
「そう言えば、三玖前に俺とキャンプファイヤー踊りたいって言ってたよな?」
テストが始まる三日前の日に三玖が俺に言っていた言葉を思い出したのである。
「え?でも、あれは私のテストの赤点がなければの話だから……」
「別にそんなものはもういいさ。赤点でもお前は頑張ったんだから踊ってやるよ」
レジに向かっている途中に言うと、三玖が止まり嬉しそうな顔で俺のことを見つめ「いいの?」と言ってきた。
「全然構わない。寧ろ、俺なんかでいいのなら踊ってやるよ」
「ソラはほんと優しいね……。ありがとう……」
買い物を終えた三玖と俺が自動ドアに出た後、三玖が俺にそう言ってきた。そして、三玖は俺にゆっくりと近づいてきたのである。
「ねぇ、ソラ……」
歩き出そうとしたとき、三玖が俺の服を掴んだのである。
「手つないでも……いい?」
……思いがけない三玖の言葉に俺は息を呑み、言葉が全く出ないでいたのである。勿論、あの女のことを思い出すからではない。それより、三玖と手を繋ぐと言うこと自体にかなり恥ずかしくなっていたのである。
「あ、やっぱり……」
烏滸がましいと思ったのか、自分で言ったことを否定する三玖。
「いいぜ、そのぐらいなら」
勿論、俺はまだあの女のことを克服できていないし、女にはトラウマが残っている。だけど、三玖なら俺は信じてもいいと思っている。だからこそ、俺は手を繋ぐということに否定的なことは言わなかったのである。
「ありがとう……ソラ」
顔が赤面しているのか、三玖は顔を全く見せず下を向いて歩き始め手をそっと差し出し俺もそっと手を握り締め歩き始めたのである。
「ソラの手……温かいね」
三玖が俺の手を一瞬だけギュッと握り締めながら言う。
そのとき、三玖が何を思っていたのかは知らないが、三玖にとって今日は思い出に残ったのかもしれない。そうあって欲しいと思う俺の願望なのかもしれない。少なくとも、俺は今日という日がかなり記憶に残ったと思う。