五等分の花嫁 心の傷を持つ少年   作:瀧野瀬

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感謝

 銀髪のポニーテール、二重な緑色の瞳。

 隣でニコニコと「幸せだな」と言いながら、俺の頭を掻き毟るように撫でてくるのは、俺の姉。

 

「周り見てるから外ではやめてくれ」

 

 当然、周りの視線はかなりキツイ。中には、羨ましそうにしながら見ている奴もいるがこんなことをされている俺の身にもなってほしい。

 

「家でならいいってこと?」

 

 眩しいような深い喜びを楓姉の中で、灯りがついたように俺には見えていた。余計なことを言ってしまったのかもしれない。俺は頭を抱えながら、どうしようと暗闇にも近い心の中で困惑していた。

 

「はぁ、そういうことにしておくから」

 

 深いため息をしながら「全くこの姉は……」と思っていた。

 相変わらずテンションがおかしすぎる姉。この人はいつもこうだ。破天荒な性格で、俺をいつも何処か連れて行こうとしたり、東京に行ったかと思えばその日のうちに読者モデルに誘われるなど。運もいいのだ。

 

「それにしても珍しいね、空と帰る時間一緒になるなんて」

 

 確かに、楓姉の言う通りだ。偶々とは言え、楓姉と帰る時間が被るなんてかなり珍しいことだ。先ほども言ったが、楓姉は破天荒な性格の為、大学が終わればいつも何処かに行っている。大概、モデルの仕事だったりするのだが……。

 

 

 

 

 

 

 それからして、俺達は家に帰りリビングでゆっくり寛いでいると、楓姉が食品が敷き詰められている冷蔵庫と睨めっ子を開始していた。どうやら、今日の晩飯を何にするか決めているようだ。

 

「空、今日晩御飯こんな感じでいい?」

 

 楓姉が提案してきた晩御飯は、鶏肉のレモン照り焼き、サラダ、味噌汁とのことだった。見ているだけなのも悪いから、手伝うかと思い俺は手を石鹸で洗い、水で石鹸を洗い落とし、綺麗に手を拭いた。

 

「空も手伝ってくれるの?」

 

 そんな俺の様子に気づいたのか、まな板と包丁と食材を用意していた楓姉が俺に聞いてくる。

 

「見ているだけなのも悪いから。それに、楓姉と料理一緒に作るのも久々だし」

 

 いつもどちらかが起きるのかが速くて先にどっちかが作っていることが多かった。特に、俺が速く作っていることが多かった。

 

「そっか、それじゃあ空は鶏肉を包丁で切ってくれる?」

 

 楓姉が用意してあった鶏肉がまな板の上に移動され、楓姉はサラダの準備に取り掛かり始めている。

 

「わかった」

 

 この鶏肉の大きさなら、4つぐらいに切り分けた方がいいだろうと思いながらイメージで切り始めていた。そして、鶏肉に切り目を入れてスッと包丁を引いた。

 

「そういえば、空最近学校の方は大丈夫?」

 

 といつもの心配性が出てしまう楓姉。でも、無理もないか。

 昔のことを今でも気にかけてくれているのだろう。

 

「まぁまぁかな?特に何もなくって感じかな」

 

「後輩から聞いたけど、空の学校転校生が来たんでしょ?」

 

 もう楓姉の耳に入っていたのか……。なんでこうも情報が入るのが速いんだろうか。

 

「確か、女子5人って聞いた。それにしても、女子5人も転校なんて珍しいね。廃校なんかあったの?」

 

 その女子5人ってのが上杉の生徒って言うのは流石に知らないか。一応、楓姉は上杉のところと仲は良いけどまだ勇也さんやらいはちゃんからは聞いてないか。

 

「さぁな」

 

 それにしても、なんで黒薔薇女子から転校生なんて来たのだろうか。黒薔薇女子と言えば、超有名なお嬢様学校だ。あんな学校からうちの学校に転校なんて珍しいことだ。自分の学校を馬鹿にする訳じゃないけど、うちの学校はピンからキリまでいる。でも、あの学校はそれぞれ優秀な生徒が多い。なのに、なんでだろうか……。

 

 いや、こんなことは考えていても仕方ないか。それに、上杉を家庭教師として雇うと言うことはよっぽど馬鹿なのかもしれない。でも、頭良い奴でも家庭教師を雇うからなんとも言えないけど。

 

「知らないかー。私も少し聞いたぐらいだし、あまり知らないけどね。可愛い子とかいた?」

 

 くだらないことを根掘り葉掘り聞いてくる楓姉。退屈しないから全然いいけど。

 

「……いるんじゃねえかな」

 

 客観的に見れば可愛いと言う分類に入るだろう。

 

 

 

 

「空の好みの子とかいた?」

 

 その言葉に一瞬俺は包丁を止めてしまっていた。そして、次の瞬間……。

 

 

 

「いって……!」

 

 指を見ると血が出て来ていた。一瞬だけ、姉の言葉に嫌気が差してしまい思わず止めたはずの包丁を動かしていたのだ。

 

「大丈夫……!?空!?」

 

 姉がサラダの準備を止めて、慌てたように手を洗い救急箱から消毒液と絆創膏を取り出していた。

 

「何もそこまでしなくていいよ。大丈夫だから」

 

「大丈夫じゃないでしょ?」

 

 楓姉は俺のことを心配してくれているのか、ティッシュを取りすぐに俺の指に消毒液を掛けていた。

 

「いってぇ!」

 

「我慢する。ほら、これでもう大丈夫」

 

 傷の部分に絆創膏を貼り、笑顔でこれで「大丈夫」と言った。そんな笑顔の楓姉を見て先ほど自分が言葉に対して嫌気をさしていたことに、申し訳ないような気持ちになっていた。

 

「ありがとう……」

 

 と俺は言い、自分で救急箱に消毒液と絆創膏を戻した。

 

「空、私がご飯を作るから空はゆっくりソファーで寛いでいていいよ。これ以上怪我されても困るしね」

 

 怪我している俺を気遣ってくれているのか、姉が言ってきた。

 

「……分かった。その言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 と言い、俺はソファーに横たわり腕で目を隠すようにして被せながら、姉の方をチラッと見ていた。

 

 

 

 

 楓姉は鼻歌交じりで料理を作っている。確か、流行りの曲だったかな。忘れちまったけど……。それでも、その鼻歌は完璧に音程が取れている。そんな楓姉の姿を見ながら、俺は今日のことを思い出していた。

 

 それは、勿論あの四葉と言う女子のことだ。あいつの笑顔を見る度何処か俺が昔付き合っていた女のことを思い出す。最近まで、思い出すことはなかったのに何故こんなにも簡単に思い出すようになったのだろうか。

 わからない。だけど、あの女子とは関わらない方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 だが、何故だろう。

 馬鹿な俺は心の何処かであの女子達とは関われば、自分の中の何かが変わるかもしれない。そう思っていたのだ。そんなものは、幻想だ。馬鹿らしい。そう思いながら俺は真っ白な天井を一瞬だけ見上げていた。しかし、あの女子に少しだけ心を動かされたのも事実だ。

 

 女なんか信用できないと思っていたはずなのに……。

 

 

 

 

「ねぇ、空……。あのときのことまだ気にしているの?」

 

 天井を見上げていると、楓姉から突然その言葉が飛んできた俺は一瞬だけ眉を細める。

 

「……気にしてないなんて言ったらウソだって分かる……よな」

 

「うん。伊達に空のお姉ちゃんやって来た訳じゃないからね。でも、私後悔しているんだ」

 

 楓姉が「えっへん」と言いながら自慢げに答えていたが、後悔していると言った瞬間楓姉の顔色は懐中電灯の灯りが消えたように暗くなっていた。

 

「空のこと二度も分かってあげられなかったから」

 

 二度もか……。この言葉は何度も聞いている。楓姉はずっと後悔しているのだろう。

 

「それこそ、楓姉が気にすることじゃないよ。一回目なんか特に俺は楓姉のことを何も分かってなかった。今だって俺の方が後悔しているんだ」

 

 俺が後悔していること、それは小学4年生のときのことだ。あの日、俺は姉に言ってはいけないことを言ってしまったのだ。俺はあの日の言葉を今でも後悔している。でも、あの言葉を言ったからこそ俺は今楓姉と仲が良いのだろう。

 

「……なら、空も気にしないの。それに、いつも空は自分が悪いって言うけど、そんなに自分のこと責めないの」

 

 料理を持ってきた楓姉が俺の額を指でツンとしながら言う。楓姉はにこやかな笑顔でこちらを見ていた。俺はそんな楓姉と目線を合わせられずただ黙っていた。

 

 

「そうは言うけど、難しいだろ……?」

 

 

「……そうね。確かにそうかもしれない、でも大丈夫だよ」

 

 大丈夫……?大丈夫ってなにが……?と心の中で疑問に思っていた。

 

 

 

 

 

 

「なんて言ってもソラは私の弟だから」

 

 楓姉はまたしても笑顔でこちらを見てくる。しかし、その笑顔には裏もなくただ俺に対する信頼のみがあったかもしれない。

 

「楓姉の弟だから……?」

 

 確かに、楓姉みたいな破天荒な性格になれば少しは変われるかもしれない。しかし、何か色々失う気がする。

 

「そう、それにもう空は一人じゃないんだから」

 

 もう一人じゃないか……。確かに、あのとき俺は孤独だった。誰にも助けを求めようとせず、ただ一人屍のように生きていた。そんなことに気づいたのは、偶々俺の様子を見に来た姉であった。そんな俺の姿を見て号泣しながら姉は、俺のことを抱いてくれてたのを今でも覚えている。

 

 そして、俺は引っ越して姉と暮らすようになったんだ。

 確かに、もう俺は一人じゃない。

 

「何かあったら私に相談してくれればいいから。少しでも空の役に立ちたいし」

 

 その言葉に、裏なんてものは確実になかった。楓姉は料理をテーブルの上に置きながら、俺の頭の上に指をツンと置きながら、楓姉が笑みを浮かべてくる。その笑みを見て俺は初めて、自分に余裕と言うものが出来たのかもしれない。

 

 なにより、その言葉に救われたような気がしていたのだ。

 

 

「ほら、食べよ?」

 

 と言いながら、写真を撮りご飯を食べ始めようとする楓姉。

 

 

「「いただきます」」

 

 俺と楓姉は同時に「いただきます」と言い、ご飯を食べ始めた。サラダは、キャベツとトマトとキュウリが盛り合わせされている。鶏のレモン照り焼きには、絹さやも混じっている。味噌汁は至ってシンプルの豚汁である。

 

「美味しい」

 

 そして、やはりどれも美味かった。俺も楓姉からほとんど料理を教えてもらったけど此処まで美味しいものはやはり作れない。本当にどうやって作れているんだろうか。

 

「ほんと?ありがとうね」

 

 子供のように喜ぶ姉を見て思わず笑ってしまいそうになる。だけど、そんな姉の姿を見て俺は何処かやっぱり日常っていいなと思いながら食べていた。なにより、俺はこのとき楓姉に感謝の気持ちがあったからこそ……。この言葉を言ったんだろう。

 

 

 

 

「楓姉」

 

「ん?どうしたの空」

 

 楓姉が首を傾げてどうしたのだろう?と思いながら、ご飯を食べている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 その言葉が意味するのは、簡単なことである。

 楓姉が言っていた、私の弟だからという言葉に、一人じゃないという言葉に勇気づけられたような気がしていたからだ。そして、俺はこうして今も楓姉と一緒にいられる。なにより、それが嬉しかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 


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