楓姉と話をしてあれから、2時間ぐらいが経っただろうか。俺は自分の部屋に戻って、珍しく今日の授業の復習を行っていた。しかし、やはり勉強には手がつかなかった。なんで手がつかなかったのかは分からない。駄目だ、余計なことばかりを考えてしまう。
窓を開けて、外の景色を眺める。外の景色は何処も彼処も住宅が広がってる。目の前には電柱があり、偶に夜遅くに走っている人間を見かける程度。そんな夜景を見つめていると、俺の携帯にある一件のメールが来ていた。
「明日、家庭教師をやる。もし、来てくれるなら手伝って欲しい」
と上杉からメールが来ていた。家庭教師をやるということは、あの五つ子とはうまくやれていると言うことなのだろうか。いや、そんなわけないだろう。あの五人の様子からしてそう簡単に家庭教師をやれるわけがない。何かいい案でも浮かんだのだろうか。
そう思いながら、俺は携帯のメールを閉じながら目を瞑り、そのまま熟睡してしまった。
小鳥の囀りが聞こえてくる。更には、車の走る音が聞こえてくる。
「朝か……」
ゆっくりと体を起こし、キビキビと体の節々を動かさせジャンプしてみせる。どうやら、体は充分に疲れが取れたようだ。そして、時間を確認してみる。まだ時間は7時と言う時間を指していた。それからして、ゆったりと着替えてからリビングへと向かう。
楓姉は……。
っと、アレいないな。どうやら、もう大学に行ったみたいだ。その証拠に既にご飯は作られている。
「あっ、やばいやばい……!」
ご飯を作られているのに気づいている頃、俺の後ろを新幹線のように急いで通っていた一人の人間がいた。
「あっ、空起きてたの?おはよう、ご飯ちゃんと食べていきなよ?」
手に教材を持っている楓姉。楓姉は俺の頭を撫でながら「幸せ」と言いながら幸福を感じていた。もっと違うことで幸福を感じろ。
「分かってるよ。それと、頭撫でるの止めてくれって言ってるだろ」
楓姉の手を跳ね除けると、楓姉が今にも泣きそうな顔でこちらを見てくる。そんな顔されても知らん。
「ええ、家の中ならいいって昨日言ってたじゃん」
確かに、昨日俺は家の中ならいいとそれに近い言葉を言った。しかし、此処まで自重せず頭を撫でてくる姉を見ると最早、恥ずかしさの域に達する。
「やっぱ、訂正。家の中でも駄目」
「ちぇ~、ケチ。じゃあ、行ってくるね空」
名残り惜しそうな顔をしながら楓姉はリビングを出て、大学へと向かったようだ。やれやれ、騒がしい人が一人減ったな。
「ご馳走様でした」
当然と言えば当然ではあるが、姉の料理は美味かった。それからして、俺は歯磨きをし自分の部屋から学校の支度をしていた。
「さてと、学校に行きますか」
準備が整った俺はベリーショートの髪を整えつつ学校に向か……。あっ、コーラ持ってくの忘れてたな。急ぐようにして俺は冷蔵庫に冷やしてあるコーラを持って行った。やっぱ、これが無いと一日が始まらないよな。と思いつつ、一気に開けて一気に飲む。
さてと、そろそろ上杉の奴も迎えに来る頃だろうから、行かないとな……と思っていると、ピンポンを鳴らす音が聞こえてきた。上杉だろうと思い、俺が出ると……。
「悪い、まさか上杉の方から来るとはな」
こいつから先に俺の家に来るなんて珍しいなと思いながら、俺は玄関に出ると上杉が何やら自身満々に立っていた。何かいいことでもあったのか。
「空、少し手伝って欲しいことがあるんだ」
俺に手伝ってほしいこと……?なんだろうかと思いながら、首を傾げる。
「すまんが、これをコピーしてくれないか」
上杉が見せてきたのはテスト用紙。このテスト用紙、何に使うんだろうかと聞くと……。
「あいつらの実力を確かめるためだ」
あいつらの実力を確かめるか……。確かに、その手は早い。誰に何を教えるべきなのかすぐに分かるだろうからな。
「分かったよ」
俺はコピー機にテスト用紙を持って行き、すぐにコピーをしたものを渡した。
上杉にテスト用紙を渡した後、俺達は学校に向かい学校に到着した。それぞれ、違うクラスの為違うクラスに入ると、既に中野二乃は来ている様子。そして、俺を見て俺に近づいてきた。なんだ、俺何かしたか……。と心の中で考えていた。
「あんたの友達随分としつこいわね」
なんだ上杉のことか。この様子だとやはり失敗したようだ。
無理もないか。教えてもらう奴が、同学年でしかもそいつが教えても貰いたくもない奴だったら……。
「そうか、俺に言わないで本人に直接言ったらどうだ?」
それに、あいつも諦める訳にいかないだろう。またとない機会だ。上杉の奴のところが借金があるのは知っているからこそこのチャンスを踏みにじる訳にもいかないだろう。
「言ったわよ。でも、あんたの友人まだ諦めてない様子だし友人のアンタから言って貰えれば諦めてもらえるかと思ってね」
「だったら、尚更無理だな。俺はあいつのことを止めるつもりないからな。それに、お前英語のテスト確か……」
確か10点だっただろと言おうとした瞬間。
「ちょ、ちょっとそれは言わないでよ!」
思いっきり口を手で封じられてしまい、指でシッーとやっていた。こんなことしていたら、変な関係だと思われるだろうが……。実際周りからの視線がかなり痛いし。
「事実を言おうとしただけだろ」
「周りにはバカと思われたくないのよ!私が元々何処の高校通ってたのかあんた忘れたわけじゃないでしょう!」
確かにこいつらが通っていた学校は、黒薔薇女子だ。頭のいい学校だし、巷では有名な学校だ。それもあってか、できれば隠したいのだろう。わからんでもない。
「わかったよ。なら、その手を離してくれ。周りが見てる」
と言うと、顔を真っ赤にしながら周りを見ると、周りが見ちゃったと言いながら何か噂をしていた。
「ねぇねえニ乃、空君みたいな子好きなの?」
「誰がこんなやつ好きか!」
「好きじゃないわよ!こんなやつ!」
もう二度と誰とも付き合わないと決めているが、もし付き合うとしてもこんなうるさいやつ嫌に決まっている。それにしても、こんな奴がこれからずっと前と考えると頭が痛くなってくる。勿論、この後女子と話して疲れ切った俺は授業は居眠り学習をしていた。
そして、居眠り学習をしているうちに時は進み昼を過ぎて放課後となるのであった。
放課後は特にやる事は無いが、上杉に家庭教師がやる気があるのなら来て欲しいと頼まれていたのを思い出していた。まだ、家庭教師をやるかは決めていないが……。
まあ、体験だと思って少しだけやってみるかと思い……。俺は上杉に向かうと一言だけメールで送った。それまでは良かった。
昇降口に着いた後、俺はあいつらの家が分からない事に気づいたのである。二乃が来るまで待つか。いや、あの五月蠅い奴と帰ると頭が痛くなりそうだ。止めておこう。ならば、どうする。
「あっ、脇城さん!じゃないですか!」
元気よく俺に手を挙げてリボンをピンと動かしながら、こちらを見てきたのは四葉。丁度いいところに良い奴がいた。
「どうしたんだ?その汗の量」
四葉は汗を拭いていたが、かなり汗を掻いている様子。何か運動でもやっていたのだろうか。それにしても、運動か。懐かしいな。
「少しだけ今日バスケの練習をしてきたんですよ!あっ、知ってましたか!私よくバスケの練習に参加してるんですよ!」
四葉が汗をタオルで拭きとりながら、ハキハキとした声で笑顔で言ってきた。その笑顔に普通の学生ならドキッと来るかもしれない。
「そうだったのか、それはお疲れだな。コーラ飲むか?」
四葉は「はい!」と言って俺から渡された缶コーラを飲むのであったが……。
「脇城さん、これ冷えてないじゃないですか!温いですよ!」
「バーカ、コーラは温いのが一番なんだよ」
もう一個持っていたコーラを片手で開け一気に飲み干した。
「それにしても、凄いです!コーラを一気飲みできるなんて!私なんかできませんよ!」
そういや、コーラ一気飲みできる奴ってあんまりいないよな。できたとしてもちょっと休憩入れる奴とかいるし……。
「そうか。ところで、お前これから帰るんだろ?上杉の奴にちょっと手伝ってほしいって頼まれてな。お前らの家まで案内してもらえるか?」
汗を拭き終わり、飲み物を飲み始めた四葉を見ながら言う。四葉は「ぷはぁ」と言いながら、飲み終えた。
「いいですよ!もしかして、脇城さんも家庭教師なんですか?」
「まだ家庭教師になるって決めた訳じゃないけどな。今回は、あくまで上杉の手伝いってだけだ」
四葉の顔を出来る限り見ないようにしながら、俺は話を続ける。
「そうだったんですか!ところで、私の妹の五月から聞いたんですけども上杉さん今日かなり気味が悪いほど元気だったらしいですけど、何か知ってますか?」
あいつ、他の奴に悟られるほど気味悪がられてるのかよ。そんなんじゃ、家庭教師として先が思いやられるな。
「特に知らんが、上杉の奴はサプライズとか好きだからな。期待して待っておいた方が良いかもしれんぞ」
ある意味、こいつらにしてみればサプライズだよな。
「そうなんですか!分かりました!」
四葉が楽しみにしているのか、スキップをしながら帰っていると家に着きオートロックを解除してもらうのであった。オートロックか、しかも今時こんな家に住んでるってことは石油王の娘なのかね。
「来たか、これで全員揃ったな!」
今にもフラダンスでも踊り出しそうな愉快な男、上杉風太郎。上杉が、フラダンスなんかした日には携帯の待ち受け画面にして勇也さんに見せて笑わせて恥をかかせるけどな。
「今日はよく揃ってくれた!昨日の悪行を許そう!」
後で聞いたが、どうやら上杉は二乃に薬を盛られたらしい。なんで、薬に盛られているんだよ。そんなに嫌われているのかお前と憐れんだ目で俺は見ていた。そして、それぞれ思い思いの言葉をぶん投げられながらも話を続ける上杉。
「家庭教師はいらないって言わなかった?」
二乃が携帯を弄りながら、言う。
「なるほど。なら、それを証明してもらうじゃないか」
上杉は叩きつけるようにしてテスト用紙を机の上に置いた。俺も問題文を見せてもらったが……。これは中々な問題だ。だが、決して難しい訳ではない。上杉にしては簡単な問題にしてある。
「このテストで合格点を超えた奴には今後一切近づかないと約束しよう」
俺の心の中で上杉が、馬鹿正直に五人も相手にする必要がなかったんだ。と言う心の声が今にも聞こえて来そうになっている。心の声漏れそうになっていますよ、上杉。
「分かりました、受けましょう」
二乃が文句を垂れ込んでいる中、眼鏡を掛けて立ち上がる。あいつ、眼鏡っ子だったのか。眼鏡は勉強出来るイメージが俺には勝手にあるけど、果たしてどうなることか。
「そうか、そう言ってくれると思ったぞ五月」
「合格ラインは?」
ヘッドホン女子が溜め息を吐きながら、合格ラインを聞いていた。どうやら、上手いこと乗ってくれたようだな。
「60、いや50点あればそれでいい」
50点か……。この問題なら余裕でいけると思うが果たしてどうなることやら……。
「別に受ける義理はないんだけど、あんまり私達のこと甘く見ないでよね」
英語の小テスト10点だった奴が、何ドヤ顔で言ってんだ。が、次の瞬間すぐに顔が一瞬崩れていた。もう駄目だな、こいつ……。そんな俺の顔に気づいたのか、何か言いたげでこちらを見ていた。言葉で示さず、行動で示すのはいい心がけだと思う。それが出来ればの話だが……。
「これ本当か……?」
と上杉が俺に聞いてきた。因みに、何故か俺もやらされる羽目になってしまったのだ。
そう言われ、上杉の頬を引っ張ると、
「痛っ!夢じゃないみたいだな」
そう、結果は全員……。
「採点終わったぞ!すげぇ、100点だ!!」
ある意味だがな……。
「全員合わせてな!!」
上杉が事前にやった点数は当然の如く100点。そして、俺の点数は……。
「56点か……。まあまあだな」
「まあまあじゃないぞ、空。全然駄目だぞ」
いつもと違い、本調子ではなかったのか。それとも、俺が馬鹿になってきているのかどちらかなのだろう。それとも……。
「それと、お前ら全員赤点候補ってどういうことなんだ!!」
俺は上杉からテスト結果の用紙を見せてもらうと、かなり癖のある解答集であった。因みに、上杉に追いかけられている四葉達は外へと逃げて行った。
「こりゃあ、とんでもねえ生徒抱えちまったな上杉」
思わず腹を抱えて笑いたくなるほどだ。
「あぁ、正直こんな調子じゃやっていける気がしない」
だろうな……。五つ子が危機感を持つようになれば簡単な話だが、そう上手くも行かない。上杉の家庭教師を受ける気になる何かきっかけさえあれば変わってくれるかも知れないが……。
「上杉、俺のことは保留にしておいてくれ。まだ、家庭教師を引き受けるかは決められそうにない」
「そうか、俺としては空の協力はあった方が嬉しいが空にも、空のやることがあるからな」
結局、その日俺たちは帰ることを決め日を改めることにするのであった。
しかし、どうにも煮えきらない俺は公園のベンチに一人座り、コーラを飲み続けていた。
公園では、子供達が楽しそうに遊んでいる。遊具で遊んだり、砂場で山を作ったり、鬼ごっこをしていたりとても活発的なことだ。
「あれ?脇城さんじゃありませんか?」
誰だ?と思いながら、上を向くとそこには顔を近づけていた四葉の姿があった。顔近っ……。
「四葉か、こんなところでなにしてんだ?」
コーラを一気に飲み終え缶捨てに捨てながら言うと、おーと言いながら四葉が拍手をしていた。
「公園に来たら、偶々脇城さんを見かけたんですよ!」
日なたよりも眩しい笑顔で四葉は笑ってくる。
「そういうことか。でも、なんでお前公園なんかにいるんだ?」
さっきまで四葉達は上杉から逃げていたはずだ。そのまま何処か行っちまったから、追うのはやめたが……。と言うより、俺の体力は持つだろうが上杉の体力が持たないだろうからやめたのだ。
「此処に来ると、昔のことを思い出すんです」
四葉が俺の隣に座りながら真剣そのものの表情でそう言う。
昔のことか。なんだろうか、俺の頭が何の事だろうかと考え始めるが、分からずにいた。
「そうか、いい思い出なのか……?」
と言うと、彼女は黙り込んで拳を強く握り締めている。
いい思い出ではなかったのかもしれない。俺は途端に謝ろうかとしたときそれに気づいたのか、四葉が顔を向けてこちらをニコッと笑いながら言ってきた。
「いえ、いい思い出です。私にとって特別と言っていいほどの」
「特別か……」
俺もあのときのことは今でも特別だと思っている。そう、それは俺がまだ京都にいた頃だ。5年前のあの日のことを今でも思い出す。もしかしたら、俺が四葉達に心が動かされているんじゃないかと思っているのは、恐らくこれのせいなんだろう。
絶対に違うと思っているのに、何故か心は彼女達なんじゃないのかと思ってしまっている。そんな訳がない。あの時、また会う約束をしていたけどあれはきっともう叶わぬ願いだと思っていた。だからこそ、そんな訳がないと思っていたのだ。
だからこそなのかもしれない。
だからこそ、俺は四葉に聞いたのかもしれない。
「なぁ、四葉……。もし、俺がお前らの家庭教師をやりたいって言ったらどうする?」
枯れ葉が落ちていく中、俺はそう聞いた。四葉の動きがピクリと止まり、何かを考えている様子。なんで考えていたのかは、分からない。だけど、俺には悪いことのようにも見えた。
「そんなの賛成に決まってるじゃないですか」
なんで、なんで……。こいつはこんなにも笑顔で言ってくる。
その笑顔を見る度に、俺はあいつの笑顔を嫌というほど思い出す。思わず、笑うのをやめてくれと思ってしまうほどだ。
「なんでだ?」
座りながら、コーラを飲み俺は再び四葉に聞く。
「だって、上杉さんと脇城さんに教えてもらうなんて嬉しいことじゃないですか」
四葉は、俺に会心の笑顔を見せてくる。俺はその笑顔に心を動かされていた。
まるで、俺がこいつらの家庭教師をやりたいと思ってしまうほどに……。
「……じゃあ、一つ聞いてもいいか。もしも、もしもお前に好きな人がいてそいつに裏切られたらお前はどうする?」
俺は欲しかったのだ。答えが、あのときの俺は真実を知ろうとせずただあいつが俺のことを裏切ったと勘違いしていたのかもしれない。と……。もしかしたら、自分が間違っていたのかもしれないと……。そんな馬鹿な発想すらしていた。
「それでも信じたいです。好きな人ですから」
ああ、分かったわ。いや、分かったと言うより知っていたと言うべきか。そういえば、こいつは……。
「馬鹿か……。お前」
馬鹿だったわ。でも、こんな馬鹿でも信じたいものは信じたいんだろう。例え、裏切られようとも……。漫画の主人公に居そうな性格してんな。
「なっ!?いきなり罵倒なんてひどいじゃないですか!脇城さん!」
「事実を言っただけだよ……。でも、お前の話を聞いてようやく決心がついた」
「決心ですか……?」
自分でも阿保らしいと思うし、少しだけこいつらのことを信じてみたいとか思っているのは俺は馬鹿なんじゃないかと思ってくる。更に言えば、もう女と関わらないつもりだったのに、また関わろうとしている自分を見て呆れてくる。
だけど、こいつらは最後まで信じてみたいと思っただけだ。いや、こいつらと言うより特に四葉のことは……。いや、四葉には四葉の好きな奴が居るだろうしな。それが誰とは言うつもりはないが……。
「ああ、お前らの家庭教師を引き受けてやるよ。但し、まだ仮だけどな。めんどくさくなったら投げ出してやる」
「ええ、めんどくさなったら投げ出しちゃうんですか!?」
「冗談だよ、そんなことしねえよ」
まあ、半分本気で言ったつもりだが……。でも、結局最後まで俺はやっちまうんだろうな。家庭教師を……。それに、四葉のことを聞いてまた女を信じてもいいかもしれないと思った。
そして、その日の夜……俺は……姉にある頼みをした。
「俺に、全教科教えてくれ!楓姉ぇ!!!!」
ほぼ無茶振りな頼みをするのであった。