「あの爺さん、見た目に反してとんでもない怪力だな……」
背中を押さえながら立ち上がると、既に爺さんは居なかった。
さっき荷物運べなさそうにしていたのにとんでもない怪力だった。柔道を習っているというのなら是非教えて欲しいものだ。背負い投げとか簡単に出来るんだろうか。それこそ柔道何段とか気になるところだ。
ってこんなこと考えてる場合じゃないな。あの爺さんが三玖達の爺さんってのはちょっぴり驚いたが……。
「脇城君、け、結構強い音で打ち付けられていましたが大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ。世の中にはあんなに力が強い爺さんが居たんだな……」
「お爺ちゃんのことですか?すみません、恐らく三玖と脇城君が揉めていると勘違いをして止めに入ろうとしたんだと思います」
「……あの感じを見る限りそうだろうな」
俺が三玖の浴衣の袖を掴んでいたのもあるだろうし、なにより俺達が口論しているように見えたのだろう。
だから、三玖を助けようとしたんだろう。良い爺ちゃんだな、あの爺さん……。ただもうちょっと手加減して欲しかったという気持ちはあるが……。
「それで話ってのはなんだ?」
中庭に辿り着いた俺は待っていた五月に話しかけた。
五月は自分の父親が見ていないのか確認しているのか周りを気にしている様子。
「あ、あの……。こういうときに話すべきなのか悩むのですが……」
「いいから言ってみろよ、何か解決できるかもしれないだろ」
「わ、わかりました……」
緑側に座り込むと、五月は少し間を空けて座る。
どうやらあまり旅行のときにするような話ではないらしい。
「一花が……その……上杉君に……告白するところを……目撃してしまったんです……」
この前の上杉の様子を見たとき、かなり様子がおかしかったのは分かっていた。そして、今日一花の話をされたとき、何かがあったのは分かっていた。なにより前に恋愛相談をしてきたあの件……。知り合いなんてまるで自分じゃないような話をしていたが、あれは自分のことを話していたようだ。
どうすればいいのだろうか?と言わんばかりに少し困惑している五月。
五月の表情を見る限り、嘘を言ってる様子もなさそうだしな……。
「正直驚きました……。まさか私達の中で上杉君のことを好きなる人が現れるなんて……」
「俺も……ちょっとは思ったな。でも、俺達の関係は最早家庭教師の枠を超えてた気はしないか?」
「つまり、何れはこうなったのかもしれないということですか?」
「恋愛とまでは行かなくても……。親友みたいな関係にはなったんじゃないか?少なくとも俺は五月達のことを親友だと思ってるぞ。中間試験、夏祭り、俺が迷惑を掛けた林間学校、期末試験……。そして、冬休み……。俺達は色々な困難を乗り越えて来た。だから少なくとも、俺は五月達のことを親友だと思っている」
若干熱が入った感じで喋っていると、五月が少しハッとしたような表情をしていた。
それから少し苦笑いを浮かべている。
「脇城君って意外に熱い言葉好きですよね」
「そうか?事実を述べただけだろ……?」
俺達は今まで色んな困難を乗り越えて来た。
俺は五月達に助けられたこともあった。五つ子や上杉のおかげで俺は変われることが出来た。あのときは上杉に迷惑をかけただろう。
「確かに脇城君の言う通り、数々の困難を乗り越えた私達は親友と呼べるほどの仲になれたのかもしれません。それは私達や脇城君を変えてしまうほどの……。そして、上杉君すらも……」
「……だな」
五月の言う通り、あの上杉も五つ子に出会って良い傾向が見えてきている。
本人は気づいてないかも知れないが、誰かと積極的に関わろうとするところなんて見れるとは思わなかったからな。
「すみません脇城君、家族旅行の最中にこんな話をしてしまって」
「構わない」
五月の話は一花の件だった。
少し落ち着いたのか呼吸を整えてリラックスしていた。悩みを打ち明けると言うのは心が安らぐものだ。こういう家族旅行の最中に悩みを抱えたままじゃ楽しいことも楽しくないだろうしな……。
「そういえば、脇城君。私の父が明彦さんと頭を下げていましたがどういう関係なのか知っていますか?」
「俺も今日初めて父さんと五月の父親が知り合いだっていうのを知ったからな、聞きたいことってそれだけなのか?」
俺も正直父さんと五月達の父親が教師と生徒という関係だったなんて聞いたこともなかったからな。
それに父さんには五月達のことは引っ越して来るまで話したことはなかったからな。
「いえ、まだあります。何故三玖は脇城君にあのようなことを……」
「さあな……でも俺はちょっと自分が嫌になったな……」
手入れがきちんとされている盆栽を見つめながら俺は三玖と話していたときのことを思い出していた。
「それはいったい……?」
「俺は五つ子の中であいつとは一番仲が良いと思っていた。だから、表情を見なくても言葉を交わさなくても互いに分かり合える関係だと勝手に思っていた。だけど、実際は違ったのかもしれない。俺は三玖のことをやっぱり何も分かっちゃいなかった」
あのとき三玖が何を考えているのかもどんな表情をしているのかも俺には分からなかった。
それが少し嫌になっていた自分が居たということを……。
「そんなことはありませんよ、脇城君……。今回は三玖の異変に気付くことが出来た。あのときと比べて一歩前進できています。だからもっと自信を持ってください」
「……ああ、ありがとうな」
緩やかな風が吹き軽く髪をたくし上げながら五月はこちらを見てくる。
五月は少し俺の背中を押すような言葉を言ってくれた。
俺はその後、五月に「おやすみ」とだけ伝えてその場を去っていった。後ろから聞こえてくる「三玖のことを頼みます」と言う声が聞こえたのを確認してから。明日からは三玖がどういう理由で俺に聞いたのか考えなくては……。あの感じを見るに五月は三玖から何も聞いていないのだろう。
となると、後は残りの三つ子となるのだが……。
「脇城君、おはようございます」
「え、っと……五月でいいのか?」
「さぁ、どうでしょうか?」
今度の五月は俺に当てて欲しいって感じか……。
こっちは今目の前で話している中野五月が本当に五月なのかもわからないってのに……。因みに、先ほど二人ぐらい五月を見たため、余計混乱している。
あの二人からなんで五月の恰好をしているのか聞けばよかったな……。
そうだ。とりあえず、本物の五月しか知らなそうなことを聞いてみればいいんじゃないのか……。
「あー、えっと五月好きな飲み物は?」
「そうですね、カレーですね。やはり、カレーは飲み物ですから……」
「そうか……」
駄目だこんな初歩的な質問で五月なのか分かるわけがない。
五つ子はそれぞれ自分たちが好きなものを理解しているはずだ。だから、こんな問題猿でも分かるはずだ。
カレーが飲み物ってのは意味が分からないが……。
「サンタクロースのこといつまで信じてた?」
「脇城君、そういう夢を壊すような話をしては行けませんよ」
これもダメか……。真面目の五月ならそう返してくるに決まっているか……。
因みに俺は父さんがドジ踏んでサンタクロースの正体に気づいた。理由は父さんがプレゼントを置くときにドジを踏んで俺の髪の毛を踏んだからだ。俺はそれ以来サンタクロースのことを全く信じてない。
「デリカシーのない質問するからキレるなよ?コンビニの肉まんのカロリー覚えてるか?」
「……私が太ってるとでも言いたいのですか!?全く心外です!脇城君はもう少し女性に対して気を遣えると思っていたのですが……!」
当然怒り始める。 少し申し訳ない気持ちになり「すまん」と謝っておいた。此処までならいつもの五月とそう変わらない。さて此処からどう本物の五月と判断し始めるか……。
「五月、昨日俺と一緒に会話した場所覚えてるか?」
「……?」
どうやらこの五月は昨日のことを知らないようだ。五月自身もあのことを誰にも言ってないのだろう。
と此処までは良かったのだが問題が発生する。此処からどうやって五つ子の誰なのか当てるゲームが始まる。それぞれしか知らない情報を適当に言っていけば正解に辿り着けるのか……?
果たしてそんな当てず鉄砲でいいのか……?
「……ダメだ、五月。ギブアップだ」
今の俺に五つ子を見分けるのは難しい。
どうやっても見分けることは不可能に近い。
「がっかり、ソラ君なら当てられると思ったんだけどな……」
「……その喋り方的に一花か?」
「そうだよ」
どうやら目の前に居るのは長女である中野一花だったようだ。
じゃあさっきまで食事処に居た二人のことが気になるけどまずは一花から聞くべきことがあるな。
「脇城君ならきっと私達のこと見分けられると思ったんだけどな」
「期待に応えられなくて悪かったな……。ところで、なんで一花達は変装なんてしてるんだ?」
「ん?それは私たちが変装大作戦をしているからだよ」
「変装大作戦……?」
一花が言った変装大作戦という言葉に疑問を感じていた。
食事処で五月が大量発生していたのを見るに五つ子全員が変装しているってとなのだろうか、なら昨日の三玖の変装も頷ける。
「気になる?特別にソラ君にだけ教えてあげようかな?」
「……多分、それって五月以外の五つ子が全員五月になるってことか?」
「おっよく分かったね、ちょっとお爺ちゃんの為に色々あってね……」
だから、全員五月に変装していたのか……。
なんで全員が五月に変装しているのかがようやく見えて来た。恐らくだが、あの爺さんを心配させない為にとかそういう理由だろう。
「因みに先に食事処に行ったのって誰なんだ?」
「それなら五月ちゃんと四葉ちゃんだね。二人共、先にご飯食べに行くって行ったからね」
「ああ、だから四葉っぽい五月だけ若干ソワソワしていたのか」
先ほど食事処で偽五月二人と話していたが、一人だけ何処かソワソワしていた。
もう一人の方は俺に普通に話しかけていたから、本物の五月だろうかと少し思いながらも俺は会話をしていたが……。
「なぁ、一花……。少し聞いてもいいか」
「なに?」
「五つ子の見分け方ってあるのか?」
こんなことを聞いたのは俺は少しでも本物の三玖に三玖だとすぐに分かるようにする為だ。
一花は額に手を当てて少し考えている様子。やっぱ、そういう見分け方ってのは五つ子か親族とかじゃないと分からないって感じかって少し諦めていると……。
「愛があれば見分けられると思うよ?」
「……は?」
思わず素で「は?」という声が出てしまう。
それもそのはずだ、見分け方に「愛があれば」と言われてすぐに「そうなの?」となる訳がない。と言っても、原理が分からない訳ではない。
「いやいや、本当だってば……。そうだね、例えばニ乃ちゃんって動揺すると割と指で指してくることが多くない?」
「ああ、まあ確かにな……」
確かに言われてみれば、取り乱したときとか割と人差し指で指してくることが多い気がする。
「うん、だから愛があればそういう仕草とかで分かるような気がするんだよね。だから、きっとソラ君なら二乃ちゃんと三玖ちゃんのことすぐに見分けられるようになると思うよ」
何故か二乃と三玖の名前だけを名指しで言われる。
俺の場合、あの二人が一番関わっているというのもあるからだろう。変な勘違いをしてしまいそうになったため、頬を叩きながらも一花の話を聞いていた。
「聞きたいことってのはそれだけで大丈夫かな?」
「ああ、ありがとうな……」
「じゃあな」とだけ伝えて食事処に入って行く一花の姿を見送った。
応援の言葉でも一応伝えておこうと思ったが、「なんで知ってるの?」となるだろうか俺は余計なことは言わずに口を閉ざした。
「脇城の倅……。何の用だ?」
「お爺さん、貴方にどうしても頼みたい事があります。俺に貴方の孫の見分け方を教えてください」
受付に居た爺さんを見つけて話しかけた。
目が開いていない爺さんが起きているのか少し不安になっていたが、俺が通ると少し目を開けてこちらを見ていた。
「またワシの孫に手を出そうとしているのか?」
「そうじゃないです、俺は……。あの五つ子の見分け方をどうしても知りたいんです」
ただ三玖が何故あんなことを聞いたのか、それだけ知ろうとするのは間違いない気がしていたからだ。
それに三玖が言っていた言葉も気になる。だからこそ、俺は五つ子の見分け方を知ろうとしていた。
「……ならば、この宿の雑用から何から何までやるつもりで覚悟するんだな、脇城の倅」
「分かってます!!」
大きな声で意気込んでみせると爺さんは少し笑っていたように見えていた。
待ってろ、五つ子……。絶対に見分けてやるからな……。
「なんで、二乃が此処に居るんだよ……」
次の悲劇は浴場で起きるのであった……。