「五月か、三学年の勉強どう……いや、学校始まったばっかで聞くようなことじゃねえか……」
なんとなくは自分が変かなということは気づいていた。
それは自分に何度も溜め息をついてしまうほどにだ。
「しっかりしてください、家庭教師である貴方がそれでは私たちに示しがつきませんよ」
「……悪い。全部見てたんだな」
どうやら五月には俺の間違った変化を全部見られていたようだ。
こんなに恥ずかしいことがあるのならば、少し恥ずかしくなっているとこんなことをとっととやめるべきだったと自分が更に恥ずかしくなっていた。
「何かあったのですか?」
「……いや、別に大したことじゃねえんだ」
前に一度五月にはクビになるかもしれないということを聞かれている。そのときは仕方なかったが、今回は別に知らせる必要はないだろう。でも、何れは知ることになるかもしれないと考えると、今伝えた方がいいかもしれないという気持ちにも苛まれる。
人間の心ってのは面倒なもんだ……。
「ただ変わるってのは難しいことだなって改めて考えさせられたってだけだ」
「前に私が言ったこと……もう忘れたのですか?」
前に五月に言われたこと……。
何か五月に重要なことを言われただろうか……。
「家族旅行のとき、私は上杉君だけではなく脇城君や私たちすらも変えたと言ったはずですよ。そうですね、例えば脇城君の場合は……」
「気づいてないのかもしれませんが、あるときを境に私達の目を見て話すことができるようになったんです。それだけではありません、脇城君は正直最初は私達関わるのは仕方のないことだという雰囲気を出していました。ですが、今では家庭教師の一人として親友の一人として私たちのことを見ていてくれるではありませんか」
その言葉を言われて俺は初めて気づかされていた気がした。確かに言われてみれば、俺は今も五月の目を見て話を聞いていたしさっきまでだって五月の目を見て話をしていた。これは前までの俺じゃ考えられないことだ。そして、五月が言っていたように俺の中で仕方ないのこと。親友の為だから仕方のないことだという言い訳もいつか消えていたのだ。
「五月、三年生も勉強……きっちりと教えてやるからな」
「それと、ありがとうな……。五月も案外熱い言葉好きなんだな」
でも、おかげでこっちの目が覚まされた気分だ。
変化ってのは目に見えているだけじゃない。それを五月が……。過去の自分が証明してくれたのだから。俺はそれに感謝したいという気持ちが強くなっていた。俺は学力で上杉や武田を超すことはかなり難しい。
だけど、俺には一つだけ父さんを認めさせる方法があった。
一週間後……。
俺の当ては外れることになる。
「嘘だろ、ほとんど赤点じゃねえか……」
「……これはまずいな」
上杉より口数が少なかった俺の方がダメージをかなり受けていた。
というのも、上杉が出したテストの点数がかなり低かったのだ。
「言い訳になるかもだけど、此処最近仕事ばかりであんま自習できてないのよね」
俺の当てとは五つ子の点数の成績を見せつけて父さんをぎゃふんっ!と言わせるという展開を期待していた。尚且つ、土下座付きで……。だが、それは叶いもしない夢だ……。今にも不貞腐れてしまいそうになったとき、俺はあることに気づいた。
「そういえば五月の点数だけ下がってないな……」
五月の点数だけ下がってない……。
これは俺の当てが少なくともまだ使える可能性は高い。
「無事卒業とか言ってるそばからこれだ。俺も自分の模試勉強があるってのに……。じゃあ、間違えた問題を確認していくぞ」
全員の『お願いします』という声が響いたと同時に、インターホンの音が鳴り響いた。
「近々全国模試だと聞いてね。それといい機会だから紹介したい子がいてね、入りたまえ」
家に入ってきたのはマルオさんだった。
「お邪魔します、ごめんね。突然押しかけちゃって」
あいつは武田……。
まさかこんなにも早くマルオさんが手を打ってくるなんて思わなかった。もう少し遅めだと思っていたが……。
「マルオさん、今この場に彼が居るということは上杉と俺の代わりとして連れて来たってことですよね?」
「話が早くて助かる。脇城君の言う通り、武田君は上杉君と脇城君と代わって新しい家庭教師だ」
「ちょっと待ってください、説明してください」
当然五月はそんなことは聞いていない。だが、身に覚えがあったのか何か察している様子ではあった。
恐らくあのとき話している雰囲気的に察せられたのだろう。こんなことになるならもっと早く言うべきだったかもしれない。五月と一緒に打開策の一つや二つを考えることだって出来ただろう。
「先の試験実に見事だった。優秀な家庭教師たちのおかげで成績も伸びてきていたのも明白」
「優秀なら……つまり、成績を落としていることが問題と言いたいのですか?」
二乃が「あっ」と言いたそうな顔で上杉のことを見ていた。
そう、上杉の成績は家庭教師に始めたことによって徐々にではあるものの成績が落ち始めていた。そして、今では誰がどう見ても分かるレベルほどには落ちていたのだ。
「その通り。残念ながら上杉君は成績も順位も落ちてきている。これが問題なんだ」
五月の怪訝そうな表情に加えての言葉にマルオさんは無言で頷いた後に、淡々と話し始める。
「だから僕は新しい学年一位の彼に家庭教師が相応しいと考えたのだ……」
マルオさんの判断は間違ってない。成績優秀でないのならば、新たに他の成績優秀を家庭教師にするだけ。それはなにも間違ってなどなかった。ただ何も言い返せない現状に、口を開いたのは武田だった。
「勝った!勝ったぞ!!オー!イエス!!イエス!!!」
心の底から喜んでそうな武田の様子を見つめていた。
だが、上杉にはそんな言葉は耳にも入ってない様子だった。何故なら、いきなり変な行動をし始めたぞとでも言いたそうな顔をしているのだから。
「長きに渡る僕たちのライバル関係……!ついに終止符が打たれたんだ!家庭教師も僕がやってあげよう!」
「いや、お前誰だよ」
耳にも入ってない様子という訳でもなかったようだが、どうやら上杉は武田のことを全く知らなかったらしい。えっ、武田があんなに因縁感出してたから普通知ってるもんじゃなのかと不思議そうに俺は眺めていた。
「えっ、二人ってライバルとかだったじゃないのか……?」
思わず俺がそんな質問をしてしまう。
親友が自分の知らないところでライバルを作っていたのかと勝手に思っているとどうやら話が違ったようだ。
「な、なっ!?そ、そんなわけが……!」
続いて自分を全く意識されていなかったことに気づいた武田が少しショックを受けていた。
「もしかして二位以下か?二位以下なんて興味ないから気にしたことなかったわ」
武田は上杉の言葉に何も言えずにいた。
自分が足元に居ることにすら気づかれてない様子に唖然としていたのだ。
「ちょっと待ってください!上杉君への理由は分かりました。ですが、脇城君の理由が説明されていません」
「そういえば、ソラって順位落とすどころか上がってたわね」
俺が主に順位が上がってたのはちゃんと勉強するようになったからと言うのと、楓姉に勉強を教えてもらっていたというのがデカいだろう。
「それは明彦先生から話して貰った方がいいだろう」
「父さん……」
部屋に入ってきたのは父さんだった。
父さんは真剣そのもの表情で俺達のことを見つめていた。
「空、今回の件何故と思っているだろうね。だけど、これは僕から試練なんだ」
本気の目だ。
父さんが教職員時代の目をしている。あの噂は本当だったのか……。
「空が更なる壁を乗り越えることが出来ると信じてね」
「……脇城先生、分かりました。なら、私が脇城君の教えの下、学年一位になります!」
その言葉に五つ子、上杉、俺も驚いていた。
「その言葉に二言はないかい?」
まずい、父さんがそれで普通に了承しようとしている。
確かにそれなら申し分ない実力なのは間違いないけど、今の五月の実力でもそれは流石に無理だ。
「待って、お父さん達に何言われても関係ないよ。上杉さんたちは私たちが雇ってるんだから!」
四葉の助け舟でなんとかこの場を乗り切ることに成功したかに見えたが……。
「いい加減気づいてくれ、上杉君が家庭教師を辞めるというのは彼の為にもなるんだ」
「キミ達は彼のことを凡人にしてしまったんだ」
「彼には彼の人生がある、解放してあげたらどうだい」
マルオさんの言っていることも、武田の言っていることも分からない話でもない。
だが、それで生徒は納得する訳ではないのも分かっているはずだ。一花は今此処には居ないが、他の四つ子達も何か言いたそうにしているが納得できる部分もあって言い返せないという感じだ。
なら、今この場をなんとかできるのは俺だけだ。
「武田、マルオさん、俺は上杉が凡人になったとは思っていません」
「ほう、それはどういうことかな?脇城君」
食いついて来たのは武田の方だった。
「俺は上杉のことをこれでも見てきたつもりです。俺はその過程で家庭教師を始めてから少なくとも人間性は増したと思っています」
「おい、なんだその言い方……」
俺は家族旅行のときに五月が上杉すらも変えていったという言葉を思い出していた。
それは悪い意味ではなくきっといい意味だったに違いないはずなんだ。俺はあそこまで上杉が誰かの為に頑張ろうとしたことが見たことがなかった。途中で投げ出しても良かったであろう、家庭教師という仕事を投げ出さずに最後までやり遂げて見せたのだから。
「それに五つ子達はきっと納得しないと思います。貴方は知らないかもしれませんが、五つ子達は結構頑固ですから家庭教師が変われとなれば、勉強を放棄し始める可能性すらありえます。そうなっては貴方も色々とまずいのではないでしょうか?」
「ふむ……確かにキミの言うことも一理ある。確かに彼は人間性を持つことで人となりを得たのかもしれない。彼女達の関係も考慮して本来であるならば、キミを家庭教師補佐として付かせることも視野に入れていたのだが明彦先生はそれを望んではいないようだからね……」
「全く人が話を聞いていれば、人間性を得たのだの人となりを得ただの……好き放題言ってくれるな」
マルオさんに立ち上がってきたのは上杉だった。
「……確かに親父さんの言う通りです。俺は凡人になり下がったのかも知れません。ですが、
俺が一回愚痴で言っていた程度の言葉……。
覚えていたのか……。
「だから、これは俺達が最後まで引き受けるつもりです。俺のことを慕ってくれた五つ子の為にも……」
「キミの決意は分かった。だが、それを証明するものが欲しいところだ」
「なら、俺は……全国模試一位になってみます!!」
全国模試一位と言った瞬間、二乃達が上杉の口を塞ごうとしていた。
流石の上杉でも全国模試一位は無理な……はずだ。
「ぜ、全国模試上位でどうですか!!」
五つ子達と話し合った結果なのか、出た言葉がそれだった。
「ふむ、悪くはないね……。では、脇城君はどうかね?」
「……俺は貴方に上杉や武田を越えて見せると言いました。だけど、二人のように全国模試目指すより五つ子全員の赤点を回避させ、俺も全国模試上位を目指します……。そして、五月を学年五番目内にします。これでどうですか?」
「なるほど、空の言いたい事は分かったよ。男に二言はない、いいね?」
「……ああ、分かってるよ」