「えっと……この問題がこうで……あれがこれで……」
全国模試はもう間もなく行われようとしていた。
俺は最後の大詰めに頭の中にみっちりと問題を叩きこもうとしていた。図書館のなかは既に誰もおらず、居るのは俺だけだということは分かっていた。時間帯もかなり遅い時間だろう。周りが暗くなっている気がする。それでも俺は全国模試上位……いや一位を取る覚悟でこの模試に挑まなければならなかった。
「こんな時間まで自習とはまだ帰ってなかったんですね、こちらは差し入れです」
五月が俺に差し入れと言って飲み物を渡してきた。
俺はそれを一気に飲み干して、机の上に置いていた。
「先日塾講師の下田さんと言う人の下に行って参りました、私はそこでお手伝いをしながら学力向上を目指したいと思います」
「そうか俺や空は用済みってことか」
少し悪態をつくと、「拗ねないでください」と言われる。
此処に来て五月に新たなる教師か。足か……いやこいつらは足枷なんかじゃない。こいつらもこいつらなりに頑張ろうとしてくれているということだ。いつも楽しそうな四葉だって学級委員長の仕事を出来る限り自分でこなそうとしているもんな。
俺はアイツに感謝するべきなのかもしれない。
「そうではありません、夢の為に教育の現場を見ておきたいのです。私の夢の為にも……って聞いてますか上杉君」
俺の意識はそこで途絶える。
「お兄ちゃん、今日は大事なテストなんでしょ!?早くしないと遅刻しちゃうよ!」
「くそっ、後もう少しだったが仕方ない……」
後は登校しながら……いや遅刻寸前だから今回はそれをやって居る暇もないだろう。
仕方ない、後は本番という時間に託そう。
「上杉そっちの調子はどうだ?」
「ああ、順調ではあるな」
寝不足な空が家の前で待っていた。
今日は片手にコーラではなく薬のような味がするドクペを手に持っていた。寝不足のあまりコーラと買い間違えたのだろう。
「俺は信じてるからな、親友の上杉なら絶対に乗り越えられるって」
「よくも恥かしげもなくそんな暑苦しい台詞を……。まあ空らしいか」
きっと俺のことを信用してくれてこその発言なんだろう。俺はそれに少し嬉しく思いながら空と一緒に登校していた。その後、五つ子達とも合流して俺は学校に入ろうとしたときであった。目の前には武田が立っており、俺の邪魔をしていたが特に気にすることなく俺達は校舎の中へと入って行った。
俺は一人じゃない、俺達は七人だ。
だから負けないはずだ。模試が近々始まると言ったところでピリピリしていた空、俺や空だけの教えだけに飽き足らず塾の力まで使った五月。この二人はきっと今までと比べられないほど成長しているに違いないだろう。
だが、何故だろうか。
先ほどから腹の調子が悪い。もしかして机の上に置いてあったあの牛乳。賞味期限が切れていたって言うのか。最悪だ、このタイミングで腹を壊すなんて模試中に支障をきたさなければいいのだが……。
そして全国模試は始まった。
それと同時に俺は腹痛との戦いも始まっていた。大丈夫だ、さっき全部流してきたばっかのはずだ。此処を乗り切ればきっと……。
「はぁ……とりあえずなんとかなかったか……」
模試中、トイレに行くなんてことはなかったのは助かった。
「長かったじゃないか、腹痛かい?」
「まあそんなところだ……。それでお前は何の用だ?」
居る気はしていた。
男のトイレを待ち続けるというのはどうかと思うが、こいつにそんなことを言っていても仕方ないだろう。
「此処に実はとんでもないものがあってね」
「まさかだとは思うが、答えなんて言うつもりはないだろうな……」
「そのまさかさ、此処には全ての答えが詰め込まれている。キミの成績がどれほど良くても確実に勝てる秘策だよ」
いきなりとんでもない不正アイテムが現れやがったな。
だけど、此処でそう宣言するってことはその答えを見なかったのか俺に勝てるという勝利宣言をしに来たのだろうか。
「だけど……こんなもの必要ない、ね」
武田は目の前で答えを全て破り捨ててトイレに流していた。
変な奴かと思っていたがこいつにはこいつなりのプライドがあるって言うことか。
少し見直したぞ。
「上杉君僕はね、宇宙飛行士になりたいんだ。あの広大で縛られた世界では全く体験できないあの場所こそが僕が求めている場所なんだ」
「……そうか、何言ってんだお前」
訂正しよう、武田はれきっとした変人だった。
大声で自分の将来の夢を語り始めていた。
「僕はこんなところで終わるつもりはないよ……この小さな学校という箱庭でね。僕には夢があるから……!!だから実力でキミを打ち倒す!!」
俺は此処で腹が痛くなってしまった為、トイレに戻る。
なるほどな、こいつにはこいつなりの意地があるってことか。いいぜ、その勝負……。
「その勝負乗ってやるよ……お前の夢か俺の夢。どっちが勝つか勝負と行こうぜ」
「望むところだよ、我がライバル……」
◆◆◆◆◆
『はい、俺は実現して見せます。そして、父さんの試練を乗り越えて……このクソジジイって言ってやります』
下田さんの前で高らかに宣言したあの言葉……。
俺はあの言葉を言う為だけに、今日の日を今まで頑張ってきた。恐らく今まで一番勉強というものと向き合っていたはずだ。今回ばかりは楓姉の力を借りる訳にはいかなかった。俺は俺自身の力で今回の全国も市を乗り越えなくてはならないと考えていたからだ。
「期待しているよ、何処までやれるか」
「ああ、見せてあげるよ父さん……。凡人が時には天才を喰らいつくすこともあるんだってことを……」
父さんが期待の眼差しで俺のことを見つめてくる。
きっと父さんから教わった生徒達も今までこの期待の眼差しを向けられたに違いない。きっと父さんは目の前に居る特上の御馳走を見せられている気分に違いない。だけど、俺はそんな特上どころではない御馳走というところを見せてやる。
「それは楽しみだね……」
なにより俺は上杉や武田のように天才ではない。
俺はどちらかと言うとただの凡人だ。ただの凡人が天才たちと同等、それ以上になるにはあいつら以上の努力をしなければならない。その努力は血も滲む過酷なものになるだろう。実際此処二週間ずっと俺は睡眠時間を極限まで削って勉強をしていた。
五月の勉強は下田さんが見てくれるようになったため、少し楽にはなりそれでも俺は自分を緩めることはしなかった。俺が天才に喰らいつくす為には何よりも天才の努力を模倣することが必要だ。だから、俺は睡眠時間をギリギリまで削ってでも努力を続けることを決意したのだ。
この模試が俺の実力……それ以上を何時か見せてやる。
そうすることで俺は自分をより強くしてくれることを期待していたからだ。
「脇城君、勝算の方はありますか?」
学校へ向かう途中、五月が俺にそんなことを言ってきた。
此処に来る途中、コーラとドクペを買い間違えるという失態を犯してしまったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。俺が気にするべきは全国模試上位……。ただその一つだ。
「勝算か……あるに決まってるだろ。無かったら此処には来てない」
「それもそうですね……」
勝算なんてものがどれだけあるかは正直分からない。
だけど俺は全力を尽くして全国模試に打ち込むつもりだ。一つだけ不安なことがあるとすれば、上杉の体調があまり良くなさそうだということだ。それだけが不安になっていたが、本人を信じるしかない。
「では始め……!」
ついに始まった全国模試。
俺は絶対に言ってやる、クソジジイって……。