始まりは突然だった。
私と空が付き合い始めた頃、空が私との待ち合わせに遅くなることが多かった。最初は空も忙しいのかな?と思うことがあった。空は弱い虐めを許さない子だったから、きっと今日も助けに行っているんだろうなと思って待っていたが……。
「遅かったね空」
「あ、ああ……色々あってな」
私はこの時点で少し不自然に見えていた。
空が私との待ち合わせに遅れてくることなんて一度もなかった。空はいつも待ち合わせの10分前には来ており、私がいつも「ごめん、遅れた」と言っていることが多かったからだ。勿論、遅刻したことだけではない。
季節は夏だというのに空は長袖を着ているのだ。
今日は特段寒いと言う訳ではないし、どちらかと言うと暑い方なのだ。どうしてなのだろうかと、気になって私が質問を投げかけてみる。
「暑くないの空?」
「あーいや、暑いけどちょっとな……」
何かを誤魔化そうとしているような気がしていた。
私はどうしても気になってしまって空の長袖を捲ろうとする。
「ど、どうしたんだよ」
空が腕を机の下に隠していた。
間違いない、空は何かを隠そうとしている。それは間違いないはずだ。言わなきゃダメだ、私は空の彼女としてちゃんと……。
「空、私に何か隠しているならちゃんと言って……。相談に乗るからさ」
空は私と目を全く合わせないようとしない。
こんなことは今までなかった。空は私の目を見れないときもちゃんと目を見て話そうとしていたからだ。
「空……!」
空は何処かへと逃げようとしたとき、私は彼の腕の袖を捲り上げると、そこには痣のようななものがあったのだ。私はそのとき理解することができなかった。転んだ……。いや、そんなわけがない。転んだだけでこんなに大きな痣が出来る訳がないはず。
「優莉、これは違うんだ……!これは虐められている奴を助けるためにちょっと怪我を……悪い優莉!」
この痣はいったい……。
「空待って……!」
私の中で色んな感情が渦巻いていると、空は何も言わず逃げ去ってしまったのだ。
空はその日以来、私と会うことは無くなった。私が空と話そうとしても逃げられて全く話す機会がなかった。そういう機会が出来たとしても空にはぐらかされてたりしていたのだ。それでも何故あの日あんな大きな怪我をしていたのか、知りたかった私は偶々体育館裏に行こうとしている空の姿を見かけた。
今度こそ空から本当のことを聞かなくては……。
そう思った私は体育館裏へと追いかけようとしたが……。そこに空の姿はいなかった。そんなはずはないと思ってもう一度よく見かけると、足を引き摺っている空の姿が見えたのだ。それだけではなく、そこらじゅう血だらけで立っているのも不思議ないぐらいだったのだ。
私はすぐに駆け付けると、殴られたような跡のようなものを発見して声を出そうとすると、空は「いいんだ、優莉」と言って抑えられた。空はボロボロの状態でも立ち上がり、私に何も言わず帰るのであった。
何故、何故私には何も言わず帰ってしまったのだろうか。
私に「いいんだ、優莉」と言ったのだろうか。何か弱みでも握られているのだろうか。私はこうしてはいられないと思い立ち上がり、担任の先生の下へ向かおうとしたときであった。
「空君、抵抗することはなかったようだね」
「無堂先生、見ていらっしゃったんですか!?なんで空は……!?」
「それは……恐らく優莉ちゃんを守る為だろうね。先ほどまで暴力を振るっていた生徒達は見ていたところキミのことを人質にしていたからね」
「わ、私のせいなんですか……」
私のせいで空に迷惑を掛けてしまったんだ。
私は元々いじめられっ子だったからきっとそれで……。
「私も教師として二人のことを守ってあげたいが……。時に優莉ちゃん、キミは空君と付き合うのは分不相応だとは思わないかね?」
「どういう……意味ですか?」
言っている意味が分からなかった。
私が空と付き合うのが分不相応……?確かに空は私なんかよりもっと凄い人だと思うだけどそれを他人に言われる筋合いなんて……。
「彼の父は教師だ、立派な教師家庭に生まれた息子なのだよ。それがキミはどうだい?ただの一般家庭ではないか。恥と言わないが、彼にはもっと相応しい人物がいるはずだよ。それにキミが空君と別れることで彼に対する虐めもなくなるだろうからね」
無堂先生の言っていることはつまり、私はただの一般家庭に生まれた子供であり空には分不相応と言いたいのだろう。
「ごめんなさい無堂先生、きっと空を虐めている子たちはそれだけで暴力をやめてくれるとは思いません。むしろ、エスカレートすると思います……。無堂先生、お言葉ありがとうございました」
無堂先生になんと言われようとも、私は空と付き合うことをやめたりなんかしない。
此処でやめたりしたら一生未練が残ってしまうに違いない。だからこそ私は止まる訳には行かなかった。
「先生、いますか!」
「どうした優莉、そんなに血相を変えて……」
「実はお話がありまして……」
私は空みたいに力がない。
なら、誰かに空が暴力を振るわれていることを伝えてなんとかしてもらう以外方法がなかった。
「そうか、お前らも大変だな……。分かった先生がなんとかしてやろう」
「いいんですか!ありがとうございます!!」
この選択が私と空の運命を大きく捻じ曲げることになる。
よくよく考えてみれば、この学校はいじめが多い学校なのに教師は何もしてこなかった。それどころか、空がほとんどの虐めを解決していたのだから。つまり、頼りにならないなんてことは分かっていたはずだったのだ。
なのに、私は空が助かればそれでいいと理由で私は頭に考えが回っていなかったのだ。
「優莉、先生と付き合っているって本当……?」
その結果がこれだったのだから……。
一週間後、私は数少ない友人の言葉を聞いたとき驚きが隠せないでいた。
私が先生と付き合っている……?
そんな根も葉もない噂が何処から……。もしかして、いや間違いない。
「先生、どういうことですか!私や空を守ってくれるんじゃないんですか!!」
暗がりな職員室へ行くと、担任の教師が一人椅子に座りながら、コーヒーを優雅に飲んでいた。
それはまるで計画通りに事が運んだと言いたそうにしている様子であった。私はこのとき確信した。この人が空を……苦しめた張本人だと……。
だけど、それに気づくには遅すぎた。
あまりにも遅過ぎたんだ。
「ああ、守ってやると言ったろ?おかげで空の虐めは減って同情心が生徒じゅうに芽生え始めているだろ?子馬鹿にする奴もいるみたいだけどな」
「私はそんなこと頼んだ覚えは……!」
「うるせえな……!!」
私は顔を掴まれたまま、職員室の壁へと追い込まれてしまう。
力のない私は足をじたばたさせて抵抗する他なかった。
「俺はあいつの父親……脇城明彦のことが気に入らなかったんだよ!あいつは前の学校で一緒だったとき、俺の汚職を一発で見抜きやがった……そのせいでゴミみたいな中学に何度も飛ばされたよ……!そしてこの学校でお前ら一年を教えることになったとき頭を抱えたよ!問題児だらけだったからな!他の学年は優等生ばかりだってのにな!!
ばかりだってのにな!!おかげで俺のキャリアが台無しだ!!」
「そんなの逆恨みじゃないですか……!」
私が言葉で反撃すると、教師に更に壁へと打ちつけられる。
「あいつに会ったら伝えておけ……!ごめんね。キミって、優しすぎるんだよ。だから気づかなかったんだと思うってな……伝えなかったら空もお前も終わりだと思え!!」
放された私は職員室から逃げ出して、トイレに行く……。
「ごめんごめんごめんごめん空……!」
口から何度も何度も嘔吐物が出て来て、自分がしたことの後悔と罪悪感で押しつぶされそうになっていた。言わなきゃ駄目だ、言わないと空も私もどうなるか分からない。私はその日、体調が悪くなりそのまま早退したがその日の帰り際、ある人と出会うのであった。
「なにかあったのかい?」
そこに立っていたのは空のお父さん、明彦さんだった。
私は空のお父さんに包み隠さず全てを話した。空のお父さんに全てを話せばきっとなんとかしてくれる。そう思っていた私は全てを託そうとしていたのだ。
これならきっと……。
が、しかしその期待は潰えることになった。
空のお父さんは当然私と空のことを訴えてくれたのだが、学校側が全く取り合ってくれる様子はなくそれでも空のお父さんは戦おうとしたが学校側が全く口を開けてくれることはなく、そのような事実はないと言われるだけであったのだ。
全てを賭けて戦ってくれた明彦さんはその後、廃人のようになってしまい一時は倒れてしまうのであった。それを見て私は覚悟を決めるしかなかった。あの言葉を言うしかないと考えたのだ。今の空にあんなことを言ってしまえば、きっと倒れてしまうに違いない。それでも空と私を痛みから解放するためにやるしかないのだ。
「優莉、嘘だよな……?お前が先生と付き合ってるなんて……」
「ごめんね……。キミって、優しすぎるんだよ。だから気づかなかったんだと思う」
笑顔は偽装されたもの。
その笑顔で空に淡々と言葉を投げかけた。本当は今にも泣きだしたくて仕方なかった。
けれど、私は加害者で空は被害者なのだ。
本当に泣きたいのは空だろう。ごめん空……。全部私のせいだ。私のせいで全てがこうなってしまったんだ。結局空は同情心を得られたとはいえ虐めが減ることはなかったし、この言葉を投げるしかなかったのだ。
空は何も言わずその場を去る。
私は何も言えることが出来ず、ただ立ち尽くしてしまうのであった。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
私のせいだ。私のせいで……。私はただ空に隣にいてほしかったか、だけなのに……。
本当にごめんなさい……。
これが私の過去の記憶……。
一生背負うことになるであろう私の記憶。その記憶は罪悪感に押しつぶされることになっても忘れてはならないだろう。
だけど、何故だろうか……。
何故、私はこんなにも満たされたような気分でいるんだろうか。本当はこんな気分になっては駄目だと言うのに……。
「なんで空は私のことを抱いてくれてるの?」
「お前のことを許したいからだ……優莉」
「どうして……私は加害者なんだよ……」
私には分からなかった。
加害者であるはずの私のことを許そうとしていてくれている空の気持ちが……。
「優莉は優莉なりに俺のことを助けようとしてくれたんだろ……。結果がどうであれ、優莉が俺のことを裏切った訳じゃないとしてれて俺は……嬉しいよ」
「ありがとう、ありがとう空……!」