私の目の前に突如現れたのは前田君だった……。
私は出来る限りこの話を誰にも聞かれなさそうな場所を選んだつもりだった。それなのにこの話を聞かれてしまった。もう駄目かもしれない、そんな気持ちになってしまう。駄目というのは私が五年前彼に出会ったことを聞かれたことではなく、四葉が五年前フータロー君に会っていたことを聞かれたことだ。
「前田君……」
前田君はあまり口が硬いと思えないから約束しても彼に話してしまう可能性が高い。やっぱりもっと人に聞かれないような場所を選ぶべきだったのかもしれない。後悔ばかり感じていると、前田君は話を続けようとする。
「一花さんは上杉の奴のことが好きなんですよね……!」
「え、えっと……でも私には……」
そう、彼は私のことを嫌いじゃないとは言っていたけどあんなことをしてしまった私のことを好きでいてくれるなんてそんな都合のいいことがあるはずがないのだ。三玖のことを蹴落とそうとしていた私には……。
「俺にはあんな勉強馬鹿の何処がいいのか分からないですけど、一花さんが好きになったというのなら狂いはないと信じたいです!だから俺は……!!」
「一花さんに諦めて欲しくないんです!!」
彼の言葉が私に勇気をくれているような気がしていた。
……前田君は私に好意を向けてくれているのには気づいていた。
それは他の人も似たような感じだけど、彼は少し違ったような気もしていた。それと言うのは私に対する憧れだとか女優だからとかそんなんじゃなくて純粋に私という人間を見てくれているそんな気がしていたのだ。
最初こそは軽はずみな理由だったのかもしれない。
でも三年生になってから彼は私のことだけは見分けられるようになっていた。お爺ちゃんやお母さんがよく言ってたっけ……。愛さえあれば見分けられるか……。
参ったな、彼の言葉で諦めたいという気持ちが薄れてきてしまった。
「悪い一花……邪魔したな」
前田君の首の後ろに手刀を入れて気絶させたのはソラ君であった。
前田君はそのまま倒れそうになっていたがソラ君に体を掴まれていた。
「……俺からも一つ言わせてもらうけど、四葉はきっとお前が諦めることなんてこれっぽちも望んじゃいないと思うぞ。じゃあな」
ソラ君はそれ以上何も言わず、前田君を抱えてその場を去って行く……。
去って行くソラ君の姿から視線を逸らしながら四葉の方を見ると、ソラ君が言っていた言葉が分かった気がしていた。
「一花、私は上杉さんのことを諦めて欲しいなんて絶対に言わないよ。それが例え罪悪感のあまりでも絶対に」
ソラ君が言っていた四葉は私に諦めさせる気なんてサラサラなかった。
寧ろ四葉は笑顔でこちらに笑いかけてきていた。その笑顔はロビーのどの照明よりも明るく見えていて私の心を照らし出していたような気がしていた。
「じゃあ四葉はどうするの?四葉だって……フータロー君のこと」
「……うん、そうだよ。私だって上杉さんのことは好きだよ。だけど、この気持ちに正直になっていいのかはまだ分からない。だから……そのときが来たら」
「一花とは本気で戦わせてもらうよ」
四葉の闘争心剥き出しの此処までの言葉、初めて私は聞いたような気がする。
でもこの言葉を聞いて楽しみだと思ってしまっていた自分もいた……。
四葉がもし二乃みたいに恋愛脳になったらきっと私勝てないだろうな……。
◆◆◆◆◆◆
「脇城、昨日は勝手なことして……悪かったな」
「いや、俺もあのままの様子なら一言言おうと思っていたところだ」
次の日、俺達は清水寺に来ていた。
俺の隣には前田がおり、昨日のことを謝っていた。あの場で色々続くようだったら俺が直接話に割って入ろうと考えようともしていた。だけど、前田の言葉があって一花は吹っ切れてくれた様子だった為、一言だけ言って俺は帰ることにした。
それは今の一花の様子を見れば一目瞭然。
一花は四葉達と楽しく話している。因みに何故俺が独りで行動しているのかと言うと、それはもちろん結局三玖や二乃はこの場に現れることは無かったからだ。そのことを先ほど一花に聞かれたが俺は首を振った。
昨日三玖には電話が繋がったが、果たして今日はどうなることだろうか。
「なんだ四葉、俺は別に寂しくなんかないから傍に居なくてもいいんだぞ」
「本当ですか脇城さん!三玖や二乃がいないのでてっきり寂しそうにしているものかと思いましたよ!」
四葉は無邪気に笑いながらこちらにやって来る。
昨日のこともあってか元気がないのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「四葉、昨日のこと思い出させて悪いがもしお前が上杉のことが好きだという気持ちがあるのなら、その気持ちちゃんと大事にしろよ」
「脇城さん……」
「俺はどっちかを応援なんて出来ねえけど、お前にも対等になる権利はあるってことだ。それを忘れるなよ」
四葉は何処か自己主張が出来なくなるときがある。
それはきっと全部上杉絡みのことなのだがそれは本人も自覚してることだろう。だから今更俺が言うべきことではないのかもしれない。だけど、それをちゃんと誰かの口から言わなければダメだと思って俺は口にした。
四葉は「ありがとうございます」とお礼の言葉を返して来てそのままその場を去るのであった。あの様子分かってくれていると捉えていいのだろうか。
◆◆◆◆◆◆
明かり一つない、薄暗い部屋のなか私はただ一人ベッドに座り込んでいた。
『気づいてやれなくてごめん』
違う、本当にごめんなさいをしなくちゃならないのは私の方だ。
私は何度だってソラに告白する機会があった。それなのに自分に次に回そうと決めて後々にした私が悪いんだ。結局、私は何も昔から変わってない哀れな人間だったに過ぎないのかもしれない。掛け布団を上に被せながらも自分だけの世界で反省をしていた。
「何処行ってたの二乃……」
部屋に戻って来た二乃に気づいたのは二乃が私の前に座った後……。
私はそれまで二乃の気配に気づくこともなかったようだ。
「別に大した用事じゃないわ……」
昨日からずっとこの二人でこの部屋に居たけど、空気が重たくて仕方ない。
もとはと言えば、私がソラへの告白を何度も先送りに……。もうこの話はいいか。
「どうせ二乃には勝てっこないよね……」
「昨日のこと……悪かったわね……」
二乃は少し複雑そうな表情で私のことを見ていた。
私には何故二乃が謝るのか意味が分からなかった。二乃は悪いことをしていない。悪いのは告白をずっと遅らせていた私なのに……。
なにより二乃は凄い。
私なんかより料理は上手だし美味しいし、私なんかより友達も多い。一花だってそうだ、女優という夢に向かって頑張っている。私には夢なんてない。空っぽの私。四葉だってそうだ、すぐ周りと打ち解けることができる。私は周りと打ち解けるのが怖くて逃げてばっかりだったから。五月だってそうだ、真面目で私の中で勉強がよく出来る。私なんて勉強なんて結局のところ誰かのおかげでしか出来なかった。
それに二乃は私なんかより後にソラのことが好きになったのに一直線に好きとソラに言ってその気持ちを伝えた。私なんかとは大違い……。やっぱり姉妹の中でも私は……。
「え……?」
次の瞬間、私の胸倉を二乃が掴んでいた。
何故そんなような状況になったのか全く私には理解できなかった。
「ずっと……ずっと思っていたことがあったのよ……!!」
「あんたさっきから私たち姉妹のことを凄い、凄いと思っているみたいだけど、私が凄いならあんただって凄いに決まってるじゃない……!」
「同じ五つ子なんだから……!!」
初めてそんなことを言われて私の心にかなり響いていた。
私は今まで自己主張が少なくその上で自己評価も低い人間だった。それをソラに言われたことだってあったけど結局直すことは出来なかった。だって、性格なんてものは直すにはとても時間が掛かるのだから。
そして、その性格が災いして私はソラへの告白を疎かにしてきた。
これは紛れもない事実だ。でも今やっとその気持ちに正直になろうと思えた自分がいる気がする。
二乃の言葉がそれほどまでに私の心に響いていたのだから。
最後の……最後の戦をしてみようかな。勝てるかどうかなんて分からない。だけど、この戦にだけは勇気をもって挑みたい。
「ありがとう、二乃……」