『俺は二乃のことが好きだ……』
「そんな訳ない……!」
私は結果的にあのことを苦しませるようなことをしてしまった。
三玖にとってもソラにとっても私は到底許せるような人間じゃないのにソラは私のことを好きだと言ってくれた。
「私は……私は……」
瞳の中が徐々に曇っていってるのが分かって来ていた。
どうして……どうしてなのよ。これじゃあまるで私が被害者みたいじゃない。私は加害者、ソラや三玖……。他の姉妹のことまで苦しませていたのに私のことが好き……?そんな訳ないじゃない。
都合のいい妄想を見ているだけに過ぎないわ。
「ああ、そうね……。そういうことね……」
これはきっと私の心の中でそうあって欲しいと願っていることを夢として見せているだけ。神様も随分なことをしてくれるわ。ええ、そうね。これは夢に決まっているわ。だって私は本当にクズでしかないのだから。
こんな都合のいい夢まで見て私は……本当に最低な奴だわ。
私はソラを巻いたことを確認して、上を見上げる。私の心は曇りだというのに青い空が広がっているのを見えていた。そう、そこまで都合のいい展開を見せてくるのね。
こんな私に今相応しい曇り模様でしかない。
だって……こんなにも私にとって都合がよすぎる夢を見せてくれる訳もないもの……。
「ソラ……」
◆◆◆◆◆◆
二乃……。
初めて会ったとき、俺はお前のことがよく分からない奴だと思っていた。上杉の勉強の邪魔ばかりして俺達のことを追い出そうとしているのを見て何故そういうことをしてくるのか分からなかった。
あの日までは……。
『あいつらに私達の居場所なんて奪われたくないんだから!私達五つ子の家にあいつらの入る余地なんてないんだから……!』
あいつは……二乃は自分達姉妹の居場所を必死に守ろうとしていただけだったんだ。
聞く事はなかったが俺はなんとなくだが黒薔薇女子校に居たときのことが関連していたんだろうと今では思う。俺はあのとき初めて二乃がどういう人間なのか理解出来て分かったような気がしていた。
それからというものの二乃は文句をつけながらも勉強をしてくれるようになった。
『私は言われた通りやったけど、これでいいの?本音を話せば彼女達も分かってくれるはずよ。あんたも変わりなさい。辛いけどいいこともあるわ』
林間学校で結果的に三玖を泣かせ、その後に五月と二乃は喧嘩が起きた。
俺はある程度日数が経ってから二人の事情を知らされることになった。一花の言葉に一時的には目を覚ますことが出来た俺は二乃のことを説得しようとした。結果は失敗だったが三玖が説得してくれたようで四葉を危機から助け出すことに成功した。五月とも二乃は和解することが出来た。
そして、あの言葉はまるで自分にも言われているかのような気分になっていたのは二乃に話したことはない。あれはあくまで四葉に話していたことだったのに俺には心の臓まで響いていたのだ。最終的に俺はあの言葉のおかげで父さんと和解できた。
優莉と和解できたのも二乃のおかげだった。
二乃が俺に優莉から本当のところを聞かなくていいのかと聞かれ、俺は今まで考えたこともなかった。もう自分のなかで勝手にケリがついていると思っていたし、もうあのことはどうでもいいだろうと思っている自分もいたけど、確かに気になりはしていたのだ。俺はあのとき二乃からああ言われて良かったと思っている。
言われなければ俺はきっと真実を知ることもなかったのだから。
『私は諦めが悪いわよ』
優莉から真実を聞き、二乃は優莉と仲良くなれているのを見て俺は安心しながらもお手洗いに向かったとき事態は起きた。キスをしてきた二乃は俺に対して好意を告げて来た。新幹線の帰り道、あいつはああ告げて来た。
何度も言っているが俺があのことを引き延ばしてきたからこうなってしまった。
二乃は全部自分の責任だと思っているはずだろうが俺は伝えなくちゃいけない。
俺はお前のことが……。
「空、そんなに慌ててどうしたんだ?」
俺が二乃が探していると、前田達から少し離れて俺の方へとやって来る。
前田達の方を見ると先ほどまでお化け屋敷に居たのか少し疲れている様子だった。上杉の奴、ちゃんと学生生活を満喫しているみたいだな……。
「二乃を見なかったか?」
「二乃……?二乃ならさっきお化け屋敷の前を走って行ったぞ?かなり急いでいる様子だったが……」
「そうか、ありがとうな上杉」
俺は上杉の前を通ろうと歩き始めようとしたときだった。
上杉は何も言わずにいたが、俺が目の前を通ったとき少し笑っているようにも見えていた。ああ、そうか。なるほどな、お前は俺が何をしたのか理解できたんだな。驚いたよ上杉、まさか人の心の形がなかったように言われていた奴がまさか此処まで人のことで喜んでくれるなんてな……。
でも、俺はこれから勝負に出なくちゃいけない……。
もしこれから先二乃の方へ向かい、言葉と言う名の選択肢をミスれば二度と俺は二乃との関係を続けることが出来なくなるだろう。それは友情においてもだ。たった僅かな亀裂でも生じれば溝が出来ていき、俺の気持ちを伝えることなんて到底できないだろう。
だけど俺は臆するつもりはない。
これまで二乃が俺に真正面から言って来たように俺も真正面から言わせてもらう。俺は全力で二乃に気持ちを伝える。
ただそれだけだ。
「ソラ君、向こうに二乃が……!!」
「一花、ありがとう……!!」
お化け屋敷を通過した辺りで一花が俺に声を掛けて来た。
一花、お前は自分のしたことが罪だと思っているのかもしれないけど俺はちゃんとお前が償いをしていたのを分かっていた。三玖と着付け体験からの奇妙な出来事。途中までは気づかなかったがあの出来事は全て姉妹たちが導いてくれたことなのだろう。
ありがとうな……。
「えっ……?」
俺がそのまま通り過ぎると思っていたのか、一花はかなり動揺している。
俺は分かっていた。目の前に居たのが一花ではないということを……。
目の前にいるのは……。
「もう止めにしようぜ、二乃……。お前らしくもないだろ、こんなこと……」
家族旅行のあの日、二乃は二乃なりのやり方で自分の気持ちを確かめようとしたのだろう。俺はそれにすら気づかずにただ恥ずかしがって動揺していたが……。それにあいつは基本的に恋愛事となると真っ向勝負で決めるはずだ。
なのに最後の最後までこうした小手先なことをしてくるということは俺とは付き合えないと言いたいのだろう。
「どうせ……香水の匂いで分かったんでしょ?」
「……今までだったらそうかもな、でも違うんだよ。一花や師匠、お前の祖父が言っていたよ。愛があれば、五つ子のことを見分けられるってな」
「……私が最初なの?」
「いや、多分三玖だったよ。ちゃんと分かるようになったのはな……。それまでほぼ二乃の言う通り、香水だったり仕草でなんとなく見分けていただけだった」
俺は嘘をつくことなく本当のことを伝えた。
俺が最初に見分けられるようになったのは確かに三玖だ。ちゃんと五つ子のことを見分けられるようになったのは三玖だった。家族旅行であの日の出来事があったからこそ完全にではないが俺は五つ子のことを見分けられるようになったのだろう。
だから三玖のおかげではある。
けれどそれ以上に俺にとって代えがたいものがある。
「そう……ならやっぱりあの子が相応しいわよ。私みたいなクズよりは……」
「……二乃、俺はな。師匠にこう言われたよ、もし俺のことが好きになる者が現れたとき、お前はどうする?って……俺はあのときそれを受け入れると言った。でもすぐにでも受け入れなかった結果がこれだ。好きだと言われてすぐに答えなんて出せないのは自分でも理解していた。実際二乃に言われたとき、俺はどうすればいいのか分からなかった。その結果がこれだ。先延ばし過ぎた結果、俺は三玖や四葉のことを傷つけることになってしまった。全部俺の責任だ」
今回の修学旅行の件、俺が最初にあのときの子の偽物が一花だと気づいてこうならなかったのかもしれない。二乃の告白を先延ばしにしなければこうならなかったのかもしれない。しれない、しれないばかりだけど全部俺が悪かったんだ。
一花とバスにいるとき、居心地が悪かったのは俺は責任感を感じていたからだ。
あのとき平静を装っていたが俺は一花を慰めることで自分の罪悪感を和らげようとしていただけだったんだ。四葉のときだってそうだ、あいつは自分のせいで一花が行動に出てしまったのだと思っているんだろう。
「違うわ、全部私のせいよ……。私の自分勝手な行動のせいで三玖や一花を苦しめることになった。これは紛れもなく私の罪……。あんたは途中から分かっていたかもしれないけど私はそのために償いをしようとした、あんなことで許される訳がないとは分かっていたけど」
「やっぱり着付け体験からのことはお前達が導いてくれたことなんだな」
「ええ、そうよ……」
導いてくれた、その言い方に引っ掛かったのか二乃は少し思うところがありそうな表情をしていた。それはきっと自分は罪滅ぼしのためにやったのに導いたつもりはないという気持ちがあったのだろう。
「二乃……お前はあの出来事のせいで自分が許せないのだというならそれでもいい。だが、俺に追いかけろと三玖が言ってくれたのはお前を応援したいという気持ちもあったからなんじゃないのか」
実際のところ三玖にそう言ったような意図はなかったのかもしれない。
三玖からすれば最後の賭けに出てそれに負けた。きっと俺はあいつに辛い思いをさせたはずだ。俺はあいつに恨まれても仕方ないだろう。それでもあいつは自分の力で最後はどうにかしてみせた。
俺も三玖のようにこの先は一人の力でやり遂げて見せたい。
決して簡単な道のりではないことは分かっているが俺はこんなところで止まるつもりはなかった。此処で歩みを止めてしまえば、それこそ終わりなのだから。
「そんなことないわ……、あの子はただグッと我慢しただけよ」
「三玖の最後に言っていた言葉……聞いてなかったんだな?」
「え?」
「三玖は俺にこう言っていた、最後は自分の力でソラに告白出来たからと……」
俺はあいつのことを本当に強い人間だと思う。
苦悩がありつつも自分が正しいという選択を選んで俺にそれをぶつけてきた。三玖自身、答えは分かっていたはずなのかもしれない。それでも悩むことなく俺にぶつけた……。
本当に凄いな、三玖は……。
「あいつは後悔なんてしていないんだよ、自分が伝えたかった想いを俺にぶつけた。結果がどうなるのかは分かっていたのかもしれないけど諦めることなく俺に告白してくれた。俺はそんな三玖のことを凄いと思う」
「だから……俺もそんな三玖を見習って言わせてもらうぞ」
「俺はお前のことが好きだ、二乃……!!」
誰の手も借りずに告白するつもりだったのに俺は三玖から譲り受けた勇気で告白することになってしまった。最後まで誰かの手を借りなければ行動できなかったことを少し悔やみながらも俺はいい方向に捉えることにした。
人は一人では生きてはいけない。
孤独に戦うということが強いことではないのを俺は知っている。家族から疎外され姉に嫌悪していた時代、優莉に裏切られたと思い誰も信用できなくなっていた時代、俺は一人でも戦えると勝手に信じ込んでいた。
優莉に裏切られたと思い誰も信用できなくなっていたときに転校してきた俺は他人に怯えて暮らしていた。人の目ばかり気にしていた俺はある日限界に達して自転車を漕いでるときに熱を出して倒れてしまった。
『大丈夫ですか!?』
偶々上杉の家の前で自転車から転倒してしまった俺にらいはちゃんが声を掛けてきた。
俺はあのとき久々に人の温かさに触れたような気がしていたけどそれは違うんだろう。触れていたはずなのに気づいていなかったのだろう。上杉は嫌々ながらも俺のことを家に入れてくれてらいはちゃんは俺にカレーを振舞ってくれた。
あの頃、俺はまだ家族と蟠りがあったから俺はらいはちゃんや上杉、勇也さん達の関係が羨ましく本当の意味で温もりというものを感じ、あんな環境の中でも強くいられることを俺は本当に凄いと感じていた。
そして……。
家族から疎外されている勝手に勘違いしていたあの頃、俺はたった一人の少女に出会った。
『私は将来あの子達が頼れるような姉になる!あの子達のことは嫌いなところもあるけど放っておけなんかない。これから先成長していけば変な奴が言い寄ってくるかもしれない。そんなとき私が姉としてあの子達を守りたいの!!』
到底小学生が言えるような言葉ではなく隣で聞いていた。
学校の授業の一環で清水寺に来ていたとき、俺は彼女に出会い彼女は俺に宣言していた。俺はあのとき彼女のことを尊敬の眼差しで見ていた。今にして見れば子供ながらに堂々とあんなことを言えるのは本当に凄いと思う。
「……ああ、そういうことか」
あのときのことを思い出していたからなのか二乃があの子と重なっているように見えていたような気がしてようやく分かったことがある……。
ああ、そうか……。
なんで二乃がずっと受け入れようとしないのか俺にはようやく理解できた。
二乃は間違いなく、あのときの子だ……。