「京都かぁ……地元だからイマイチ盛り上がらねえんだよな。これならUSJとかの方が良かったぜ」
柵にぶらぶらと腕を載せていたのは当時小学生の脇城空であった。
小学生であった脇城空は小学生でありながら髪を銀髪に染めており、とてもではないが小学生の容姿とは思えない姿をしていた。頭の中で教育の一環だとか言っているけど、どうせ先生たちが休み欲しいだけだろと溜め息を吐きながら歩いていると空の斜め前ぐらいで人が多い観光地のなかでよく起きている現象が発生していた。
「ご、ごめんなさい……」
小学生の子の小さい女の子だろうか、大人の男性にぶつかってしまったようで一歩後退りしていた。
「あっ?嬢ちゃん、何処見て歩いてるんだ?」
その男の腕をよく見ると、和彫りのようなものが入っており空は普通の人ではないとすぐに判断して走り始める。周りの人は突然走り始めてどうしたのだろうかと思っていたのかもしれない。危ないからやめなさいと思っていたかもしれない。
空にとってそんなことはどうでも良かった。
そんなことより今目の前で困っている女子を助けたいという気持ちが強かったのだ。
「おい、離れんなよ!!」
空は彼女の手を掴んでとにかく男から一目散に逃げだしたのだ。
いつもなら売られた喧嘩を買う空であったが、あまりにも自分より大きい男の背に逃げるほかなかったのだ。
「はぁ……はぁ……此処まで来れば大丈夫だろ……」
和彫りが入った人間とは言えヤの付く人間ならばあそこで脅すようなことをしないと小学生ながらに考えていたがもしものときの為に本当にヤの付く人間だったらヤバいと判断して男とぶつかった彼女の手をすぐに掴んで人があまり居ないような場所まで逃げ切っていたのだ。
「おい、大丈夫か?お前……」
ぶつかられた相手が追いかけてきていないかを確認しながらも手を掴んでいたことを思い出した空はすぐさま手を放していた。顔が少し赤くなっていた為、彼女に見られないようにしていたところは年相応の反応を示していた。
「あ、え……えっと……ありがとう」
「別に礼なんか言われるようなことしてねえよ、前を向かないで歩いている馬鹿が見るに堪えなかったから助けてやっただけだよ」
お礼を言われたことに対して若干反発するようにして彼は言葉を投げ返す。
小学生とは思えないほど曲がっているようにも見えるがこのときの彼は曲がってしまうほどの理由があった。
「なにその反応…‥‥マセてるの?」
「あ?マセてなんかねえよ、てか意味が違うだろ」
「……じゃあ痛いんじゃない?」
「痛くねえし!!」
目の前にいる少女にとって脇城空という人物は自分のことを助けてくれた人間ではあったが何処か強気な態度を見せて来るような子供だと認識していたのと同時に自分とも似ているというのを実感していた。
「つーか名前聞いてなかったんだけどお前名は?あー俺は脇城空」
空が先に名乗ったのは自分から先に名乗れと言われないようにする為であった。
「……中野二乃」
そう、彼女こそが後の中野二乃。
今のようにショートカットではなくかつてのようなロングヘアーであったのだ。そして性格も今よりも棘がなく柔らかな性格をしており、姉妹に対してもあまり固執してはいなかった時代。
「中野か……、中野は見たところ京都人って感じしないけど修学旅行生か?」
「田舎者だとでも言いたいの?」
「……別に煽りたくて言いたかった訳じゃねえんだけどな。はぁ……だから京都人って煽ってるとか言われるのか」
他県からの悪印象について彼は知っていたのか溜め息を吐きながらも頭を抱えていると、彼女は彼が京都人だということに喰いついたのだった。
「ねぇキミ京都の人なの?」
「ん?ああ、そうだけど……お前も京都の人間に対していい印象とかないタイプ?」
「そうじゃなくて京都人なら京都弁使ってるところ見せてほしいな。私本場の京都弁ってちゃんと聞いたことないの」
「別にいいけどよ……」
内心ではあったが、空はかなり面倒だと感じていた。
空が京都弁を使わないのには理由があった。元々祖父が別の県に住んでいた為、そっちの方言が染みついてしまっており京都弁に関してはあまり上手ではないのだ。それは自分の父親もそうだが彼は現在その父親のことを言いように思って無い頃なのだ。
「修学旅行での京都は堪能したか?清水寺の舞台から見える景色は最高のもんやろ?季節ぐちに色変わる景色はまるで化粧のようなみたいなもんやし、京都の街並みもたくはん見れるからな」
慣れてない京都弁を喋らされていることになったことに若干困惑しながらも空はなんとか覚えている限りの京都弁を使うことにしたが本場の人に聞かれていたらきっと怒られるに違いないだろうと頭の中で空は苦笑いしていた。
「後、これほぼ標準語じゃねえか……」
先ほどまでいた清水寺のことを適当に喋っただけのため、口にした後に自分が喋ったことが標準語だということが自分の耳に入ってから気づかされていた。きっと期待していた京都弁とは違うとガッカリされているだろうなと空は思っていたが……。
「す、凄い……!!これが方言なんだ!!」
「……そんな驚かれるようなことしたか?俺」
たかが方言の一つで此処まで驚かれるのはなんというか逆に薄気味悪い気分になる空。
「方言なんて何処の県にもあるもんだろ?……あーもしかしてお前のところ標準語なのか?」
「うん、私のところは標準語なんだ。田舎の方には方言っていうのがあるらしいけど……まさか銀髪の男の子が京都弁を聞けるなんて思ってもなかったな!」
「あの程度の方言で喜んでくれるなら安いもんだな」
空はこのとき全く気付いている様子もなかったが、二乃にとって彼の容姿は好みど真ん中であり、その上で京都弁を話してくれたのを見て「銀髪イケメンの京都弁いい!!」となっていた。このときから二乃は面食いだったのである。
「それよりお前……修学旅行生なのになんで一人で居たんだ?小学生が一人で自由行動な訳ねえだろ?」
「キミだって一人で行動してたじゃん」
「俺は学習の一環で此処に来てただけだよ」
「あまりにも退屈だったから舞台の上からずっと景色眺めてたけどな」と付け足すと二乃はサボってたんだと心の中で確信していた。
「あーえっとね、私達五つ子なんだけどね」
「五つ子って……まあいいや……そんで?」
「姉妹の一人の四葉って言う子が居なくなっちゃってみんなで探してたんだけど私もはぐれちゃったの」
二乃が事情を説明すると、彼は溜め息を吐いていた。溜め息を吐けば幸せが逃げると言うがこの時の彼は全くそんなものを信じていなかった。彼が溜め息を吐いていたのは要は今二乃の状況がミイラ取りがミイラにという状況である。妹を探していたはずなのに自分まで探される対象になるとは……と再び頭を抱えながらも「仕方ない」と言いながら彼は覚悟を決めた。
「最後に姉妹を見たのは?」
「えっと……清水寺かな?」
「……範囲広すぎんだろ」
……とはいえ場所が一か所なだけマシかもしれないと心の中で思う空。
既に移動している可能性があるのかもしれないというのを頭に入れつつ、空は姉妹たちを探し始めることにするのであったが……。
探しても探しても彼女が言う姉妹が見つかることはなかった。
特徴を聞いたところ彼女と同じような容姿をしていると言われて「全員一緒の見た目してんのかよ!」とツッコミを入れてしまうほどだったが二乃が「その方が姉妹らしいじゃん」と言うのを聞いて彼は少し羨ましくなっていた。
全員一緒ということは姉妹同士が仲が良いことなのだから。
彼は姉とは仲が悪かったからこそ羨ましかったのだ。
「ねぇ空……もういいよ」
探しても探しても姉妹たちが見つかることはなかった。
此処まで来るともう清水寺に居ないのだろうと空も考え始めながらもポケットの中に入れていたスマホを取り出す。
「姉妹の誰でもいいから連絡先教えろ、掛けてやるから」
「え、えっとね……ないよ」
「ん……?あれか、先生が修学旅行中だからって回収してるパターンか?」
「そうじゃなくて携帯持ってないの……うち貧乏だから」
空は何も言えなくなってしまっていた。
知らなかったとはいえ、彼女を傷つけてしまうようなことを言ってしまったと反省していたのだ。
「えっ……あっ、ごめん中野」
「ううん、いいの。私ね、姉妹の皆が居るしお母さんも居るから貧乏でもこれっぽちも悲しくないよ?それにね……お母さんや姉妹の笑顔を見るだけで凄く嬉しい気持ちになれるから」
強い。
この女の子は間違いなく強い。強い意志が彼女のことを導いていることは空にも分かるようになっていた。いや、とっくの前から空は理解していたのだ。中野二乃という女の子が強いということを……。
何故なら彼女は姉妹と離れ離れになったというのに泣く事もなく探し続けていた。小学五年生とはいえ、知らない土地で姉妹たちと逸れてしまっては泣いてしまってもおかしくはないというのに彼女は泣くことはなかったのだ。
「強いんだな中野って……」
「そうかな……?」
「そうだろ、自信もっていいと思うぜ」
自分が強いということを言われて首を傾げる二乃に対して空は笑みを浮かべながらも言葉を返すのであった。強さというものを見せられた空は引き続き二乃の姉妹たちを探そうとしたときだった。
「二乃……!」
彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
空が呼ばれた方向を振り返ると、そこには彼女と瓜二つの女の子が三人立っていた。
「何処行ってたの!皆探してたんだよ?」
生真面目そうな女の子が二乃に対してまるでお母さんのように叱りつけていた。
それに対して二乃は「ごめん」と姉妹たちに謝罪をしながらも彼の下へと戻って来る。
「本当にそっくりだな……」
「でしょ?皆私にとって自慢の姉妹なの!」
「自慢か……」
本当に自分とは大違いだというところを見せられていると実感しながらも空は彼女と別れようとしようとしていたが、二乃が彼の腕を掴んでいた。
「ねぇ空……さっき私のことを強いって言ってくれたよね?」
空の腕を掴んでいた二乃は彼の下へ駆け寄り、姉妹たちが聞こえない声ぐらいの大きさで話を始めていた。
「ん?ああ……」
「ありがとう、嬉しかったよ。でもね……私は強くなんかないよ。姉妹がピンチのときにいつも姉として駆けつけることが出来ない。守ってあげることが出来ない、どうすることも出来てないのが私なの……」
「だからね……こんな私からおさらばする為にもキミと約束がしたいの……」
二乃が誓い合おうとしているときだけ空は一瞬光るようにして青空が輝いていたように見えていた。それは彼女のことを照らし出すようにだった。
「私は将来あの子達が頼れるような姉になる!あの子達のことは嫌いなところもあるけど放っておけなんかない。これから先成長していけば変な奴が言い寄ってくるかもしれない。そんなとき私が姉としてあの子達を守りたいの!!それが私の約束!!誓い!!!」
子供とは思えないほど立派な夢を聞かされた空は思わず自分のことのように嬉しくなってしまっていた。大層な立派な夢だとは思うが、叶える夢としてはいいものだと考えていたのだろう。
「じゃあ俺は将来誰かのためになれる人間になる!ちっちぇ夢かもしれないけどお前を見て俺にはそれが相応しいと思ったから!!」
「うん!!約束だよ!!」
「ああ、じゃあな!!……二乃!!!」
「うん、じゃあね空!!!」
これが二乃と空の記憶の中に眠っていた大事な記憶。
この記憶は決して開くことはなかった記憶ではあったが、二人の絆が最大限まで結ばれたことによって呼び覚まされたのだ。二乃はあの誓いを密かに胸に閉まって生きて来たが高校に入り四葉のあの一件が起きてしまった。彼女は自分が立てた誓いを守ることが出来なかったのだ。
◆
「だからもうお前が俺から逃げようとも何度だって追いかけてやる!」
過去に眠る記憶を取り戻した俺はもう止まるつもりはなかった。
あの日、彼女と誓い合ったことが果たして自分がちゃんと出来ていたのかはなんとも言えないかもしれないが、俺はこう捉えることにしていた。
誰かの為というのが二乃に置き換えられるなら罪を一人で背負おうとしている二乃を二人で乗り切ろうと……。
「それでも私はあんたに相応しくないわよ……三玖や四葉を傷つけたみたいに私はあんたのことまで傷つけてしまうかもしれない。そうなるかもしれないのが私は嫌なの!!」
「それがなんだよ……!!」
二乃は「え?」と言いたそうな表情をしていた。
あいつからしたらきっと今俺が言った言葉は意味が分からないかもしれないが今はそれでもいいんだという気持ちでいっぱいになっていた。
「俺はお前の嫌なところなんて何度だって見せられてきたんだよ!!今更そんなことを気にすんじゃねえよ!!」
悪態をついて勉強をしなかった日々、勉強をしないためにあれやこれや適当に色々と行動してきたとき、意地を張って五月と喧嘩して家出をしたとき。
その日々を知っているからこそ俺にとってそんなことは今更に過ぎなかった。彼女の嫌な部分を知っていていて受けて入れてるからこそ俺は止まるつもりなんてなかった。
「だからもう一度言うぞ二乃……俺は……!!」
二乃は俺の言葉を聞く前に再び逃げ出そうとするのを見て俺は二乃の体を掴む。掴んだ二乃の体はそのまま地面へと倒れて行き、彼女は痛かったかもしれない。少し後悔しながらも俺は突き進み、彼女の上に乗っかる。
「あんたはなんでそんなに……私のことを……」
「二乃……お前は前に言ってたよな?諦めが悪いって……それは俺も一緒だ」
上に乗っかった状態で俺は彼女の顔へと顔を近づけていく……。
空白の時間が少しだけ続いていた。
周りに人は居らずただ二人だけの時間が続いている。初めてした味というのはいきなりだったからあんまり覚えていない。だけど……このことはこれから先忘れることはないだろう。それほどまでに俺と二乃の記憶という結びに印象付けられるものだったのだから。
「俺と付き合え、二乃……」
再び空白の時間が続く……。
まるで二人の新しい関係を導くように風が吹いていたのを肌で実感しながらも俺は二乃の答えを待っていると、彼女の頭が縦に動きそうになっているのを見えていた。
◆
「……一つ聞かせて」
私は私は……あいつのことが好きだ。
好きだからこそ今の気持ちを停滞させたいなんてこれっぽちも思ってないけど私は罪を犯してしまった。三玖をソラに悲しませるなと言ったのに私自身が悲しませてしまった。
四葉や五月も今まで三玖のことを応援していたのに、一花にあんな汚れ役まで押し付けてしまって全て私の責任。恋は押してこそと言ってくれた優莉の言葉まで汚してしまった。そんな私に今更彼の愛を受け入れられるかは分からない。
それでも私は聞かずにはいられなかった。
本当のところを……。どれだけ否定しようともどれだけ違うと自分の中で言い聞かせても彼が好きだと言うことは変わらなかったのだから。
「あんたは私の嫌なところを受け入れてくれるの?」
これが私の聞きたかったこと。
普段の私なら絶対に言わずにきっとソラの愛を受けれいて「当然よ!!」と言っていたかもしれない。今できることが自虐なんてお笑いだけどそれでも彼に聞きたかったのだ。
彼の心の内を……。
「そんなの当たり前だろ、俺の彼女なんだから……。お前の嫌なところぐらい目を瞑ってやるし間違えそうになったら俺が止めてやるよ」
「そう……なら……」
「よろしく頼むわソラ……」
聞きたかった答えは返って来た。
私はこれから先どれだけ経っても自分のことを許せないと思う場面が来るかもしれないけど今だけは……今だけは……自分自身の罪と言うものを包み込んで彼の愛を受け入れたい。
それだけが私の願いだった……。