次女とお弁当
「まさか退去することになるなんて……」
「こんなこともあるんだね……」
「引っ越して来て半年でこれってツイてないね」
私の後ろで四葉と三玖がそれぞれ反応を示している。
私の手に握られているのはアパートの解約申入書だった。このアパートに引っ越してきたのはちょうど半年前、四葉の言う通り半年でまさかこんなことになるなんて予想外にも程があったわ。確かにボロいアパートととは思っていたけど……まあ贅沢も言ってられないと思って此処を選んだけど本当にこんなことになるなんて……。
「まあ後引っ越しの猶予が半年もあるからそれまでに考えておこうよ」
「そうね、ひとまず電話している一花を待つわ」
「このこと上杉さん達にも伝えないといけないですね……」
このアパートが取り壊しということになれば、引っ越しとかもあってソラと会う時間も限られてくる。あいつとは付き合うことになったんだから四六時中とは言わないけどそれでも出来る限り会いたいのだけどそうも言ってられないわね。
引っ越しの合間で会いに行くというのも一つの手だけど……どうしようかしら。
声を聞くぐらいは別にいいわよね……。
「じゃあソラには私から伝えておくわ」
そして、その日の夜……。
一通り今回の退去の件で落ち着いた私達はアパートの外に出てソラに電話をかけていた。
「二乃か、どうした?おい……どうした?」
まずいわ、彼に電話を入れたのは数日振り……。
もしかしたら彼と付き合い始めて割とすぐにもう音信不通になっていたことを怒っているかもしれないわ……。だとしたら此処はちゃんと謝罪をするべきよね……。私達も私達の方で事情があったとはちゃんと謝らないと……ってもう!!なんで私の方から謝らなくちゃいけないのよ……!!
そもそもこういうのは毎日決まって彼氏の方から電話を寄越すものだというのにソラの奴は全然私に連絡寄越してくれないから修学旅行終わった後に何か気に障るようなことでもしたのかしらと勝手に想像してたのよ……。
あーもう言ってやるわ……!!
「ソラ、あんたこの数日なにしてたのよ」
「なにって……父さんの店の手伝いをしていたんだが……」
ソラとの会話の間で会話が途切れ始めて空白が続き始める。
これはどっちかが謝らないといけない雰囲気だけど私から謝るつもりはないわ……。
「……もしかして数日連絡してこなかったこと怒ってるのか?」
「そうって言ったらどうするのよ……」
「悪い、忙しくて連絡するの忘れてた……。付き合うようになったんだからこういうことは出来る限り無いようにした方がいいよな」
「そ、そうね……」
こ、此処まで素直にちゃんと謝られると私も悪い気持ちになるわね……。
私も此処最近、自分のバイトのことで忙しかったから彼と連絡することは出来なかったなんて言うのは言い訳にしかならないのかもしれない。いや、本当にただの言い訳ね……。彼から連絡がこない事を気になっているんだったらいつもの私なら私から連絡しているはずよ。
「毎日連絡入れるが……二乃は迷惑じゃないか?」
「……め、迷惑じゃないわ!!」
え?今ソラの奴、自分から毎日連絡を入れてくれると言ってくれた……!?
それって凄くいいことじゃないの!?これ以上ないいい機会かもしれないわ……!!
「そうか、じゃあそういうことでよろしく頼む……。おやすみ二乃」
「ええ、おやすみソラ……」
お、おやすみってなんか彼氏彼女みたいでいいわね……!!
というか私達そういう関係だったわ!!あいつから毎日連絡が来るかもしれない、学校でもあいつに会えて毎日連絡が来る。これ以上ない幸せだわ……!!
「……って私家のこと言ってなかったわ」
浮かれ気分のあまり家のことを話していなかったことを思い出して私はもう一度ソラに電話を掛けるのであったが、ソラはその後私からの電話に嫌な声を一つもせずに電話に出てくれたのだ。
「来たわ!!ソラからの連絡!!」
次の日、日曜日の夜……。
周りから見たら阿保らしいぐらいに自分の彼氏からの連絡に浮かれている私は机の上に置いてあった携帯からの通知を見るとそこにはソラからの電話が来ていた。
『今日は沖縄料理のタコライスを作ってみたんだが……料理上手の二乃からしてどう思う二乃?』
恋人になってからのソラの連絡は割といつもと変わらないものだった。
あいつは私と連絡先を交換するようになってからこうして私に自分で作った料理の画像を送って来て私に採点を尋ねて来る。偶に私がこういうの食べたいと言うと、次の日の夜には作ってその写真を送ってくれたりすることが多かった。
「悪くないじゃないの?そうね、点数を付けるとしたら92点ってところかしら?」
と私は点数の返信を送ると、ソラはすぐに返信が返って来る。
彼女の返信にすぐに返事を返す。ソラはちゃんとこの点分かっているようね。
『残りの8点は?』
「そうね、ソースが少し雑なところかしら?」
ソラから送られて来ていたタコライスの写真を見ながら返答を返す。
土台となる白米は煌びやかに光っており、その上にたっぷりと乗せられているひき肉が茶色のアクセントを与えており、ひき肉にはほんのりのトマトの赤が馴染んでいる。ひき肉の下にはみずみずしそうなレタスの緑が備わりながらも包み込んでおり、チーズがとろりと溶け、黄色の鮮やかな層を作り出していることで色彩はよく出来ているが、自分のように作った為かサルサソースが少し雑にかけられていたのだ。そのため、私は減点と見なした。
「……相変わらず手厳しいな」
「当たり前じゃない、アンタまさかあんなソースの掛け方の料理をお客さんに提供するつもり?」
「俺は客に提供する為に作ったわけじゃないんだが……なあいっつも気になっていたんだが俺はあんまり二乃の料理食べた事ないんだが……」
「なによ、その言い方……まるで食べてみたいって言いたげじゃない?」
よく考えてみればソラに料理を提供したことがあるのは三玖との勝負のときが最後だった気がする。後はお菓子類を作ったことはあったりしても料理をご馳走したことなんてあんまりなかったわね。
「……そうね、どうしても食べたいって言うのなら明日お弁当を作ってあげないことはないけど……」
と私が言ってしまった為、明日は公園でお弁当を持っていくことになってしまった。
……待って、これって私あいつに愛妻弁当を作るってこと!?もしかしてこれから毎日お前の料理が食べたいなんて恥ずかしいこと言われたりしないわよね!?
「な、なに言ってるのよ私……!!だ、だとしてもよ……!これは私にとって悪い話でもないわ!!あいつに毎日私の手料理を食べさせることが出来るなら……そ、それは悪い話じゃないわよ!!もしかしたら私の友達に本気でソラと付き合っていると思われるかもしれないけど、もうそういうのはどうでもいいし……というか付き合ってるんだから付き合ってるって言って何が悪いのよ!!み、見てなさいよソラ……!!二度と他の女の手料理じゃ満足させられないようにしてあげるわよ!!」
気合十分、あいつにこれから先私のお弁当しか……手料理しか食べたくないと思わせるほどの料理を食べさせてあいつの舌を肥えさせてみせるわ……!!となると、まずはあいつの口に合いそうなものをチョイスする必要があるわね……!
「楽しそうですね、二乃。もし良かったら味見担当は私に……」
「あんたの分はないわよ!!引っ込んでなさい!!」
肉まんお化けの五月に食べさせるお弁当の品なんてないわよと心の中でツッコミを入れながらも私はスーパーへと向かうのだった。
次の日……。
私はお弁当を持ってソラと約束した公園まで来ていた。
今日しっかりとお弁当を作り上げることが出来た。
あいつの好きなものは完全に私なりの自己分析でしか思いつかなかったけどこれであいつのハートと言う名の心臓を鷲掴みにすることが出来るなら安いもんだわ。
「ごめん待ったかしら?」
「いや、俺も今来たところだから安心してくれ」
どう見ても私より先に来ていた感じね。
私としては彼女より先に彼氏が来ているのは嬉しいけど、こいつのことだから割と数十分前から待って居そうで何とも言えないわね……。私とソラは公園をある程度見渡してからレジャーシートを敷いてそこに座ってから私は自分が作ったお弁当を広げ始めると、ソラの顔色が見る見ると良くなったような気がしていた。
「二乃、もしかしてこれ全部手作りなのか?」
「え、ええ……そうよ。少し張り切り過ぎたかしら?」
「そ、そのなんかありがとうな……二乃」
弁当の中でソラがまず目を引いたのは色鮮やかな卵焼きだった。私もこれに関してはかなり自信があるから目を引くのも分かるわ。そして、次にソラが目を引いていたのはキラキラと光る照り焼きチキン。焦げておらずちゃんと揚げられているエビフライに唐揚げ……。私が完璧に焼き色が付くまで焼いた肉は、見ただけでソラの食欲をそそっていたに違いないわ。さらに、トマトやブロッコリー、にんじんの花形霧まで彩りまで完璧よ。
そして最後にちょっと自分を出してしまったけど……。
弁当箱の中央に鎮座するのは、見事に再現された小動物の兎。ご飯は真っ白な兎の形になっており、のりで作られた眼と耳が可愛らしくなっている。
「そういえば二乃はウサギが好きって言ってったな……それにしても凄いな」
私は少し嬉しい気分になっていた。
自分が好きな動物を再現するというのは中々に難しいものだったわ。自分が好きなものだからこそ妥協をしたくなかったから。それをソラはちゃんと褒めてくれた。私がそれが本当に嬉しかったし、なにより私がただ一言で言っただけのようなことを覚えていてくれたのが嬉しかった。
ソラがどれから食べようか迷っているなか、私が「いただきます、忘れてるわよ」と言うと私とソラは「いただきます!!」と言ってお弁当を食べ始めようとしたときだった。
「あーその……あーんとかするか二乃?」
「え?」
「あーいやだから……嫌ならいいんだけど、あーんとかするか?」
「……!!?」
聞き間違いじゃないわよね。
あ、あのソラが私に対してあーんを提案してくれている。こ、此処で断ったりするのは流石にありえない選択肢だわ。此処は間違いなく頷いて私があいつのあーんを堪能して、あいつにあーんをする。これが最高最善の選択肢よ……!!
「じゃ、じゃあ頼むわ……!!」
「あ、ああ……」
ソラは息を吞んでから箸で唐揚げを上手に掴むと、私の口へと運ぼうとしてくる。
私は今か今かとその機会を待ち望んでいると、その機会はすぐに訪れることになった。
「あーん……!!」
ソラは一気に私の口の中に唐揚げを入れると口の中が肉汁でいっぱいになり始めていたが、私にとってそんなことはどうでもよくなっていた。
「美味しいわね……!!」
自分で作った唐揚げでしょと自分で突っ込みを入れたくもなっていたが、そういう話じゃない。ソラにあーんをされて食べたものだからこそ私にとって更に美味しく感じることが出来ていた。
「じゃあ、私からもいいわよね?」
「え?いや……俺は別に……」
「私のことを辱めを受けさせておいて自分だけはやらないなんて言わせないわよ?」
「わ、分かったよ……」
多少脅迫めいたをことを言いながらも私はソラの口の中に卵焼きを入れ始めようとする。
私の手は震えていたがなんとか彼の口まで運ぼうとしていた。
「あ、あーん……!!」
ソラの口の中に卵焼きを入れると、ソラは味わうようにして卵焼きを食べていた。
彼の口にちゃんと合っているかどうかということも気になっていたが、私はなによりも彼に対してあーんをしたということが忘れられないでいたのだ。
「美味しい、美味しいぞ二乃……」
「そ、そう?ま、まあ当然よね私の手料理だもの」
見栄を張っていたがそれ以上に自分がしていたことに驚きを隠せないでいた私。
その後もこんな感じで私達が続いてしまっていた為、これ以上この話は聞かせることは出来ないわ。ただ、ただ一つだけ言えることがあればこうやって二人っきりで公園でご飯を食べるというのも案外悪くないのかもしれないわね……。
あんたもそう思ってくれているのかしらソラ……。
「来た……」
公園に帰ってから私はソラからの連絡を待っていると、ソラが連絡をくれた。
私はソラからの連絡を見ていた。
『お前の彼氏になって改まってこうやって連絡するって言うのもなんというか変な感じだけど……それでも俺はお前の彼氏になった以上お前のことをちゃんと幸せにしたいっていう気持ちはあるから』
な、なんてことを連絡で告げて来てるのよ……!!
そ、そういう大事なことは面と向かって言ってくれた方が嬉しいに決まってるじゃない!!ま、全く女心が分かってない奴ね……!!
『だから俺がに不満があるならちゃんと言ってくれよ。ちゃんと治して行きたいから、彼氏なんだしさ……』
ええ、言ってやるわよ……。
そういう大事で直球なことはちゃんと面と向かって言ってくれた方が嬉しいってちゃんと言ってやるわよ……。私は机の上に置いておいたスマホを手に取ってソラへ返事を返そうとしたときだった。
「どうしたの二乃……?顔が赤いよ?」
「ソラ君から連絡でも来たんじゃない?良かったね」
「な、なっ!?ち、違うわよ!!あ、あんな女心も分からない奴なんて知らないわよ!!」
三玖や一花に揶揄われてしまった私は言いたかったことをソラに対して伝えることもなく、ただスマホを手に取って今日あったことを忘れないようにしていると、ソラから再び連絡が来るのだった。
『今日は楽しかった、またいつかこうやって遊ぼうな』
『私も楽しかったわよ……ソラ……』