「はぁ……まさか海に来ることになるなんてな」
「その割には誘われて満更でもなさそうだったじゃないか上杉」
俺の質問に対して答えることはなかった上杉だったが早々にビーチパラソルという日陰の中に隠れそうになっているのをらいはちゃんが止めようとしていた。
「……あいつら居なそうだな」
元々上杉は五つ子たちに誘われて渋々海にやって来ていたのだがあいつらが居る様子はなかった。もしあいつらが居るなら二乃が俺の居る方向へ突っ走ってくるはずなんだがその様子もない。
「おお!脇城と上杉じゃねえか!!」
俺達のことを呼ぶ声が聞こえてきて此処でいつもならきっと五つ子達のご到着かもしれないと用心するところだが今回ばかりは違った。声の主はどう聞いても男であると判別ついていたからだ。
「前田と武田か……」
俺の耳の判断が正しかったと証明された瞬間だった。
らいはちゃんも男二人が五つ子ではないとがっかりしているようだった。
「嘘だろ、お前ら二人だけで来ていたのか」
「俺らだけじゃないぞ、クラスの奴らもだ」
「キミの携帯に連絡を入れていたと思うんだけどね?」
「あーそういや携帯暫く見てなかったわ……」
アナログ男、上杉上杉はいつも通りの様子で俺はある意味関心を示しているとらいはちゃんが「あれー?」と言いたそうに首を傾けていた。
「携帯か……」
俺はバッグの中に入れて置いたスマホを見てみると、二乃から連絡が来ていた。
今日は海に来れないという簡潔の内容だったが、文章からも何処か残念そうにしているのが俺には伝わりながらも海の上を通って行く車に二乃達が乗っているように見えていた。
「気のせいか……それに……」
あいつらは今日引っ越しという大事な日だ。
さっきの車に乗っている訳がない。それに今俺が話しかけて何か言ってやるようなことはないだろう、さっきも言ったけど引っ越しというのは大事な日だからな。
「プールにでも誘ってやるか……」
二乃の後悔を埋めてやる為にも俺は決めることにした。
あいつの水着姿が見たいかと言われたら正直に言えば見たいという気持ちも確かにあるからな……。二人っきりでの思い出をもっと作るっていうのも悪い話じゃないし、寧ろより良い思い出作りをする為なら良い事に決まっている。
「後で連絡でもしてやるか……」
と俺は自分の中で二乃をプールに連れて行くことを決定事項にしながらも俺は学校の奴らと下に戻ると、現場では上杉が目隠しされた状態で棒を持ってスイカ割りをしようとしていた。クラスの奴らから指示を出されて動いているようだったが、指示の多さに上杉は翻弄されているようだった。
「上杉、右だぞ右」
「ソラも来ていたのか……」
俺も混ざるようにして言うと、上杉は更に混乱し始めている。
上杉はあいつらの家庭教師で何度も翻弄されてきたがこうして学校の奴らに交じってあれこれ盛り上がっている姿を見るのは中々に面白い光景だ。俺も混ざらない訳にはいかねえな。
「ああ違う違う、上杉左だ」
「どっちだよ!?」
俺の言葉に突っかかるようにしてツッコミを入れると、上杉は棒を投げてしまいそのまま地中に埋まりかけている前田の頭に当たってしまう。その後、ほぼほぼ地中の中から出て来た前田が上杉と追いかけっこをし始めているのを眺めながらも俺は笑っていた。あいつがあそこまで前田と馴染むようになるとはな……。
「なぁ空のお姉さんってモデルさんなんだよな!?こ、これに今度サインして貰えるか!?」
「ん?あ、ああ……」
「ソラ君のお爺ちゃんって和食屋やってるんだよね!?この前見たよ」
「ああ、一応こっちでも父さんが二号店やってるぞ」
「え!?本当じゃあ今度行こうかな!?」
俺もまたクラスと馴染むことが出来ていた気がする。
前の俺では到底信じられない光景かもしれない。俺は人を信じるということを諦めていたから……。
休息がつけるぐらいゆったりとし始めた頃、俺は上杉がいるベンチの方に来て隣に座る。
「楽しそうだったな」
「そうか?」
上杉の言う通り、俺は今日楽しかった気がする。
初めてこうしてちゃんとした形でクラスの奴らと交流が出来て話が出来た。俺は今まで話が出来ているようで出来ていなかった。周りのことなんて信用していなかったから適当な返事でいいと思っていた時期もあったほどだった。
それが今は違う。
今は少なくとも誰かと仲良くしたいという気持ちがある。今日、学校の奴らと話したり上杉がやめた後のスイカ割りの代わりをしたりしていたことがあった。俺にとってそれは思い出というものになるのかもしれない。
「俺も言われたんだ、クラスの奴らに……。楽しそうだったって……。あいつらが居なかったのは少し残念だったが今日は本当に楽しかった。空のおかげだ、お前と関わることが無ければ俺はきっとクラスの奴らに馴染もうともしなかっただろう。お前が俺に関わろうとしてくれたから……ありがとうないつも」
「変わったんだなお前も」
俺の中で上杉と出会った頃のことを思い出そうとしていた。
『あの……!!大丈夫ですか!』
雨の中、自転車を漕いでぶっ倒れていた俺を助けてくれたらいはちゃん。
俺はらいはちゃんが差し伸べてくれた手を振り払おうとしていたがそれでもらいはちゃんは振り払おうとはせず、俺のことを自分の家へと招いてくれた。
『らいは……今度は猫じゃなくて人を拾ってきたのか?』
助けて貰った側の立場だったから俺は何も言わなかったが、初めて会ったときの上杉は正直嫌な奴という感情があった。ずっと勉強をしていて本当のガリ勉というのはこういう奴のことを言うのかもしれないという気持ちになりながらも俺は上杉のことを特に気にしていなかったし、気にも留めていなかった。
『ハハッ!らいは!今度は人を拾ってきたのか!?』
高笑いをしながらも家に帰って来たのは勇也さんだった。
勇也さんは俺が泊っていることを気にせずに居てくれていた。寧ろ、歓迎してくれていたのだ。上杉を除いて温かい家庭だなと感じていた俺にとって上杉家というのが羨ましく感じていたのだ。あの頃はまだ父さんとは蟠りがあった頃だったから。
『あの……!!お兄ちゃんと同じ学校の人ですよね!?お兄ちゃんコミュニケーション能力も体力もないし勉強しか出来ないロクデナシですが、もし良かったら仲良くしてあげてください!!お兄ちゃん、悪い人じゃないので!!』
らいはちゃんの切実なお願いに俺は頷くようにして答えた。
一日泊まって俺には分かったことがあった。上杉は確かに悪い人間じゃないと俺の中でも気づき始めていたのだ。あいつは妹思いで家族思いなところがちゃんとあると分かっていたのだ。遅くまで起きていたらいはちゃんに対して「もう寝ろよ」とか優しさを見せたり、布団をあちこちに飛ばしているらいはちゃんに布団をかけ直してあげたりしている姿を見ていた俺は上杉が家族思いの奴だと分かったのだ。
『焼肉定食、焼肉抜『悪いおばちゃん、こいつに生姜焼き定食を食べさせてやってくれ』』
昼休み、学食。
上杉はいつも頼んでいると思われるものを頼もうとしているのを聞いて俺は遮るようにして言う。
『お前……同情なら』
『別に同情じゃねえよ、お前の家庭の事情はなんとなく察してる。でも今俺がしている行動は同情なんかじゃない、俺がしたくて勝手にやっただけだ。勘違いすんなよ』
あの日、上杉の家に来た時点で上杉の家の事情はなんとなく察していた。
らいはちゃんが口を滑らせて「うちは貧乏なので!」と謝ったり、勇也さんが「悪いな!こんな狭い家で!!」と言っていたからだ。なによりもらいはちゃんが借金の話をしていたのを聞こえていたからだ。
『……悪いな空』
上杉は複雑そうな表情を浮かべながらも俺に礼を言ってその場を去る。
これが上杉との出会いだった。
上杉、お前は……自分が変われたのは俺のおかげというが俺はその逆なんだ。
お前と出会うことが出来たから俺は変わることが出来た。違う自分になれた。お前と出会って居なかったら俺はきっと自分を変えようともしていなかっただろう。誰かを信用しようともしていなかっただろう。
「ありがとうな」
心の中で上杉が何処か遠い存在だと感じていたの本当のことだ。
それはきっと今も……いや今は違う。今は少なくとも……あいつと本当に友達になれて良かったと思う。
だから……。
「風太郎」
本当に感謝している。