「カッコつけて登場したのに残念だったねフータロー」
一花はそれだけを伝えて、俺の下から去って行く……。
取り残された俺は自分が少しばかり甘い考えをしていたと思いつつも頭の中を整理する。
「つけてない……。それにしても俺はてっきり一花はお前や四葉のことを気にしていると思っていたんだが……どうやらもう踏ん切りはついていたみたいだな」
三玖は「そうだね」と軽く言いながらも俺の言葉に反応を示していた。
あいつはあいつなりのやり方で俺達を避けようとしていようとしていたのかもしれないと勝手に想像していた自分も居たが、それは全くの思い違いでしかなかった。
「フータロー、何処か嬉しそうだね」
「俺がか……?まあ、そうかもしれんな……」
三玖に言われて俺は初めてそれに気づいていた。
三玖に対して不意に返していた声が自分でも思った以上に軽かったんだ。言葉を口にしてから、気づいていた。窓の方を見れば、自分の頬が緩んでいることも確認できていた。
「俺はあいつのことが少し羨ましいんだ」
「一花が……?」
「ああ、あいつは今夢に向かって頑張ろうとしている。それが羨ましいんだ、俺にも確かに夢はあるがそれはあくまで抽象的なものに過ぎない。あいつのように明確なものじゃないからちゃんとした夢を描けているあいつが……」
「羨ましいんだ」
自分でも変な気分だった。
今まで他人がどんな夢を持っていようと俺には全く関係のないことでしかなかった。俺は俺、そいつはそいつとしか全く認識していなかったからだ。あいつらと出会ってからその価値観が圧倒的に変わって、今はあいつらの夢をはっきりとしたものに作り上げたいという感情があったんだ。中野父に目の前であの言葉を言い切ったのもきっとそれが原因なはずだ。
だが、それはそれとして……。
「このままだと一花の分の給料が減っちまうな……」
今度は頭の中で一花の給料のことでいっぱいいっぱいになる。
バイトを増やそうにも空の親父さんのところに世話になる訳にもいかない、となると求人と睨めっこしながらもバイト先を増やした方がいいかもしれないが、今から求人を探して即採用というところはないだろう。少し参りながらも俺が困っていると、三玖が俺に話しかけてくる。
「バイト探してるの?」
「……あるのか三玖!?」
「う、うん……丁度短期で募集しているアルバイトがあって……」
俺がバイト探しのことで脳内がとんでもないことになっていると、それに気づいたのか三玖が俺に短期のバイトがあると紹介してくれていた。俺は早速三玖から聞いた場所を確認しようとした俺だったが……。
「って、これ空の親父さんがやってる店じゃねえか……!!」
◆◆◆◆◆◆
「このブランコ大丈夫?凄い錆びれてるし、音もヤバそうだけど……」
ブランコなんて小学校ぶりの校庭が最後だった。
高校生になって久しぶりのブランコに乗って自分が一回りも大きくなったということを実感させられていた。大きくなったと言っても私は自分がガキ大将の頃から何も変わってなくて背だけが伸びただけなのかもしれないという自虐を込めながらも……。
「一花、どうしても行っちゃうの?」
「ごめん四葉、私はもう決めたんだ。私は女優になりたいという夢を諦めることは出来ない……。勿論、フータロー君のことは諦めるつもりはない。でもね、それ以上に今は女優としての中野一花を目指してみたいと思うの」
フータロー君はきっとあれぐらい諦める訳がないのは分かっている。
きっと次の作戦を練って私の前に現れるに違いない。彼はそういう人間だし、突拍子もないことを言いだすに違いない。そんなことを期待してしまっている自分がいる。
四葉はその後、「私が辞めるなら自分も」と言っていた。
だけど、それは四葉の為には絶対にならないからこそ私はこう返した。
「四葉は四葉の本当にやりたいことを探しな」
夏の終わりを感じながらも私はブランコを揺らしていた。
きっとフータロー君達やみんなはこれから先学校で秋や冬、春と言った景色を見て行くことになる。みんなと同じ学校を卒業できないのはとても残念だけど、私は自分がようやく見つけ出せた目標を諦めるなんてことは出来なかった。この先にある女優としての道をもっともっと見てみたかったから……。
それから私は女優としての道を進みだした。
フータロー君に会えない日々がやって来たのは寂しかったけど、彼のことを諦めた訳じゃなかった。女優となったとき、私は正々堂々とフータロー君を振り向かせてみせたい。そんな思いを胸に秘めながらも私は女優の道を歩いていた。
これから先、女優としての日常が始まろうとしている。
そんなときだった……。
「よぉ……大女優様。調子はどうだ?」
「フータロー君……一人で来たんだ」
「姉妹の奴らも来たがっていたが、交渉するなら俺一人の方が良さそうだったからな」
彼はただ一人この場に本当にやって来ていた。
彼がどんなことを言い出すのだろうと、期待していた私にとってそれはある意味面白いものが見れるかもしれないというのもあった。私の横で社長がフータロー君のことをスカウトしていたが、フータロー君はそれをさらりと受け流していた。
「一花、退学の件だがやはり考え直してほしい」
フータロー君が提言してきたのは退学の件だった。
社長はそれに対して拒否の姿勢を貫き通していた。
「そうか……まあ一花が決めた事だ。諦める……。だが、此処からはビジネスの話だ……!」
「ビジネス……?」
「ああ、俺は自主製作映画を撮ることにした」
フータロー君が言い出した言葉の意味が理解できず、私は困惑する。
彼はその自主製作映画の内容について話を始めていた。出演は二人のみ。撮影は週二回。三時間カメラの前でぶっ続けで勉強を教えると言っていた。
「カメラマンは楓さん、空のお姉さんが読者モデルをやっていてな……。その辺も調達可能という訳だ……。生徒役には勿論、一花お前だ……!!」
フータロー君の言っていることはあまりにも突拍子が無さすぎることで私は今でも理解が追いついていない。彼が度肝を抜くようなことを偶にしてくるのはもう慣れたけど、それでも今回ばかりは本当に思わず立ち上がって驚くことをやめられなかった。
「なんでって顔をしているな一花……。だが、これは元はと言えば俺が家庭教師を辞めたとき引き戻したのはお前らの方だろ。それなのに勝手に一人で抜けようとしやがって……!!俺はそんなことが許す訳ないだろ……!!五人で揃って笑顔で卒業!!これ以外ベストの選択はないんだ!!それにだな、大体三学年ももう半年しかないというこの大事な時期で退学するなんて勿体にも程があるぜ……!!逆に言えば、残り半年なんだからな……!!」
フータロー君はかなり熱くなっていたけど、私はなんとなくこれが言いたかった訳じゃないというのは分かっていた気がしていた。本当はフータロー君やソラ君を家庭教師に引き戻せたのは私が仕事をしていたから。その感謝を返したいんだとなんとなく分かっていた。フータロー君は素直じゃないからその辺は隠したまんまだったけど、それでも充分伝わっていた。
「フータロー君、じゃあ教えて……?そんなに勉強尽くめで学校に行く理由ってなんだろ?」
「…………青春をエンジョイってお前が言ってたろ」
フータロー君の言葉とは思えないほどの発言が出て来て私はドキッとしていた。
確かにその言葉は私がかつてフータロー君に言った言葉。その言葉をフータロー君が言うなんて考えてもいなかったけど、きっと彼は彼で何か心変わりすることがあったんだろう。それを証拠に彼はこう言っていた。
クラスのみんなで海に行って自分が不要だと切り捨てていたものが悪くないものだったと……。
今しかできないことをやりたいと彼は言っていた。フータロー君のことは一理あると感じていたけど、私はそれでも自分が見つけ出したものを諦めることなんて出来ずにいると、社長が封筒の中身のお金を確認していた。
「これ、全然足りないけど……」
「えっ……嘘だろ……これでも結構集めたんだぞ……」
フータロー君は社長に言われた言葉に対して唖然としながらも冷や汗を掻きながらもこう言っていた。
「すまん、一花……足りない分貸してくれないか……」
此処まで凄くカッコよく見えていたフータロー君が急に大人しくなったのを見て私は思わず大笑いしてしまっていた。フータロー君は少しばかり恥ずかしそうにしながらも私は「出世払い」で返してね、と伝えたことにより契約は成立することになった。
「ねぇ、フータロー君……。もし私が大女優様になっても今まで通り接してくれる?」
フータロー君が社長から渡された契約書を書き終えて、社長がそれを確認している間に私はフータロー君に聞いていた。
「なに言ってる?そんなの当たり前だろ?お前は俺にとって今まで通りただの中野一花には変わりないだろ?お前が大女優様になったとしてもズボラで馬鹿で、部屋が汚いというところは全く変わらないからな……!!」
「もーフータロー君は痛い所突いて来るなぁ……。でも、ありがとう……私のことを……」
「今まで通りの中野一花だって言ってくれて……」
フータロー君らしいちょっぴり嫌味が入った褒め方だったけど、悪い気はしなかった。
彼は本当に私が遠い存在になったとしてもこれからも今まで通り私のことを中野一花として接してくれることが分かった……。
それだけで本当に心から喜べたんだ……。