自分の言葉がずっと浮かび上がってしまう。
小さい頃からそうだった、私は自分がどう生きようか分からなかった。お母さんが死んだとき、自分は姉妹の一人じゃなくて、私一人として覚えて貰いたかった。運動が出来て、みんなから褒められるなんてことは自分の居場所が出来たみたいで嬉しくてしょうがなかった。
偽りの居場所だったとしても……。
私はそこを見つめることしか出来なかった。続いて行く世界の中で自分を見つけられたことが嬉しかった。姉妹の中で自分は特別なんだって言いきることができるから。その偽の居場所は、結局自分の見えていなかった場所からやって来てしまった。今でも思い出すことなんて幾らでもできる。私にとって、恥の一つでもあるから。
『将来、お料理に関する仕事に就きたいんだ』
図書室で三玖の将来のことを聞いたとき、純粋に凄いと思えた。
自分のことかのように嬉しくなっていたはずなのに、今では心の何処か沈んでしまっている。手を伸ばせば、その答えがあるとかもしれないと信じることしか出来なかった。
これからどうすればいいんだろうか。
三玖だけじゃない、みんなだって頑張ろうとしている。目標がないのは私一人だけ。こんな空っぽの私が手に持っていたのは……。
一枚の映画の半券……。
握られている手は弱々しくて、二乃だったらこういうときスマートにスマホをかざして入場するんだろうなとか考えてしまう。自分のことじゃなくて、姉妹のことを考えてしまう。
「見なくちゃダメだよね」
この映画の半券はただの映画の半券じゃない。
上杉さんが譲ってくれた映画の半券。
『四葉、お前映画とか興味あるか?』
『え?映画ですか……?なくはないですけど』
『実は一花の奴に自分が出る映画の半券を譲って貰ったんだが、あいつの家庭教師と自分の勉強の両立で忙しくて見に行く時間がなくてな』
上杉さんは若干気まずそうにしている。
修学旅行の件で私と一花の件があったからその話をするべきじゃないと思っていてくれていたのかもしれない。私自身、一花と戦う決意は固めていた。ちゃんと固まった者じゃないにしても、私は一花と戦うときが来たら私は逃げたくなかった。
映画館に来たのもそのためだった。
まだ上杉さんのことが好きだという感情を信じていいのかわからない。罪の意識からそう思ってしまうから。でも、それでも私は此処に来た。
その理由は……この映画の中にあるから。
『私ね、貴方と出会えてよかった……!』
映画館の座席に座りながらも、私は映画を見続ける。
背もたれに寄りかかりながらも、映像を目に焼きつける……。
『だから、ありがとう!』
瞼に一滴の涙が零れ落ちそうになる。
どうしてこんな感情になってしまうのか分からない。目の前にいる一花は女優として役を演じきっているだけ。なのに、私は涙を抑えることができなかった。
『貴方のおかげで私は変わることができたんだ……!』
目の前の一花が到底一花とは思えないほどの見た目。
三つ編みで丸眼鏡をしている。どちらかと言うと、五月の方が似合いそうな見た目なのに私はその見た目ですらも一花だと認識してしまう。
『だからね』
違う、私は……。
『貴方のことが好き!!』
目の前の光景……。
目の前に広がる海と二人の姿を私自身、自らと重ねてしまっているんだ。あの映像の中の一花は自分に正直でいられることを選べた。離れ離れだった幼馴染に子供の頃からの想いを伝えることが出来て、それが結ばれようとしている。
夢も自分の将来もなかった私。
映像の中の一花はそれがある。掲げているものがある。羨ましかったんだ。
『インターハイおめでとう!四葉さん!!』
あの頃の私にも出来ていたことだった。
正しくなかった。道を外していた。それでも、私は私だったんだ。
身体に力が入ってしまう。
自分の手を握り締めている感覚があったのは、かなり後になってからだった。もう画面を直視できなかった。あの頃と比べても、今の自分が停滞しまっていることを気づかされて……。
私は逃げ出してしまう。
『四葉変わったわよね』
『流石は四葉さんですわ!今回の陸上も一位!』
『凄いね四葉ちゃん!いつも助かってばかりだよ!ねえ、次なんだけどね──』
頼られる。
頼られている。
『四葉……最近ずっと練習ばかりだけど平気?無理してない?』
『勉強分からないところがあるなら、私が教えてあげ──『私はもう皆とは違う』』
『一緒にしないで』
辛かった。
暗闇の中から抜けて、自分の感情を整理しようも私が逃げ込んだ場所はトイレという密閉された場所。これじゃあ、どんなに頑張っても整理なんてつくわけがなかった。この映画の内容は見に行く前から知っていた。
恋愛の「恋」の字も知らなかった女の子が一人の幼馴染と再会したことがきっかけで……。
自分らしくあろうとしていたお話。作り話なのに、こうして響いてしまうのは自分を直視しようとしまっていたから。
『もうちょっと自分に正直生きてもいいと思うんだ』
楓さんが言っていた通り、この映画を通してありのままの自分を受け入れてあげるはずだった……。
閉め切られた扉に手を当ててしまう。
立ち上がることもできず、すすり泣くことしかできない。縋ることしかできなかった。こんなにも、こんなにも感情を揺さぶられたのは上杉さんに再開した以来……。私は成長できなかった、上杉さんのようにはなれなかった。
「電話……しなくちゃ……」
惨めなだけで終わりたくない。
バッグの中からスマホを取り出して、電話をしようとする。震える指先が躊躇いを与えようとする。怖くてしょうがなかった、過去を掘り起こすことで私は自分がどう向き合えばいいのか分からなかった。それでも、立ち止まることはしたくなかった。
コール音が鳴る度に、私の心臓が飛び跳ねてしまう。
揺れ動く自分の感情を実感しながらも、待っていると電話が繋がって私は……。
「ごめん、三玖……!!」
電話が繋がった瞬間、深々と視線が下がる。
電話が繋がったのと同時に、自分の感情が上乗せされていたみたいに自分の背中が伸びていたような気もしていた。
「これまでのことごめん!!」
三玖からすればなんのことかわからない。どうして謝られているのかも……。
ぼやけている視界の中でそれでも謝りたかった。自分の道は選べていても、正しくないものだったからこそ……。
何も聞こえてない。
ただ、自分の鼓動だけがするこの空間の中で僅かに三玖が私の名前を呼んでくれる。そんな中でも、私は続けようとする自分がこれまでしてきたことから逃げないためにも……。
「三玖、話がしたいんだ。これから、大丈夫……?」
「あっ、そういえば今日バイトだったよね?ごめん、やっぱり帰ってからでも大丈──「何処行けばいい?」」
「え……?」
一瞬、思考が止まってしまう。
冷静になってバイトが終わってからも一緒に話そうと考えていた。三玖から「今はちょっと……」と言われるかもしれないと勝手に思い込んでいたのに、予想していた反応と違ったから。
「私達は五人で姉妹……。五人で支え合う。だから、四葉と話をしたい」
「三玖……」
この場では理由を深く聞こうとはしてくれなかった。
幾らでも気になることなんてあるだろうに、三玖は聞こうとはしてくれなかった。それは自分の感情を守るためでもあったが、気を遣ってくれてると気づいて私は……。
「ありがとう、じゃあ三玖がいつも行くお店で!!」
そう言って、電話を切る。
「行かなくちゃ……」
トイレの扉を開いて私は足を上げ始める。
一歩一歩を噛み締めつつも、私は照明がある方にへと歩き出す。やっぱり、自分の気持ちに正直になることは難しい。自分の現実を知る事になって、辛くなるだけだから。目を瞑りたくなってしまうから。それでも、私は……。
決意を固めたからこそもう逃げるのはやめたかった……。