真夏の日々はまだ続いている。
こんな中を走るってのは、普通に考えたら正気の沙汰ではない。
最近の気温ってのはもうかなりヤバい数値になってる。
幾ら、走るのが得意な俺でもこの暑さがやばいことは分かる。
「風太郎、あいつに顔を合わせなくていいのか?」
「四葉にか?」
俺に顔を合わせることなく、風太郎はゴールテープを見つめてる。
「俺はあいつがゴールをしてくる瞬間を待つだけだ」
「どんな顔してゴールしてくるのかを……」
「お前らしいな、その言い方は……」
思わず、笑みを溢してしまう。
表情なんか見なくても風太郎がどんな気持ちで到達地点を見つめ続けているのかなんて言うまでもなかった。
あいつも五つ子もちゃんとゴールすると分かっているからこそ……。
此処に立ってるんだ。
「それでは出走者の皆さんは位置についてください」
会場のアナウンスが耳に入って来る。
これから、マラソンが始まるんだ……。
「江場さん、そろそろですよ!」
「分かったよ、四葉さん!」
最後まで入念な準備をして、万全の体勢でスタートをしたいと江場さんは考えていました。
時間ギリギリまでペース配分とかを考えていましたから、頭に全部を入れるのはかなり難しくて、覚えられてるか不安です。
「四葉さん、最後に一言お願いできる?」
「え?わ、私ですか……?」
予想にもしていなかったことを言われて思わず声が遠くまで響きそうでした。
わ、私が……?
「ここは部長の江場さんからの方がいいんじゃ……」
江場さんが全員を集めてくれてる。
江場さんがこのまま、最後の話をしようとしていると思っていたのに全然違ったんです。軽く話をして、私にバトンタッチをしてる。
「いいの……かな」
元々、部活の人間じゃない人からの一言なんてみんな欲しいの……かな。
目が泳いでしまって、周りを見つめてしまいそうでした……。
「中野さん、最後に一言お願いします!」
「え?」
最初に声を出していたのは江場さんと同じ三年生の人……。
あまりにも予想外過ぎる展開に声すら失ってしまいました。不安とは正反対で、みなさんは期待をしてくれていたんです。まるで、私の心配が気のせいだったかのように……。
「中野先輩、よろしくお願いします!!かっこいいところ見せてください!!」
靴紐を結んだ後輩の子……。
頭を大きく下げていて、前髪が顔に掛かっていてそれを一生懸命直そうとしていました。私はそんな姿を見て、思っていたことが本当に気のせいでしかなかったんだと思えてようやく……。
「みなさん、最後まで諦めず頑張っていきましょう!!」
軽い……かもしれません。
こんなとき、江場さんならもっと気を引き締めるようなことを言えたんじゃないのかな?とどうしても考えてしまう。それでも、今できる精一杯を言うのが全てだったんです。
難しいことは……分からないし、これでいいよね。
「風太郎……」
小さく彼の名前を呼んで、スタートラインへと向かう。
あるのは不安じゃなくて、走り抜けるという覚悟だけだった……。
「四葉さん、お互い頑張ろう……!」
「はい!江場さん!!」
陸上部に全く関係ない私の方が立場が上のように見えてしまって……。
何処かおかしな光景が広がりながらも、私達の中に声が聞こえ始める。
「それでは東町マラソン大会、いよいよ始まります!!」
主催の人の声と共に、頬を軽く叩く。
高揚感を抑えるため、これから私がするべきことは……。
「スタート!!」
ただ走り抜けるということだから……!
「結構、みんな早いですね……!」
想像していたよりも、東町マラソン大会に参加している人達は足が速かったです。
町内のただのマラソンじゃなくて、この機会を楽しみにしていた人たちが集まっている。
「四葉さん、最初はペースをゆっくりめで!」
「はい、江場さん!!」
江場さんの指示を聞きながらも、周りを見れば学校のみんなも付いて来てくれてる。
個人戦でありながらも、こうやって学校全体で行動をするということは江場さんが言うには学校全体の成績を示したいという理由からだった。
「みんなも大丈夫?」
「は、はい!四葉先輩も大丈夫ですか!?」
「大丈夫!走るのは……」
「好きだから……!」
堂々と本音を言う、そこに嘘はなんてなかった。
そうだよね、子供の頃から走るのが好きだった。いつからだったのかなんてちゃんと覚えてる。走るのを好きだと信じさせてくれたのは……。
『四葉、貴方の走りは逞しいですね』
あの日、姉妹のみんなと追いかけっこをしていたとき。
お母さんが私のことを褒めてくれたことがきっかけ……。
『えー?そうかな?』
『走るのが得意なのは才能の一つでもありますが、そのフォームは努力そのものですよ』
『努力……お母さんが言うならそうなのかも!!』
お母さんに言われたことがなによりも力になってた。
もっと、早く走ろうと足を踏み出せた。結局、私は勘違いをして天国のお母さんを悲しませてしまったのかもしれない。
どうしても後悔ばかりが積もってしまう。
それでも、言いたいことがあるんだ。
「ありがとう、お母さん」
走るという特技を見つけてくれてありがとう。
本当は努力なんかしていなかったんだよ。
「四葉先輩!!」
上手く声を出すことができなかった。
今言えるのは……お礼だけだから。
「四葉先輩、部長の様子が……!!」
「……江場さん?」
後輩たちの声が聞こえて来て、私は江場さんの方を見てようやく自分の意識を取り戻す。
間違いない、江場さんは……。
「江場さん、江場さん大丈夫!?」
「だ、大丈夫……」
江場さんは苦しそうにジャージを掴んでます。
体調が悪い?何かアクシデントが?分かりません、分からないけどこのまま走り続けても江場さんは棄権の可能性が……。もし、仮に走れても最下位付近まで下がってしまう可能性もある……。
どうすればいいの?
私が引っ張る……?陸上部を……?
「いいのかな、それで……」
このまま私が陸上部を引っ張ることはできる。
私のペースならきっと間に合うはず……。
「四葉さん、私のことはいいから……」
「江場さん……」
江場さんは首を横に振ってる。気づいてるんだ。
置いて行くことを躊躇ってるのを江場さんは……。
「四葉先輩、どうしますか!?」
どうしよう……。
このまま走れば先頭集団に追いついて、上位争いもできなくはない。先頭集団は目の前にはもういないけれど、私の走りでそのまま一位も狙うことはできる。ただ、それは江場さんをこのまま……。
「四葉さん、お願い……」
ほ、本当にそれでいいの……?
迷ってしまってるのは何か許せないものがあるんじゃ……。
じゃあ、それってやっぱり……。
『四葉のおかげで好きなものが増えたから』
振り返るのは三玖の言葉。
三玖が私に好きなものを増やしてくれて感謝してくれた。
私もみんなが走ってる自分を見て褒めてくれたのを知ってる。
『四葉、また一位だったんですね!凄いです!』
『四葉、アンタ走るのは得意なんだからもっと頑張りなさいよ』
『四葉は凄いね、走るのがあんなに早いなんて……私なら絶対すぐバテちゃうよ』
姉妹のみんなから褒められたことを思い出してしまう。
ごめん、三玖。やっぱり、まだ揺れてるよ。自分が正しいのかなんてはっきりと言えないよ。だけど、やるべきことは……ちゃんと知ってるよ。
「みんな、先に行って!!」
気にしなくて大丈夫、後悔をそのままにしたわけじゃないよ。
散々、それを言って来たのにまだ悩むのはおかしいよねみんな。笑って欲しい、怒って欲しい。だけど、それは私のやるべきことが終わったらでお願いしたい……!その後なら、幾らでも聞くから。
「え?四葉先輩はどうするんですか!?」
後輩の一人が驚いた顔で私に「ダメです!」と言ってくれている。
もし、私が同じ立場だったら同じことを言ってたかもしれない……。
「江場さんのペースに合わせて走るので、みなさんは先に行ってください!」
「四葉さん……?」
「昔のことを思い出したんです。走ることに我武者羅だったときの私を……」
「自分が他の姉妹よりも優れてるとか勝手に見下してしまって周りを見てませんでした。そんなときでも、姉妹のみんなは変わらず接してくれたんです。ただ一人、三玖を除いては……ああ、三玖ってのはヘッドホンをいつも付けてる私の姉なんです!」
首にヘッドホンがあるかのような動作をしながらも、笑う。
みんなは何も言わずに、黙って聞いてくれている。
「三玖はずっと私のことを心配してくれていました。勉強は大丈夫?って言ってくれて、一緒に勉強しようと言ってくれたのに、そんな三玖の話を無視して、姉妹とは違うと自分に言い聞かせて……いや、違います……よね。何も知らなかったんです」
「愚かだったんです、私は……。それでも、みんなが私の走りを凄いと言ってくれた事実は変わらないんです、だから……」
「嘘をつきたくないんです、自分のことで」
「こうして江場さんのことを置いて行くことを躊躇ってる自分を振り切って、走ることはできても姉妹のみんなに迎えられても、あんまり嬉しくないんです!」
「最後まで、江場さんと走り抜けたいんです……!」
本音がこれだった……。
迷っている暇があるなら、すぐこの答えを出すべきだったんだ……。
「……分かりました、四葉先輩」
「絶対、ゴールしてくださいね。部長も!」
走り抜けていく後輩たちの姿が目に入る。
後続も前も見えなくなっていて、追い抜くのはとても大変だろうけれど想いが背中には宿ってくれてるみたいだった……。
「うん、絶対江場さんを連れてゴールするから!!」
「四葉さん、ごめん……!」
「気にしないでください、江場さん!」
本当に、本当に……。風太郎がこの場にいたらなんて言っただろうか。
きっと、色々と説明された後に呆れられたかもしれません。自分のことを犠牲にしてまで、他人のことを考える必要はない。また悪い癖が出たとか、言われる。
「ダメですよね、全然……」
それでも、譲れないものがあるんです、何を言われても……。
みんなに好かれてる自分でありたいんじゃない。
自分に嘘をつくのが嫌だから、江場さんと共にゴールをしたい……!
だから、見ていて欲しい。風太郎も、脇城さんも、みんなも、お父さんも……!
必ず、ゴールを江場さんと一緒にしてみせるから……!!
ある大病院の一室……。
先ほどまでそこにはラジオの音が鳴り響いてた。
男はラジオの音を止めて、そのまま入って来た看護師の要件を聞こうとしていたが……。
「院長、ラジオですか?珍しいですね?」
「すまない、少し気になることがあってね……」
女性の看護師が目に入ったのは院長の机の上に置かれてあった。
ラジオだった。先ほどまで周波数がラジオ局に合わせていたような痕跡が残っていた。
「気になる事ですか?そういえば、今日は東町のマラソンでしたよね?私達の病院からも何人か怪我を見る為に向かっていると聞きましたが……院長?どうなされましたか?」
「私の顔に何かついているかね?昼はまだだったと思うが……」
院長である中野は窓から外の景色を見つめながらも、自分のネクタイを直している。
その動作は珍しくも、おぼつかない様子だった。
「い、いえ……!!その……出走者の名簿に載っていたんですが」
「よかったですね、娘さん……四葉さんでしたっけ?」
「そのようだね……」
「彼女はちゃんと