「はぁ……はぁ……!!」
身体が汗ばんでる。
太陽の日差しが照らし出してくれてる。
その光は背中に当たっていて……。
「やりました……ね、江場さん」
拍手をしてくれているみたいです。
「四葉……さん、ごめん」
聞こえてくるのは……江場さんの声……。
呼吸が小さく刻まれているみたいでしたが、江場さんは走ってるときよりも表情が優れていたんです。
「いえいえ、それにそういうときは……」
「ありがとうでいいんですよ……!」
「そ、そうだね……じゃあ……」
「最後まで連れて行ってくれて……」
軽いものなの……かもしれません。
私がしたことなんて、これまでのことを考えたら小さな一歩でしかないの……かも。
違う、そうじゃないよ私……。
だって、私がいちばん知ってるよ。
「ありがとう、四葉さん」
頬に伝わる汗が実感させてくれるんです。
膝につけていた手が教えてくれる、あの線を越えたからこの音がするんだ。
「はい!江場さん!!」
本当に軽いものなの……かも。
これも、さっきまでのこと……。
だとしても、私は自分がしたことを間違ってないって言い切れる。
どうして?と聞かれたら、なんて答えるべきなのか迷う。
「え、江場さん……!!」
他の部員の皆さんに合流しようとしてるのを見て引き留める。
汗を軽く腕で拭えば、肌にはべったりと証拠が残ったんです。
「教えてくれてるんです、私の汗が……!」
「自分のしたことが間違いじゃないよ、それでいいんだよ……!走ってる間は迷ってても、今こうして江場さんと手を叩き合って、本当に言えることがあるんです……!」
「一緒にゴールができてのがよかったって……!!」
理由になってないよ、私。
江場さんと一緒に走ろうとしたもう一つの理由にまるでなってない……。笑うしかないよね、私。風太郎たち……。
「四葉さん、行こう」
「……え?」
背中を押してくれつつも、今度は江場さんの方から一緒に歩き出そうと言ってくれる。
気の抜けた返事をしてしまうと、江場さんは口元を緩ませながらも……。
「今日はMVPは四葉さん、みんなもそう思うよね?」
「「「はい!!」」」
ふと自分の力が抜けるよう……だった。
前を向いて、迷ってもこの場所に辿り着くことばかり考えていた。
「四葉先輩、本当にかっこよかったですよ!」
「先輩、ゴールできて本当によかったです!!」
後輩のみんな、靴紐のことで相談に乗った後輩たちの二人が先に言ってくれる。
「みんな、ごめ……ううん、違うよね」
「ありがとう」
逃げないで、正直に立ち向かうことが正解。
難しいよ、やっぱり……。どれだけ過去は変わらないと分かってても、未来のことばかりは不安になって目を瞑りたくなる。それが、自分を誤魔化さないやり方で最後まで成し遂げてみないと、何も言うことはできない。
だけどね……後悔なんかしてないよ私……。
「余計な心配かけさせるんだからあの子は……」
四葉が陸上部の子達と仲良く話してる姿が目に入る。
柔軟でも手伝ってるのか、楽しそうに話してるわ……。
「全く……」
こっちが心配になって、アンタが今何処で走ってるのか確認しに行きたかったとかは……全然思ってないわ。寧ろ、四葉は最後まで走り抜けるという事実しかなかった。
「心配だったのか?」
「そ、そんなんじゃないわよソラ。ただ、まあ……あの子が来ないなら、来ないでなにぼさっとしてるのよって言ってやろうとは思ってたけど」
ソラがニヤついてる。
やっぱり言うんじゃなかったわ……。言っても言わなくても、私の心を読むのなんてこいつに関しては朝飯前ぐらいだしそれぐらいやって貰わないと気が遣えない男だって何度も言ってやるけど。
それにしても、あの子も楽しそうだけど……。
「よかったわね」
一歩前に出て、一番心配そうにしてた奴に言う。
私がそう言えば、いつもみたいに首を軽く縦に動かして……。
「うん、よかった……」
祈るようにして握ってたくせして、もうその手を振り解いてる。
顔を合わせなくても、分かってたわ。三玖が泣きそうな顔で四葉の顔を見つめてることぐらい……。
「上杉君、私達も四葉のところに……!」
「そうだな、俺もあいつに一言言いたいからな。頭が悪いわりによくやったってな」
「それは褒めていませんよ、もっとマシなことを選んでください!」
全く……騒がしいわねあの二人も……。
まあ、今回ばかりは
いい感じに進めたってことね……。
「これで全部……かな?」
机の上にノートを置いて、全員分を配り終えたことを目で追う。
よしっ、全部配り終えてる。これで先生に頼まれたことは全部終わった……。最後に五月の机の上にノートを置き終えて、私はマラソンのことを思い出す。
『え?!い、いいんですか!?四葉!?』
『うん、私はあんまり商品券使うことないだろうし五月にあげるね』
『し、しかし……これは四葉の頑張りを示すものです。私が受け取るわけには……』
マラソンを終えた、その日のうちに……。
家の中で勉強している五月に声を掛けてた。
抽選の参考賞で3000円分の商品券が渡されることになった。偶々こういうのを貰えるようになって、結果的に何か形として残せるのは嬉しかったけど、此処まで来れたのは姉妹のみんなのおかげだよ。
『商品券、食事できる場所で結構使えるみたいだから五月に渡そうと思ったんだけどなー、三玖にでも聞いてみようかな?』
小さく「あっ」という声を漏らしていたのを覚えてる。
五月が言ってくれたように、私の頑張りを示すもの……。私個人で貰った商品券だから、何処で使おうとも私の自由なのは五月の言う通り……かも。
「どうしようかな……」
手元に残った商品券が目に映ってしまいます。
江場さん達と食事……?それも悪くありません。しかし、もう打ち上げはしていましたし……。
なら……。
やっぱり……。
「マラソンが終わって、いつものお前に逆戻りか?四葉らしいな」
「うぇっ!?上杉さん!?放課後、一花のところに行くって言ってましたよね!?」
いきなり教室に入って来た上杉さんに驚いて、商品券が手の中から飛びそうでした。
危ない、危ない。上杉さんに変なところを見られるところでした。
「悪くない走りだったな、四葉」
変な話だと……思う。
予想していた反応と違うから、思わず口を開いたまま上杉さんの方を見つめてしまう……なんて。呆れるに違いない、そんなことばかり考えてたから私は話題を変えるために机の上に指先を触れる……。
「結果的にお父さんに見せることは出来ませんでしたが……」
「後悔はしてないんです」
現実だけ見たら、何も叶わないで終わってしまった。
最初に掲げた目標。コンビニで見たビラの前で実現したいと願ったものは何もかも叶わなかった。
一位もお父さんに見せたいという気持ちも……。
だとしても、本当に後悔なんてしなかった。
「そうだな、俺としては……お前が引き摺ることなく勉強に専念して貰えるようで安心はしてるぞ」
「上杉さん、一言余計ですよ……。全く、それだからいつも五月と喧嘩してしまうんですよ」
「そこは……否定できないな」
上杉さんはまた何か心当たりでもある様子でした。
これは多分、偶々朝会ったときに「太るぞ」とか言ってしまった感じの奴ですね。上杉さんもそういうところはあまり変わってない……です。
「おい、なんで笑ってるんだ」
「あーすみません!上杉さん、つい……」
思わず、五月との会話を想像したらなんだか笑ってしまいました。
もしこの場にいたら、五月から抗議を受けていたかもしれません。なんて考えるだけで、自分が今どれだけ余裕があるのか分かる気がしてしまう。
「余裕、か……」
「どうした四葉?なにかあったのか?」
「いえ、そうじゃなくて……その前に上杉さんがスポーツインストラクターの話をしてくれたじゃないですか?」
上杉さんが思い出してくれたのか、私に話を続けようとさせてくれています。
よかった、ちゃんと覚えていてくれていたみたいです。
「昨日のことだとか、マラソンに向けて頑張っているとき、言われたことがあったんです」
「四葉さんは教え方が上手だって」
江場さんも後輩の皆さんも教えてくれました。
それをお世辞だと思うときもあれば、「そうかな?」と首を傾げたくなるときもあったんです。
「お前がか?」
「し、失礼ですね!これでも、後輩のみんなからは四葉先輩頼りになります!これからも卒業するまで、偶にでもいいんで顔出してくださいね!って泣かれたんですよ!」
疑ってはないけれど、上杉さんは目を細めてこっちを見ています。
「そ、そうか……」
「本当に信じてくれてます!?上杉さん?」
絶妙に教室の中で変な空気が流れてしまう。
空いている窓から生暖かい風が入って来る……。
「い、いやすまん、話を続けてくれ……」
そ、そんなに私が教え方が上手だというのに疑問を持つんですか……?
い、いえ、確かに言われてみたら五月とかに比べて全然教えるのはそこまでですし、私の勉強の教え方が酷いのは否定できませんが……。
「こ、この流れですか……?い、いいですけど……そ、その……こんな私でも……」
「誰かの役に立てるのであればやってみたいと思えたんです!」
私と上杉さんを挟む机に一つの用紙を置いた。
その紙は進路の紙だった。私自身がようやく決めて、ようやく選んだもの。
「みんなに教えて貰えなかったら、選ぼうとしなかった。私にとって、誰かを助けることは呼吸みたいなものですから」
「呼吸、か……なるほどな」
「なるほど……?」
首を傾げてしまいます。
今の話、何処か変な部分があったでしょうか……?
「いや……」
「お前らしくていい考えじゃないのか?」
腕を組みながらも、言ってくれる。
「上杉さん……」
名前を呼べば、チャイムの音が耳元に鳴り響いている。
息を呑んで、自分の光景を疑ってしまいそうになるのを堪えてると上杉さんは大きく表情を変えて……。
「これでお前の進路も決まったわけだ、四葉」
「後はお前がやりたいと信じたものに向かって、進めばいい。例え、挫折しそうで怖くなっても昨日選んだこと、お前が部活で言われたことを思い出せばいい。だが、一つだけ言わせて貰うぞ」
「お前、進路決めるの遅すぎじゃないのか?」
「なっ!?」
急に飛んできた正論に変な声が出てしまいます。
折角のチャイムの余韻も全く台無しで、私の決意すらも完全にちゃぶ台をひっくり返された気分になってしまって、口を風船のように膨らませて言ってしまいます。
やっぱり、上杉さんと食事に行こうと考えてたのはやめよう。
此処はお世話になった三玖とか江場さんたちと食事に行こう。上杉さんはやっぱり、デリカシーがちょっとないですから。
「そういうところはやっぱり五つ子だよな」
少しばかり上杉さんのことで後悔していると、指先が机の上から離れてしまう。
こんな光景、そういえば出会った頃にありました。まだ、一年しか経っていないのに……。
何処か懐かしいと感覚があるんです。
風太郎と再会したのも……あの頃だから。
「上杉さん、今日の牡羊座の運勢はまあまあで足元をよく見ようらしいですよ!」
「どういう意味なんだ?それは?」
「そうですね、上杉さんは……もう少し女の子の感情をちゃんと読んだ方がいいってことですよ!それじゃあ、私は未来に向かって頑張らせていただきます!それでは!!」
教室から颯爽と抜け出して、私は出て行けば上杉さんの狙い通りの反応が聞こえて来る。
やっぱり、あの頃から変わってないな風太郎は……。
「……は!!?おい、待て!!四葉!!」
一緒に神社の前で待っていてくれたあの頃から……。