「なるほど、あの子達も目標という夢を見つけたと……」
あいつらの父親の声が耳元にある。
家族旅行のときに嫌というほどあの父親と爺さんの怖さは思い知らされたから、最早怖いとか圧を感じるとかそういうものはないが、それでもこのあいつらの親の声が何処か笑っているようには全然見えない。
「定期報告感謝する、晴れてキミも家庭教師として成長したというわけだ」
ほ、本当にそう思ってるのかこの父親。
娘の成長を喜んでいるのは事実だろうが今の発言的にどうも家庭教師の範疇を越えていることをしていると釘を刺されている気がしてならなかった。
「あ、ありがとうございます」
にしても……。
『お父さんも笑うときがあると思うけどなー』
電話を掛けるのを躊躇っていた俺に一花が肩を馴れ馴れしく掴みながらも言って来たのを今になって思い出す。あいつはああ言っていたが、どう考えても笑うところなんて想像できないぞ。
「それでは失礼する、今後も励みたまえ。それと……」
「娘たちには不用意に近づかないようにしたまえ」
急激に寒気がする。
風は全く吹いていなかった。
一花の事務所の前でただ夜空を見つめつつも、さっき言われた脅しのおかげで改めて分かったことがある。一花が言っていた、笑っていたことがあるってのは少なくとも俺を揶揄うための嘘でしかなかったとよくわかる。
まったく、あいつらもそうだが……。
この父親も大概だな……。
◆◆◆◆◆
「三玖、今日はありがとう!付き合ってくれて」
マラソン大会を終えて、三玖と一緒にやって来ていたのは……。
ちょっとしたオシャレなお店です。
「四葉、よくこういうお店知ってたね」
「テレビでも最近取り上げられているお店なんだ、あっお寿司持ってきたよ三玖!」
テーブルの上に置かれてたのはお寿司が載せられたお皿。
サーモンやマグロといった定番のものを載せてたり、ちょっとだけ見栄を張ってえんがわとかも入れてみた。あんまり、定番の奴ばかり食べていると子供っぽいとか思われてしまいますし。
「四葉、商品券確か三千円分だったよね?大丈夫?」
「あー足りなかったら、お金出すから大丈夫だよ三玖!ほら、食べよ!!」
商品券三千円の行方がどう考えても越えちゃうのは分かってたこと。
それよりも、大事なのは三玖との食事会……。
「どうしたの?四葉?」
「ううん、なんでもないよ!」
首を振ってすぐ私はお箸でえんがわを軽く掴む。
ゆっくりと滑って行くお寿司にちょっと「ん?」と首を傾げそうになってしまうも無事掴む。
「美味しいね、三玖!」
「うん」
……三玖は気づいているのかな。
この食事会、本当は三玖への負い目があるから。なんてことは私が一番違うと言い切れなかった。多分、三玖も同じことを気づいていると思う。
こうやって、会話の間の中で溝みたいなものが出来てしまってる。
作っているのは勿論、私の方なのに。喫茶店であれだけ三玖に励まされたのに……。
「三玖、此処のサーモン美味しいよ!シェフの人達が言ってたんだけどね、此処のお寿司は新鮮なものなんだって!あっ、そういえば最近脇城さんが五月と仲良さそうでね。勿論、家庭教師の一環で勉強を教えてるってのは分かるよ?ほら、二乃と付き合ってるし……だからその……」
「ごめん、三玖」
やっぱり耐えられなかった。
小刻みに揺れている正体に気づく余裕すらなかった。
手に持っていた箸が揺れ動いていた、小刻みに……。
「そっか、そうだよね……」
分かってた、最初から。
間を空けることが怖かった。
三玖とこうして食事をしているだけで自分の身体が偶に揺れ動いてしまっていること。
なんとか場を繋いで、三玖と楽しく会話をしようと考えていたけれど、自分の中で抱えているものを許せないと怒りを覚えてしまっているのがあるんだ。
「ごめん、三玖」
「勝手に区切ろうとして」
どれだけ三玖に傷つけてきただけじゃない。
貰ったものもあったと言われても、風太郎の前で素直になろうと思えてもやっぱり姉妹を傷つけてしまった事実を書き換えることはできなかった。それどころか、区切って次に進もうとしていた自分が許せなくて仕方なかった。
「意気地なしだなぁ……」
汚れ一つもない綺麗な場所で自分の声だけがよく通ってしまう。
こんなことになるなら、やっぱり三玖と食事に行くんじゃなくて江場さん達と食事に行けばよかったのかな。選んだことの後悔ばかりが続いてくばかりで、私は思わず箸を小皿の上に置こうとしたとき……。
「かっこよかった、四葉」
「……え?えっと、な、何の話?三玖?私がかっこよかったときってあったか「マラソンのとき、江場さんと一緒にゴールしたのかっこよかった」」
音だけがする。
小さく聞こえた音だけがしていた。
それが箸を小皿の上に落としていたというのに気づいたのは後からだった。
「四葉らしいとも思えた、一位じゃなくてみんなと一緒にゴールする。私は走るのが得意じゃないから、人に合わせて走るのはできない。それは走るのだけじゃない、人に合わせて何かをすることはできない」
「そ、そんなことないよ!三玖だって勉強はできるでしょ!?」
違う、多分違う。
三玖が言いたかったのはもっと違うことだ。
自分でも知っているはずなのに、どうしても聞きたくて仕方なかった。
「姉妹の中で自分が一番劣ってるって思ってる時期もあった。それをソラが肯定してくれたときもあった。勉強や自分にできることが増える度、あのときよりできるようになったことは増えてた」
「それと同時に、こうも思えた」
「できなかった自分を許せないと思わなくていいって」
さっき箸を置こうとしていた時点で三玖が何を言おうとしていたのか。
それは今までの三玖を見て来ているからこそ、何を言うかなんて予想できてたんだ。
「そっか、三玖は強いね」
「四葉も強いよ」
三玖の言葉はやっぱり心強い。
最近はずっと三玖に励まされてばかりで自分じゃ何もできないと否定したくなる気持ちはある。あるけれど、私は三玖のように自分を肯定してあげたい。一度は出来た、なによりも自分のために選んだこともできるようになったからこそ私はやっぱり……。
「うん、ありがとう三玖」
三玖のためにも笑っていたい。
楽しそうにしてくれている。
よかった、四葉が気を遣ってこの食事会に誘ってくれた。
四葉も改めて自分なりに謝罪をしたかったんだと思う。
結果的にこの場の雰囲気に似合わないものになってしまったのかもしれない。
それでも、私はこうして四葉と昔みたいに距離があるんじゃなくて。
今みたいにお互いに姉妹であることを誇れる関係に戻れてよかった。
なによりも、かっこよかった四葉を見れるだけで充分だった。
「四葉、抹茶アイス持って来たよ」
一旦、テーブルから離れて抹茶アイスを見かけた。
それをすぐお皿の上に載せて私は持ってすぐ来ていた。周りの人は「え?」みたいな顔をしていた。
「抹茶アイス!こういうオシャレなお店でも置いてあるんだね!」
「四葉の分も持って来た」
「え!?持って来てくれたの!?ありがとう!!」
嬉しそうに四葉がアイスを受け取る。
スプーンでアイスを勢いよく食べる四葉の姿が目に入ると、頭を抑えていた。
「もうちょっとゆっくり食べよ?」
「そ、そうだね!三玖!」
いつもの調子の四葉に戻っている様子を見ながらも、私は一瞬スマホの光が目に入る。
戦国ゲームの通知が鳴ってから日にちを確認して、あることを思い出す。
「四葉、そういえばもうそろそろ学園祭だよね?」
「うん、そうだよ。楽しみだよね……あれ?」
手が止まる。
スプーンが止まっていて、四葉は固まっている。
「どうしたの?四葉?」
「やばい!!」
「学園祭のことすっかり忘れてた!!?」