長女の後悔
学園祭……。
高校生になってから初めてする行事。あの学校に居た頃は、私達にとってそういう楽しそうな行事はなかったですし、こういう催しをするというのは楽しみです。
なんですけど……。
「やばい、やばいどうしよう……」
楽しみでしたが……。
マラソンのことばかりを考えていたので、学園祭のことをすっかりと忘れていました。
まだ学園祭まで期間はあります。
三玖に学園祭の話をされて、お餅が喉に詰まったような感覚で本当に額から汗を流しそうで今も頭の中で色々と考えてしまっています。
スマホを取り出して、とりあえず風太郎の連絡先。
それから、連絡を入れるのは勿論。学園祭のことを色々と決めて準備をすれば、今からでもきっと間に合うはず……。
「急いで風太郎に連絡を入れないと……!」
そうと決めたら、指先が止まることは知りませんでした。
いつもこうだったら、風太郎のことも呼び捨てができるとかも考えてしまうほどでしたが……。それよりも、今は……。
「四葉、何か手伝えることある?」
「手伝えること……?」
視線を感じる。
多分、三玖の視線が下の方から上の方に動いたから……。
手伝う……。
確かに三玖の手伝いを借りれれば、学園祭の準備も早くなるかも……。
一瞬だけ、自分の中で三玖の手を掴もうとしていた気がする。
私は差し出してくれた手をこの手で掴むんじゃなくて、別の道を取りたかった。
「ううん……大丈夫だよ三玖」
必要なことは三玖の手を借りることじゃない。
「これは私がやらなくちゃいけないことだから」
「四葉……」
三玖はなんて思ってるのかな?
また、一人で抱え込んで失敗するとかそういうことは考えてないと思う。
勝手な思い込みはよくないかもしれない。
信じたい。あんな風に言ってくれた三玖を。ただ、それだけ。
「あっ、今のはその一人で抱えようとしてるんじゃないよ?」
なのに、不安になってすぐ訂正を入れようとしてしまう。
悪い癖、治さなくちゃいけないと分かっている。分かってるのに、反射的に言ってしまう。どうしようもなかったし、自分を低く見たくなってしまう。ダメだと分かってるのに……。
「四葉……」
「ど、どうしたの三玖?やっぱり気に障っ「四葉ならきっと大丈夫」」
その言葉がどれほどの救いになってるのかなんて言うまでもなかったよ三玖。
「……ありがとう三玖」
お礼を言うまでの間、どれだけお店の音楽が鳴り響いていたんだろう。
普段の私なら何の躊躇いもなく、お礼を言っていたかも。少しの前の私なら、どうして大丈夫なんて言えるんだろうと疑問を覚えてしまってた。そういうのが私だったから。
知ってる。
どうして、納得できたかなんてことは……。
なら、私ができるのはあのお礼だけが全てだった。
時間が空いてからのお礼。それは曖昧なことしか言えなかったのは少し恥ずかしい気持ちもあった。なんて返せばいいと言うよりも、自分のまとまってない感情をどうやって言葉にすれば不安だったから。
きっとそれは杞憂。
スマホに映る連絡を見つめながらも感じる。
『上杉さん、学園祭のことでお話がありまして。お時間が大丈夫ですか?』
私はもう……。
あの頃の私じゃないから……。
「学園祭か……そういえばそんな時期だったな」
「どうしたの?フータロー君?」
「いや、さっき四葉の奴から電話が来てな」
スマホを自分のカバンの中に戻す。
本来だったら、こいつの勉強を優先したいから電話に出るつもりなんてなかったが、学校の行事のこととなると話は別だ。四葉からの連絡だったから、進路のことで相談かと心配したが、あいつはもう目標に向かっている。
俺が心配してやることでもないだろう。
にしても、もしかしてあいつが前に取り乱していたのは学園祭のことだったのか……?
「さっき小さく学園祭とか言ってたよね?もしかして、そのこと?」
四葉のことほんの少しばかり安堵を覚えていると、俺の腕を軽くペンで突いて来る。
痛いが、俺は特に触れることもなく反応を返す。
「確かに、出し物とか色々と準備しないといけないもんね。フータロー君も私のメイド服とか興味あるのかな?ほら、言ってみていいんだよ?」
「勉強と女優をまともに両立も出来ない奴が学校の行事に参加とは随分と余裕だな、一花」
「じょ、冗談だってばフータロー君。もう目が怖いよ?それにしても、本当に人が変わったねフータロー君は……」
感慨深そうにしている一花……。
何故そんなにも強い視線を俺に向けているのかは知らないが、普通の視線じゃない。いつもの揶揄っているときの顔。口元を少し緩めてちょっと人のことを馬鹿にしているときの顔だ。
「何か言いたそうだな?」
「いやいや、そりゃそうだよ。いきなり青春をエンジョイとか言い出してたけど、まさか学園祭もその一環ってことかな?だとしたら、今から学園祭中のフータロー君が怖いかなー」
相変わらず人のことを茶化すことしか考えてないようだ。
こいつのこういうところを矯正なんて言うのは難しいことだし、今更何を言っても無駄だろう。一花らしさもあると言われたらそうだしな。ウザくはあるが。
「林間学校のお前らが言っていたこととは今回は訳が違うからな」
「そもそも、お前らに手を出したことなんて一回もないだろ」
思い出さなくても、考えなくて言い切れることだ。
あくまでも、家庭教師として逸脱しているのは空のほう。まああいつもあいつで、二乃とはいい感じだし、三玖とも関係が続いている。
なんてことを頭の中で整理していると、一花のペンが止まっている。
なんだ?俺は一度たりとも何もしたことはなかったはずだが……。
「俺が一時の気の迷いでもしたと言いたいのか?」
「……そ、それはどうかな?ほら、フータロー君ももう高校生だし……」
「いや、それは飛躍し過ぎだろ」
一花はペンを置いたまま、何も言わなくなる。
ただ遠い雲を見つめているようで、俺が声を掛けても、何も言わない。
人形みたいに目を大きくさせている一花の姿が気になってしまう。
もう一度、一花の名前を呼んでみても……。
「ううん、ごめんねフータロー君……」
「本当になんでもないよ」
なんだ?なにかあったのか?
明らかにさっきまでとは様子が違う。
なんだこの違和感は……?
なんで一花は俺のことを見なくなったんだ……?
そっか、そうだよね。
修学旅行のとき、あんまり考えてないようにしてた。
そもそも考えてる暇もなかった。
三玖や二乃、四葉やみんなを傷つけてまで自分が幸せになりたいとか願うことができるほど、心を犠牲することができなかった。
四葉とは何れ戦うときが来る。
フータロー君の話を聞く限り、それは遠くない未来でやって来る。
二乃はソラ君の心を掴むことができた。
ちょっと素直になれてない時期が来ているみたいだけれど。
二乃みたいにできるかな?
フータロー君の心を掴むことが……。
『あれ?お前、中野だっけ?』
『え?え、えっとそうだよ!!』
『なんだよ、宿泊先も一緒だったのかよ。俺の班さ、みんなとっとと寝ちまったからどうせなら一緒に遊ばねえか?ほら、トランプ持って来たからさ』
『いいの?』
後悔はある、罪悪感もある。
四葉に対してのものは幾らでも……。
それでも、私は……。
『はい、俺の勝ち!お前、弱すぎだろ』
『フータロー君、中々強いね。私、びっくりしたよ』
『こんなもん運があれば、誰でも勝てるだろ?』
『そうかな……?』
『ほら、次もやろうぜ。次も』
たった一日だけ京都の修学旅行でキミに出会えた。
本当に数時間の出来事。それでも、私は……。
キミと出会えたから、今があるんだよ……。
フータロー君……。