五等分の花嫁 心の傷を持つ少年   作:瀧野瀬

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次女の恋の悩み

『本当になんでもないよ』

 

 あの表情、明らかに何もないという表情じゃなかった。

 少なくとも、あのときの一花はいつもの一花でもなければ、女優としての一花でもなかった。

 

 あの後、あのことを聞いてもあいつははぐらかそうとして話にならなかった。

 

「上杉さん、学園祭での取り決めありがとうございます!」

 

「元々お前と俺の仕事だろ?やるからには本気で、だ」

 

「気合入っていますね!上杉さん!」

 

 気にはなる。

 一花のあの表情もそうだが、四葉のあの思わせぶりな発言も何もかも……。

 

 こいつらの親からは家庭教師という枠組みから逸脱するなと釘は刺されている。

 が、あまりにも放置したままにするのはよくはないだろう。かと言って、四葉から直接聞き出すと言うのも難しい問題だろう。

 

 

 

 

 なら、少しばかり考える必要があるな……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「それでは、早速学園祭の出し物について意見をまとめたいと思います!」

 

「やりたいものがあれば是非言って行ってくださいね!!」

 

 学園祭、やるのは一年ぶりなんていうのは当たり前だが……。

 少なくとも、俺と風太郎の奴がちゃんとした仲となって、あいつらとも出会ってから初めての学園祭になる。波乱万丈の日々になるというつもりはないが、ある程度嵐のような二日間になるのは間違いない……。

 

「ん?」

 

 風太郎が俺の目の前を通り過ぎたとき、何か俺の方にメモ書きのようなものを渡して来ていた。

 それを開いて見てみれば……。

 

『これが終わったら、話がある』

 

 風太郎からの話……?

 あいつらの夢や目標というものはもう決まった以上、その話じゃない。

 

 別の問題が起きたと考えるべきだろうが……。

 俺の方にも問題は起きてしまっている。自分で招いた種だと言われたら、そりゃあそうなんだが……。

 

「……」

 

 視線をさっきから感じてしょうがない。

 その相手が恐らく二乃だということまでは把握している。なんで、俺のことを見つめてくるのもなんとなくは心当たりしかない。

 

『な、なによ!?わ、私が寂しかったって言いたいわけ!?』

 

 なんて反応をしてくるのが目に見える。

 めんどくさいこと極まりないのだが、二乃はこういう奴だ。正攻法で直球で問い詰めても、変に拗れるしかと言って意識をしてやらないとそれはそれで拗れる。

 

 いや、面倒くさいというのは訂正しよう。

 そこがあいつの良さでもあるんだが、本当にどうするべきか悩んじまう。

 

 いっそのこと時間が解決してくれるのを願いたくなるレベルだ。

 今の状況的に言えばな……。

 

「なあ、二乃……」

 

「な、なによ?」

 

 椅子に座っていて、周りからは二乃さん、ありがとうだとか言われているの中に入り込む。

 入り込んで、俺が声を掛けようとすると腕を組み始める。こりゃあ、前よりはマシだが微妙に警戒されてんな……。

 

「たこ焼き、楽しみにしてるからな」

 

「……なに当たり前なこと言ってるのよ」

 

 いつもの姿勢を崩さない。

 二乃がクラスの中心にいるなんてことは珍しくもないことだが、こうやってほんの僅かでも言葉を濁らせるときがあるとすりゃ、それはもう確信で言える。俺に対して不満を抱えてる。

 

 

 

 

 それが何なのかも知っている……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『楽しみにしてるからな』

 

 あいつの言葉が何度も頭に響いてる。

 こういうことで悩まされるなんて思ってもいなかった。

 

 そりゃあ、了承したのは私。

 三玖に会いに行くことも、五月の勉強を見ることも全部私が許可してあげたこと。彼女なんだから他の女に会いに行くのに許可を取るなんて当たり前。なのに、どうしても納得できない自分が居てしょうがない。

 

 てか、なによさっきの……。

 自分はまるでお前の不満知ってるし、なんとかしてやりたいなんて機嫌を取ろうとしているのが見え見えなのよ。最近のあいつのそういうところは嫌いじゃないけれど、どうにも腹が立つわ。

 

「二乃、恋の悩み?」

 

「なによ、私がいつ何処で誰に恋の悩みを抱えてるってわけ?誰かさんが三玖に随分と熱があるみた……ち、違うわよ!あ、あいつのことで怒ってるんじゃなくて……!!」

 

 見透かされたような一言のせい、三玖の一言で全部が崩された。

 この子もこの子よ。あいつが居なくなった教室とはいえ、そんな直球でぶつけてくることもないじゃない。

 

「貧乏ゆすり酷かったから、気づいた」

 

「……わ、悪かったわね」

 

 指摘されて自分が思いっきり指で音を立ててることに気づいた。

 な、なんでこの子はこういうところをちゃんと見ているのよ。元々、そういう子だと言われたら、まあそういうところもあるけれど。

 

「二乃」

 

 三玖に名前を呼ばれて、机の上に置いてあった指先を机の下に下げていく……。

 

「なによ?」

 

「私も知っていた歴史が実は違ったって知ったとき、ガッカリするときもあるし、ショックを受けるときもある。そういう一面を知れば、知るほど実際には違ったと分かるときもあるけれど……」

 

 

 

 

「理解を深めたり、もっと知ることもできる。色んなことを……」

 

 感じてたわ。

 あの子からは乗り越えて来た強さを感じてた。

 

「アンタねぇ……誰がそんな渋い話題出したわけ?」

 

「うん、出してない」

 

 そうね、アンタはそういう奴だったわね。

 いつも馬鹿みたいに自分を低く見るくせに、そうやって意地を張るのだけは得意。振られたときだって、そうだった。自分のことよりも、私のことを優先してと言ってくれていたと思う。

 

「余計なお世話かもしれない、それでも二乃の背中を押してあげたかった」

 

「全く余計なお世話よ、アンタの一言一言が……」

 

 横髪を軽く後ろへと流す。

 次第に目線はあの子の方へと行ってた……。

 

「知ってる」

 

「本当ムカつくぐらい強くなったわね、アンタも……なら尚更言っといてあげる」

 

 

 

 

「人殺しパンケーキなんて出すんじゃないわよ!!」

 

 三玖のことを指差しながらも、言うとお決まりみたいに風船のように口を膨らませてくる。

 もう何度も見た光景だわ。

 

「人殺しパンケーキなんてない」

「あるわよ!アンタが作ったらそれはもう死人が出るのよ!私も退くに引けなくなったから、たこ焼きとパンケーキを出すって言ったのよ!?」

 

「天ぷらなら作れるし、パンだって……」

「それはまあ……そうだけども……」

 

 修学旅行……。

 そう、この子は馬鹿ソラに自分の作ったものをちゃんと食べて貰うために作って見せて、美味しかったとも言われてたわ。

 

「一人に作るのと大勢に作るのは違うわよ。それに、アンタが目指そうとしてるのはお母さんのパンケーキじゃないの?」

 

 開こうとしていた三玖の口がすぐ閉じそうになる。

 やっぱり、そうだったのね。この子のことだわ。

 

 ただ単にパンケーキを作りたいだけじゃない。

 お母さんのパンケーキに匹敵する、超えるパンケーキを作りたいと思っている。それも自分の道を作るために……。

 

「言っておくけど、私ですら作れなかったのにアンタに作れると本気で思ってるの?アンタのパン、ありきたりなパンだったでしょ?」

 

 何度だってパンケーキを作ってみた。

 お母さんのパンケーキとは程遠いものでも、どれも満足できるものじゃなかった。それに近いものを再現するために、お店に連れて行って欲しいとお父さんに頼んだこともあったけれど、頑なに断われることが多かった。

 

「パンは関係ない……だけど」

 

「そこは二乃の言う通りだと思う。私じゃ、お母さんみたいなパンケーキは作れない。ふわふわっとしたものは……」

 

「ソラだけじゃない、より多くの人に料理を食べて貰う。もしかしたら、失敗するかもしれない」

 

「なら……」

 

「だとしても、私はやりたい。自分の作り上げるパンケーキを美味しいと言ってくれるのか、どんな人たちが食べてくれるのか。凄く気になる、なによりも旗印になった」

 

 

 

「目標にも繋がるから……」

 

 真っ直ぐな三玖の瞳が突き刺さる。

 そうね、この子はもう迷ってない。それどころか、もう自分が決めたことに向かって頑張ろうとしてる。見ていて、眩しいし暑苦しいぐらいよ。なのに、そんな妹だから。

 

 どうしても、肩を持ちたくなる。パン屋で言っていた決意のこともあるからなのかもしれないわね。

 

『案外悪くなかったわよ』

 

 そう、こう言ったのも私の方よ。

 どうせ、お母さんを越えることなんて出来ないと知ってるのに期待しちゃうなんて自分のことを馬鹿らしく思うわ。

 

「全く頑固ね、アンタも……いいわよ」

 

 

 

「但し、危ないと思ったらすぐにでも止めるから!絶対に覚えておきなさいよ!!」

 

「うん、お願い」

 

 

 

 

「二乃……」

 

 手のかかる妹ね、全く……。

 本当、鬱陶しいくらいよ……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「来てくれたか、空」

 

 学校の屋上に呼び出されていた。

 扉を開けたのと同時に、ほんの隙間と隙間の間から俺が出て来ると、風太郎が俺に気づいていた。

 

「ああ、で?話ってなんだよ風太郎?学園祭のことなら、ある程度はもう決まったろ?パンケーキとたこ焼き、両方やるって話だったろ?」

 

 こういう話じゃないことぐらいは気づいてる。

 だが、何の話なのかまでは読めていなかった。

 

 

 

 

「一花のことで気がかりなことがある」

 

「お前には話をしておきたいと思ってな……」

 

 

 

 

「続けてくれ」

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