「これでいいですか?」
「流石だ龍見。パーフェクトだ」
早朝から男二人が壺のようなものの前に佇んでいる。一人は不良料理こと一条要。もう一人は要の学生時代の後輩にして何でも屋の
壺のようなものの正体はタンドール窯というインドの窯だ。唐突にナンを食べたくなった要が龍見を呼び寄せて作らせたのだ。迷惑な先輩である。
「うっひっひ、早速焼くか」
「今度世界三大珍味を御馳走してくれる。約束ですよ?」
「おうよ。明後日また来な」
「楽しみにしておきます。では次の仕事があるので」
原付に乗って走り去る龍見。要はそんな龍見を見送る事もなく目の前の窯にワクワクしている。新しいオモチャを買ってもらった子どものようだ。
「よーし、ペッタンペッタンっと。この感じ懐かしいな」
「上手いんだね店長!」
「天才だからな、ってうぉっ!? 天野川!?」
「ご飯ちょーだい!」
「なんでいるんだ!? 挨拶すらねぇのかてめぇは!!?」
「おはよー!!」
「おせぇよ!!!」
朝から騒がしい二人だが、要がここまで驚いたのは理由もある。今日は水曜日。御食事処『一条』は定休日なのだ。しかも今は早朝。高校生である透子はもうすぐ登校しなくては遅刻する筈。
「朝ごはんくーださい!」
「いや学校行けよ!!」
「お腹減ったら勉強出来ないよ!」
「家で食ってねぇてめぇが悪いんだろうが!! 俺の飯だぞ!!」
「…………じーっ」
「な、なんだその非難がましい目は。元はと言えばてめぇが朝飯食ってねぇのが悪いんだろ」
「ここでさ、透子がスカート脱いで叫んだらどうなるかな?」
「!?!?」
「誰か来るよねー。警察呼ぶよねー」
「国家権力を盾にするだと!?」
若い頃にはやんちゃをしていた要は警察の御世話になった回数も数知れず。未だに一部からは危険視され、馴染みの警官は悪さをしていないかちょくちょく店に訪れている。
世話になる理由の全てが喧嘩だったがここにきて性犯罪が加わってはたまったものではない。要は透子の要求に屈しるしかなかった。
「すぐ用意してやる…………地獄に落ちろクソガキ」
「やったー!!」
─────
用意と言っても大した事はねぇ。今日のために準備をしておいたカレーの最終仕上げをするだけだ。煮込んだカレーは日本の欧風カレーとは違い綺麗なオレンジ色をしている。皿に移したそれに生クリームを回し込む。
生クリームやバターをふんだんに使ったこれはとても濃厚で辛味は少な目にしてある。舌が焼けるような辛味も悪くはないが、今日はこれにすると決めていた。
付け合わせはない。カレーを食らうのみだ。飲み物はラッシー。甘味のあるサラサラした飲むヨーグルトのようなもんだ。もっととろみのあるものもあるが、これも俺の好みだ。
ナンはどうなっているかなぁ。いいねいいねぇ、香ばしく焼けてやがる。パンやピザ生地とはまた違う。ナン以上でも以下でもない。だからいい。
「座れクソガキ。俺の全てに感謝して食え」
「いっただきまーす!! んー!!!! 美味しい!!!!」
「さて、いただきます。ナンは外はカリッと、中はフワッと、完璧だ。濃厚なカレーによく合う。ングッ、プハーッ!! あー、このさっぱりしたラッシーもたまんねぇな!!!」
「おかわり!!!」
「学校行け!!!」
食うもんは食わせた。さっさと天野川を店から追い出す。これでのんびりと一人で飯が食える。本当は従業員なんかいらねぇ。客もいらねぇ。ただ俺は俺の食いたいもんを俺の為だけに作っていたい。
ただそれじゃあ生きていけない。宝くじで何億当たろうともそんな生き方じゃいずれ尽きる。だから今は他人に飯を作ってやる。誰かに笑顔になってもらいたいなんて崇高な気持ちはない。客は俺の財布だ。代わりに飯を作ってやっているだけに過ぎない。ま、褒められたら嬉しいのも事実だ。
──ピンポーン
呼び鈴が鳴る。天野川といい、今日は休みだぞ。好き勝手過ごさせろ。あ、そういや食材を頼んでいたな。客の為に明日の仕込みをしなきゃならんなんて面倒極まりないが、俺が生きていく為にしょーがねぇからやってやるか。