御食事処『一条』   作:雨期

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二食『刺身』

「アーッハッハッハッハッハッ!!!!! 馬鹿じゃねぇの!!!?」

 

 昼間から店長の笑い声が木霊する御食事処『一条』。本来厨房に立っている筈の要はテーブル席で龍見含めた後輩達と酒を囲んでいた。昔話や最近あった馬鹿話に華を咲かせてはパカパカと酒を空けていく。

 そんな馬鹿店長の代わりに厨房に立って彼らの肴を用意しているのは潮だ。慣れた手付きで鯛や鮃を捌いては刺身にしていく。

 

「お待たせしました。鯛と鮃のお造りです」

 

「おぉー! 上手だね潮ちゃん! どう、嫁に「行きません」おぉ……ぉぉ……」

 

「見ろ!!! 龍見の野郎フラれてやがるぜ!!! 良い歳したおっさんが二十歳の娘に告白なんてするからだよバーーーーカ!!!!」

 

「これでもオレはモテるんですぅ!!! 童貞の先輩とは違いますぅ!!!」

 

「誰が童貞じゃ!!!! 表………汐見、何か魚は残っているか?」

 

「は、はい。鯛でしたら」

 

「龍見! 少し待ってろ!! 逃げんなよ!!!」

 

「童貞なんか怖くないですよーだ!!!」

 

「後でぶっ殺してやる!!! 汐見、来い」

 

 一触即発という雰囲気だった筈が、要がお造りを見た瞬間に冷静になった。正確には優先順位が変わったのだ。厨房で要は潮の背後から彼女の両手を掴んだ。

 

「鯛の刺身の切り方はこうだ。教科書通りのおめぇのやり方も間違いじゃねぇが魚の種類ごと、可能なら個体差も考慮した切り方が望ましい」

 

「分かりました」

 

「真っ昼間から立ちバッ「死ねぇぇぇぇぇぇぇいっっっ!!!!!」グギャアァァァァァッッ!!?!?」

 

 指導中の現場を茶化そうとした龍見の顔面にはプロ野球選手も真っ青な豪速球でウニが突き刺さった。背後にぶっ飛んだ龍見は哀れにもそのまま意識を失った。

 

「うわぁ、生きてるこれ?」

 

「龍見さーん、起きてー」

 

「死ぬほど疲れているんだ。寝かせてやれ。それよりてめぇら!! さっさと汐見の刺身の感想言いな!!!」

 

「美味しいですよ!!」

 

「歯応えはしっかりあって、かといって固くない。良い感じの塩梅です!」

 

「こっちは今切ったのだ。どうだ?」

 

「「「……すげぇうめぇ!!!」」」

 

「だろ? 料理の味ってのは切り方一つで変わるもんなんだ。特に刺身のようなもんは味付けや調理法で誤魔化せない。魚を捌く腕前がモロに出る。刺身の切り方はともかく、捌く点に関しちゃ合格点だ」

 

「本当ですか店長!」

 

「おう!!! 誇っていいぞ!!!」

 

──ガラガラッ

 

 騒がしい店内に新たな客がやって来たのか戸が開けられる。その方を見た要の顔は露骨に不機嫌になった。

 明らかに一般人とは違う容姿や雰囲気の女。背後には無数のカメラやスタッフ。テレビ番組だ。

 

「あのー、このお店が「出ていけ」へっ?」

 

「三度は言わん。出ていけ」

 

「そ、そんなぁ。ワタシ、アイドルの熊野リン子って言いまして、これテレビの『突撃!隠れた名店!』で」

 

「なんだねぇちゃん、耳が悪いのか?」

 

「この店長は怒ったら怖いぜ。とっと回れ右して帰れ!」

 

 客からも野次が飛び、アイドルとテレビスタッフは動揺したのかオロオロとしている。要や客はともかく潮はこのアイドルも番組名にも覚えがあった。全国的に有名なアイドルであるし、街の人々のオススメからアポ無しで色々な名店を見つける人気番組だ。何度か観た覚えもある。だが潮の瞳も要と同じように冷たい。要がメディアへの露出を極端に嫌っているのを知っているのだ。

 

「あ、あのお話だけでも」

 

「申し訳ありません。当店はテレビや雑誌の取材は一切お断りしております。お帰り下さい」

 

「…………失礼しました」

 

 軽く睨み付けるような目付きで立ち去るアイドル。自分が交渉してやっているのだから受け入れて当然という気持ちでもあったのだろう。要は欠伸をしながらその様子を見送った。

 

「わりぃなてめぇら。見苦しいところ見せちまった」

 

「見苦しいのはいつもでしょー」

 

「んだとてめぇ!! 喧嘩なら買うぞ!!!」

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 閉店後の厨房で潮が一人調理をしていた。後ろでは要がその様子を眺めている。

 

「最近学校はどうだ?」

 

「店長のお陰で実技はほぼ満点です」

 

「そりゃおめぇの才能だ。倉調で満点なら三ツ星レストランに行っても即戦力だ」

 

 倉屋敷グランド調理師専門学校。通称倉調は潮の通う学校であり、要はそこのOBだ。高級志向の料理から一般的な料理まで幅広く覚える事ができ、何十人もの世界的シェフがそこの卒業生だ。

 

「店長も昔は優秀だったと先生方も仰っていますよ」

 

「馬鹿。今でも優秀だ」

 

「ふふ、そうですね。でもどうして三ツ星レストランとかに行かなかったんですか?」

 

「んー、俺が作りたいもんが作れねぇからな」

 

 今も昔も要にとって料理とは自分の為にやるものだ。卒業前にはかなりの勧誘を受けたがそれを全て蹴って今の店を開いている。

 

「それに……いや何でもねぇ」

 

「えー、気になるじゃないですか。教えて下さいよ」

 

「へっ! 大人の事情にガキが首突っ込むな!! それよりおめぇはどうする? その腕前だ。就職先には困らねぇだろ」

 

「はい。もう勧誘は受けています」

 

 倉調はインターンシップにはかなり積極的だ。潮も三件ほどインターンシップを経験しており、その全ての店から高い評価を受けている。しかも一件は星持ちだ。それらを含めて複数の店から勧誘を受けている。

 

「好きな所でやりな。それがてめぇの為だ」

 

「それは…………ここでも大丈夫という事ですか?」

 

「……やめとけ。折角の腕を腐らせるだけだ」

 

「店長は腐らせているようには見えませんよ」

 

「ったく小娘が言うようになりやがって。首席で卒業してみやがれ。かつて俺がそうだったようにな。そうしたら考えてやらん事もない」

 

「はい!!」

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