「ガキ共、明日も全員シフト入っているよな。出掛けるぞ」
閉店後、いつものように賄いを食べていたバイト三人集に要が声を掛けた。要の言うように明日も丸一日全員がシフトを入れている。
「お出掛け?」
「どこっす?」
「知り合いの店だ。応援頼まれてな。雑用くらいならてめぇらでもやれるだろ。今から出るからさっさと準備して戻ってこい」
「この様子だともう親には伝えていますね」
「察しがいいじゃねぇの。ほれ、さっさと準備してくる」
深夜に未成年を連れ出す事になるので保護者の許可は当然取っている。要に追い出されるように店を出た三人はすぐに帰宅し、各々準備を済ませてからまた戻ってくる。店先では要が車に乗って待っていた。
「お待たせしました。私が最後ですね」
「よっしゃ、出るぜ」
「知り合いのお店ってどこにあるの?」
「千葉。名前は何だったかな。ホテルの中にある店だったからホテルの名前しか覚えてねぇや。一応二ツ星の大層な店だぜ」
「千葉でホテルにある二ツ星って、SAIZOじゃないですか!?」
「すごいんす?」
「時期三ツ星候補のお店ですよ!」
「そうそう、それだ」
「「へー」」
「大丈夫かしら。私達邪魔にならないかしら。不安だわ」
能天気な透子と元気に対し、どんな店か知っている潮にとっては不安しかなかった。そして明日SAIZOで何があるか思い出し更に頭を悩ませる。
明日はあるハリウッド映画の日本公開記念でハリウッドの俳優達が一同に集う。そしてそんなVIP達が食事をするのが今回のSAIZOだ。雑用と要は言ったが、それでもそんな場に自分がいるのは場違いだと潮は感じていた。
「汐見、何がそんな不安だ? たかだか雑用だ」
「そうだよー。潮ちゃんは心配性だね」
「ですが店長……」
「いい機会だ。うちの店に来る客が何者か教えてやる。馬鹿二人も耳かっぽじってよーく聞けよ」
「「はーい」」
「大半は近所の馬鹿だ。だが日に何人かは御偉いさんや有名人がお忍びでやってくる。中にはとんでもなく舌の肥えた奴もいる」
「えっ」
「今日サングラスしたパツキンボインのちゃんねーいたろ」
「それ何の暗号っす?」
「オゥ、現代っ子には死語だったか。あれだ、最近よく来る金髪の女がいるだろ」
「ええ、今日はお吸い物が美味しいと褒めてもらいました。これまで食べた中でもトップクラスなんて言われまして、照れてしまいますね」
「あれ黄金桜のオーナーシェフの桜ちゃん」
「えっ、えええぇぇぇぇぇぇえええええっっ!!?!?」
「潮ちゃんうっさい!!」
『黄金桜』。世界最高の和食が味わえるという三ツ星料亭だ。国際的な会議の場としても何度も使用され、一般客は二年先まで予約が満杯と言われている。そこの女将にして料理人の
「で、でも、金山シェフは金髪でもないですし、あんなに胸もないです」
「本人の前でおっぱいについて言及するなよ。死ぬぞ。ありゃただの変装だよ。分かりやすいったらねぇけどな。最近頻繁に来るようになったのは汐見のスカウト目的だとさ」
「わ、私なんかを!?」
「いや俺のサポートがやれてる時点ですげぇぞ。それに桜ちゃんに褒められたんだろ。あいつが人を褒めないのはテレビで知ってんだろ。あれでもテレビ向けにかなり柔らかなんだぜ」
「おっぱいないのに柔らかなんすね!!」
「そう!! 貧乳のくせに!!」
──ゴッゴッ
「「ウガアッ!!?」」
「おっぱいに貴賤なし、だよ!! 貧乳だっておっぱいなんだ!! 貧乳だって、柔らかいんだぁ!!!」
「透子さん、そこに怒るんですね」
馬鹿な男二人の後頭部に透子の鉄拳が突き刺さる。効果は抜群だ。
「あいててて、ともかく、あの桜ちゃんから褒め言葉を貰うなんて偉業を達成しているんだ。汐見の実力は本物だ! 二ツ星程度でビビるこたぁねぇよ!!」
「それにしても店長って、その桜ちゃんって人と仲良しなの?」
「幼馴染みだ」
「他にどんな有名人が来てるんす?」
「最近だとアイドルグループTTTのリーダーとか……」
─────
「起きろ!! 着いたぞ!!!」
早朝三時。まだ日も昇らない時間に三人は叩き起こされた。慣れない車中泊に加えて前日のバイト疲れもあり全員眠たげだ。
「ううっ、やだー」
「ねるっ、す……」
「一万やる」
「「やったー!!!」」
「元気ですね」
「現金だろ」
──コンコンッ
車のドアがノックされる。黒縁眼鏡にスーツ姿の若い男性がにこやかな笑顔で外にいた。透子も元気も男性を見て首を傾げた。どこがで見た覚えがあるのだが、寝起きの頭では思い出せない。
「いよっ!! 朝っぱらからごくろうさん!!」
「要ちゃんこそ! バイトのみんなも今日はよろしくね!!」
「あーーーー!!! お肉の人!!!」
「ほんとだ!! いっつも肉頼む人じゃないっすか!!」
「二人共声を聞くまで分からなかったの?」
「「だってー」」
「要ちゃんのとこ行く時にはいつもジーパンに革ジャンだもんな!」
彼は御食事処『一条』の常連客にして毎回何かしら肉を頼む
「今日は要ちゃんと潮ちゃんは勿論として、元気ちゃんと透子ちゃんにも頑張ってもらうからね」
「はいはい質問!! 透子何するの?」
「会場の準備と味見かな」
「やったー!!! 食べられるー!!!」
「オレもっすか!?」
「うん」
「「イエーイ!!!」」
「ガキ共!! はしゃぐのは全部終わってからにしろ!!! 新三、案内よろ」
「あいさっさ」
まず四人はシャワーを浴び、服も店が用意したものに着替える。そして厨房へと案内された。既に何人もの料理人が仕込みに励んでいる。
「みんな、手を離せない人以外は来て! 今日手伝って貰う御食事処『一条』の皆さんだよ!」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
「あいよろしく。んで、俺と汐見は何を作ればいい?」
「ハンバーグをお願いするよ!」
新三の言葉に複数の料理人がざわつく。いくら次期オーナーの考えとはいえメインである料理を他の店の料理人に作らせていいものか。
「お待ちください新三シェフ。我々SAIZOの料理人にはプライドがあります。彼らの腕も知らずメインを任せるなど出来ません」
「山田シェフ、それなら比べてみるといい。要ちゃんと潮ちゃん、そして山田シェフのハンバーグ。どれが一番なのか食べ比べれば早いだろう?」
「早朝から面白い催しをしているようだね」
「父さん!! 来ていたの!?」
「新三が外部から呼んだシェフというのが気になってしまってね」
やってきたのは現オーナー、新三の父親の
「これはこれは初めまして。新三から話は聞いていますよ。頭のかたーい父親だって」
「ちょっ!? 要ちゃん!?」
「はっはっは! 新三、後で親子水入らず話そうか! そちらは調理を開始してくれ。SAIZOと妻以外のハンバーグを食べるのは久しぶりだ。胸が踊るよ」
「なら存分に期待してな!! 汐見!! 下手こいたら厨房に入れてやらねぇからな!!!」
「SAIZOのオーナーの口に入るものです。決してミスはしませんよ」
早速三人の調理が始まる。山田シェフは普段とかわりなくスムーズに作業を進め、要は慣れない厨房の筈なのに山田シェフ以上のスピードで調理をする。潮は少々戸惑っているようだがそれでも調理に淀みはない。
「おっちゃん! てんちょの料理食って腰砕くなよ!」
「元気! それを言うなら腰抜かすだよ!! でもおじさん、こんな早くからハンバーグ食べられる?」
「うっ……そう言われてしまうと確かに心配かもしれん……」
「大丈夫ですよ父さん。完食しなくても味見程度でいいんですから」
「おいガキ共!! 礼儀を知れ!! オーナーだぞそのおっさん!!」
「まず店長が礼儀がなってないですよ」
「いやいや大丈夫だよお嬢さん。君達はうちの社員じゃないんだ。フランクに接してくれて構わんよ」
時折そんな雑談も飛び交う。普段はもっとピリピリした空気の厨房がとても和気藹々としていた。そして完成する各自のハンバーグ。デミグラスソースの掛かったSAIZOのハンバーグ、同じくデミグラスソースの掛かった要のハンバーグ、一つだけ違うのは目玉焼きの乗った潮のハンバーグだ。
「では審査は私、父さん、元気ちゃんと透子ちゃんでいいね」
「こちら二人、あちら二人、無難だな。しかし本当にこの量食べられるだろうか」
「残すならオレらが食うよ!!」
「早く食べさせてよ!!」
「ふふ、ではSAIZOのハンバーグから」
「肉うまーーーい!!!」
「ソースすっごいね!!!」
一口頬張った元気と透子のテンションが上がる。泰三と新三も普段通りの味に頷く。
「透子ちゃんはうちのソースの良さが分かるんだね。嬉しいよ」
「えへへ」
「次の食っていい?」
「もう完食したのかね!?」
「ほれ、水飲め! 次は汐見のだな!」
水で口をリセットしてから潮のハンバーグを口にする。皆がホッとしたような表情を浮かべる。
「いい……妻のハンバーグを食べているような気分だ。だがここまで家庭的でありながらうちで提供して全く恥ずかしくない味だ」
「素材と腕の良さが伝わってくるね。お子さま向けにこういう型のハンバーグも検討しようかな」
「やべぇ! うめぇ!!」
「潮ちゃんナイステイスト!!」
「お粗末様です」
「ほー、成長したもんだな。だがまだ未熟も未熟! 俺の飯の前にひざまづけ!!」
自信満々に出される要のハンバーグ。SAIZOのものと見た目は似ている。全員が口直しをしてから要のハンバーグを食した。
「おっ、流石てんちょ! 一番っす!!」
「うーーん!! 間違いない!!!」
「当然だ!!」
褒め称えるバイト二人に対し、泰三と新三は言葉が出なかった。味は前者二つよりも明らかに上。その上驚くべきはソースはSAIZOと全く同じデミグラスソースなのだ。
「やっぱてんちょのはハンバーグ!! って感じっすよね!!」
「うんうん!! このお店のも美味しかったけど、ソースが主役みたいな味だったしね!!」
「ソースが、主役? そうか……うちの問題はそういう事か」
「こんなガキでも気付ける事に今更気が付いたのか? だからてめぇは二ツ星なんだよ! 老舗の、祖父だか曾祖父だかが作ったソースを大事にするのはいいが、ソースはあくまでソース! ハンバーグの引き立て役にならなきゃならんのに、ソースを引き立てるハンバーグを作ってどうすんだ!!」
「これは、ぐうの音も出んな。ソースを守らなくてはならぬという固定観念に縛られ過ぎていたようじゃ。新三よ、良いシェフを連れてきたな」
「うん。ありがとう要ちゃん。文句なしの一等賞だ。今日のハンバーグよろしくね。みんなも要ちゃんのハンバーグを食べてみて!」
新三に促されて要のハンバーグを口にするSAIZOのシェフ達は皆黙るしかなかった。自分達のハンバーグとは完成度がまるで違う。勝てない。
「今日はメインをよろしくね」
「おう」
─────
仕事を済ませた要達はそそくさと駐車場まで戻ってきた。別にここの社員ではないのだ。やるべき事をやった以上残る理由はない。しかしそこへ新三が走ってきた。
「も、もう帰っちゃうの? お客様がシェフにお礼を言いたいって」
「てめぇが出とけよ。めんどくせぇ」
「でもあれを作ったのは要ちゃんだし」
「ならこう言っとけ。『シェフは極度の人見知りです』ってな。じゃあな!! ガキ共!! 出発だ!!! 帰りにファミレス寄ってくぞ!!!」
「「アイアイサー!!!」」
「すみません。失礼致します」
逃げるように発進した車を見送る事しか出来なかった新三は、客への言い訳をどうするか頭を悩ませる事となった。