つまり全て走馬灯。いや、見合い相手のあまりの美しさに圧倒され思い出した前世の記憶。情けないなりに苦しい葛藤があったのだと知れる煉獄家の当主の残した手記を読んでしまった槇寿郎は己がその立場に今いる事を知って心の中で泣いた。泣き喚きたいけど男が泣くなど示しがつかん。そんな時代に生まれている。そして何より先月先代の炎柱である父が死んだのだ。
15になったばかりの槇寿郎は柱の条件を満たしていない。あとふた月でも継子として父の側を着いて回っていれば階級は甲に上がっただろうし鬼の首も五十に届いた筈だった。けれど父は死んだ。槇寿郎は柱になればならない。煉獄家に男児として生まれたのならそれは当たり前の事だった。多くの人の代わりに、一人よりも十人。十人よりも百人。槇寿郎は見も知らぬ誰かの為に死に、これから生まれてくるであろう息子にも同じ道を歩ませなければならなかった。
前世で何も知らぬ家畜のような呑気さで育てられていた槇寿郎には耐えきれない現実だった。今目の前にいる美しい女すらそれを承知で嫁入りしようとしているのだ。頭がどうかしてしまう。こんなの狂っている。けれど槇寿郎は見合い相手を突っぱねる事が出来なかった。
「槇寿郎さま、顔色が優れないようですが」
女は、瑠火は美しかった。大輪の花のような華やかさはない。可憐な花のような愛らしさもないだろう。けれど枯れ散る前に首ごと落ちる椿の花のような潔い美しさを持っていた。まさに武家に嫁入りする為に生まれてきたような女だった。時代錯誤にも刀を握る男を支え子を鼓舞し諭す事が出来る、ただ美しいだけの姫にはない美がそこにあった。
「瑠火殿。これから苦労をいくつもかけると思います。私は明日にも見知らぬ誰かの為に命を投げ打つ事となるでしょう。それが我慢ならぬなら、このような男では不満だとそう仰ってください。貴方のご両親には私の方から断りを――」
「どうかお顔を上げてください」
固く麗しい声だ。ただ甘やかしてくる前世の記憶を総浚いしても全く同じ声音を出せる者などいないと断言出来た。
父の訃報と他の柱の方々への顔合わせ、階級を上げる為の任務。それら全てが重荷だった。これから妻を娶り子を成して父から受けた教育と同じものを施さなければいけないのだと考えるだけで恐ろしかった。槇寿郎にとって15歳は子供の部類だ。それが自分ではなく正真正銘15になったばかりの少年が身を置く環境なら槇寿郎も声を上げただろう。子供に何をさせているのかと。けれど今ここにいるのは他の誰でもない槇寿郎なので声を荒げる事もなく父の死に涙を零す暇もなくただやるべき事を成していた。
そんな折に一目惚れをしてしまった。よりにもよって見合い相手に。確実に妻としなければならない子を成し己のいない時に教育を任せなければならない、そんな相手に淡く焦がれるような恋をしてしまったのだ。
何故だ。何故彼女なのだ。煉獄槇寿郎の手記を読んだ。ああ、読んださ読んだとも。最愛の妻を失いすっかり腑抜け剣を捨て酒に浸る男の書いた手記を確かに読んだのだ!
どうして彼女なのだ。どうして彼女を美しいと思ってしまった。どうして今思い出してしまったのだ。
どうかどうか、振ってくれ。このような情けない男だと思わなかったと一思いに。詰って眉を寄せて蔑んでくれ。そうすればきっとどこかで幸せに生きてくれるのではと夢を抱けるのに。
けれど槇寿郎の願いは虚しく、瑠火は仕方ないものを見るようなゆったりとした笑みを向けていた。
「私が貴方を支えます。だから貴方は私のもとへ帰ってくる事だけ考えていてください」
「は、はい……」
前世ですら恋人の一人もいなかった男が一目惚れなんてしてしまった女に敵う訳がなかった。
見合いの翌日瑠火は煉獄家へ使用人の一人も連れず多くの荷物を持ってやって来た。
明治コソコソ噂話
戦国時代から顔が変わらぬ煉獄家は多分主人公君みたいに継国のお家の人を好ましく思うし、これから有一朗くんが亡くなった事を知れば心がきゅってなってそれでおしまい。現代っ子なので。
無一郎くんには特に特別な事をした覚えもされた覚えもないけれど継国の血を引いているだけで好ましく思ってしまう。下の息子と年が近いから余計に。
瑠火さんに一目ぼれしたのはマジで見合い結婚なのに一人だけ好きな人と結婚出来て良いんだろうかなんて考えながらも瑠火さんからは可愛い人って思われてちゃんと好き合って新婚生活をしている。