貴方に感謝を(成り代わり主の気持ち)
これで一章完結。
しばらく投稿は後になると思います。
鬼を殺した。下弦の参と瞳に刻まれている。代々の炎柱の妻を妾を嫡子を庶出子も、そして遂には現役の炎柱であった父を食い殺した鬼の頸は想像よりずっとずっと柔かった。
鬼は当たり前のように狡猾だった。柱という鬼殺隊に必要不可欠な剣士を代々排出する煉獄家を百年もの間付け狙い鬼殺隊をよく食うからと鬼舞辻無惨の目に留まり下弦の月にまで登り詰めた。それを槇寿郎を煉獄家の男だと知るや否や今まで自分が食ってきた女たちの味に始まり、槇寿郎の弟を孕んだ母の胎は美味かったと、おのこを孕んだ女の味は格別だと誇るように語っていた。ああ、悍ましい。悍ましい。見るに堪えない。こんな邪悪を今まで見た事がなかった。鬼は人を食い人々の幸福を脅かす害悪だと分かっていた筈なのに空っぽになった胎を見て泣き叫ぶ女の声が心地いのだと語る辺りで我慢が効かなくなった。
腕を斬り飛ばし足を踏みつけた。抵抗なんてなかった。それに何故と問いかける間もなく答えはやってくる。鬼の血鬼術だ。産声すら上げられず死んだ赤子の声が聞こえた。槇寿郎を兄だと認識しそう呼ぶ声たちにあり得ぬのだと分かっていたのにその時確かに槇寿郎の身体は一瞬、止まってしまった。
『なんでお前が生きている』
『ぼくたち生まれてこれなかったのに』
『ちちうえがぼくたちを殺したんだ』
『お前だって父上に殺される』
『うまれてこなければよかったのに』
『ぼくたちみたいに』
『わたしたちのように』
『おれたちとおなじように』
酷く、耳障りだった。確かに父の子でなければ弟たちは無事に生まれてこれたのだろう。こんな時代だから生まれてもすぐに死ぬ子も大勢いただろう。それでも生まれる前から鬼に目を付けられて食われるなんて事はなかった筈だ。父が殺したようなものだと言われれば頷くしかない。けれど、けれど――。
「そんな言葉で立ち止まれる程煉獄の名は軽くない」
その罪はもう槇寿郎も背負っている。愛した女が生まれてくる筈だった我が子が死ぬ度に立ち止まりもせず鬼を狩り続ける父の背はいつだって重たかった。いつだって守れなかった命が背負い続けたその背に槇寿郎は終ぞ背負われる事はなく柱になる為にこの鬼の頸を狩りに来た。
声に気を取られ左腕が折れてしまったけれど、その程度で目を逸らして良いものなどどこにもなかった。心を燃やせ、噛み砕く程に歯を食いしばって刀を振るえ。
「炎の呼吸・伍ノ型 炎虎!!」
技を放つ時、少し何かが見えるような気がする。炎の呼吸の者の刀には炎が。雷の呼吸の者には雷が。風には、岩には水には。鬼殺隊には水の呼吸の使い手が多い。水はどのような形にもなる変幻自在の剣技であり五大流派の中で最も技の数が多いと聞く。だからよく見るのは美しい水飛沫。父の任務に継子として付いて行った事は何度もあった。けれど父の炎を全て見通せる事は一度だってなかった。だからこそあの美しい波の動きが、波紋が水面の揺らぎが目に焼き付いて離れなかった。闘気とでも言えばいいのか。ただ愚直に刀を振り回すだけでは決して至れぬその境地。洗練された美技とすら呼べるそれ。そこに乗るものが柱となるには必要だった。
ああ、だから。己の刀に乗る虎が。炎が形を取った大虎が口を開けて鬼を飲み込んだのを見た時目の前にいるのが仇である事を忘れさせた。
父の仇であった筈の鬼の頸は。煉獄に連なる者を食う前から大層人を食ってきたのだろうと分かる鬼の頸は、槇寿郎が放った炎の呼吸の至るべき境地とも言える一端に呆気なく落とされてしまったのだ。
そのあまりの呆気なさに己の剣の腕の成長に対する興奮より何故こんなにも弱い存在に父が殺されたのかという疑問の方が強かった。どうしてしてですか。どうして、槇寿郎にも斬れるようなものを斬れなかったのですか。殺されてしまったのですか。父の息子たる自分が至ったばかりの剣技のずっと先にとっくの昔に辿り着いていた筈のあの父が。どうして、どうしてなのです。
どれほど考えても答えは出なかった。どれほど問うても答えは与えられなかった。正しき答えを知っている父は既に既に亡く、父を殺した鬼は今殺してしまった。
「おとう、さん」
己の口から出たのかと錯覚してしまう程に弱々しい声だった。人を多く食った鬼は人であった頃の記憶を多く失っている。けれど時折鬼殺隊士に斬られ今わの際に人であった頃の断片を口にするようなものもいる。これも、そうだろうか。それに槇寿郎は引きずられたんだろうか。
父の死にはとっくに折合いを付けた筈だった。親子というより師弟と呼ぶ方がずっと近いような関係だった。共に切磋琢磨する同期の死にどうしても挫けそうになった時も前を向けと言い聞かされた。俯くな。前を向け、今まで以上に鬼を殺せ。落ち込むなんてさせてくれない人だったけれどその心の炎が途切れる事はずっと――。
息の仕方を忘れたかと思った。
喉から呼吸とは違う音が聞こえて息を止めていたのだと気付いた。落ち着け、落ち着け。息を吸い込み今まで当たり前のように行っていた全集中の常中を再び行おうとした。それでも、駄目だった。一度思いついてしまったそれをかき消す事は不可能だった。
間違っても言葉として出さぬよう口を手で覆い封じてしまう。今胸の内から溢れ出そうな恐ろしい思い付きを決して上空にいる鎹烏に聞かれぬようにしなくては。ああ、悍ましい。これでは鬼を笑えぬではないか。自分の飢えを満たす為に人を食らう鬼の醜悪さを笑えないではないか。
槇寿郎は自由を知っていた。優しく穏やかで死は遠い場所の誰かの為のものだと勘違いできる優しい自由を知っていた。微睡のような穏やかな日々は今この時代にはない事を忘れたつもりだった。ないのだという事をすっかりと忘れたつもりで、そんな未来があるのだと忘れたつもりで今までようやく生きていた。
炎の呼吸を終わらせよう。
最後の炎柱を殺してしまおう。
鬼舞辻無惨に取り入ろうとした鬼と全く同じ事をしたい。一族の仇とすら言える今目の前で消えようとしている鬼と同じ事をしたいのだ。
誰にも悟られてはいけない。誰にもこの望みを言ってはいけない。誰が見ているか聞いているかも分からぬのに言葉になんてしてやるものか。けれどきっとお館様には悟られる。産屋敷の一族は皆、槇寿郎と同じ事がしたいのだから。その為だけに千年も鬼の喉笛を虎視眈々と狙っておるのだから。
塵のように消えゆく鬼の最後に残った下弦参と刻まれた瞳に笑いかけた。ただ死にゆくだけの鬼に己は何に見えているのだろう。鬼殺隊が鬼にこんな瞳を向けるなど間違っているだろう。けれどこの気持ちだけは本物だ。
ありがとう。心の底から湧き出る感謝だけは今お前だけのものだから。お前だけに向けたものだから。
気遣うように降り立ってきた鎹烏に近隣の藤の花の家に医者を呼びたい旨を伝え、槇寿郎は背を向けた。例え目的の鬼を討とうとも今の今まで少しも離れようともしなかったその場所から背を向けて歩き始めた。
炎の呼吸を終わらせよう。
炎柱を途絶えさせよう。
もう、この命を持って終わらせてしまおう。
明治コソコソ噂話
令和ボーイがようやくここに骨を埋める覚悟をしました。
自覚なんてありませんが妻と共に子供たちを立派な剣士にしたいと願いつつそれでも家族でいられることが幸いだと笑う成り代わり主。大抵の悲劇を画面越しに見ていた究極の他人事、ある意味通常の一般人。こいつの虎の尾踏むのか無惨様。大丈夫か無惨様。
多分成り代わり主の心を真に理解出来るのは呪いという病魔に侵されそれでも次に繋ぐお館様にしか分からないでしょう。ちなみにこの時点ではお館様三才程なので先代お館様が槇寿郎父と槇寿郎二人を炎柱に迎え、原作通り瑠火が亡くなってもう既に育っていた輝哉さまにある事を炎柱就任か瑠火病死時に提示された条件で頷いてくれるかが原作√へいくかどうかの分かれ道。お館様がんばれ~