私は次女なので我慢できない【完結】   作:悠魔

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寒空の下で

一陣の風が寒空を吹き抜けた。

 

たちまち凍てついてしまいそうな、冷たい風が吹いたかと思えば──鬼の頸を両断する。月光に煌く、鴨羽色の刃に鬼の血飛沫が跳ねた。

額から玉のような汗が溢れる。

大正のこの時代において──まだ十三にも満たぬ少女が、身の丈に合わぬ刀を持って異形の化物達を狩る姿は、あまりにも異常であった。

まだ幼さが残るものの美しく整った顔と、同年代の少年少女に比べて小柄な体躯は、彼女が、元来、戦いになど向いていない事の何よりの証左であった。

 

(まだだ──ここで止まるな。思考を放棄するな。生を放棄するな)

 

藤襲山の、藤の花による牢獄。その中に放り込まれたかと思えば、なんと一週間生き延びなければならないという。

鬼と──死と隣り合わせの山の中では、何度も恐怖と焦燥とが小柄な少女を襲った。

だがそんな極限状態にあってなお、いや、そんな状態だからこそ──彼女は正気を保てていると言ってよかった。

生存本能とも言うべき、少女の生に対する執念が、今にも倒れそうな身体を動かしていた。

 

(まだ、だ──まだ死ねない)

 

枯れ葉の中に身を投げ出して寝てしまいたい──そんな欲望を理性で押し留め、少女は鬼を捜し歩いた。

少女の名は、叢雲千雨(むらくもちさめ)

瑞々しい髪をした彼女は、荒くなる呼吸を鎮めて、唇を噛んで己を律した。

溢れ出る弱音を喉元に押し留めると、乾いた空気をその身に感じる。ああ、まだ、自分は生きている。

死が近いからこそ感じる、生への実感。

泥だらけの着物を引き摺ると、千雨は再び心に火を灯して駆けて行った。

 

(私は──、私は、まだ、死ぬわけにはいかないんだ───)

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

叢雲千雨が生を受けたのは、味噌の売買でそこそこの成功を収めた商家だった。

兄一人、姉一人、妹一人、弟一人。そして自分と両親を含めた七人家族。

人格的に優れ観察眼のある長男、家の仕事を一手に引き受ける働き者の長女の次に生まれた千雨が、彼等に情景の念を抱かないわけではなかったが、同時に、自分が平凡な人間である事も何処かで理解していた。

兄と姉は優秀だった。

しかしそれ以上に、長男として、あるいは長女として斯く在るべし──というものを幼い頃から理解していた。

両親が二人に期待を寄せていたのが、幼子の千雨にもなんとなく理解できた。

 

強い者は弱い者を守る。

弱い者が強くなって弱い者を守る。

その繰り返し。それが自然の摂理。

兄と姉は『強者』だった。

頭脳、性格、勤勉さ──そのどれもを兼ね備えた人間。

千雨も強くなりたいと思う反面、彼等ほどは強くはなれまい、という諦めがあった。

せめて、余り物だとか、出来損ないとは言われないように程々にまともな人間になるつもりでいたのだが──

 

「千雨も二人を見習いなさいね」

「お兄ちゃんやお姉ちゃんを目標に頑張りなさい」

 

耳にタコができるほど言われた言葉だ。

次女として、それなりに、恥ずかしくないよう生きてきてつもりだったが、それでも兄姉二人と比べるとーー千雨は劣った存在であるようだった。

庇護の対象であり、出来損ないではないが平凡に尽きる娘。そんな己の立ち位置を幼少の頃より否が応でも自覚せざるを得なかった。

両親から向けられない期待にも、大人達の陰口にも、慣れた。

齢を重ねて、十二になる頃にはもはや嫉妬という感情すら生まれなくなっていた。達観の域に入っていたと言ってもいい。

身近にある太陽に焦がれるくらいなら、そこそこ良い家に生まれた町娘として、平凡な一生を過ごし、人様に迷惑をかけずに生を終える──そんな漠然とした将来設計を頭の中で組み立てていた。

 

 

 

 

 

──だから、その晩で素晴らしい才覚を持った兄と姉が死んで、平凡な自分が生き残った時は──神は連れて行く相手を間違えたのだ、と思ったものだ。

 

 

 

 

 

その日の夜は騒がしかった。

軒先の方で、ドタドタと何かが騒いでいる音で叢雲家の面々は目を覚ました。

野犬が紛れ込んだのだろうか。それとも、強盗が金品を盗みに来たのだろうか。

隣で身体を震わせる妹の時雨(しぐれ)を、姉が優しく抱擁して宥めていた。兄と父は真剣な表情を浮かべ、見合わせた。

 

「俺達がちょっと様子を見てくる。お前たちはここに──」

「兄さん!後ろ───」

 

つんと鼻につくような鉄の臭い。

直後、千雨の兄と父の首が、血飛沫とともに宙を舞った。

悲鳴を上げる前に、まず現状を認識する事が出来なかった。先刻まで親しく話していた父が、兄が、突如として死骸に変貌するなどと──誰が信じられようか。

角の生えた化物が我が物顔で千雨達の家に押し入った。悪辣に歪んだ顔は、寝物語に聞く鬼の姿を思わせる。

愕然としていた千雨を、我に帰った姉が叫びながら庇った。その姉を鬼が笑い声を上げながら巨木の如き腕で引き裂いた時はもう、脳が理解を拒んでいた。

母が弟を守るように覆うと、その上から脚で踏み潰された。即死だった。

そこからは、よく覚えていない。

一つ下の妹の時雨の手を引っ張って、裏の山道を滅茶苦茶に走ったのは確かだ。

 

「──はッ、はッ、はーーーッ」

 

逃げなければ。

守ってくれる両親も、頼りになる兄姉も、最愛の弟もいなくなった。

もう妹の時雨しか残っていない。

出来事は、まるで旋風のように一瞬だ。

寒空の下を、どこへ行くでもなく、ただただ、転げ回るように走る。

しっかりしなければ。

しっかりしなければ!

自分は次女だ。日頃から弟や妹達を助けている長男でも長女でもない。よって、こんな辛い目に遭ってしまったら、耐えることなどできない。

それでも、進むしかない。

 

「──はッ、は───姉さん──」

「今は走って!あの化物に襲われる前に、早く逃げなきゃ──」

「来てる──化物が、来てるーーー!」

 

その言葉で、後ろを振り返る。

──来ている。

あの異形の者が、自分達よりも早く、下卑た笑みを浮かべて。ぎらぎらと血走った眼には、千雨と時雨が映っていた。

まずい、と直感的に感じた。

奴に捕まれば一環の終わり。そこで蹂躙され、人としての尊厳が奪われ、一生を終える事になるのだ。

嫌だ。そんな終わりは──。

 

「待て娘っ子ォオオオーーー、俺が喰う、喰ってやるーー活きが良いのが二匹もいるゥウウーーーおなごの肉は栄養価が高いんだァアアアーーー」

「──誰か!誰か助けてええーー!!」

「俺が、俺が喰うんだァアアーー、瑞々しくて色艶も良くて別嬪だァアアアーー今晩は御馳走だアアアーー」

 

涎をダラダラと流しながらも、走る速さは変わらない。どころか、ともすれば加速しているようだった。

時雨だけでも逃がせないか。

無理だ──自分より一歳年下の、線の細い華奢な少女が、この荒れ道を走って行けるわけが無い。

脳内に、家族の死がチラついた。

死がそこまで近付いていた。

恐怖で足が竦んでしまいそうだった。

しかし自動化された思考は、脚を止まらせる事を良しとしなかった。

時雨を守らなければ、ここから逃げなければ。その想いだけが頭の中でぐるぐると巡っていく。だがそれは空回りに過ぎない。

何故なら──この世界はあまりにも無情で無慈悲なのだから。

 

 

 

だが、それでも。

 

「──あァアアーー?何だ、この不規則な風はァアアーー」

 

闇を切り裂き悪を祓う風も、そこにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェの頸を捻じ切る風だァ」

 

 

 

 

 

 




鬼滅の刃の小説をずーっと書きたかったんですがキャラが定まらず先送りにしていました。が、とうとう投稿できました。あの世界って長男長女が強いので、逆に次女が頑張る話を書きたくなった次第です。

「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢出来なかった!」

「私は次女だから我慢できない!けど下の子のために心が壊れても痩せ我慢しなければならない!」
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