私は次女なので我慢できない【完結】   作:悠魔

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開き始める差

蝶よ花よと育てられてきたわけではなかったが、一介の町娘であった千雨達が鬼殺隊になるためには並大抵の努力では足りなかった。

しのぶの紹介で、ちょうど弟子を探していたという長い髭の老人の下へと向かい、師事を請うと、「儂は女だろうと手加減せん」などと言われ男物の着物に着替えさせられた。服には鉛が仕込まれているらしく、真っ直ぐ歩くのも困難だった。

 

「呼吸をするためには、いや、それ以前に剣を振るうためには、足腰が強靭でないと話にならん」

「あの、私達は何をすれば……」

「とにかく走れ。死に向かって走れ。お前達が望む未来は死を乗り越えた先にある」

 

そう言われて山の中に放り込まれた。毎日毎日走り込み、肺が、喉が焼けてしまうくらいに酷使する。

山の中は空気が薄いようで、ただ立っているだけで体力を消耗しているようだった。

細く白い手はすぐぼろぼろになり、修行の時間が終わるとすぐに惰眠を貪った。

運が悪い時は熊や猪と遭遇した。そして鎌を持たされて一人で討伐しろと言われた。

 

(辛い、苦しい、やめてしまいたい。けれど時雨の前でそんな弱音は吐けない)

 

このまま千雨が剣の道を諦めること、それは妹が一人で鬼殺隊になることに直結するのだ。

それだけはいけない。

千雨の預り知らぬところで家族が死ぬのは絶対に嫌だ。千雨はもう二度と家族を失いたくない、その一心で修行した。

一番いいのは、時雨を説得して鬼殺隊の道を諦めさせることだったが、千雨がなんと言おうと時雨が自分を曲げないであろうことも分かっていた。

半年ぶりに会う時雨は放たれた矢のような人間になっていた。

己を曲げず、妥協せず、ただ前へ。

心意気で負けているとは思いたくないが、修行するにつれて彼女と差が出始めた。

 

千雨が己の内に秘めていた焦りに気付いたのは、時雨が熊を殺した頃からだった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「時雨、逃げて!熊が出た!」

 

木々に隠れた黒いぼうぼうの毛むくじゃらを見るや否や、千雨は叫んでいた。

空腹故か、明らかに凶暴化している野生の熊は、鬼程ではないものの、命を脅かす脅威という存在には変わりなかった。

連日走り続きで足腰に限界が来ていたが、関係ない。走る。

ただの少女達がたかだか一ヶ月走り込んだくらいで熊を殺せる筈もないのだ。

だが、時雨の決断は違っていた。

 

「姉さんは先に行って!こいつは、私がここで狩る!」

 

時雨は鎌を強く握ると、熊に向かって突進した。予想外の行動に千雨の身体が一瞬、強張った。

千雨と違って、彼女の覚悟は既に骨の髄まで決まっているようだった。

かたや恐怖に溺れた姉と、かたや戦いの覚悟を決めた妹。

姉妹としてあまりに滑稽な図式がそこには成り立っていた。

 

「姉さんは私が守る」

 

そう言って走り出す時雨の背中が、とてもとても遠くに見えた。

熊に果敢に立ち向かう時雨は、およそ千雨の知るそれではなかった。

いつの間に。

いつの間にそんなに強い心を持った?

あの惨劇を見ていながら、何故彼女は立ち向かえる?

彼女と、自分とに、大きすぎる隔たりがあるように感じられた。

 

(どうして私はこんな所で這いつくばっているのに、貴方は走れるの?)

「や、だ──私も、戦わなきゃ──あの子のお姉ちゃんだから、守らなきゃ。そうでなきゃ私が生きている意味がない……!」

 

自分が生き延びたのは、生き残ってしまったのは、死ねなかったのは、時雨の存在があったからだ。

彼女を守らねば生きる資格なし。

そう神に宣告された気がしたからだ。

 

「ぅ、ぁ、うあああああああ!!!!!」

石を投げた。

非力な少女が熊と対峙した際、力の要る鎌よりもそこいらの石の方が効果があるのを頭が理解していた。そしてそれ以上に、肉を潰す感覚を味わいたくなかった。

投げた石が熊の頭部を掠めた。素人の下手糞な投球がいきなり当たる筈もなし。

だが僅かに怯んだのを好機と見たか、時雨は胸に深々と鎌を突き立てた。

千雨は溢れ出る鮮血に目を逸らした。

何度も何度も突き刺して、暴れ狂う熊の命の灯火は弱々しいものとなり……やがて、絶命した。

時雨は暫しの間、肩で呼吸をしていたが、やがてその口元を上げていった。

 

「やった!やったよ、姉さん!姉さんが石を投げてくれたおかげで、私、できたよ!言われた通りに!これなら師匠も認めてくれるかな!?」

「───う、うん、すごいね、時雨」

 

覚悟を決めた戦士のそれから、愛らしい少女へと変貌したその瞬間、狂おしいほどの嫉妬が渦巻いた。

違う。違うぞ。

本来なら、あそこで立ち向かうべきは自分だったのに。

その言葉を言うのは自分の筈なのだ。

妹に守られる姉などあってはならない。

だがしかし、千雨は無力だった。

己が守るべき相手が、己よりも強い。

そんな事はあってはならない。

自分は時雨より強くなければならない。

時雨は自分より弱くなければならない!

強者が弱者を守る。

それが自然の摂理である、その筈、なのに。何故、守られてくれない。

 

千雨は、鬼から逃げていたあの晩から何も変わってはいなかった。

 

(…………っ、駄目だ、そんな事考えちゃ駄目だ。時雨は凄い、それだけの話じゃない。………私がもっと努力すればいいだけの話だ。努力、しなければ。この子よりもっと強くなければ、私の、姉としての存在意義はなくなる)

 

強く、強く、強く強く強く強く。

時雨よりも強く。

彼女よりも強く!

そうでなければ、叢雲千雨に価値などあろう筈もないのだ!

そう言い聞かせて、ひたすらに、我武者羅に修行に励んだ。

 

だが、その差は埋まるどころか、修行を重ねる程に開いていった。

時雨は身長を追い抜かれ、師匠から剣の修行をつけてもらい、風の呼吸なる極意を教えてもらっていた。

その間千雨も努力したが、それでも、時雨に追いつくことすら出来なくなっていた。

 

時雨が鬼殺隊となったのは、修行を始めて僅か半年の事だった。

黒い詰襟の隊服を見に纏い無邪気に笑う妹を見て、千雨は憤怒と羨望を隠したままでいるので精一杯だった。

これが長男や長女だったなら、そんな気持ちは湧かなかったのだろう。死地に赴く妹を見て、逞しく育ってくれたという嬉しい気持ちと、行って欲しくないという不安が入り混じるのが普通のはずだ。

 

(だけど私の中にあるのは、ただただ不満と嫉妬だけだ。次女のくせにお姉ちゃんやお兄ちゃんのフリなんてしなければ良かった。今までの私ならこんな気持ちを抱かずにいれたのに)

 

千雨の矜恃は最早ズタズタだった。

姉として守る筈だった。

時雨を守り導く筈だった。

そう、家族から言われた筈なのに。

 

──時雨には、才能があった。

──千雨には、なかった。

 

その単純な事実が、重くのし掛かった。




どんどん嫉妬で狂っていってますが、叢勝さんほどの嫉妬はまだ持ってません。戦国時代+弟の反則的な強さ+双子+コミュニケーション不足、という環境に比べればまだ千雨ちゃんは良い方ですしね。
まだ彼女は幸せです。まだ。
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