私は次女なので我慢できない【完結】   作:悠魔

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雷の師弟

褒められたかった。

必要とされたかった。

 

ごくごく普通の、平凡な人生しか送ってこなかった千雨が、唯一飢えていたもの。

承認欲求。

千雨の家庭環境が生んだ、どうしようもない飽くなき欲求。

褒められるのはいつも優れた能力を持つ兄や姉ばかり。千雨はいつも彼等と比較されては、「二人を見習いなさい」と努力を強いられ続けてきた。

千雨は己を抑圧し、凡ゆる物に見ないフリをして研鑽を続ける。だがその間も兄姉は成長し続けて、並び立つ事すら出来ない錯覚に陥った。

妹や弟は要領がよく、己を抑圧することなく伸び伸びと育っていた。自分を縛り付けなければ生きていけない千雨と違って、彼等は悩みすら抱えていないように見えた。

 

羨ましかった。

誰かの期待に応える兄姉も、遍く幸福を享受できる弟妹も。

自分だけが世界に置いていかれていた。

決して不幸な生活ではない。

贅沢な悩みと言われれば否定はできない。

だが、千雨の心は渇いていた。

 

そして、今。

家族を喪くし、家を失くした千雨は、心まで無くそうとしていた。

千雨の承認欲求は無意識のうちに時雨へと向いていたのだ。

二度と家族を失いたくない、時雨をこの世の残酷さから守りたい。それもあるが、時雨から、頼れる姉として見てもらいたい。そんな欲求が自分の中を渦巻いていることに千雨自身気付きつつあった。

全て、逆であって欲しかった。

隊服を着る瞬間も、刀を持つ瞬間も、いやそれ以前に、自分が時雨よりも早く目覚めていればこうはならなかった。

 

「姉さん、私、頑張るね。頑張って沢山鬼を倒して、きっと姉さんを守れるような人になるよ」

 

嫉妬、だろうか。

いや違う。それよりももっと稚拙な思い。

優秀な人間と比べられたくなかった。蔑まれたくなかったのだ。

千雨は。

惨めになりたくなかっただけなのだ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

隊服を見に纏い、少女には不似合いな刀を差して、叢雲時雨は鴉が導く方角へとひた走る。

人気の少ない山の方面へと向かい、夜に浮かぶ月の光を頼りに鬼を探す。

その足が緩むことはない。

鬼を殺す事に迷いはない。

ただ一つ、時雨の心に引っかかっているものがあるとすれば、それは、姉の千雨の浮かない顔だった。

 

(私が鬼殺隊になった時、千雨姉さん、あまり喜んでくれなかったな)

 

笑わない姉に、否、笑ってくれない姉に、時雨は一抹の寂しさを覚えた。

それもそうか、と結論付ける。

鬼が原因で家族を失ったというのに、妹が鬼を狩る職務に就いたとしたら。

誇らしい、と思う反面、心配と不安が襲いかかるというものだ。

死と隣り合わせの仕事場にいち早く身を投じている時雨の身を、あの優しい姉が案じてくれているのだと思うと、心を打つような暖かい想いに触れた気になるのだ。

 

(────っと。妄想にふけるのもいい加減にしないと。そろそろ鴉が言っていた付近の筈……)

鬼が出没するのはこの辺りの筈だが、と時雨が木に登って周囲を見渡していると。

 

「いぃやあぁああああ!!!」

「っ、何!?」

 

悲鳴。

というより、奇声。

汚い高音と呼ぶべきか、恥も外聞も破り捨てたかのような叫び声に、時雨は少なからず困惑した。

よく通るその声の方を見やると、涙と鼻水まみれの、金髪の少年が異形の化物に追われているようだった。

 

「待ちやがれェ!」

「何でだよ何で今俺に襲ってくるんだよまだ修行始めたばっかの俺にさぁあああ!?俺だって頑張りたいよ努力したいよ鬼の一匹か二匹倒して爺ちゃんに褒められたいよけどさ!?流石に日輪刀も持ってない時に襲いかかってくるのは無茶ってもんじゃないのおおおおお!?」

「おい待てェ!」

「修行し終わって刀も貰ってならまた話は別だけどさ!?俺!まだその段階じゃないわけよ!!馬鹿でしょそんな時に襲ってくるなんて馬鹿でしょ馬鹿以外の何物でもないよ君さあ!物事には順序があるって知らないのかよ君さあ!その様子だと仕事できないだろロクにさあ!!」

「……おい待」

「あーやだやだ!俺の最期がこんなよく分からない奴に襲われて終わりだなんて!せめて女の鬼がよかった!美人の鬼に喰われるならまだマシだったよ畜生!男だし!大して顔も良くないし!あーあ俺の人生散々だよ本当畜生!!」

「待てっつってんだろ!!」

 

漫才のようなやり取りに時雨の困惑は加速するが、取り敢えず助けねば。

時雨が刀を抜くと同時、月光が翡翠色の刀をなぞって煌めいた。

独特の呼吸音が時雨の口から溢れると、木を蹴って鬼へと一直線に向かう。先程まで時雨を乗せていた太枝はまるで暴風が過ぎ去ったかのようにひしゃげた。

 

「────嵐の呼吸────」

 

緊張の汗を振り払うような、脇目も降らない突進。助けなければならないという焦りだとか、使命感だとかは、風の先へと追いやられていた。

ああ、そういえば、師匠が何か言ってたっけと頭の片隅に思い出す。

 

「風の呼吸は、攻撃範囲に長けた流派。大地に、山に、川に、この世に流れる動きや所作。それらを観測し、手中とする」

「己自身が風となり、嵐となり、旋風を下ろし浴びせる。その研鑽の末に、一振りで幾百もの風を吹かせるすら可能にする極意がある」

「特に柱ともなろう者は、嵐の如き旋風を巻き起こす事すら可能だ」

 

嵐の如き旋風。

乱回転した風が濃密に繰り広げられたとしたら、それは鬼を滅する刃となる。

単純な力で男性隊員に劣る時雨は、何としてでもその刃が欲しい。

その技術が。その力が。

それが、修行時代に考え、最終選別の時に完成させた時雨独自の呼吸──『嵐の呼吸』だ。

 

「捌ノ型 初烈嵐斬り」

 

鬼がその憤怒の風に気付くも、もう遅い。

彼女の走り抜けた先には、兇刃の風が吹き荒れる。鬼が辞世の句を言う暇もなく、その頸が頭ごと吹き飛んでいた。

 

(やった!鬼殺隊になってから初めて鬼を討伐した!姉さん、私やったよ!)

 

時雨が急停止して塵芥と化していく鬼を見ると、ホッと一息つく。

やった。鬼を倒せた。

人も守れた。

姉や師匠に隠れてこっそり修練していた自作の型、嵐の呼吸も上手くいった。

初の討伐の嬉しさに時雨が拳を握っていると、腰の辺りに少年が涙ながらに飛び込んできた。

 

「うおおおおおん助かったあああ!!何処のどなたか分かりませんが有難う御座いますううう!!」

「きゃあっ!?」

「俺もう死ぬかと思ってええええ!」

 

汚い。

少年が涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。そこまで悪い顔ではなさそうなのに、持ち得る表情筋全てを全力で悪い方向へと使っている。

何故往来でこんなにも恥を晒せるのだろうか。時雨は疑問だったが、まあ死の恐怖で頭が興奮状態なのだろう……ということで納得する。

それにしても少年の怯えようは異常というか、落ち着きがないというか、底抜けに臆病で、そんな自分に正直というか。

しかし支給されたズボンがいきなり汚れるというのはどうも抵抗があった。鬼との戦いでならともかく、鼻水で汚れてしまうのは少し、いや、かなり嫌だ。臀部の辺りに異性の少年がいるのも嫌だ。

というかベルトの辺りを掴まれているので下手すればずり落ちる。まずい。己の身体に自信がある訳ではないが、ずり落ちたら女として終わる気がする。

 

「あ、あの……」

「うわ!しかもめっちゃ美人だこの人!襲われているところを颯爽と駆けつけて助けるって小説とかでよくある展開だし、恋愛に発展する事も多いじゃん!ていうかもう運命の出会いじゃん!きっとそうだ!俺達は小指と小指が赤い糸で結ばれた者同士だったんだ!名も知らぬお姉さーん!僕と結婚しませんかァー!」

「やめんか善逸!」

「ぐぼっ」

 

雷親父を絵に書いたような老人が現れたかと思うと、金髪の少年を杖でべしべし叩き始めた。

間一髪だった。

時雨は顔を赤らめつつベルトをこっそり直した。

 

「見ておられたんですか?」

「実戦が一番と思ったんじゃが……善逸が刀を抜く前にお嬢ちゃんが倒しちまったみたいじゃな」

「あ、そ、それは……すみません」

「ええんじゃ、ええんじゃ。鬼を殺すのが鬼殺隊の本分。悪いのは……善逸!なんじゃさっきのみっともない動きは!」

「だって仕方ないじゃないかぁ!俺、刀も持ってなかったんだし!元・柱だった爺ちゃんからしたらあの程度造作もなかったのかもしれないけどさあ!」

「え、柱?」

「ああ、うむ、自己紹介が遅れたの」

 

 

 

「儂は桑島慈伍郎。元・鳴柱じゃ。こっちは弟子の善逸じゃ」

 

 

 

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