木が生い茂る森の中、一人の少女ゾエがキョロキョロ辺りを見渡しながら歩いていた。
普段のドレス姿ではなく、皮で出来た胸当てにマント麻の様な素材で出来たスカート姿と冒険者の様な格好をしていた。
冒険は形から入るのだと宮殿で力説したのだとか。
約5時間ここまで遠巻きに動物は見たが、魔物の姿は見掛けていない。
人の姿もない、しかし時折整備された様な道を見かけることから文明はありそうだ。
ここがユグドラシルの中なのであればモンスターや他のプレイヤーが要るはずである。
しかし黄金宮の所在地が自分でも分からないためどこか辺境の地なのかもしれない。
フライの魔法やリモート・ビューイングの魔法で辺りを確認すれば早いのだが、ゾエはそれを許さない。
せっかく五感で冒険を感じれるのだ、自分の足で歩いて探索したい。
リュテやキュレーはまたかと呆れていたが、騎士団を説得するのは骨が折れた。
ここがユグドラシルであれば絶対に死なない身である。
そう強く証明すれば渋々納得はしてくれた。
レベルが大きく劣る身で有りながら、騎士団の攻撃を無傷でやり過ごしたのだ。
このアイテムがあって良かった。
ちゃんとこっちでも発動した…。
そう思いながらその首飾りを撫でる。
そろそろ空腹を感じてきた。
こんな世界に来たが冒険している実感として嬉しく感じてしまう。
次お腹が鳴ったらご飯にしよう、そう思いながら歩いていると前方の光が濃くなってきた。
森を抜けたかなと目を凝らすと木々が開けた先に洞窟が見えた。
初のダンジョン!お宝はあるかなあ
スキップしながら洞窟に向かう、中は通路状に続いており疎らにランタンが置いてある。
何者かの縄張りの様だモンスターなのかNPCなのかプレイヤーなのか。
何が出てくるのかワクワクする瞬間だ。
ユグドラシルはワールドが広くまだ行ったこと無い場所が多くて嬉しい。
入り口より数メートルはいると急に気配がした。
何かがこちらに歩いて来ている様だ、咄嗟に腰に差した短剣に触れる。
「なんだ?嬢ちゃん、こんなとこに来ちゃあいけねぇなあ」
現れたのは皮の鎧に毛皮のコートを身に付けた30台位の見た目の大男の人間。
いかにもな悪人面だが表情は穏やかだ。
こっちに来て初めて接触した者がとりあえず意思疎通出来そうでほっとした。
「おじさん、誰?ここどこ?なにしてるの?」
逸る気持ちで矢継ぎ早に質問してしまった。
自分の悪い部分が出てちょっと沈んだ気分になっているとおじさんは快活に答えた。
「俺はガイン、見てくれ通りの野盗だ!そんで此処はそんな荒くれ共の溜まり場よ」
「まあ表向きは傭兵団ってことになってるがよ」
そう続けてガハハと豪快に笑いながら答えた。
ゲームの世界だとNPCかプレイヤーの区別がつかないよ、人間の様だけど。
面倒だから一回ゲームかどうかなんておいといてこの素晴らしい世界を楽しもう。
「嬢ちゃんはどうしたんだ?見た感じ冒険者なのか?」
ガインはそう質問してきた、冒険者という概念があるようだ。
「そうそう!冒険中にこの洞窟を見つけて何かなーって」
エヘヘと誤魔化すように笑いながら答えた。
実際間違っては居ないのだが目の前の怖い顔に若干緊張してしまった。
その時、子犬が唸る様な音でゾエのお腹が空腹を訴えた。
「なんだ腹減ったのか?付いてきな、飯食わしてやる」
ガインは豪快に笑いながら付いてくる様に促すと元来た道、洞窟の奥へ戻っていく。
ゾエはちょっと悩んだ後恥ずかしそうに顔を赤くしながらガインの後に続いた。
多くのむさ苦く柄の悪い輩がその洞窟内にいた。
この空間だけで20人は居るだろうか、皆思い思いに酒を飲んだり語らったりしている。
その中の一人、大男が多い中細身の男がいた。
細い体だが良く鍛えられているのが素人目にも分かる。
髪はくすんだ青色で乱雑に四方に伸び、無精髭が生えている。
目付きは鋭く、恐ろしく怖い顔の集団の中では優男風な顔付きをしていた。
そんな男は周囲の騒音も気にせず洞窟の隅にある岩に腰掛け、刀の手入れを行っている。
彼の名はブレイン・アングラウス
かつては不敗を誇っていた剣の天才である。
俺がこの野盗紛いの傭兵団「死を撒く剣団」に入ってどの位になったろうか。
アイツに敗れて自分の器を知り、それでも諦めきれずに研鑽を続け武者修行に明け暮れた。
そんな時、実入りも良く実戦も経験出来るならと入団したが最近は商人を襲ったり、魔物と小競り合いしたりと余り満たされる事もない。
用心棒的な扱いも悪くは無いがこのままでは腑抜けになってしまいそうだ。
次の戦争で現状が変わらなければそろそろ潮時かな。
そう考えながら磨き上がった刀を鞘に戻すと、先程出ていったと思ったガインの奴が戻って来た。
後ろに小娘を連れて。
その小娘は冒険者の様な格好はしているが、身なりは綺麗で汚れなく何処かの貴族の令嬢といった方が納得できた。
何故か団員達に歓迎され、今は皆に囲まれパンやスープ秘蔵の干し肉なんかを食わされていた。
今度は身代金でもふんだくるつもりか?
こんなところに来ちまったんだ、可哀想だがただでは帰れないだろう。
そう哀れみを向けてやるとふとその小娘と眼が合った。
すると小娘は立ち上がり、こちらへ向かって歩いてきた。
「こんにちは、おじさんが一番この中で強いの?」
隣に腰掛けた小娘がそう質問してきた。
あの中の誰かから吹き込まれたなと宴騒ぎの連中を一瞥して答えた。
「ブレインだ、この中というより王国で俺より強い奴は一人しか知らないな」
言った後に自分でも素直に答えたのに驚いた。
初対面の相手に自分の名前まで告げるとは、この生活で鈍ったかな。
明日よりもっと引き締めて鍛練しないとな。
「へえ、私はゾエ冒険者だよ」
よろしくねと差し出された手を握る。
だめだ、こいつはきっと誰にでも好かれる人間だ。
直感的にそう思った。
その後周辺の地理や町の話に世界の情勢、はたまた一般常識や身の上話までしてしまった。
不思議とこのゾエという冒険者には好意的に接してしまう。
「ブレインはさ、そのガゼフって人に勝ちたいの?」
「ああ、何がなんでも勝たなきゃならねえ。あれが自分の限界だと思いたくない」
聞かれて直ぐに答える程、アイツに勝ちたかった。
そのために今日まで努力してきたし、これからもするだろう。
なにがなんでも勝たなきゃ先に進めない気がしたからだ。
「そうだ!色々教えてくれたお礼にいいものあげるね」
そう言ったゾエは手の平大の小さな箱を渡してきた。
何だこれ、と開けようとしたしらゾエの小さな手に遮られた。
「開けちゃだめ、自分がもう限界だって時に開けて」
そしたらちょっと強くなった自分が見れるから、そうゾエは悪戯っぽく笑った。
それから程なくして街に向かうとゾエは洞窟を後にした。
「おまえら、絶好の獲物なのに誰も襲わないのか?」
見送った後にそう言ってやると皆一様に首を傾げた。
何故か悪意を向ける気にならなかったそうだ、俺もそれは同意するが。
限界になったら開けろか…。
この箱は開けたくねぇな。
この時のブレインは直に訪れる強烈な悪意によりあっさり箱を開ける事になるとは思っていなかった。
ゾエが接触することにより原作キャラ(人間側)の未来が変わります。