広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道がある。街道と言っても、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけのものようで整備はされていない。この世界の馬車にはサスペンションなどというものはないので、きっとこの道を通る馬車の乗員は、目的地に着いた途端、自らの尻を慰めることになるのだろう。
だが、そんな物は俺達には関係ないので、気にせずにGSX-Desmodus、デスモドゥスに乗って整備されていない道を有り得ない速度で爆走している。
黒塗りの車体に二つの車輪だけで凸凹の道を苦もせず突き進むのは車体底部に仕込んだ錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むからだ。
それに前方には風で切断する魔法を付与したチタンブレードが設置してあり、邪魔な障害物も切断できる。風圧も谷口、鈴の結界が展開されているので適度な風にしかならず、塵や砂などを一切通さない。通すのは有害でない汚染されていない状態の空気だけだ。
かつてライセン大峡谷の谷底で走らせた時とは比べものにならないほどの速度で街道を疾走している。時速100キロは軽く超えて160キロほどでている。魔力を阻害するものがないので、搭載されている動力炉から潤沢に送られてくる魔力によってデスモドゥスも本来のスペックを十全に発揮している。
座席順は、いつもの通り、俺の腕の中にユエが居て、背中にシアが居る。風にさらわれてシアのウサミミと髪の毛がパタパタと靡いている。そんな状態でシアは後ろから俺に抱き着いてきている。ユエは俺にすっぽりと腕の中に収まった状態で完全に身体を預けてきていた。
天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、デスモドゥスに施されたシステムによって快適に走れる絶好のツーリング日和だ。実際、ユエもシアも、ポカポカの日差しと心地よい風を全身に感じて、実に気持ちよさそうに目を細めている。
「はぅ~気持ちいいですぅ~ユエさぁ~ん。帰りは場所交換しませんかぁ~」
「……ダメ。ここは私の場所。誰にも渡さない」
「え~そんなこと言わずに交換しましょうよ~後ろも気持ちいいですよ?」
シアが実に間延びした緩々の声音でユエに座席の交換を強請る。肩越しに緩んだシアの顔を見やると嫌そうな顔をして致命的な言葉を告げてやる。
「あのなぁ、お前じゃ前には座れないだろ? 邪魔でしょうがねぇよ。特にそのウサミミ。風になびいて目に突き刺さるだろうが」
まあ、アルテナが使っている薬を使えばシアでも小さくなれるんだろうが、それを教えたら面倒だから言わないでおこう。
「あ~、そうですねぇ~」
「……ダメ、ほとんど寝てる」
どうやら、あまりの心地よさにシアは半分夢の住人になっているようだ。俺の肩に頭を乗せ全体重を掛けてもたれ掛かっている。ユエに話しかけたのも半分寝言のようだな。
「まぁ、このペースなら後半日ってところだ。ノンストップで行くし、休める内に休ませておこう」
言葉通り、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後半日ほどの場所まで来ている。どれくらい進んだかは地図がないのでわからないが、このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む前に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。急ぐ理由として、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。
「……積極的?」
腕の中から可愛らしく首を傾げ、上目遣いで見上げるユエに苦笑いを返す。
「ああ、生きているに越したことはないからな。その方が、感じる恩はでかい。これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。盾は多いほうがいいだろう? いちいちまともに相手なんかしたくない。やるのなら、纏めてだ。それに沙条達と合流場所を変更したからな」
「……なるほど」
実際、イルワという盾が、どの程度機能するかはわからないし、どちらかといえば役に立たない可能性の方が大きいが、保険や時間稼ぎができるので盾は多いほうがいい。まして、ほんの少しの労力で獲得できるなら、その労力は惜しむべきではない。
「それに聞いたんだがな、これから行く町は湖畔の町で水源が豊かなんだと。そのせいか町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」
「……稲作?」
「おう、つまり米だ米。俺達の故郷、日本の主食だ。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたい」
「……ん、私も食べたい……確か、ユーリが作ってた奴。町の名前は?」
遠い目をして米料理に思いを馳せる俺に微笑ましそうな眼差しを向けてきた。そう言えば町の名前を教えていなかったな。
「湖畔の町ウルだ」
「ウル……そこが合流場所。でも、フューレンに到着したはずだから、時間はかかるんじゃないの?」
「あいつらは馬車を宝物庫に仕舞えば空を飛べるから、すぐ追いついてくるだろう」
「買った奴隷達は転送?」
「おそらくそうなるだろう」
「そっか。どちらにしても、早く合流できるんだね」
「ああ。それに湖畔もあるから、仕事が終われば遊ぶのもいいかもしれない。どうせ出発は明日の朝だからな」
「ん、ハジメや皆と遊ぶの、楽しみ」
「そうだな」
◇◇◇
「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」
悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りをトボトボと歩きます。清水君が今、どうなっているか、とても不安です。あのまま森で彷徨っているかもしれません。やはり、あのまま残って捜索をした方が良かったんです。
「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」
「でも、清水が向かった森の奥から凄い爆音が響いてたよな。あれってどう考えてもレっちゃんとほっぽの砲撃だろ。それに……」
「
「やめなさいよ! まさか清水があの中に居るって言いたいの!」
元気のない私に護衛隊隊長のデビッドさんが声をかけてくれましたが、相川君、二村君が反論し、宮崎さんが怒りだしました。
「喧嘩は駄目です! 落ち着きましょう!」
「ああ、そうだな……」
「うん……」
私達はこの世界に来てから沢山の人を亡くしました。南雲君、沙条君、谷口さん、中村さん、ユーリちゃん。彼女達が亡くなり、すぐに園部さんも王都に侵入した魔族の人によって殺されました。
そんな中、私の護衛として皆さんがついてきてくれました。先生としては安全な王宮に居て欲しかったのですが、先生としては失格なのですが、先生の為に一緒に来てくれるというのも嬉しいです。
そんな優しい子達の一人、清水君が失踪してから既に二週間と少しが経ちました。私達は、八方手を尽くして清水君を探したましたが、その行方はようとして知れません。
町中に目撃情報はないらしく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたのですが、全て空振りでした。レっちゃんとほっぽちゃんの見た目から、生きていたら直にわかるはずです。
あの時、レっちゃんとほっぽちゃんが飛び出して森の中へと向かったのを清水君が一人で追いました。それからしばらくして森の奥から砲撃音が響き、
私はすぐに森の中へと向かおうとしましたが、護衛の人達に止められ、レっちゃんとほっぽちゃんの強さもあって大丈夫だから待とうという話になりました。ですが、それが間違いでした。
何時まで待っても清水君達は帰ってきません。ですので、皆で探しに行ったのですが、そこに清水君は居ませんでした。代わりに沢山の肉片と血が散乱していたのです。その時、護衛の人が連れていたレっちゃんやほっぽちゃんに食べられたのではと言いましたが、それはありません。それにちゃんと探してみると清水君が着ていた服やレっちゃんとほっぽちゃん達の服やパーツ? っぽいのが一切見付かっていません。
この事から、当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となりましたが、清水君自身が〝闇術師〟という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていました。自発的に失踪したと考える人もでてきました。
元々、清水君は、大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くありませんでした。クラスメイトとも、特別親しい友人は南雲君や白崎さん達だけで、南雲君達は亡くなりました。それなのに私の護衛になってくれたのも少し驚きました。
王国と教会には報告済みであり、捜索隊を編成して応援にきてくれるらしいです。本格的な捜索隊が到着するまで、あと二、三日といったところらしいです。
「ごめんなさい。先生が悪いんですよね。先生がしっかりとしないといけないのに……」
「先生は悪くないよ」
「そうだって。清水も騎士の人達と折り合いが悪くなったから抜けていっただけだって」
事件に巻き込まれたのか、自発的な失踪なのかはわかりませんが、心配であることに変わりありません。でも、それを表に出して今、傍にいる生徒達を不安にさせるどころか、気遣わせるなんて先生失格です。自分はこの子達の教師なのです! 頑張らないといけません!
「っ!」
一度深呼吸して、ペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直します。
「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。レっちゃんとほっぽちゃんもいますから、きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」
皆の元気のいい返事を聞いてから、カランッカランッと音が鳴る扉を開いて自分達が宿泊している宿に入ります。
ここはウルの町で一番の高級宿で、名前は〝水妖精の宿〟といいます。昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来だそうです。目の前に広がるウルディア湖は、ウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖らしく、とても綺麗です。聞いた話から推測するに大きさは日本の琵琶湖の四倍程もあります。
〝水妖精の宿〟は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられています。内装は、落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがありますが、生徒達は使用禁止です。
また、天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていますね。〝老舗〟そんな言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿で大人な先生にはあっています。嘘です。本当はかなり豪華なのですが、騎士の人達がここ以外は認められないと言ってきたので、こちらになりました。
元々、王宮の一室で過ごしていたこともあり、皆も次第に慣れ、今では、すっかりリラックス出来る場所になっています。農地改善や清水君の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る私達にとって、この宿でとる米料理は毎日の楽しみです。全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打ちます。
「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」
「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」
「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」
「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ? ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」
「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」
極めて地球の料理に近い米料理に毎晩生徒達とテンションは上がりっぱなしです。見た目や微妙な味の違いはありますが、料理の発想自体はとても似通っているのでほっとします。素材が豊富というのも、ウルの町の料理の質を押し上げている理由の一つでしょう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもあります。そうでないとカレーなんて料理は作れません。
美味しい料理で一時の幸せを噛み締めている自分達のもとへ、六十代くらいの口ひげが見事な男性がにこやかに近寄ってきました。
「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」
「あ、オーナーさん」
私達に話しかけたのは、この〝水妖精の宿〟のオーナーであるフォス・セルオさんです。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしています。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性ですね。先生もこういう人と……何でもありません。
「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」
愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスさんも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んでくれます。
しかし、次の瞬間には、その表情を申し訳なさそうに曇らせました。何時も穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情です。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目します。
「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」
「えっ!? それって、もうこの
「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです。一応、別の商会が届けてくれる事になってはおりますが、何分、今まで頼んでいたところではないので品質や味がどうなるかはわからないのです」
一応、対策は取ってくれているようですが、不安ですね。先生としては皆に気持ちよく動いてもらうために美味しい料理は必要だと思うんです。
「あの……不穏っていうのは具体的にはどんなことなの?」
「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね……」
「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、つい先ほど新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
私達はよくわかりませんが、食事を共にしていたデビッドさん達護衛の騎士は一様に「ほぅ、それは相当な実力者だな」と感心半分興味半分の声を上げたので、不思議に思っていると、二階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めました。男性の声と少女二人の声です。何やら少女の一人が男性に文句を言っているみたいです。それに反応したのはフォスだ。
「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。〝金〟に、こんな若い者がいたか?」
確かに本当に若い声です。それに何処か聞き覚えがある感じがします。何やんでいる内に三人の男女が話ながら近づいてきます。
私達のいる席は、三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもあります。一応、カーテンを引くことで個室にすることもできる席です。唯でさえ私達一行は目立つため、食事の時はカーテンを閉めることが多いです。今日も、例に漏れずカーテンは閉めてあります。そのカーテン越しに若い男女の騒がしめの会話の内容が聞こえてきました。
「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? 〝ハジメ〟さん」
「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか」
「んまっ! 聞きました? ユエさん。〝ハジメ〟さんが冷たいこと言いますぅ」
「……〝ハジメ〟……メッ!」
「へいへい」
その会話の内容に、そして少女の声が呼ぶ名前に、心臓が一瞬にして飛び跳ねます。今、彼女達は何といった? 少年を何と呼んだ? 少年の声は、〝あの少年〟の声に似てはいないか? 私の脳内を一瞬で疑問が埋め尽くし、金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視します。
それは、傍らの宮崎さんや他の生徒達も同じでした。彼らの脳裏に、およそ四ヶ月前に奈落の底へと消えていった、とある少年が浮かび上がっているのでしょう。
尋常でない様子の愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが、誰一人として反応しない。騎士達が、一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。
「今、彼女達は……なんと……?」
「てか、アイツに似てないか、男の声」
「……南雲君?」
無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻します。私は、椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放ちます。カーテンから存外に大きく音が響いたことでギョッとして思わず立ち止まる三人の少年少女。私は、相手を確認する余裕もなく叫びました。大切な教え子の名前を。
「南雲君!」
「あぁ? 先生か。ここに居たのか……」
私の目の前にいたのは片目を大きく見開き、驚愕をあらわにする眼帯をした白髪の少年でした。記憶の中にある南雲君とは大きく異なった外見です。外見だけでなく、雰囲気も大きく異なっています。私の知る南雲君は、何時もどこかボーとした、穏やかな性格の大人しい少年でした。
実は、苦笑いが一番似合う子と認識していたのは私の秘密です。ですが、目の前の少年は鷹のように鋭い目と、どこか近寄りがたい鋭い雰囲気を纏っている姿はあまりに記憶と異なっており、普通に町ですれ違っただけなら、きっと目の前の少年を南雲君だとは思わなかったでしょう。
ですが、よくよく見れば顔立ちや声は記憶のものと一致します。そして何より……目の前の少年は自分を何と呼んだのか。そう、〝先生〟です。だから、私は確信しました。外見も雰囲気も大きく変わってしまっていますすが、目の前の少年は、確かに自分の教え子である〝南雲ハジメ君〟であると!
「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 生きて……本当に生きて……」
「いえ、人違いです。では」
「へ?」
死んだと思っていた教え子と奇跡のような再会。感動して、涙腺が緩んで涙目になる私は今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉になりません。それでも必死に言葉を紡ごうとしたのに返ってきたのは、全くもって予想外の言葉でした。
思わず間抜けな声を上げて、涙も引っ込みました。スタスタと宿の出口に向かって歩き始めた南雲君を呆然と見ると、このままではいけないと思って慌てて追いかけ袖口を掴みます。
「ちょっと待って下さい! 南雲君ですよね? 先生のこと先生と呼びましたよね? なぜ、人違いだなんて言うんですか! だいたい自分で言うのもなんですが、私を見て先生なんて言葉は教え子の子達しかでてきませんよ!」
本当に自分で言うのはなんですが! 悲しくなりますけれど!
「いや、聞き間違いだ。あれは……そう、方言で〝チッコイ〟て意味だ。うん」
「それはそれで、物凄く失礼ですよ! ていうかそんな方言あるわけないでしょう。どうして誤魔化すんですか? それにその格好……何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? 南雲君! 答えなさい! 先生は誤魔化されませんよ!」
私の怒声がレストランに響き渡りますが、気にしてはいられません。他の人になんと見られようと、この手は外せません。生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来てくれたので、逃がしません。
生徒達は南雲君の姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべています。生きていたこと自体が半分、外見と雰囲気の変貌が半分といったところでしょう。
「……離れて、ハジメが困ってる」
「な、何ですか、あなたは? 今、先生は南雲君と大事な話を……」
「……なら、少しは落ち着いて」
冷めた目で自分を睨む美貌の少女に僅かに怯みます。彼女と私の身長に大差はありません。とっても悲しい事に。
「ふぅ……」
彼女の言葉に私が暴走気味だった事を自覚し頬を赤らめて南雲君からそっと距離をとり、遅まきながら大人の威厳を見せようと背筋を正します。先生だから嬉しくてもちゃんとしなくてはいけません。
「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君ですよね?」
今度は、静かな、しかし確信をもった声音で、真っ直ぐに視線を合わせながら南雲君に問い直します。そんな私を見て南雲君は、頭をガリガリと掻くと深い溜息と共に肯定しました。
「ああ。久しぶりだな、先生」
「やっぱり、やっぱり南雲君なんですね……生きていたんですね……」
再び涙目になる私に、南雲君は特に感慨を抱いた様子もなく肩を竦めた。
「まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ」
「よかった。本当によかったです」
それ以上言葉が出ない様子の私を一瞥すると、南雲君は近くのテーブルに歩み寄りそのまま座席についた。それを見て、残りの二人も席に着きました。それからは周囲の事など知らんとばかりに、生徒達の後ろに佇んで事の成り行きを見守っているフォスさんを手招きで呼び寄せました。
「ええと、ハジメさん。いいんですか? お知り合いですよね? 多分ですけど……元の世界の……」
「別に関係ないだろ。流石にいきなり現れた時は驚いたが、まぁ、それだけだ。元々晩飯食いに来たんだし、さっさと注文しよう。マジで楽しみだったんだよ。知ってるか? ここカレー……じゃわからないか。ニルシッシルっていうスパイシーな飯があるんだってよ。想像した通りの味なら嬉しいんだが……」
「……なら、私もそれにする。ハジメの好きな味知りたい」
「あっ、そういうところでさり気ないアピールを……流石ユエさん。というわけで私もそれにします。店員さぁ~ん、注文お願いしまぁ~す」
最初は私達をチラチラ見ながら、おずおずしていたウサギさんが困った笑みで寄って来たフォスに注文を始めました。私はツカツカとハジメのテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩きます。ちょっと力を入れ過ぎて痛いです。いえ、とっても痛いです。
「南雲君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか? それに一緒に落ちた谷口さんや中村さん。沙条君やユーリちゃんはどうなったんですか!」
私の言い分は、その場の全員の気持ちを代弁していたはずです。南雲君が四ヶ月前に亡くなったと聞いた教え子であると察した騎士達や、愛子の背後に控える生徒達も、皆一様に「うんうん」と頷き、南雲君の回答を待ちます。
南雲君は少し面倒そうに眉をしかめましたが、どうせ答えない限り喰い下がるという意思を込めてみると、仕方なさそうに視線を愛子に戻してくれました。先生の勝利です。
「依頼のせいで一日以上ノンストップでここまで来たんだ。腹減ってるんだから、飯くらいじっくり食わせてくれ。それと、こいつらは……」
南雲君が視線を二人に向けると、二人は南雲君が話す前に、私達にとって衝撃的な自己紹介しました。
「……ユエ」
「シアです」
「ハジメの女」「ハジメさんの女ですぅ!」
「お、女?」
私は若干どもりながら「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見ます。上手く情報を処理出来ていません。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせています。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエさんとシアさんを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。
「おい、ユエはともかく、シア。お前はまだ違うだろう?」
「そんなっ! 酷いですよハジメさん。私のファーストキスを奪っておいて!」
「いや、何時まで引っ張るんだよ。あれはきゅ『南雲君?』……何だ、先生?」
シアさんの〝ファーストキスを奪った〟という発言で、私の声が一段低くなります。南雲君がまさか二人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が目に浮かんだからです。非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせるのは先生の役目! どうにかしないといけません!
「女の子のファーストキスを奪った挙句、ふ、二股なんて! 直ぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら……許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさい、南雲君!」
「それは俺に言う前に沙条に言った方がいいぞ、先生」
「え? どういうことですか?」
「アイツ、十人以上、侍らせてるから」
「なんですって!」
「愛ちゃん先生、落ち着いて」
「そう、ですね。とりあえず、色々と話してもらいます。ええ、話してもらいますとも!」
私が指さしながら、そう告げると南雲君は嫌そうな表情をしましたが、絶対に逃がしません。とりあえず、他の客の目もあるからとVIP席の方へ南雲君達を連れていき、そこで私や生徒達から怒涛の質問を投げかけます。でも南雲君は、目の前の今日限りというニルシッシルに夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返してきました。
Q、橋から落ちた後、どうしたのか?
A、超頑張った
Q、なぜ白髪なのか?
A、超頑張った結果
Q、その目はどうしたのか?
A、超超頑張った結果
Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか?
A、戻る理由がない
Q、他の皆は無事なのか?
A、無事
Q、いったいどこで沙条君はそんなに女の子をひっかけたのか?
A、ダンジョンで出会いを求めた結果
「真面目に答えなさい!」
頬を膨らませて怒りますが、南雲君は柳に風といった様子です。目を合わせることもなく、美味そうに、時折ユエさんやシアさんと感想を言い合いながらニルシッシルに舌鼓を打っています。表情は非常に満足そうで恨めしいです。
その様子にキレたのは、護衛隊隊長のデビッドさんです。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げました。
「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」
南雲君は、チラリとデビッドさんを見ると、はぁと溜息を吐いた。
「食事中だぞ? 行儀よくしろよ」
全く相手にされていないことが丸分かりの物言いに、元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドさんは、我慢ならないと顔を真っ赤にしました。そして、何を言ってものらりくらりとして明確な答えを返さない南雲君から矛先を変え、その視線がシアさんに向きます。
「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」
あんまりと言えばあんまりな物言いに、思わず注意をしようとしますが、その前に俯くシアさんの手を握ったユエさんが、絶対零度の視線をデビッドさんに向けました。最高級ビスクドールのような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドさんは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上しました。信じられません。こんな事を言う人だったなんて……
「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」
思わず立ち上がるデビッドさんを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエさんの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡りました。
「……小さい男」
それは嘲りの言葉です。たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉でした。唯でさえ、怒りで冷静さを失っているデビッドさんは、小さな女の子に器が小さいと嗤われて完全にキレました。
「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」
無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッドさん。すぐに止めようとしますが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜こうとしました。
「動くな。動いたら敵対行動とみなして殺す」
その瞬間、いつの間にかデビットさんの背後に
「き、貴様っ! この俺が誰だと思っている!」
「関係ない。敵なら解体する。それだけ」
「隊長!」
「他の連中も動くな。動いたら死ぬぞ」
「南雲君?」
南雲君の方を見ると、彼は水妖精の宿の入口を見ていました。そこからフードをつけた怪しい風貌の若い子達がが入ってきます。彼等はほぼ全員が、武装していて何か怖い気配がして身体がガタガタと震えてきます。
「ハジメ。そいつら、殺していいの? ヘイゼルが動いたのなら、敵でしょ?」
フードの一人が弓を構えながら聞いてきます。その声は可愛らしい女の子の声です。
「詩乃か。こいつらの選択次第だろう。というか、そっちで判断しろよ。お前達は俺の指揮下にはないからな」
「そう。じゃあ、脅威にもならないから放置でいいよね」
「ん。それでいい。それよりもこのニルシッシルが美味しい。食べよう?」
「カレーなら久しぶりに食べたいかも」
そう言った彼女はこちらにやってきます。
「俺はいいから愛子を守れ!」
「だ、駄目です! 動かないでください!」
デビットさん以外の人が剣を引き抜こうとした瞬間。もう一人のフードの人がいつの間にか近くに居て銀色の光を放ちました。次の瞬間に何かが落ちる音が聞こえて振り返ると、そこでは両断された剣が落ちていました。
「次はこうなります。大人しくしておいてください」
小さな私ぐらいの背丈であろう子からも可愛らしい声が聞こえてきました。彼女の手には刀が握られており、それが騎士さん達の剣を切断したみたいです。
「あ、注文をお願いします。ニルシッシルをあるだけください。代金はこちらで」
「は、はい……ですが、調味料がもうありません……」
「あ、それなら持ってきました。何処に運び込めばいいですか?」
「え? あ、もしかして商会の方ですか」
「そうです。正確にはその護衛です」
「はぁ……」
フォスさんがホッとしたよう溜息をつきました。
「とりあえず、安全確保は完了。それでいい?」
「そうですね。問題無いと思います、ヘイゼルさん」
「なら呼んでくる」
そう言ってデビットさんにナイフをあてていた人は彼の剣を抜きとってもう一人の女の子に渡してから、霞のようにその場から消えていきました。
「マジかよ……」
「まるで遠藤君みたい……」
「いや、それよりもやばいだろ」
「ああ、大人しくしていたら手は出さないから安心して」
「は、はい!」
「そんな事より、肝心の奴等はどうした?」
「あ~湖畔で遊んでる」
「よし、何処だ。ちょっと狙撃してくるわ」
「別にいいけど、喧嘩してこの辺りをふっ飛ばさないでね」
「わかってるよ」
そう言って南雲君が外に出てから轟音が響いてきました。後、悲鳴も。周りを見ると、フードの人達はいくつかのテーブルをくっつけて大きな席を作っています。騎士の人達は隅の方へ集められ、刀を持った女の子に監視されています。
「愛ちゃん先生、これってまずくない?」
「いえ、たぶん大丈夫です。南雲君の知り合いみたいですし……」
「そうだよね? それにさっき消えた女の人、変な感じがするの」
「あ、それ私も思ったよ。まるで……」
私も彼女には何処かで会ったような気がします。そんな風に思っていると、店の入口から南雲君と五人が新しく入ってきました。
「まったく、ハジメのせいでひどい目にあった」
「だよね~」
「まさかアンチマテリアルライフルを使ってくるなんて……常識がないんじゃない?」
「お前達が言うな。だいたい無傷だろうが。むしろ、神喰をサーフボードにしてんじゃねえよ」
「結構おもしろくてな」
やってきた五人は私達の方を見ると、固まりました。
「あ、愛子先生だ。このウルに向かうというのは聞いていたが、ここに居るとは思わなかったな」
「俺もさっき偶然に出会って驚いたが、お前はウルに居る事をわかっていたはずだよな?」
「もしかして、それでアンチマテリアルライフルを撃ったのか? 俺が知っているのはこのウルに向かっていたことだけだ。この店に泊まっているのは知らなかったな」
「考えれば分かったかもしれないな。ここはカレーが食べられるんだし。まあ、いい」
二人が話している後ろから、さらに二人が出てきました。
「あ、なっちゃんにたえたえだ~久しぶり~」
「「かる!」」
「もしかして、谷口さん?」
「そうだよ? 鈴の事、忘れちゃった?」
「「「そんなわけないでしょ!」」」
私達は思わず走り出して、壁にぶつかりました。
「ごめん、結界解除してなかったよ」
「台無しだな」
「だね」
「よし、これで大丈夫だよ! さあ、鈴の胸に飛び込んで……いや、鈴から行くね! とぅ~!」
谷口さんぽい人がジャンプしてこちらに飛びついてきました。そして、宮崎さんの大きな胸に顔を埋めて、胸を触っていきました。
「ちょっ、鈴!」
「良いではないか~!」
止まらない谷口さんをどうにか引き剥がそうとしますが、ビクともしません。
「鈴」
「はい、やめます!」
女性のような男性のような声が聞こえると、ビシッと止まってやめた谷口さんはその声の人に抱き着きました。
「全員、本日は休憩。明日から行動を起こす。それ以外は好きにしろ。ただし、殺戮を伴う戦闘行動は自衛以外を禁止する。本日の宿はここだが、野宿したい奴はそれでもいいし、寝ずに遊ぶのでもいい。宿だって好きにしていいが、迷惑だけはかけないように。以上、解散。ネコネは宿泊交渉を頼む」
「了解なのです」
「まあ、最初は飯だな」
席に指示をしていた人が座ると、その横に谷口さんと中村さんが座りました。向かいには別の人達が座ります。彼女達は席に着くとフードを外すのですが、そのほとんどの人が美少女で、獣の耳をしていました。人なのは中村さん、谷口さん、ヘイゼルと呼ばれた人と、金髪の男性みたいな人だけです。そして、金髪の人はまるでユーリちゃんの親族みたいです。
「亜人だと!」
「亜人風情にやられたと……」
「彼女達は首輪をしています。察するにあの三人の奴隷でしょう」
「これは教会に報告して異端者共を……」
「そうか。じゃあ、ここで殺しておくか」
「「「え?」」」
「何を不思議そうにしているんだこいつらのは。そもそも生きて帰れると思っているのか。異端認定をしてくるような奴等など、返さずに皆殺しにした方が後腐れがないだろう」
「「「っ!?」」」
「それじゃあ、僕が貰うね。こないだの実験した術式で色々とわかったからさ」
「任せる」
「やったね」
「あの、中村さん……今、なんて?」
「ん? 僕がその人達を殺して実験体にするって言っただけだよ」
「な、何を言っているんですか! そんなこといけません!」
「先生こそ何を言っているの? その人達は僕達を殺すために異端認定をしようとした。じゃあ、殺される前に殺さないとね。それにこの世界の為に戦っているんだし、僕達の経験値になるならその人達も本望でしょう。ほら、エヒト様だっけ? その人の望む通りになるんだからね。よかったね、神の身元へいけるかもしれないよ?」
「ど、どうしたの恵里? そ、そんな事を言う子じゃ……」
「あ~猫被ってたから。でもやめたの。こんな僕でも愛してくれる人ができたからね」
「な、南雲君!」
「これに関しては俺は関わっていない。そこの沙条に言え」
「「「沙条君なの!?」」」
「いいえ、私の名前マーナ・ライン。ユーリの兄です。沙条という人ではありません」
ニコリとそう言ってきますが、嘘くさいです。それに南雲君の姿が変わった事を考えると、沙条君も変わっているかもしれません。ですが、そちらの方がいいのかもしれません。沙条君は教会によって裏切り者の汚名を着せられています。なので、名乗り出る事はできないのかもしれません。
「ユーリちゃんは何処かですか?」
「ユーリでしたら、元気にしていますよ。少し別行動をしていますが……」
「良かった……それで、ユーリちゃんのお兄さんでいいですか?」
「はい。そちらは愛子先生でよろしいですか?」
「ええ、それでお願いします」
「では、愛ちゃん先生と」
「止めてください!」
思わず叫んだのは仕方がありません。
「あ、そうだ。皆はここに泊まってるんだよね?」
「そうだけど……」
「じゃあ、女子会しようよ!」
「ん? 鈴、今日はマーナと寝る日じゃなかったっけ?」
「変わってもらえばいいよ。二人にはまた何時会えるかもわからないし、もう会えないかもしれないしね!」
「それもそうか」
「な、何をいってるの! そんな事は……」
「戦争しているだから、何時死んでもおかしくない。話せるうちに話そう~」
あちらは和気あいあいとしているようで、結構怖いです。いえ、それ以前に寝るってどういう意味ですか! でも、そちらは今は置いておきます。
「あのそれで騎士の人達を許してあげてくれませんか?」
「助けるメリットがありません。デメリットしか存在していませんので、助ける理由はありませんね。彼らがやっている事と同じじゃないですか。彼等は所詮、ただの騎士。こちらは神の使徒。ほら、彼等が亜人にしている事となんら変わりません。問題は全くありませんね」
「ふざけるな! 我等はエヒト様の導き通りにしているだけだ! 亜人と我等を同じに扱うなど言語道断だ!」
「同じですよ。上位の者が下位を痛めつける。なにも可笑しくない。まあ、神様の意思に従って死んでください♪」
沙条君は楽しそうにそう言っていますが、私にとって目の前の人が本当にあの沙条君だとは信じられなくなってきています。沙条君がデビットさん達を見る目は人に向ける目ではなく、家畜とかへ向ける目です。いえ、それすらなく、彼等の事など本当になんとも思っていないのかもしれません。
「殺すなんて先生は許しません!」
「あ、それなら退学しますね」
「え?」
「俺、こっちに残るつもりなので学校には戻りません。ですから、愛ちゃん先生は気にしなくていいですよ。退学すればもう先生ではありませんしね」
「そんなわけないでしょ! 先生はずっと、永遠に先生です!」
「え~それはちょっと引く」
「おい、その辺にしておけ。ほら、ニルシッシルでも食ってろ。俺が先生と話をつけておく。それにこんな塵の事など放置でいいだろ。それよりも嫁達を可愛がってやった方がいいんじゃないか?」
「それもそうか。じゃあ、そっちは任せる」
そう言って沙条君は別のテーブルに移動しました。良く見ればいつの間に谷口さんも中村さんも宮崎さん達のところに移動して話をしています。
「さて、真面目に答えるが……さ、マーナと中村はとあるスキルを手に入れて生き残った」
「スキルですか?」
「そのスキルはてとても強力で、普通なら死ぬような事もそのスキルがあれば乗り越えられた。だが、強い力には代償がある」
「代償……」
「その一つが殺戮衝動だ」
「さ、殺戮衝動って!」
「そうだ。人を殺したくてたまらなくなる奴だ。
「何故そんなスキルを手に入れたんですか!」
「何故って、そりゃ……生き残るためだ」
「っ!? そ、そうですよね……好きでそんなスキルを取るはずは……」
「いや、アイツは結構、好きで取ってた気がする」
「ちょっと!?」
そんな危険なスキルを好き好んで取るなんてどうかしていますよ!
「まあ、アレだ。俺の髪の毛や腕、目もそうだ。死ぬような思いを何度もしてきた。実際に腕はクマモドキに食われた」
「そんな、それじゃあ……その腕は……」
「義手だ。アイツはもっとひどい。谷口と中村を助け、守るために両手両足、記憶や感情の一部、内蔵などをサクリファイスというスキルで捧げている。わかるか、先生」
「そんなのって……」
「谷口と中村も身体の一部を無くしている。谷口は両足だったか。まあ、そんな感じであいつらは三人で地獄を生き残った。だから、あいつらの交友関係については先生もあんまり言わないでやってくれ」
た、確かに三人の現状を思えば仕方ないですね。互いに支え合っているうちに恋が芽生えて愛し合うようになっても不思議ではありません。
「でも、他の人はどうなのですか?」
「ほら、アイツってそもそもユーリが好きじゃないか」
「あ~確かに……」
「そのユーリは召喚された存在だ。基本的に召喚というのは好意を持つ相手に答えるわけで……」
「その結果、増えていったと」
「まあ、そんな感じだな。後、立場というのもある」
「立場ですか? それって……」
「それについては内緒だ。まあ、先生は先生の好きにしたらいい。俺もアイツも好きにする事にした」
「わかりました。先生も好きにします」
「っと、先生、口元になにかついてる。こいつで拭くといい」
「え! どこですか!」
「冗談だ」
そう言うと、南雲君は別の紙を取り出してテーブルの上に置き、コンコンと紙を叩きます。それを見て先程渡された紙を見ると、メッセージが書かれていました。内容は夜に内密な話があるからこっそりと全員集めておいてくれとのことでした。私が頷くと、南雲君は掌を差し出してきました。
「それ、貴重な物だから返してくれ」
「わかりました」
「話は終わった?」
「ああ、終わった。俺達も湖畔でゆっくりするか」
「ん、泳ぐ?」
「それもいいですね!
「この馬鹿ウサギ!」
「シア、お仕置き」
「……南雲君。先生、ちょ~と聞きたい事が増えました」
「だろうな。夜だ夜」
南雲君が頭が痛そうに片手で押さえています。
「面倒になった」
「ご、ごめんなさいです」
「これでこの騎士達の行き先は決まったな」
「えっと、もしかして……」
「決まってんだろ」
南雲君が首を指で切るような仕草をしました。つまり、彼等は……
「だから駄目です!」
「だが、アイツは絶対に殺すぞ。それこそ事はヘイゼルの安全にかかわるからな」
「問題ない」
後ろから声が聞こえて上を向くと抱きしめられました。頭の後ろに大きな胸があります。上を向くとあの怖い女性が立っています。手にはナイフを持っていませんが、そのまま頭を撫でたりしてきます。ちょっと気持ちいいです。
「って、先生に何をするんですか!」
「可愛いから、つい」
「それで問題ないって?」
「南雲は忘れている。私が何の力を持っているか」
「何ってヘイゼルとジャック・ザ・リッパー……ああ、なるほど」
「そう。娘の力で情報を抹消すれば何の問題もない。ちょっと頭が馬鹿になるかもしれないけれど、大丈夫」
「それぐらいなら問題ないな。それじゃあ俺達の事も頼むわ」
「了解。任せて。それとご主人様が面倒だから、先生達を連れていくのもありだと言ってる」
「あの、ご主人様ってどういうことですか?」
「ご主人様はご主人様。私の大事な人」
「南雲君?」
「詳しい事はマーナに聞け。俺は知らん」
「はな──」
南雲君が立ち上がって外に向かっていったので、私が振り返ろうとすると
「お前、先生の記憶も抹消したのか」
「だって、面倒だし」
「後で説明し直すのは大変だろう」
「大丈夫。ご主人様や南雲がやってくれる」
「おい。まあ、沙条に投げるから問題ないな」