朝日の光を受けて意識が覚醒して瞼を開ける。視界に広がっているのは少し前から見るようになった天井だった。身体を起こすとかちゃりと首元から音がする。手を首にやると鉄の感触がする。
そこにある物を触れていると、視界に姿見が入った。そこに映っているのは服を着ていない状態で、鉄製の鎖がついた首輪をつけた見慣れた私の姿。窓や扉には鉄格子が設置されているのを見て今の私の立場を現している。
「……奴隷になったんだよね……それに……」
狭い部屋にあるベッドの反対にあるタンス。そこの上には刀が置かれている。ここに来てから一週間。握ってすらいない。
「……でも、どうせ私の力なんて……」
思い出されるのは沙条君と光輝、二人の馬鹿みたいな戦い。いえ、沙条君が召喚したとんでもない存在達は皆、同じくらいの力を持っていた。
戦いの余波だけで大地が砕けて大規模な破壊が撒き散らかされた。とてもじゃないけれど、一人の人間が起こせるような力じゃない。それが二人。少し前まで私の知っていた二人。それも沙条君に至っては確実に私よりも弱かった。だったというのに素人だった彼に一瞬で私の全ては否定された。
圧倒的なまでのスペックによる力によって技術では超えられない絶対的な壁を見せつけられて……私は折れた。だから、何時でも抜け出せる奴隷なんて立場のままでいまも居る。自分では何をやっていいのか何もわからないし、与えられた選択肢すら決められない。
「……はやく、決めなきゃいけないのにね……」
ルサルカさんから与えられた選択肢は三つ。一つ目はトータスで戦う事を諦めてここで地球に帰るまで他の皆と一緒の時間を過ごすこと。二つ目はこのままトータスに帰るまで奴隷のままでいること。三つ目はルサルカさんがオススメすること。ただ、こちらはそう簡単に選べない。
「私が……沙条君の女になる、ことか……」
そう、与えられたのは私が彼の女になるということ。リリアーナと同じように好き勝手に身体を貪られて犯され、子供を孕ませられる覚悟をしろっていうこと。お姫様であるリリアーナのように私にそんな覚悟なんてできない。
ただ、それだけの代償を支払う代わりに私が手に入れられるのは沙条君や光輝達のような比類なき埒外の異常な力。地球どころかこの世界でも確実に常識を逸脱している。私達を戦術兵器とすれば、沙条君達は戦略兵器。それも地球でいう核兵器とかそんな感じの力。
「力を得るためには代償を支払わなければならない、か……」
子供の頃、お父さん達に言われた言葉だ。光輝に負けたり、虐められたりして辛くなった時に言われ、私はそのまま剣術にのめり込んだ。努力と時間という対価を支払い、今の力を手に入れた。今度は身体を差し出して力を手に入れる事をルサルカさんにお勧めされた。そして、代償を求められる理由も納得している。
『私が貴女に提供する選択肢の内の一つが、真名の女になれば真名や恵理、鈴が使っている力をあげる。それなりに代償はあるけれど神にも届きうる力よ。ただし、真名の女になりなさい。もちろん、真名の女になるからには基本的にこちらで活動するから、地球にはあまり帰れないと思いなさい』
ここに連れられてきて、軍服から私服に着替えた彼女に酒場に連れ込まれ、そこで美味しそうにお酒を飲みながらそう言われた。
『その、身体を捧げないといけないんですか?』
『うん、駄目~。ぶっちゃけると、力を与えた後で敵になられたら困るの。もちろん、貴女が自分から望んで敵になることはないと思っているけどね。でも、色々と思いを捻じ曲げて言う事を聞かせる方法なんていっぱいあるの。特に雫は可愛い女の子だし、そういう方面のこともされるでしょ?』
『そ、それって……』
『それに力を与えてこれ以上真名と親しくなられるのもこちらとしては困るの。今のままだとただの友達として線引きはできる』
『え?』
『真名ったら、自分の女でもないのに鈴と恵理達のために自分の身体を生贄にして助けたことが何度かあるの。だから、私もせっかく見つけたダーリンが居なくなられると非常に困るのよ。それがまだ血の繋がっていないダーリンを共有する妹達や自分達の子供ならまだ許容できるけど、他人なんて無理』
『それは……確かに……』
お酒の入ったジョッキを突きつけられながら言われた言葉は納得できるものだった。
『だから、仲間になるなら力をあげる。力の無い方が危ないしね。女になるのが嫌なら、大人しくここで過ごしておきなさい。そうしたら地球にちゃんと返してあげるわ。貴女達が戦う必要はもうないの。必要な戦力は私達が保有するような力じゃないと無駄に危険だからね』
『地球の方に居られない理由は……』
『いや、別に居てもいいけど殺人を繰り返す事になるわよ?』
『は?』
『提供するのは他者の魂を収集して力を手に入れる禁忌の魔術よ。定期的に魂を蒐集しないと殺戮衝動に襲われるわ。地球に住んでたら周りの人間を殺すでしょうね。今のところ、
『確かにそれならトータスに居た方がいいんでしょうね』
『そもそも食料にしか見えなくなるわよ。雫はとても美味しそうね』
頬から首を撫でられながらそう言われた時、身体中を舐め回されて食べられてしまうのかと錯覚した。襲い掛かる恐怖に必死に身体の震えを止めていると、彼女が離れていった。あの時は本当に食べられると思った。
こんな事があって、私は現状を維持している。考え事をしながら布団をめくってベッドを出る。足元に居た三匹の子猫達が抗議の声をあげるけど、無視して昨日の内に用意しておいた下着をつけ、壁にかけていたメイド服に着替えていく。
裸で寝ていたのは単純に寝間着がないから。持っているのは一着だけで、お風呂に入っている間に洗濯と乾燥を使って使いまわしている。この部屋の扉は鍵をかけることはできないので、誰でも出入りが可能だから襲われたらひとたまりもない。そもそも襲う相手が沙条君達になるから抵抗しても一切無意味になる。彼がその気なら、首輪のせいで逆らうこともできない。これらはルサルカさんが私に沙条君達を意識させるためのもの。
「にゃ~」
「にゃ~」
「にゃにゃ」
「はいはい」
考え事を止めて姿見で身嗜みを整えてから、私の監視と護衛でもある子猫達と共に部屋を出る。部屋の隣は小さなキッチンになっているので、そこに置いてあるワゴンに水を入れたボトルを用意し、ワゴンの下にあるシーツを確認する。
問題がないと確認したら子猫達と一緒に次の部屋に移動する。そこに入ると様々な臭いが混ざったものが漂ってくる。部屋の中から女の子達の喘ぎ声が聞こえ、複数あるベッドの方を見ればそちらの一つで女の子達が並んで一人の男に貪られて鳴かされている。
そちらとは別の空いているベッドに移動し、そこの様々な液体で汚れているシーツを綺麗なシーツに取り換えていく。
「おはよう~しずしず~!」
「おはよう、鈴」
隣のベッドで生まれたままの姿の鈴が私に抱き着いて胸に顔を埋めてくる。彼女からはとてもひどい臭いがしている。
「鈴、先にお風呂に入ってて」
「え~いい匂いなのに~」
「鈴、私達が麻痺しているだけ」
「そうですね。鈴さん、おはようございます」
酷い状況になっている恵理やリリアーナ達が挨拶してきたので返して、彼女達に水を配っていく。沙条君達にも渡して水分補給をしてもらう。口移しなどで楽しみながらしている人達を置いて、皆をお風呂に連れていってから、彼女達の着替えを用意する。今日は一緒にお風呂に入ることになったので、身体を洗っていく。その間に洗濯もしておいた。
「しかし、しずしずもあんまり動揺しなくなってきたね~」
「何回も見せられたし……むしろ、鈴達は恥ずかしくないの?」
「今更?」
「だよね~。基本的に鈴達は人数が多くて、まなまなは一人だからね。複数人でするのが当たり前になってるし」
「うん。最初はすごく恥ずかしいけど、もう慣れたよ。それに雫は真名の物になるのは時間の問題だし」
「わ、私は……」
「鈴はしずしずに一緒に居て欲しいな~。かおりんとも一緒にいられるよ?」
「え? 香織は……」
「香織は南雲と一緒にいるためになんでもする。だから、たぶんこっちに住むよ」
「南雲君達は帰るって……」
「一度は帰るだろうけど、すぐに戻ってくるよ。だって普通に考えて南雲達の力は異常だから、地球の人達が放っておくはずがないでしょ?」
「それは……確かに」
私達の力でさえ、かなり逸脱しているのに南雲君達の力は世界を作り替えてしまう。地球全土が大混乱に陥ること間違いがない。南雲君は香織達を狙ってきた相手なら一切の容赦をしない。その南雲君達から要請を受けたら……ルサルカさんの言葉通りなら、沙条君達も容赦しないはず。だったら、大人しくトータスで生活した方がいい。
「まあ、ゆっくりと考えたらいいよ」
「鈴としてははやく一緒に気持ち良くなりたいけどね~」
「……もうちょっと考えさせて」
「まあ、真名なら雫が憧れていたお姫様にだってなれるよ。何せ王様だし」
「確か、身を挺して守ってもらいたい、だったよね~?」
「なっ、なんで知って……」
「色々と情報を手に入れているのだ~」
「まあ、香織なんだけど」
「か~お~り~!」
それから、お風呂を出て着替えていく。私達は食事を取ってから別れ、私は仕事をやっていく。といっても、本職の人達がいるので私の仕事は特にない。精々がエッチな事をしている沙条君達の世話だけだ。
「雫、今日は予定がないから街を回って考えてきなさい」
「ルサルカさん……」
「刀を振らないなら、他の人達を見て来いってわけよ」
「はい……」
「貴女の八重樫流は殺人剣。
「はい……」
言われた通り、アマツの街に出て他の皆のところへ向かっていく。まずはお店を開いている相川君のところへ行ってみよう。たしか、バイク屋さんをしているらしい。
◇◇◇
アマツの街を歩き、相川君の店を探していく。色々なお店が出来だしている道をしばらく歩いていると、そんな中で一つのお店を見つける。その店の前には数台のバイクが置かれているみたい。
「やってる?」
「やってるよ~」
お店の中に入ると、何故かそこには相川君ではなく、菅原さんがいた。彼女はお店のカウンターに座りながら、こちらに手を降ってくる。
「いらっしゃい八重樫さん~」
「なんでここに居るの?」
「お仕事だよ。働かないと食べられないしね。ほら、首輪がないでしょ?」
「確かにないね」
菅原さんの首には奴隷にされた時につけられていた首輪が無くなっている。服装は長めの黄緑色のセーターに赤いスカートを履いているみたい。ここで買った奴でしょうね。
「獣耳の女の子に言われて……無駄飯喰らいを置いておけないから、働くように言われたの」
「ああ、確かネコネちゃんだったかな。言ってたね」
「うん。提示されたできそうな仕事には、その……エッチな奴隷の関係のもあったけど、嫌だから断ったの。八重樫さんは奴隷みたいだけど大丈夫?」
「私は大丈夫かな。メイドとして働くように言われたけど……担当が違うからみたい?」
「そっか。良かった」
「でも、本当にそんなことを言われたの?」
「沙条君のお嫁さんを出来るだけ増やしたくないんだって。その分だけ時間が減るからかな?」
「そっちの意味ね」
ネコネちゃん達からしたら、沙条君が手を出さないように防衛線を張っている感じなのかも。それに妾とかになるにしても、費用を捻出しないといけないだろうし、彼女達みたいに働けない私達はそんなに稼げない。
「それでどうしてここに?」
「愛ちゃん先生はまた農業を始めたみたいだけど、せっかく頑張って作った畑が……焼け野原になった光景が思い出しちゃうの」
「え?」
「ウルの町がね、清水君とほっぽちゃん達に焼き払われたの。その時に私達は連れてこられたんだけど、その時の事を思い出すと恐怖が湧き上がってきて、吐きそうになるし……目の前で愛ちゃん先生が……偽物だってわかってるのに……本当の愛ちゃん先生に近づいただけで……うぅ……」
「だ、大丈夫だから! 思い出さなくていいから!」
「うん、ありがとう。それでね、ここに連れてこられた後に男の人の下の世話も嫌だし、同じ女の子のも嫌だから……」
「それでここ?」
「そうなの。相川君が助けを求めてきたんだよ。女の子に必要な物がわからないから助けてくれって」
「女の子?」
「うん。相川君、エッチな……エッチなので間違ってないか。それを選んで可愛い女の子を二人、引き取ったの」
「へぇ……」
「お姉ちゃんの方は両足がなくて、妹ちゃんの方は両手両足がないの」
「それって……介護?」
「うん。その子達って奴隷として教育されてきた子で、相川君がお嫁さんとして引き取ったの。もちろん、本人達の同意があってだけど」
彼女達にはそれしか選択肢がないともいえるけどね。そのままだと死ぬしかないし。沙条君からしたら助ける労力と後に彼女達が生み出す労力を計算して利益が出るのなら助けると思う。そういう意味では相川君達に引き渡した方が利益が大きいという判断なのかもしれない。ルサルカさんは特にそういった感じだと思う。
「同意があってその子達が納得して……幸せだったらいい、かな?」
「納得しているし、幸せなんじゃないかな? 少なくとも笑って動き回ってるしね」
「そうなのね」
「ほら」
菅原さんが鈴を鳴らすと、奥の方から金色の髪の毛をした森人族の幼い女の子が二人、相川君の後ろ隠れながら彼の服を掴みながらこちらにやってきた。相川君と彼女達はオーバーオールの作業服を着ているみたい。彼女達の両手両足は義手とかのようだけどちゃんとある。
「あれ、八重樫か。その服は……」
「今、メイドとしてお城で働いてるから……」
「そっか。ティリエル、ミュリエル、俺達の仲間の八重樫だ」
「よろしくね」
「「……」」
二人はこくりとだけ頷いてくれた。相川君はそんな二人の頭を優しく撫でながら、こちらに話をふってくる。
「悪いな。まだ人が苦手なんだ」
「私にもようやく慣れてきたぐらいだしね~。もう結構一緒に居るのに~」
「妙子さんは好きです」
「です」
「私も好きだよ~」
「本当に仲がいいみたいね」
「ああ。それでどんなバイクがお望みだ? オススメはこの時速600キロを出せるモンスターマシンの……」
それから意味が分からない専門用語を羅列していく相川君。本当に好きだとわかるのだけど、何を言っているのか、わからない。
「こら」
「いたっ!?」
菅原さんが相川君の頭を叩いて強制的に止めてくれた。
「好きなのはわかるけど、八重樫さんが付いていけてないからね」
「悪い」
「これ……どうぞ……」
「スペックと価格……」
「ありがとう」
価格表を貰って確認しながら必要な事を伝えていく。と、言ってもアマツの中を回るだけなのでそこまでの性能は求めていない。ちゃんと運転できるかもわからないし。
「とりあえず、レンタルにしておくね」
「それでお願い。代金は……」
「メイド服で首輪付きなら要らないぞ」
「え?」
「城に一括請求するから。月額契約してるから城の業務なら無料で貸せる。それに八重樫の場合は全部、請求を沙条に出せるからどっちにしろいらん」
「そっか。いいのかな?」
「大丈夫だろ。園部達も同じ扱いだしな」
「わかった。それじゃあ、初心者用のバイクをお願い」
「オッケー。調整するからこっちだな。二人共、任せていいか?」
「「頑張る」」
姉妹と相川君に選んでもらい、裏のコースで実際に乗ってから調整してもらって一台をレンタルする。レンタルしたのは自動操縦アシストがついた物で、デバイスとかいうのが組み込まれているらしい。音声認識もできるから、ツーリングするぐらいならなんの問題もないとのこと。
「一応、いろんな防御魔法を付与してあるから事故しても問題ないが、逆に言えば戦闘とかはできないから気を付けてくれよ」
「了解。ありがとう。行ってくる」
「またね~」
「「……また……」」
四人に見送られながら、バイクを発進させる。ヘルメットは無しで問題ないらしいのでそのまま風を感じながら次の目的地を目指していく。
◇◇◇
次の目的地である農場を目指してバイクを走らせていく。愛ちゃん先生がどうなっているのか心配だから、行ってみようと思う。
しばらく走って街から出て防壁の外に出るためにトンネルを超えていく。トンネルから出て少し進むと何かを通り抜ける感触がした次の瞬間、いきなり爆音と共にもの凄い風が、衝撃波が襲ってきてバイクごと空に吹き飛ばされる。
「っ!?」
意味が分からない状況の中、どうにかバイクを蹴って距離を取ることでバイクに下敷きにされることを防ぎながら受け身を取って地面を転がってダメージを出来るだけ抑える。それでも地面を転がったことで防壁に激闘して身体中が痛くなってきた。
「何が……」
頭を押さえながら立ち上がると、遠くの方で今度は空から無数の氷柱が降り注ぐのが見えた。そこから火柱が立ち昇って氷柱が消滅される。更に空から雷が降り注いでいく。
爆音が立て続けに響き、破壊の嵐が撒き散らかされる中、何度も身体を衝撃波が襲ってくる。そんな中、視線を前に向けていると巨大な人影が立ち上がって……いや、座っている状態で現れた。
その巨人は雷や暴風、炎、氷などの様々な攻撃や銃声や砲撃を受けてもビクともしないで座ったまま拳を振り上げてから勢いよく振り下ろす。その瞬間、地面が揺れて土煙が巻き起こる。それもすぐに吹き飛ばされていく。
「あれって確か……キングプロテアちゃんだったよね……」
彼女は沙条君が光輝を相手に使っていた召喚獣と呼べるような存在で、ある意味では私達と同じような存在。神エヒトに呼ばれたか、沙条君に呼ばれたかの違いでしかない。それでも実力は違いすぎる。
そんな埒外な化物を相手に無数の小さな人影が戦っているのがここからでも見える。襲撃を受けているのかもしれないし、身体を起こして向かおうとして止まる。
「私が行っても役に立たない……それに武器もない……」
邪魔にしかならない。むしろ、ここは沙条君達に知らせる方がいい。だから、それでいい。今の私に戦う力なんてない。これが正しい選択で間違っていない。
「そう、間違っていない。間違っていないの……」
なのに身体は動かずに戦場を見詰めている。そうしている間にも何度も地面が揺れてキングプロテアが大きくなっていく。そして、彼女が地面を持ち上げて攻撃する。それに対して相手も地面を浮かび上がらせて巨人なゴーレムを作りあげ、粉砕する。
それに怒ったのか、キングプロテアは両手で固めてそれを回転させながら投げた。その攻撃は巨大なゴーレムの身体を貫いて巨大な塊が豪速球で私の方目掛けてやってくる。
「ひっ」
逃げようとしても身体が反応する前に視界一面が巨大な地面の色をした球体に覆われて逃げるのも間に合わない。確実に私は潰されて死んだ。不思議とそう思うと、走馬灯のように今まで頑張ってきた記憶が蘇って思わず刀に手をやるけれどそこに刀はない。
「あははは……」
終わりだ。刀を置いた私に存在価値なんてない。そう言われているかのように理不尽な破壊の力が襲い掛かってくる。
眼を瞑って襲い来る恐怖に必死に耐える。轟音のような衝突音と回転音がすぐに聞こえてきた。だけど、思ったよりも軽い衝撃と温もり。それに思わず目を開くと目の前に綺麗な金糸のようなウェーブのかかった柔らかい髪の毛が見える。
「沙条君……?」
「大丈夫か?」
「う、うん……」
気が付けば目の前に沙条君が居て、片手を前に向けて巨大な土の球体を片手で受け止めていた。高速回転する球体は沙条君の手によって削られていく。沙条君は片手を球体に向けたまま、空いている方の手を差し出してくれる。
その手を握ると、沙条君によって引き上げられて彼の胸に飛び込む形となって、思わず、きゃ! と、いう声が漏れて抱きかかえられる。
「致命的な怪我はなさそうで良かったよ」
沙条君が私の身体を上から下までしっかりと見詰めてくる。私はそれが恥ずかしくて身震いしてしまう。それに沙条君の胸に抱かれている状態のせいで心臓の音と人肌の温もりが、恐怖で震えていたのもあって安心できたのか、涙が流れてくる。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫……それよりも襲撃を止めないとッ!?」
「襲撃……?」
「え? アレ、襲撃じゃないの?」
今もなお、上級魔法などの激しい攻撃がキングプロテアちゃんに襲い掛かっている。様々な属性が吹き荒れ、黒い塊が降り注いでいる。他にもゴーレムまで沢山集まってきている。
「あぁ……アレか」
「どうしたの?」
「プロテアを相手にした訓練だな。プロテアからしたら遊びだが……」
「これが訓練で遊び? 私には殺し合っているようにしか見えないけれど……」
「女神様にとってはあれぐらいは遊びだ。俺達からしても訓練のレベルだな」
「そう、なんだ……」
その出鱈目な力に心が沈んでいく。それに気付いたのか、沙条君が話を変えてきた。
「雫はどうしてこんなところに居たんだ? ここには危ないから一般人には来ないように伝えていたし、鈴の結界があったはずなんだが……」
「一般人……」
「あ、いや、雫が一般人というわけではなくてな?」
「うん、わかってる……」
確かに沙条君達からしたら私の力なんて一般人と変わらないのだと思う。
「それでその、鈴の結界もあるから普通は大丈夫なはずなんだが……破ったか?」
「普通に通れたけど……何かを通った感じはしたわね」
「許可されているってことか。雫が許可されているところとなると……ああ、なるほど。鈴は魔法の設定を使いまわしたわけか」
「設定の使いまわし?」
「おそらく、鈴は寝室や俺達の居住スペースに展開している結界を張って侵入できないようにしたのだと思う」
「そっか。確かにそれなら私が通れたのも納得できるわね」
私の生活圏は完全に沙条君や鈴達と同じだ。彼女達の寝室の隣が私に与えられた部屋なのだから当然、私も結界を通り抜けられるようになっていないとメイドの仕事にも支障をきたす。
「そうなると考えられる原因は……」
「ルサルカの言い忘れか」
「本当に言い忘れたのかどうかも分からないけどね」
「どういうことだ?」
「私に街を回るようにって言ってきたのはルサルカさんなの」
「だが、ルサルカに雫を危険に晒す理由はないだろう」
「……それがそうとも言えないのよね……」
「ん? どういうことだ?」
「それはその……私に沙条君の嫁になるように言っているから……」
「ああ、それか。だが、いくらルサルカとはいえ、そんなことはしないさ」
「そう、なの……?」
「ああ。ルサルカも昔ならともかく、今の彼女なら俺達に嫌われるような事はしないさ」
「そうなのね。じゃあ、一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
気になっていた事をここで聞いてみる。どちらを選ぶにしても必要な事だから。
「沙条君は私の事をどう思っているの?」
「雫の事をか? どういうことだ?」
「……私の事を嫁に欲しいのよね?」
「ああ、そうだな。雫が習得している八重樫流の剣術は欲しい」
「沙条君達にはまったく通用しないものなのよ……それに必要なの?」
「技術は必要だ。雫の力が俺達に通用しないのはただの身体能力が違いすぎるからだ。同じ身体能力なら雫が勝つさ」
「そんなの机上の空論じゃない。どんなに頑張ってもスペックの差は覆らないわ。それに剣術くらいなら教えてあげるわよ」
「いや、今の雫だと他の連中がおそらく納得しない」
「どういうこと?」
「実際に見た方がいいな」
「ちょっとっ!?」
肩を掴まれて抱きしめられていた状態からかがんで足の裏を掴まれてそのまま抱え上げられる。
「こ、これって……」
「怪我でまともに動けないだろう。治療できるところまで運ぶぞ」
「だからってお姫様抱っこなんて……」
お姫様抱っこされて恥ずかしさがこみ上げてくる。そんな状態で沙条君は空を飛んで移動していく。
「ほら、アレを見ろ」
「え?」
いつの間にか到着していたのか、顎で指示された方向を見るとプロテアちゃんが座りながら指ではじいたりしている姿が見える。
「あれはプロテアちゃんよね?」
「相手の方だ」
「相手……子供?」
戦っているのは子供達だった。十歳前後の白い髪の毛をした様々な種族の子供達。中には二十代以上の人達も含まれているけれど、確かに子供だった。その子達が私に捕らえきれない速度で駆け回り、プロテアちゃんの攻撃を必死に逃げながら拙いながらも連携して上級魔法や多種多様なスキルを使って立体的な機動で攻撃していっているのが見えた。
「……あんな幼い子供達にも……抜かれた……」
私の自信は粉々に砕かれていく。あの子達の一人を相手にしても勝ち目なんてないのがわかる。私が今まで必死に相手をしてきたモンスターなんて彼等からしたら赤子の手をひねるようなものでしかない。
「見てわかる通り、雫ではあの子達に勝てない」
「……あの子達はなんなの……?」
「どうしても自分で生きる希望を見つけられない者達や復讐を諦められない子達、守るために人を止めた者達で構成された部隊だ。ようは俺達の持つ技術を使って作りだした親衛隊だな。指揮官は軍事経験者のルサルカと補佐として恵理をあてている」
「まさか、非人道的な事を……?」
「同意の上だがな。そもそも選定としてどうしようもない者達の救済措置としてつくっているのもあるが、放っておいたら暴走して何をしでかすのかもわからないということもある。自殺されるだけならましだろうが、周りを巻き込んで盛大に自爆されてもかなわない。だから生きる目的と手段を与えてこちらのコントロール下に置いた。雫には技術を教えて欲しい」
「……」
「だが、今の雫だと相手にされないか、されてもしっかりと教える事はできないだろう」
「自分よりも弱い人に教えてもらっても受け入れられないのね……」
「獣人はとくにその傾向が強いしな」
それに教えるのも難しい。私と相手が見えている世界が違いすぎるのだ。私が速いつもりで斬っても、彼等にしたらゆっくりと斬っているようにしか見えないだろう。
「理由はわかったけれど、私以外にも剣術を教えられる人はいるでしょ。オシュトルさんやアストルフォさんとか……」
「オシュトルは仕事で忙しいし、アストルフォは完全な感覚派だから無理だ」
「……わかった」
確かに言っていることはわかる。でも、色々と問題がある。その問題の一つが、私が力を手に入れたその先でどうするかということ。お姫様とかに憧れはあった。しかし、実際にお姫様であるリリアーナと話して彼女の境遇や責任を肌で感じてお姫様は決して想像していたものではないことが理解できた。おとぎ話と現実は違う。
「沙条君は私の持つ技術が目当てなのよね?」
「違うな。雫の心も身体も欲しい」
「え? 私よりも可愛い子も綺麗な子もいっぱいいるのに?」
「彼女達に雫が劣っているとは思わない。それに雫は知らないかもしれないが、俺達にとって雫は白﨑と同じく高嶺の花だ」
「嘘よ。香織の方が男受けするでしょ」
「嘘じゃない。実際に雫でそういう想像をした男は多いだろ」
「ひっ!?」
想像して身体が震えてきた。沙条君は私を強く抱きしめてきて、その温もりで安心……できるはずもない。
「さ、沙条君も私が好きなの?」
「好きか嫌いかで言われたら好きだな。ただ、俺の一番はユーリだ。それは揺るがない。それでも雫が受け入れてくれるなら、俺も雫を幸せにできるように努力するし、出来る限り要望にも応えるつもりだ」
「……そっか。要望を応えてくれるっていうなら、地球で過ごしたいというのはできる?」
「可能か不可能かで言えば行き来ができるのなら可能だ。だが、オススメはしない。人は異端者を排除する。地球の歴史がそれを証明している。それに殺人衝動をどうするかという問題もある」
「確かにそういうのもあるわね。数日とかを地球で過ごすとかは大丈夫なの?」
「おそらく大丈夫なはずだ」
「そう。それなら幾つか条件を付けさせてくれるなら私は……沙条君を受け入れるのを前向きに考えようと思うの……条件なんて出せる立場でもないけど、お願い」
「条件か? 出来る限りは答える。言ってみてくれ」
「うん、ありがとう。まず一つ目は鈴と恵理、優花……それからアビーちゃんを少し貸して欲しい」
「構わないが……それだけか?」
「他にもあるわ。私は子供が欲しい。人を止めてもちゃんと子供を産める?」
「それは……大丈夫だ。問題があったとしても絶対にどうにかする。俺もユーリや鈴達との子供も何れは欲しいからな」
「わかった。それとその子供を八重樫家の養子にして継いでもらう。私は一人娘だから、後継者は絶対に必要なの」
「確かにその通りだな。俺が婿入りするのも色々と問題があるし……子供次第ではあるが、その辺りはこちらとしては問題ない」
良かった。後継者の問題は八重樫家にとって重要な問題だから、常日頃からしっかりと言われているのよね。私が結婚して産んだ子供は八重樫流を継がせるから、相手は問題さえなければいいから子供だけは作れって。
「じゃあ、後は鈴達と話してから最終決定するね」
「了解した」
私が沙条君を受け入れて幸せになれるかはわからない。それでもその為に必要な事を鈴達に教えてもらわないといけない。それが終われば私は決められると思う。
「降りるぞ」
「うん」
沙条君に抱かれたまま地上に降りてから治療してもらう。ルサルカさんもすぐにこちらに来て謝ってくれた。街の中と言ったので、こちらにまで行くとは思っていなかったみたい。
疑わしく思ったけれど、ルサルカさんが私を罠に嵌めるのと沙条君に嫌われることを考えたら絶対にしない、と手を振られながら言われたので納得する。見るからに幸せそうに沙条君の腕に抱き着くので、事実だとは思う。
◇◇◇
「来てくれてありがとう」
ベッドの上に座りながら、私の部屋にやってきてくれた鈴と恵理、優花、アビーちゃんにお礼を伝える。
「しずしずのお願いだしね。まなまなからも頼まれたし、当然だよ~」
「私とアビーが呼ばれたのは何故かわからないけれど……」
「私はマスターから頼まれたから来たの。それに面白そうなことがあるってお父様が伝えてきたのだわ」
「そう、なのね……」
「お父様? まあいいや。それで雫は僕達に何をして欲しいのかな?」
「そうそう、しずしずは鈴達になんの用があるの~? しずしずが仲間になってくれるなら鈴、なんでもしちゃうよ~」
「えっと、して欲しいことはね……」
私は皆に伝えていく。鈴と恵理、優花にとっては許容できないかもしれないことだけど、私は沙条君が本当に助けて……ううん、守ってくれるのか確信が欲しい。
「なるほど。確かにそれなら確認はできるね。でも、それって僕達のプライバシーをかなり侵害しているんだけどね」
「わかってる。だから、誰か一人だけでもいいの。それにアレから何があったのか、ちゃんと知りたいの」
「鈴はいいよ~。それでしずしずが一緒になってくれるなら。でも、えりえりはともかくゆかゆかはちょっと止めて置いた方がいいかもね~?」
「僕はともかくって……まあ、大丈夫だけど。優花は止めておいた方がいい。思い出すのも辛いだろうし」
「私は……ううん、私もいいよ」
鈴と恵理の二人が辛そうな優花を心配してそういうけれど、優花は受け入れてくれた。
「無理しなくても大丈夫よ。鈴と恵理がいるから……」
「大丈夫、雫。それにこれはいい機会だから」
「え?」
「仲間を増やしてアイツを地獄に落とすのを手伝ってもらうの。それが無理でも、邪魔はしないでくれるはずだから……」
「え? え?」
「ああ、なるほど。確かに雫は止めそうだしね」
「確かに~」
「あ、あの……」
「なら、こうすればいいのだわ。雫のお願いを聞くかわりに優花のお願いを雫にも聞いてもらうの。お願いは手伝うか手伝わないか。どちらにしても邪魔はしない。これでどうかしら?」
「それがいいね。大丈夫、鈴や僕達に被害はでないし、真名達も協力するって言ってくれているしね」
「それなら……まあ、いいかな……」
アビーちゃんが両手を叩いて嬉しそうに満面の笑みで提案してくる。私はその内容を考えて受け入れることにした。私が要求している事はかなり問題あることだから、こちらもそれ相応の要望に応じないとね。
「話がまとまったところでパジャマパーティーをしましょう!」
「いいね~」
「うん。そうしよう」
アビーちゃんの提案を受けてみんなで寝間着に着替えてからベッドに寝転がりながらお話していく。基本的に皆の惚気話を聞いていたりした。
しばらく話ていると、眠くなって皆で横になって眠ることになった。私にとってはここからが本番になる。
「それじゃあ、夢の世界にご招待!」
アビーちゃんの力によって私達は夢の世界で鈴と恵理、優花の記憶を体験していく。そう、私が願ったのは沙条君達が体験した事を言葉ではなく、実際に体験すること。そうでないと彼女達と心から一緒になれない。それに本当に沙条君が助けてくれるかどうかもわからないし。
そう思って体験したのだけど、三人の記憶はどれも地獄のような物でかなり大変な目にあった。それでも私の心を決めるには必要な事だった。そして私は決めた。
起きた後は色々と酷いことになっていたので急いで片付けてからお風呂に入って沙条君に訓練場に来てもらう。
「それで決めたのか?」
「ええ。その為に勝負よ」
「え?」
私は菊一文字則宗を沙条君に向ける。沙条君はキョトンとした表情をしているけれど、こればかりは仕方がない。
「私は八重樫流を継ぐ者として自分より強い人を夫にすることに決めてるの。沙条君は大丈夫だろうけど、私の気持ちとして全力で戦わせてくれないかしら?」
「……そういうことならいいぞ。俺はどうすればいい?」
「当然、沙条君も全力で来て……と、言いたいけれど好きにしていいわ。召喚を使うのも、私を殺すも生かすも、ね」
「オッケー。手加減しろってことだな。ただ、まぁ……自分の力だけで挑ませてもらう」
「なんでなの?」
「自分の妻にするために戦うのに、別の妻の力を借りるのは駄目だろう。まあ、身体の力と武器の力は仕方がないけどな。武器はいいよな?」
「別にいいわよ。それに私の夫となるんだったら、八重樫流を覚えて欲しいし」
「わかった。まあ、刀はないからおいおい教えてくれ」
「ええ、任せて」
互いに配置についてから構えを取る。
「何時でもどうぞ」
「行かせてもらうわ」
相手は格上。だからこそ、最初から全力で……否。全力を超えて力を出す。まずは縮地で加速して左右に動きながら接近する。沙条君はこちらを認識しているけれど、身体がついていっていないのか、すぐに視線が外れる。
「雫、避けろよ」
「っ!?」
沙条君の周りに無数の魔法陣が現れ、そこから複数の巨大な岩が現れてくる。それらは重力に従って降り注いできた。
「なんで……」
「召喚というのは転送や転移など空間魔法のエキスパートだ。認識できなくても絨毯爆撃をすれば関係がない」
「なる、ほどねっ!」
降り注いでくる岩を回避しながらどうやって沙条君に近づいてこちらの攻撃を届かせるかを考えて、良い事を思い付いた。だから、実践してみる。
「ちょっ!?」
降り注いでくる岩の一つに飛び乗って、それを足場にして縮地を発動させて次々と岩を移動して速度を上昇させて一気に接近して、数百キロに到達しそうな速度で全力の刺突を放つ。
「怖いわっ!」
狙った沙条君の左目に刀が突き刺さる前に見えない壁に阻まれて、私と沙条君の力に耐えきれずに粉々に砕けていく。
その勢いのまま私は沙条君に身体を衝突させようとするけれど、その前に沙条君から前に飛び込んできて私を抱きしめる。それによって互いに吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がるけれど、沙条君が守ってくれたようで私に痛みはほとんどない。
止まると私は沙条君に仰向けの状態で地面に押し倒されていて、両手を掴まれて馬乗りにされていた。力を込めて脱出を試みるけれど、ビクともしない。
「それで、まだやるか? やるなら、撃つが……」
「あ……」
沙条君の顔の横から空を見ると、そこには金色に光輝く膨大な魔力の結晶が存在していた。光輝達に向けて撃った奴だ。
「スターライトブレイカー。非殺傷設定だから安心していいぞ」
「沙条君も喰らうけれど……」
「俺は防御力には自信があるからな」
「……喰らうのは私だけってわけね」
「これなら外さないからな」
私は身体から力を抜いて間近にある沙条君の顔を見る。
「私も鈴達と同じように愛してくれる?」
「もちろんだ」
「そう。ならいいか。好きにして。敗者は勝者に従うのがこの世界のルールみたいだし、いいよ」
「じゃあ、俺の妻になってくれ」
「はい」
近づいてくる沙条君の顔を受け入れて眼を瞑る。腕から手が離され、頭の後ろに回されながらしばらくキスをされた。
その後はお姫様抱っこされて治療とお風呂に入ってから、皆に改めて紹介されて宴が行われた。その場で指輪を貰い、それから私はベッドで沙条君の前に座って三つ指をついて頭をさげる。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む」
本来は親にするべきなのだが、まあ今はこれでいいと思う。あくまでも心のケジメでしかない。それから私は沙条君と初夜を迎えた。