――世界に広がる欲望の嵐 この手で握りつぶす事を誓ったよ
野蛮な計画で誰にも言えないけど 正義の味方になろうと思う
――じまんぐ『悲しみを蹴散らせ~正義のみかた~』
◇◆◇◆◇
「みんな、ありがとうっ!」
万雷の拍手と多くの歓声が響き渡るステージの中心で、私は汗だくになりながらも笑顔で言った。
マイクを伝って会場に響いた私の声は、大きな会場の隅々まで届く。
私の言葉は彼らに通じるわけではない。なぜならここは私の母国の日本ではなく、遠く離れた中東、イスラエルだからである。
日本とは大陸も文化もまったく違う場所で、私、風鳴翼は歌手としての世界ツアーを大々的に成功させることができたのだ。
歌手であり、シンフォギア装者でもある私はシェムハとの戦いを終えた後、皆の応援を受けて一人の歌女として世界ツアーに旅立つことになった。
以前より海外でライブを開いたことはあったが、今回は過去最大規模に国々を回る世界ツアーである。
数ヶ月にもわたる期間を使い、先進国だけでなく発展途上国や政情不安定な国にも出向く、意欲的なツアーだ。
そのツアーには、私の世界に自分の歌を届けたいという気持ち、そして歌で人々の相互理解を深めたいという願いを汲んでもらった。
特に、今回のイスラエルはシェムハが世界的に起こした恐慌によりそれまでの価値観が揺らぎ、少し不安定になっているところがあった。
それゆえ反対もあったが、私はあえてここでライブを行い、そして成功させて見せたのだ。
言葉が通じなくても、生まれた国が違っても、人は音楽で分かりあえる。
私は今回のツアーでそれが実現されると信じている。
「それでは、最後になるが聞いてくれっ! 私の大切な曲……逆光のフリューゲルっ!」
大盛況で終わったライブの後、私はライブ会場を出てファン達に見送られながら通路に敷かれた赤いカーペットの上を歩く。
ライブの後のこのちょっとした時間も、お互いに心を通わせることができる時間で、私は尊く思っている。
ただ、皆に笑顔を振りまくのはやはり未だに少し苦手なところがある。
まだまだ精進が足りないな、私も……。
「アノ……ミス・ツバサ……!」
そんなことを思っていたとき、私はかわいらしい声を聞いて足を止める。そこには、恐らく現地の子供と思われる子達が何人かで列の最前列に居て、手には花束を持っていた。
「ワタシタチ、ファン、デス……コレ……ドウゾ……!」
たどたどしい日本語でその子達の代表らしき少女が私に花束を差し出してきた。
本来ならしないことなのだが、私は花束を受け取るためにしゃがんで彼女達に笑いかけた。
わざわざ日本語まで覚えてきてくれた幼子達の気持ちに応えたかったのだ。
「……ありがとう」
私は一言お礼を言い、その子から花束を受け取った。
子供達はそれに笑顔を見せ、きゃっきゃと笑い合った。その光景に、私の心は和んだ。
だが、ふと私は妙な違和感を覚えた。
どうってことないことだったのだが、私はそれが妙に気になったのだ。
それは私に花束をくれた女の子が背負っていたリュックだった。幼い子が背負うには少々大きなリュックが背負われており、それは彼女達が喜び合っている中で妙に重々しく揺れている。
私はそれが気になり、どうにか聞いてみようと思った。
「ねぇ、そのリュック、どうしたの?」
残念ながら私はイスラエルの公用語であるヘブライ語は話せない。なので日本語で話しながらも、なんとか指差しやボディランゲージで伝えた。
「……? ……! ……アー……コレ、オマモリ、イワレタ……ミル?」
少女は必死に考えた後、なんとか日本語をひねり出して私に言ってくれた。
私は頷き、少女からリュックを受け取る。
……なかなかに重い。やはり少女に持たせるには不釣り合いなものだと、私は思った。こんなものを誰が何を思ってお守りなんて言って持たせたのか。それとも、私が知らないだけでこの国にはそういう風習でもあるのだろうか。
私はリュックの中身に興味が湧き、リュックのジッパーをつまんで開いて中を覗いた。
「――っ!?」
リュックの中身を見た私はその瞬間、リュックを空に放り投げた。
「みんな逃げろっ!」
私は叫ぶ。ファン達は疑問を顔に表す。
だが、すべては遅すぎた。
リュックの中身――粗末なコードが見える、手製の即席爆弾が、私が投げたすぐ後に、大爆発を起こしたのだ。
「っっ……!?」
その爆風に吹き飛ばされた私は、爆炎を目に焼き付けながら意識を失った。
◇◆◇◆◇
「……あ……あ、うあ……」
ゆっくりと、私はまぶたを開く。
最初ぼやけていた視界は、だんだんとはっきりし始めてくる。
私が最初に認識したのは、赤く彩られた天井だった。天井はもともと赤というわけではなく、外からの光でそういう色になっているようだった。
どうやら今は夕方らしい。この赤さは、夕焼けの赤さだ。
光は窓から入ってきているだろうから、私は窓があるであろう右側を向こうとする。だが、重たい頭はなかなか動かない。どうしてこうも頭が重いのだろうか。
やっとのことで窓の方を向くことができる。外ではやはり夕日が輝いている。だが、私はそれ以上に気になることができた。
頭に、重さとは別の妙な違和感を覚えたのだ。本来ないはずの何かが、頭にある。そんな違和感だ。
その違和感の正体を確かめるため、私は手を頭にやることにした。そのために持ち上げた腕もまた重みを感じる。
だが、ゆっくりと頭に向けた右手はさらに私を困惑させた。
「……あ……れ……?」
触れないのだ。その、頭にある何かに。いや、それ以前に、頭に。
あるはずの手が空を切っている。そんな印象を受けた。
何度やっても触れない。違和感に違和感を重ね、私はとても気分が悪くなってくる。
なので私は、ごく自然な流れで自分の右手を確かめた。
「……え?」
そして私は、目を疑う。
ないのだ……手が。
肘から手首の間で、消えてなくなっている。丸くなっている先端に、包帯が巻かれている。
左腕も確かめる。
同じだった。左腕もまた、消えていた。左腕は右腕よりもひどく、肘からすぐ先の位置でなくなっている。
私の両手が、消えていた。
「あ……あああ……ああああああああああ……」
私は手をなくした腕を、体を震わせる。喉からは声にならない声が出てしまっている。
どうして、どうして、どうして……!?
私は動揺し、慌てて体を起こそうとする。
だが、うまく動かない体はバランスを崩し、私は転げ落ちる。そこで私は今まで自分がベッドの上に寝ていたことにやっと気づいた。
そしてその拍子に、近くの棚に置いてあったらしい花瓶が落ちて、水がこぼれ出てくる。
そのこぼれ落ちた水に目をやると、光の加減がうまく合致したのか、一瞬薄い水面に今の私の姿が写り込んだのだ。
腕がなく、顔中に包帯を巻き、頭から何か破片のようなものが飛び出ている、今の私の姿が。
「……あっ……いやあああああああああああっ!?」
「っ!? 風鳴さん!? 誰か、誰か来てください! 風鳴さんが! 風鳴翼さんが起きました! 風鳴さん、落ち着いてください! 風鳴さんっ!」
◇◆◇◆◇
「……やあ、翼。大丈夫か……と聞くのはあまりにも無神経だな」
ベッドの上の私相手に、S.O.N.G.の司令であり叔父でもある風鳴弦十郎が、難しい顔をして言った。
彼の側には私と同じシンフォギア装者である立花響と雪音クリスが、二人して暗い表情で私を見ている。
「…………」
私は司令の言葉に素直に答えることができなかった。
目覚めてパニック状態になった私は、医者と看護師により取り押さえられ、鎮静剤を注射され落ち着かされた後に、丁寧に状況を教えられた。
私は爆弾テロに巻き込まれて命はなんとか助かったものの両腕を失ってしまったこと。
その爆発で、会場の設備に使われていた金属が右頭部に刺さってしまったこと。
現地の設備では命に関わるためそれに対応することができずに、今も私の頭に破片が刺さったままなこと。
同時に爆炎によって、破片が刺さったのと同じ方向の顔右半分を中心に、顔が醜く焼けただれてしまったこと。
それらの要因で、脳になんらかの障害が出る可能性があること。
テロから私は、十日間昏睡状態にあったこと、などだ。
自分の状態において事細かに医者から説明された私は、何も言葉を出すことができずに一日塞ぎ込んでしまった。
とりわけ包帯を外して鏡でちゃんと自分の顔を見せられたときは、我ながらあまりの酷さに戦慄してしまった。
赤黒くただれて、筋肉すらズタズタになった顔の右半分。その頭部から金属片が飛び出ているものだから、まるで顔の右半分は私ではなく鬼か何かが映っているようにすら思えた。
腕を失い、顔も半分失った。だが、そんなことは些細なことだ。私が最も気にしているのは、私自身のことではない。
「……司令、一つ、質問があります」
「……なんだ、翼」
司令は辛そうな顔で答える。
きっとこれから私がする質問を予測しているのだろう。
そしてそんな表情をするということは、すでに答えは決まっているようなものだ。
だが、私はあえて聞く。しっかりと、自分の耳で確かめたい。
「……あのとき会場にいた人達は……私に花束を渡してくれた子達は、どうなりましたか……」
「……死んでしまったよ。爆弾の近くにいたものたちと、その爆弾を手渡しさせるために利用された子達は、みんな」
司令はその結果を答えているときに、手をプルプルと震わせていた。
ああ、司令の気持ちはよく分かる。無辜の命が悪意によって奪われたのだ。あなたには耐えられないことだろう。
「そう……ですか……」
だから私は、あえて静かに答える。予期していた答えではある。だからこそ、覚悟はできていた。
そしてだからこそ、私は聞かないといけない。何が起こったのかを、詳細に。
「教えて下さい、司令。あのときの事件の詳細を。もう一週間です。S.O.N.G.ならもう調べはついているのでしょう?」
「翼さん……師匠……」
立花が心配そうな声を出す。
その立花の肩に司令は優しく手を置く。
「しょうがない、響君。これはいずれ翼自身がたどり着くであろうことだ。ならば、下手に隠さずに俺自身の口から説明するのが、責任というものだ」
「はい……」
立花は司令の言葉に不安そうな顔をしながらも頷く。
一方で司令は、私の方へと向き直り、重い口を開いた。
「……あの事件は、中東全体で活動している国際テロ組織によるものと判明している。もともとシェムハの一件における情報がどこからか漏れ出回っていたことから殺気立っていたところに、君のライブが中東を訪れたことにより起きた突発的なテロ行為だった。彼らは、君の平和への祈りが気に食わなかったらしい。そのため、地元の子供に簡単な日本語を教育させ、君に接近させ、子供にお守りと称して持たせたIEDを起爆した……というのがだいたいの概要だ」
つまりは、すべては私個人に対する悪意のため……そのために、多くの命が奪われた。
司令の告げる情報は、つまりはそういうことだ。その事実が、私の心に重くのしかかる。
「アメリカの手によって主犯格は逮捕されたが、一部の感情的な行動だったために組織全体への摘発は難しかったとのことだ。我々も捜査に介入したったが……超常災害――つまり、聖遺物や錬金術、ノイズなどが絡んでおらず天災や偶発的な事故でもないこの一件にS.O.N.G.が介入することは越権行為だという意見もあり、我々は参加することができなかった。アメリカは最後までS.O.N.G.の助力を推進してくれたが、さすがに安保理決議で反対されてはどうしようもない。アメリカも過去に反対を押し切ってしまった前例があるため、強くは出れなかったのだ」
「S.O.N.G.が何も、できない……そう……なんですか……」
私は感情的な声をできるだけ抑えていった。今の私自身には確かに何もすることはできない。とは言え、S.O.N.G.としてこのことに動けないのは、とても歯がゆい。
「我々は、油断していたのだ。ここ最近のテロや陰謀には必ずと言っていいほど超常的な力が介入していた。ゆえに、忘れていたのだ。人間自身の純粋な悪意というものを。超常的な力を借りなくとも人は人に力を振るうことができるのだと。……皮肉なことだ。我々と幾度となく対立してきたアメリカが、今や最もこの件において頼りになる存在なのだからな。あの国は、かつて大きなテロにあったその日から、ずっとテロと戦い続けてきた。人の力だけで、人と戦ってきた。世界の警察官なんて言葉も、皮肉ではないところもあるな」
「…………」
そこで司令は口を閉じ、沈黙が部屋を支配した。
私達は噛み締めていた。己の無力を。
秩序を守るための存在ゆえに、人の法によって動けないもどかしさを。
私は握りしめる……存在しなくなったはずの手を。
もはや失われてしまった手のひらが血まみれなのを、痛みとして私は感じていた。
「……先輩、今はゆっくりと休んでくれ。時が解決する……なんてありきたりで無責任なことは言えねぇけどよ、今はゆっくりと休息を取るのが大事だと思うぜ……。今日だって、お見舞いをどうしようかみんなで悩んだんだ。もしかしたら、邪魔しちまうかもしれねぇってな。でも、やっぱ先輩に会いたくてさ……つい、来ちまった。ま、そのせいでマリア達には留守番してもらったが……」
雪音はとりとめのない口調で言った。
彼女らしく、不器用ながらも私を慰めようとしているのが伝わってくる。
その気持ちはとても嬉しい……だが、今の私はその言葉にお礼を返すことが、できなかった。
「…………」
「翼さん……その……頑張ります! とにかく私、いっぱい頑張りますから……だから、翼さんも、頑張ってください……!」
立花も私を励まそうととにかく思いつくようなことを言っているようだった。立花らしい。
前の私ならきっと微笑むことができただろう。しかし、やはり、今の私には無理だった。
どうしても、彼女らの想いに応えることができなかった。
「……出よう、響君。クリス君。今は……翼を一人にしてやろう」
さすが司令は私の今の状態を察してくれたようだったようで、二人をそうやって促し、静かに三人で病室を出ていった。
誰もいなくなった病室。その寂しい病室で、私は――
「うああああああああああああああああああっっ!!!!」
大声で叫び、ちぎれた腕を奮って棚の上に置いてあった見舞い品をすべて薙ぎ払った。
「あああああああああっ! ああああああっ……! 私は……私は……あああああああああああっ……!」
泣き叫びながら、私は暴れる。
そうすることしか、できなかった。
色々な感情が私の中でごちゃまぜになっていた。
怒り。
悲しみ。
憎しみ。
情けなさ。
嫌悪。
苦しみ。
とにかくいろんな負の感情がないまぜになって、もう自分でも何がなんだかわからなくなっていた。
故に、私は暴れた。暴れなければ、この感情に押しつぶされてしまいそうだったから。
「あああああっ……! があああああああっ……! あ……あああ……うああああああっ……」
さんざん一人で暴れたあと、私は脱力してうなだれ、ボロボロと涙をこぼしてしまう。
それを抑えることができない。そうするための手が、私にはないのだから。
「ああああああ……ああああああ……!」
私の涙はせき止められない。ただただ感情を涙としてこぼすだけ。
ずっと身につけている聖遺物――首から下がる天羽々斬がゆらゆらと揺れる。こんな力を持っていても無力さは変わることのないことを教えられているようで、私はさらに泣く。
そうやってあまりにも泣きすぎたせいか、私の視界に異常が現れ始める。
私が涙をこぼしているベッドが、ところどころ血に染まったように見え始めたのだ。
それはベッドだけではない。視界を向けると、壁や天井にも血の染みが見え始める。
今思えば、それが始まりだったのだろう。
私の世界が、少しずつおかしくなり始めたのは……私がこれまで見えなかったものが、見えるようになったのは。