「なんだとぉ……!? そんな……そんなバカなことが……!」
いつになく動揺した師匠の声が司令部に響き渡る。それはどこからかの電話を耳にした瞬間だった。信じられないと言った顔をしていたが、手に持ったタブレット端末を見たとき、その表情は一層驚きと絶望に満ちたものになり、ついには端末を落としてしまった。
「…………バカな……そんな、バカな……!」
「あ、あの師匠……どうしたんですか……?」
「もしかして、先輩に何かあったのか!?」
私と一緒に、偶然司令室にいたクリスちゃんが慌てたように聞く。
同じく私も何かあったのかと思った。翼さんの身に何か危険なことが起こったのかもしれない。もしかして、まだパヴァリア光明結社の残党が……!?
「ああ……そうとも言えるし、別とも言える……正直、俺もまだ信じられん……」
師匠は珍しく歯切れ悪く言う。
その様子に、私とクリスちゃんは顔を見合わせ、何かただならぬ事が起きたのを悟った。
「なんだよおっさん……何があったんだ?」
クリスちゃんが尋ねる。
それから師匠はしばらく躊躇うように沈黙した後、静かに口を開いた。
「……翼が……人を、殺した……」
「……え?」
「……は?」
私とクリスちゃんは思ってもみなかった答えに、思考が停止する。
翼さんが……人を……?
「お、おいおい、おっさん……エイプリルフールはずっと先だぜ……?」
「そ、そうですよ……そんな冗談、師匠らしくない……」
「…………」
師匠は黙ったままだ。しかも、とても苦しそうな顔で。
それが私達に師匠の言葉が現実であることを否応なく教える。
「……どういうことなんだよ……どういうことなんだよ、おっさん!」
「ク、クリスちゃん落ち着いて!」
師匠に詰め寄るクリスちゃんを私は必死にたしなめる。
「うるせぇ! これが落ち着けるか! 先輩が……先輩が人を殺っちまったなんて言われたんだぞ!?」
「そっ、それはそうだけど……事故とか不可抗力とかかもしれないでしょ!? ま、まずは話を聞こう……?」
「……あ、ああ……そうだな……わりぃ……」
私の言葉でクリスちゃんは一応落ち着いてくれた。
でも、私の内心もかなり穏やかじゃない。翼さんはギリギリになってもそういうことはしないと思うし、するぐらいなら自分が死ぬとか言い出しかねない人だ。
だから、やっぱり翼さんが人殺しするなんて信じられない。なので、私達は聞かないといけないんだ。翼に、何があったのかを。
「まずは順を追って話そう……。最初に翼の足取りが確認されたのは、街を巡回するバスだった。バスで酔っ払って女性に絡んでいた二人のサラリーマンが大怪我をさせられる事件があった。そのとき、現場で巻き込まれた女性の証言から、加害者は両手が義手の顔にやけどを負った女ということが分かった」
「翼さんだ……!」
「あいつ、何やってんだ……!」
「その情報から、監視カメラの映像から翼の足取りを確認することができた。そして、その最後に確認された映像が……これだ、心して見てくれ……」
そう言って師匠は端末を操作して司令部のメインモニターに映像を映す。
『……っ!?』
モニターに映し出されたその内容に、私もクリスちゃんも、戦慄して言葉を失ってしまう。
そこには、確かに映っていた。翼さんが私と同年代くらいの男の子を無惨に手にかける姿が。
聖詠を歌い、シンフォギアを身にまとい、一人ずつゆっくりと追いつめて殺すという、残虐非道な光景の一部始終がカメラに収められていた。
翼さんの姿は今までのシンフォギアの姿とは違っていた。美しい青色だったギアは、深い闇色になっており、胸部の装甲にはメタリックなギアとは相反するような巨大な一つ目がついて蠢いていた。
とても天羽々斬とは思えない姿。だが、露出している顔は間違いなく翼さんだ。
異様な姿でゆっくりと一人ずつ手にかけ、恐怖心を煽る姿はまるでホラー映画の殺人鬼だ。
特に、最後の一人に対しては片足を小刀で居抜き、歩きづらくしてからあえて逃して、壁際まで追い詰めると視界の外から刀を壁にこすりつけて自分の存在をアピールして徹底的に怯えさせてから殺すというやり口は、悪趣味にもほどがあった。
「うっ……!」
その凄惨さに、私は思わず吐き気を催す。
これが、翼さん……? ありえない……! 翼さんはこんなことするような人じゃ……!
「おい、どういうことなんだよ……どういうことなんだよこの映像はっ!!」
クリスちゃんが再び師匠に食って掛かる。今回は私も止めなかった。
止めようとは、思えなかった。
「こんな……こんな弱い相手を圧倒的な暴力で押しつぶすような……! 命を弄ぶような行為を先輩がするなんて、ありえないだろ!? 第一、ギアも全然姿が違うじゃねぇか! 見た目だけ同じの偽物か何かなんだろ!? ああそうさ、錬金術だの聖遺物だの、とにかくそういうことできそうなもんはこの世界にいくらでもあるんだ! これを先輩だと言うなんて……どうかしてるぜおっさん!」
「俺だって……俺だってそう思ったさ! そう思いたいさっ!!」
司令が珍しくクリスちゃんに激昂して言った。
その剣幕にクリスちゃんはビクリとなり黙る。
「だが……そうじゃないんだ……認めたくないが、違うんだ……!」
「……そのことは、僕から説明します」
そのとき、師匠の後ろからエルフナインちゃんがやってきた。
エルフナインちゃんの顔もとても暗く、そして緊迫しているのが伝わってきた。
「僕達も最初その可能性を考えて、できうる限りの調査を行いました。ですが……帰ってきたのは期待していたものと真逆の結果でした。まず、錬金術の線を疑って僕が知りうるあらゆる調査を行いましたが、結果はすべて反応がなく、錬金術の関与は認められませんでした。次に現場に残っていた髪の毛のDNA検査。これはS.O.N.G.にあった翼さんのDNA情報と完全に一致しました。そして最後に、聖遺物など神秘の存在が関わっていないか波形の調査をしました。この街全体には神秘が発する波形を集計する計測器が存在しています。データを遡れば、何かの神秘が関わっているならそれを知ることが出来ます。ですが……観測された波形は、翼さんのシンフォギアである、天羽々斬の波形だけ。これが最大の決め手となりました。ギャラルホルンのような異世界の介入も、それ以外の未知の聖遺物の波形もなく……天羽々斬だけが。こればかりはどうしようもありませんでした……。神秘の力なら遺伝情報すら一致する偽物を作れるかもしれません。ですが、聖遺物だけは騙せない。それぞれが持つ『音』は固有で、現在確認されている天羽々斬があれだけな以上、あれを翼さんだと認めるしか、ありませんでした……」
「そ、そんな……」
クリスちゃんがその説明を受けて力なくその場にへたり込む。表情はこれまでに見たこともないほどに、絶望していた。
「ま、待ってエルフナインちゃん! あのギア、私達の知ってる天羽々斬と違う……。あれは、どういうことなの……?」
私の質問にエルフナインちゃんは険しい表情をする。その表情は、言葉としなくとも自体がまずいことになっているのを語っているようだった。
「これはちゃんと検査したわけではないので確証ではありません。あくまで、仮説です」
「それでもいい! 教えて!」
「……シンフォギアは、適合者の心の合わせ鏡のようなものです。少なくとも桜井理論においては、装者の心象がシンフォギアに影響を与えると証明されています。それから考えるに……翼さんの精神状態が、かなり異常なことになっていて、その結果、天羽々斬がああいう姿に変化した……と推測することができます」
「翼さんの……精神が……心が……」
「はい、それに対しては興味深い情報も取れています。翼さんはどうやら医者から提案された皮膚再生療法と頭部の金属片の摘出手術を拒否したようです。理由は推し量ることはできませんが、前々から翼さんの脳になんらかの異常があったのではないかと考えることが出来ます。恐らく、テロによる爆発の外的な衝撃、そして金属片による直接的な影響によって……」
「……私が最後に話したときは、まるでいつも通りだったと思ったのに……あのときから既に、翼さんはおかしくなっていた……?」
だとしたら、私はなんて馬鹿なんだろう。翼さんの異変に気付けずに、ただ自分勝手な罪悪感だけを抱えて話して帰ってしまった。
そのせいで翼さんは、あんなことを……!
「……おい馬鹿、まさか、自分の責任だって思ってねぇだろうな」
そんなとき、うなだれていたはずのクリスちゃんが、私の横に近寄ってきて言った。
「で、でも……」
「これはお前だけの罪じゃねぇ。私達みんなの罪だ。誰も彼も、先輩の異常に気づいてやれなかった。だから……私達みんなで背負って、みんなで贖罪するしかねーんだ……。先輩にこれ以上罪を重ねさせないっていうやり方でな」
「……そうだ、俺達が今できることは頭を垂れることじゃない。前を向いて、これからの未来に目を向けることだ! 翼にこれ以上のことはさせてはいけない。頭を打ってああなったなら、一発殴って正気に戻すだけだ!」
「クリスちゃん……師匠……!」
そうだ、止まってなんかなれない。救わないといけないんだ、翼さんを……!
これまで何度も私を助けてくれた翼さんを、今度は、私が……!
「司令! 街中でフル稼働させていた観測機にフォニックゲインの反応がありました! 天羽々斬です!」
そのときだった。
あおいさんの分も一人で頑張っていた朔也さんが大声で伝えてきた。
モニターには地図が映し出され、青い点で場所が示される。
その場所は――
「この街最大の……化学薬品工場、だとぅ!?」
◇◆◇◆◇
「翼さんっ!!」
フォニックゲイン反応からすぐさま、私達装者は現場へと向かって到着する。
私とクリスちゃん、さらにマリアさん、切歌ちゃん、調ちゃん、そして未来と装者フルメンバーだ。
化学薬品工場はひどいことになっていた。
いたるところで火事が起き、黒煙が立ち上っている。
そして辺り一帯に、死体の山ができていた。工場の従業員だろう。みな、刃物で殺されている。間違いない。やったのは、翼さんだ……。
「……ん? ああ、立花じゃないか! それに、みんなも。どうしたんだ、揃って?」
私達が立っている場所から少し離れた場所に立ち、背を向けていた翼さんは、私の声に反応し明るい笑顔で振り返った。まるでいつも会話するかのように。
だが、その声とは裏腹に、胸で眼球が踊る返り血だらけの黒いギアと右手に握られている血を滴らせる刀、そしてカメラの映像では分からなかった、虹彩を黄色くした、蛇のような瞳孔の開いた瞳が異彩を放ち、アンバランスな恐怖を与えてくる。
更には、左手にここの従業員だった人のちぎれた頭部が髪の部分を持たれて吊り降ろされており、思わず吐きそうになってしまう。
「翼……あなた、何をやっているのよっ!」
マリアさんが叫ぶ。怒りと悲しみがないまぜになったような、辛い叫びだ。
「何って……ノイズを退治しているだけだが?」
だが、翼さんはさも当然かのように疑問の色なく言う。
「ノイズですって!? あなたにはそれが……ここで倒れている人達がみんな、ノイズに見えるって言うの!?」
「ああそうだ。マリア達には分からんだろうが、最近のノイズは人の皮を被っているんだよ。まったく恐ろしいな。私が見抜いていなければこの街は侵略されていただろう。だが私は気付き、先に天誅を下したというわけだ」
何を言っているか分からない。私を含め、みんなそんな顔をしていた。
だが翼さんはそんな私達の様子に気づかずに続ける。
「実は前々から怪しいと思っていたんだ。この工場は、河川に廃液を流したりスモッグで環境への悪影響が訴えられたりしていた。しかし残念なことに政治との癒着から一向に対処されずにいたのだ。だが彼らの正体がノイズだと分かり納得がいったよ。ここはノイズの侵略基地だったんだ。そして、それを容認していた政治家達もきっとノイズなんだ。故にこれから政治家達も処分しにいかなくてはいけない。そうだ、手を貸してくれないかみんな! 私には分かるんだ、人に擬態したノイズがな……みんなで力を合わせれば、この国に潜むノイズを一掃できる! さあ、みんなでこの国を守ろう!」
翼さんは手に持っていた頭を放り投げ、私達に手を差し伸べる。
自分の狂った妄想を信じ込んでしまっているその姿は、まさに狂気に溢れていた。
「……この、バカ防人ッ!!!!」
マリアさんがはちきれんばかりの声で叫んだ。
そして翼さんを睨む。涙を、こぼれ落としながら。
「そんな……そんな馬鹿馬鹿しい話、あるわけないでしょ!? そんな妄想に取り憑かれて、こんなに沢山の人を殺して……馬鹿よ……大馬鹿よ……!」
「……そうだ、そうだよ! あんたは馬鹿だよ先輩っ! 前々から馬鹿だとは思ってたが、ここまでとはな! 頭を打っちまったとは言え、こんなに人を殺しちまうなんて……! なあ先輩、大人しく私達と一緒に来てくれ……そりゃ頭を治療できても、罪は残るさ。消せないさ。でも、私達が一緒に背負ってやるからよ……だから……」
「そ、そうデス! 帰ってきてくださいデス! 私達には翼先輩が必要なんデス!」
「私も過去に罪を背負った……でも、みんなのおかげで贖罪できることを教えてくれた一人は、あなた……。だから今度は、私達が先輩と一緒に頑張る……!」
「翼さんの剣は、こんなことをするためじゃないでしょ!? 私や響が好きだった、歌手の風鳴翼に戻って!」
「翼さん……今の私は、間違いなくあなたのおかげでここにいます。だからあなたが過ちを犯してしまったとしても、私は手を繋ぐのを諦めません! だから翼さんも、私達の手を取って……!」
私達はみんなで思いの丈を翼さんにぶつける。この気持ちはきっと通じる。そう信じて。
でも、翼さんは――
「はあああああっー……」
片手で額を抱えて、大きく仰け反り呆れたような大きなため息をついた。
「まったく……なぜみんな真実を直視しようとしないのだ。私は死者と神の声、両方を聞いているのだぞ? どっちが正しいなど明白ではないか……それをまったく、人を馬鹿だ馬鹿だと連呼して……ああ、そうか……」
翼さんは手をぶらんと額から放して、私達を見る。
今までの翼さんなら絶対しないような、禍々しい笑みを浮かべて。
「さては……お前達、ノイズと結託しているのだな? いや、もしかしたらもう中身がノイズなのかもしれんな?」
「つ、翼さん……!? 何を言って……!?」
「お? 動揺したな? 図星を突かれたんだな? まったく油断も隙もない……まさかこんなところに外敵が潜んでいようとは……これは、一人残らず排除するしか、ないな」
「っ!? みんな、回避ッ!」
マリアさんがいち早く反応し叫ぶ。
その次の瞬間――
【夜ノ一閃】
見知らぬ黒い斬撃が、私達目掛けて飛んできた。
「きゃあっ!?」
「っ!? 未来っ!」
斬撃は、回避行動を取るも一瞬反応が遅れた未来に向かって軌道を途中でクイっと曲げて直撃する。未来は大きく吹き飛ばされてしまい、壁にぶつかって気を失ってしまった。
「な、なんデス今の!? 【蒼ノ一閃】……じゃないデスよね!? 色も大きさも違うデス!しかも曲がったデス! 似て非なる何かデス!」
「切ちゃん落ち着いて! 多分、エルフナインちゃんが言ってた通り、ギアが変質した結果、技も変化したんだと思う。気をつけたほうがいい。あれはもう、私達の知ってる翼先輩じゃない……!」
「ハハハッ! まずは小日向か! これはいい、一番厄介な神獣鏡を最初に黙らせられたのは僥倖だ!」
「クッ! 翼ッ! あなたという人はあああああっ!」
「マリアさんっ!」
笑う翼さんに、マリアさんが短剣片手に突撃する。その声には冷静さが欠けているように思えた。
「待つデス! マリア!」
「私達も一緒に!」
そんなマリアさんに続いて、切歌ちゃんと調ちゃんが慌てて続く。
「待てよお前ら! 慌てて勝てる相手じゃねぇぞ、今の先輩はっ!」
クリスちゃんが叫ぶが、マリアさんには聞こえていないようだった。
三人は足並みが揃わない状態で翼さんに突っ込んでいく。
「はあああああっ!」
【EMPRESS†REVELLION】
マリアさんが蛇腹になった剣で翼さんを薙ぐ。
だが、翼さんはそれをさっさりと弾き返す。
「くっ!」
「どうした? 動きが随分単調だぞマリア?」
「おのれっ! 煽るようなことをっ!」
翼さんの剣戟に圧倒されるマリアさん。形勢は一目でマリアさん不利と分かった。
「マリアが危ないデスっ!」
「分かってるっ!」
【切・呪りeッTぉ】
【α式・百輪廻】
二人はマリアさんを支援するように一緒に遠距離技を出す。
だが、翼さんはそれにいち早く気づいたようだった。
「おっと!」
「がっ!?」
そして、マリアさんを勢いよく蹴り飛ばすと、素早く逆さになって地面に逆立ちする。
「あの態勢はっ【逆羅刹】!?」
【逆温羅】
だが出てきた技は、またしても違う技だった。普段は逆立ちと共に横回転し足の剣で切り裂く技だが、今翼さんが出した技は、それに更に黒い竜巻を伴って二人が飛ばした飛び道具をかき消した。
「ええっ!? デス!?」
「そんなっ!?」
「次はこっちだな、三人ともっ!」
翼さんはそう言うと高く飛び上がり、マリアさん、切歌ちゃん、調ちゃんを視界に捉える。そして――
「さあ……避けられるものなら避けてみろっ!」
【壱ノ笑雷】
三人の元に、ものすごい速さの黒い闇の剣が一本ずつ正確に飛んでいった。
「うぐうっ!?」
「がっ!?」
「ああっ!?」
それぞれの剣は、三人がギリギリのところで防いだために貫通こそしなかった。しかし、その剣先が触れ三人を地面ごと押したかと思うと、直後に大きな爆発を起こした。
『あああああああああっ!』
「マリアさんっ!? 切歌ちゃん! 調ちゃん!」
地面に倒れた三人は私の声に答えてくれない。死んではいないようだが、気を失ってしまったようだった。
「クソッ! なんだよ先輩の強さ! 技も全然違うし、威力がどれもこれも高すぎるっ! 属性変化ってレベルじゃねーぞあれはっ!」
「当然だ……これは天命に目覚めた私に授けられた力……これまでの偽りの力とは、格が違うのだ」
「ちっ、カルト宗教にハマったやつみたいなこと言いやがって……! おい馬鹿! このままじゃ負けちまう! 連携するぞっ!」
「う、うんっ!」
「いいか加減はするなよ! そうじゃないと、殺されちまうっ!」
クリスちゃんは汗を垂らしながら言う。私も頷き、まず先陣を切る。クリスちゃんは遠距離タイプだから、こうして私が前線で相手をしないと、クリスちゃんの本領を発揮できないからだ。
「失礼します、翼さんっ!」
「ふっ。やってみろ、立花っ!」
そうして私と翼さんはそれぞれお互いの拳と剣をかち合わせる。
翼さんの剣は、模擬戦で戦ったときの何倍も重く、鋭い。
ガングニールの拳でなければ一刀両断されていただろう。
「ぐっ……!」
「くくくっ、どうした立花!? その程度かっ!」
さらに速さも上がっていて、なかなか攻撃に出られない。
先程のマリアさんと同じく、防戦一方だ。だが、これでいい。私は翼さんの動きを制限することに集中する。
さっきの技を出させないのが、今の私にできることだ。そうすれば――
「よくやった、馬鹿!」
クリスちゃんの準備が、完了した。チャージ時間を必要とするけど大きな火力を出せるのが、クリスちゃんの強みだ。
「これで頭冷やせっ! 先輩ッ!」
【MEGA DETH QUARTET】
クリスちゃんから降り注ぐミサイルと弾丸の雨。
それが着弾する直前に私は引き、弾はすべて翼さんに命中する――
「……はぁっ!?」
「……えっ!?」
――はずだった。
だが、そこに翼さんの姿はなかった。ミサイルの爆炎が消えた後には、誰一人いなかった。
「一体、どこに!?」
私とクリスちゃんは周囲を見回す。
どこにも翼さんの姿はない。まさか突然消えたとでも――
「――ここだよ、立花」
【影法師】
「なっ!? 後ろだっ! 馬鹿っ!」
私はクリスちゃんの叫びに反応して背後を向く。そこには刀を振りかざして翼さんの姿があった。
「ふんっ!」
「ああああああっ!?」
私はそれを防ぐことができず、斬り伏せられる。
ギアに大きなダメージが入り、私は膝をつく。
「ど、どこから……」
「お前の影だよ、立花。雪音はちょうど私が影から出てくるところを見たから分かるだろうが、【影法師】は影で動きを止めるのではなく、影の中に入ることができるんだ。炎だらけのこの中だと、影は分散してくれていたから入りやすかったぞ」
「う……翼……さん……」
「ちくしょおおおおおおおおっ!」
動けない私を助けに、クリスちゃんが銃を撃ちながら駆けてくる。だがそれも当然翼さんは予期していた。
翼さんは弾丸をすべて避け、クリスちゃんの目の前に肉薄し、腹部に蹴りを入れた。
「かはっ……!?」
それにより、クリスちゃんは地面にお腹を抱えて倒れ込む。
もはや、翼さん以外の装者はみんな、地面に倒れ込むこととなった。
「ふっ、あっけないな。所詮は悪の手先。護国の剣に敵うわけでもなしか」
嘲笑するような翼さんの笑み。
こんな笑い、以前までの翼さんなら絶対にしない。それが、今の翼さんの変貌を教えていた。
「では、一人ずつ息の根を止めるとしよう。最初は立花、お前だ。お前とは一番の付き合いだからな。せめてもの手向けというものだ」
「やっ、やめろっ……! やるなら私から……!」
「ふふふっ、雪音らしい言葉だ。その気持ちを汲んで、お前は最後にしよう。悪に堕ちた代償として、みなが死んでいく姿を眺めるといい」
「くっ、くそおおおおっ……! がああああああっ……!?」
悔しげな声を上げるクリスちゃんの足に翼さんが投げた小刀が刺さる。
映像でも見た、逃さないためのやり口だ。
「では立花……これでさよならだ。お前と一緒に戦えた日々は楽しかったが、これも正義のためなのだ」
「翼、さん……」
翼さんは天高く飛ぶ。そして何本もの、瞳が蠢く巨大な刀を空に召喚した。
【底ノ逆鱗】
「では……さらばだ」
そうして、翼さんは一番大きい刀に足を載せ、すべての刀と共に私目掛けて降りてくる。
私は目をぎゅっとつむり、死を覚悟した。
だが、そのとき――
「はあっ!」
猛々しい掛け声が、私の耳に鳴り響いた。聞き慣れた、頼もしい声だった。
私は目を開く。そこにいたのは、知っている背中だった。
「し、師匠……!」
「なっ、司令……!?」
「おっさん!?」
師匠が、降ってきた剣をすべて弾き飛ばしていたのだ。
そして師匠は倒れている私を抱えるとスッとクリスちゃんのところまで跳ねて、そっと私を置いてクリスちゃんの足に刺さっていた小刀を抜いた。
「いっ……!」
「大丈夫か、響君。クリス君」
「はっ、はいっ!」
「つつ……もうちょっと優しく抜いてくれよな……」
「それはすまん。次からは気をつけよう」
「次なんてあってほしくないけどな。……で、どうしておっさんがここにいるんだ。司令としての役目は、どうしたんだよ」
「司令部は他の者に任せてきた。今ここにいるのは、S.O.N.G.の司令ではない。悪さをしている姪を叱りに来た一人の男、風鳴弦十郎だっ!」
そう言って師匠は拳を構えて翼さんに向き直る。
翼さんはその姿を見て不快そうな表情を浮かべる。
「あなたまでもが……私の正義を邪魔するというのかっ……!」
「独りよがりの暴力を正義とは呼ばん! それをもう一度教育してやる!」
「……やれるものならっ!」
そうして翼さんと師匠は同時に跳ね、ぶつかり合う。
ぶつかり合うと言っても、正面から拳と剣をぶつかり合わせたわけではなかった。
師匠は振り下ろされ剣の腹を的確に叩き、刃が肌を裂くのを防いでいた。
そうして、翼さんの刃と師匠の拳がものすごい速さで交わり続ける。
武器と有無を考えれば師匠の方が不利なはずだった。だが、形勢は師匠に傾いていた。
攻撃はお互い繰り出すも、その数は師匠の方が多かったのだ。
「くうっ……!」
「どうした翼! 顔に余裕がないぞっ!」
「戯言をっ……!」
翼さんは一瞬で距離を取る。そして――
【夜ノ一閃】
最初に未来を吹き飛ばしたあの斬撃を飛ばしてきた。
「師匠っ!」
「分かっている!」
師匠はその斬撃に対し、避けるどころか向かっていった。そして、ギリギリのところで、皮一枚の距離でその斬撃を交わしたのだ。
「なんだとっ!?」
「いくら追尾性能があろうと、この距離で回避すれば意味はあるまいっ!」
翼さんは師匠の回避に虚を突かれたのか、一瞬反応が遅れる。
それが、師匠にとって最大のチャンスになった。
「はあああああああああああああああああああああああああああっ!」
まるで瞬間移動かと思うぐらいの速度で翼さんの懐に入った師匠。そしてそのまま、豪腕を翼さんの腹部にねじり込んだ。
「……っは!?」
翼さんは声にもならいぐらいの声を出した。
だが師匠の攻撃はそれで終わらなかった。
「まだまだあっ!」
師匠は一発一発、丁寧に拳を翼さんに打ち込んでいった。
遠くで見ている私達にも空気の振動として伝わってくる殴打。そのすべてを、翼さんは受けていた。
「――――っ!!」
翼さんは言葉も発せずに、口と目を大きく開いて苦しむ。
着実に翼さんへのダメージは蓄積している証拠だった。
「これで……終わりだああああああああああああっ!」
師匠がより腕に力を込め、腰を落とす。
そしてその溜め込んだありったけの力を、拳によって宙に浮いていた翼さんに叩き込んだ。
「があああああああああああああああああっ!?」
翼さんはその一撃によりものすごい勢いで吹き飛んで、工場の化学薬品が詰まっていたと思われるタンクに衝突する。
その衝撃によりタンクから薬品が漏れ出し、倒れた翼さんにかかる。
そんな状況なのに、翼さんは動くことができていなかった。
勝ったのだ、師匠が。
「やった……やったんですね! 師匠!」
「ああ、なんとかな」
「まったく……本当に規格外の化け物だな、おっさんは……」
笑う師匠に対し、クリスちゃんが苦笑しながら言う。
よかった……これで、終わったんだ。
翼さんは取り返しのつかないことをしてしまった。でも、それは完全に翼さんが悪いわけじゃない。
私達みんなが悪いんだ。だから、一緒に罪を背負っていく。みんなで前を向いて行きていく。
そうすることで、いずれはみんなでまた笑い合える日が戻ってくる。
私は、そう信じることができた。
「さて、翼のやつを回収しないとな。薬品まみれだが、まあさほど健康に問題はないはずだろう……」
そう言って、師匠は翼さんへと歩いていく。
翼さんはピクリとも動かない。ちょっと心配になったけど、師匠がうっかり命を奪うなんてことはしないだろうし、まあ大丈夫だろう。
私がそんなことを考えていたときだった。
「――Gatrandis babel ziggurat edenal……」
「っ!? この歌詞は!?」
「絶唱!?」
絶唱。すべてを破壊する、破滅の歌。シンフォギア装者の命を引き換えにした、最後の一手。それを今、翼さんは口にしているのだ。
「まずいっ!」
師匠は危険を察知して飛び退く。だが、師匠は翼さんに近づきすぎた。このままでは師匠は絶唱の破滅の力から逃れられない! 師匠がいくら強くても、生身で絶唱に耐えられるわけがない!
「師匠っ!」
「おっさん!」
私とクリスちゃんは同時に走り出していた。師匠をできるだけ絶唱から守るために。
間に合え、間に合え、間に合えっ……!
「……Emustolronzen fine el zizzl」
私とクリスちゃんが師匠にたどり着いた瞬間、絶唱は歌い切られた。
刹那、辺り一面を大きな破壊の衝撃が包み込んだ――