狂鬼の剣業   作:詠符音黎

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センキ

「はぁ……はぁ……」

 

 まさか、絶唱を歌うことになるとは……。

 私は今、軋む体に鞭を打ちながら必死に大きな下水道のトンネルを歩いている。工場の排水を流すためのトンネルだ。

 目や口といった様々な場所から血が流れ出ていて、動くたびに激痛が走る。

 だが歩かなくては……留まっていては、見つかってしまう。

 私の正義が成せなくなる。そんなのは、ごめんだ……悪に屈するなど、防人にあってはならない……!

 

「あっ……ああっ……!」

 

 前に進もうと足を動かす私。

 だが、足をもつれさせその場に転んでしまう。

 それもこれも、さっき浴びた薬品のせいだ。あの薬品さえなければ、もう少し私はスムーズに逃げられたはずなんだ。

 だがあの薬品のせいで、私の四肢は鈍くなり、頭がうまく回らなくなっている。

 ガンガンと痛み、思考がおぼつかない。

 

「クソ、どうして私がこんな目に……!」

 

 起きがって進まなければ……。私は今、汚水が流れる方向に向かって歩いている。

 そうすれば、いずれは海に出る。そこまでいけば、あとはなんとでもなるはずだ。

 

「…………?」

 

 そんなとき、私の耳に雑音が聞こえてくる。今まで私をいらつかせてきた、あの雑音だ。

 

「ああ、どうしてこんなときに……!」

 

 音の方向を見ると、どうやら水流にのっていろいろなモノが流れているらしい。私が工場を破壊したせいで、いろいろなものが下水に落ちたのだろう。

 その中に、音の発生源があった。携帯できる音楽プレーヤーだ。

 

「うるさい雑音め……壊してくれる……!」

 

 私は流れ着いたそのプレーヤーを手に取り、地面に叩きつけようとした。

 だが、その画面に表示されていたものを見て、私は凍りついた。

 

「……え?」

 

 そこに表示されていた画像は、見覚えのあるものだった。

 私のアルバムだったのだ。しかもかなり昔のもの……奏と一緒にユニットを組んでいた頃のアルバムだ。

 さらに、流れている曲は、私にとって最も思い出深いあの曲……『逆光のフリューゲル』だ。

 

「そ……んな……ま……さか……?」

 

 私の愛した歌が、雑音……? じゃあ、今まで私が雑音だと思っていたものは、すべて……?

 

「あ……あ……ああ……」

 

 その瞬間、私は理解してしまった。いや、正気に戻ったというのが正しいのかもしれない。

 私がそれまで見ていたもの、聞こえていたもの、それらすべては……嘘、偽りだったのだ。

 勝手に思い込み、信じ込んだ、何の根拠もない幻想だったのだ。

 荒唐無稽なでっち上げを、自己満足的な復讐心と正義感で理由付けして、真実とのたまっていただけなのだ。

 

「つまり、私は、何の罪のない人々の命を、ただ己の快楽のために……あっ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?!?」

 

 私は頭を抱え、絶叫する。爪を肌に食い込ませ、血まみれになった顔ひっかきながら叫ぶ。

 だが、いくら叫んでも私が犯した罪は消えるわけもなく――

 

「……え?」

 

 そのとき、私の目の前に、二人の人影が立っているのに気づいた。

 私の見知った、しかしそこにいるはずのない二人が……いた。

 

「……奏……? お父様……?」

 

 天羽奏と、風鳴八紘。

 私のかつてのパートナーと、父親。どちらも愛しき人であり、もうこの世にはいないはずの二人。

 そんな二人が、私の目の前に立っている。

 私を……私という存在を、侮蔑する視線を向けて。

 

「ああ……やめてよ二人とも……そんな目で私を見ないで……ごめんなさい……私が悪かった……認めるから……全部私が悪いの……だから許して……お願い……お願いよ……」

 

 頭を抑えながら泣いて懇願する。

 とても寒くガクガクと体が震える。

 しかし二人は私に対する冷たい視線を変えることなく、やがて私に背を向けた。

 

「あっ……待って!? 待ってよ!? 私を許して! 私を置いていかないで! 私を……助けて……一人ぼっちにしないでぇ!!!!」

 

 私は軋む体を無理やり動かして、去っていこうとする二人に手を伸ばす。

 だが、手は二人に届かず……空を切り、やがて二人は消えてしまった。

 

「あ……」

 

 その瞬間、雑音も聞こえなくなる。音楽プレーヤーが壊れたらしい。

 私は取り残される。

 一人、環境音しかしない孤独な世界に。

 私は……わた……し……は……。

 

「あ……ああ……へ……へへへへへ……ひははははははははははははははっ! へっははははははははははぁ! 私! 私死んじゃった! 風鳴翼は! 今! ここで! 死んじゃったぁよぉ! 何もかも全部無駄にしてぇ! 無様に孤独に死んじゃったぁ! 死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ! あひゃははははあああははあはぎゃあがあはがああはははははははははは!」

 

 …………………………。

 …………………。

 …………。

 ……。

 ――

 ――――

 ――――――

 ――――――――

 ――――――――――

 

「……ふぅぅぅぅぅ……」

 

 深呼吸する。

 臭い空気も今は心地いい。

 晴れ晴れとした気分だ。

 

「ひひ……ひひひ……」

 

 私は落としていた剣を拾う。

 そして立ち上がり、歩き始める。

 

「ふんふーん……ふんふふーん……」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 あれから三ヶ月が過ぎた。

 師匠の命はなんとか助けることができた。でも、それでも絶唱の衝撃をすべて受け止めることはできず、今は病院で療養中だ。

 医者からは一年は病院にいないとダメなんて言われたけど、どうももうちょっとで退院できるとか言っていた。

 さすが師匠と言うべきか、師匠でもまだまだ時間がかかると言うべきか。

 S.O.N.G.は今、退院したあおいさんと朔也さんが二人で司令代理の仕事を担って回している。

 最初はうまくいかないこともあったけど、今はちゃんと十全に組織として動けている。

 装者のみんなも、すっかり回復して災害救助とかに全力を出せている。もちろん私も。

 できることを全力で頑張るのが、私の生き方だから。

 世界も色々あったけど、なんだかんだでうまく行っていると思う。

 神秘が絡んだときは私達が、人間の悪事はアメリカ他いろんな国が自力で頑張っている。

 人は前に進める生き物だということを、改めて知ることができる。

 世界は日常へと戻り、人々の営みはつつがなく進んでいく。

 そう……ただ一つの歪みを除いて――

 

「……そこまでですっ!」

 

 現場に到着した私は鋭く叫ぶ。

 すると、私の声に目の前にいた“彼女”はニッコリと笑う。

 

「ふふふ、今日も来たんだなぁ、立花ぁ……」

「はい、今日こそあなたを止めます……翼さん!」

 

 あの日から一ヶ月後、姿を消していた翼さんは急に現れた。

 厚い鎧のようになった眼だらけのギアと、殺戮と共に。

 

「だから、今の私は風鳴翼ではないと言っているだろう? 今の私は妖刀『センキ』……風鳴翼という女は死んだのだと、何回言えば理解する?」

 

 翼さんは、完全に人が変わっていた。記憶はあるが、心は別というか、とにかく、まったく別の存在に変質してしまっていた。

 ただ己の快楽のために人を殺し、街を破壊し、世界を恐怖に陥れる……そんな『怪人』に。

 聖遺物もそれに答えたのか、もはやシンフォギアとは完全に別物になっていた。

 おどろおどろしい鎧が肉体と融合し、計り知れない戦闘力を引き出すそんな存在へと性質を変化させたようだった。

 その聖遺物のせいか、かつては刺さった金属片だったはずのものが、今は本物の角になっているのが、おぞましさを強調する。

 

「理解する気はありません! 翼さんは翼さんです! 今日こそ、目を覚ましてもらいます!」

「目を覚ますも何もお前達の望んでいる女はもう死んだというのが分からないのか……マリアなどは既に割り切って私を『殺す』と言うぞ?」

「確かに、マリアさんはそう言っています。それが、翼さんを想ってできる一番のことだって……でも私は諦めたくない! 私の手は繋ぐための手です!」

「ふっ……まったくいつまで経っても変わらんなぁ立花は。私には繋ぐ手も、もうないと言うのに……だが、そんなお前がいつ絶望に染まって死ぬか……それが私は楽しみで仕方ないんだ……」

 

 そう言って、翼さんは剣を近くの死体から引き抜く。鎧と同じく、沢山の眼が蠢く、おぞましい剣を。

 

「ああ……我が『修羅百鬼剣』は今宵も存分に血を吸ったが……やはりまだ死と闘争を求めている。私と同じく、この刃は下種な欲望に満ちているのだ……さあ戦おうじゃないか立花。今宵も楽しもう。この朔の日、完全なる喪失の夜の下で、存分と殺し合おうじゃないか……二人で、神も知らぬ光で歴史を創造するのだ。命の散る煌きという光でな……クハハハハハハっ!」

 

 翼さんは笑いながら私に向かってくる。私も翼さんに向かって走る。

 もうみんながみんな、諦めてしまっている翼さん。

 でも、私は諦めない。最後の最後まで、あなたと共にいて、あなたを信じ抜きます。

 いつか、了子さんと戦って暴走した私を救ってくれた、あのときのあなたのように……。

 

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