Bloodborne/宵歩きの狩人   作:疾風怒号

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他の連載に行き詰まったので息抜き投稿。








1:目醒め

 

 

目醒める。泥の中に埋もれた意識が這い出るように、遠ざかっていた意識がはっきりとしていく。薬臭い空気に黴びた臭気が混じって鼻腔をツンと刺し、決して少なくはない不快感を催させた。霞む視界には蜘蛛の巣と埃の絡まった梁が見える。

 

(……此処は、何処だ)

 

視線を巡らせて辺りを見れば、此処は薄暗く廃れた何かの施設で、私は粗末なストレッチャーのような物に寝かされていたらしい。板張りの床は見るからに古く、得体の知れない汚れや何かしらの薬瓶が散らばっていて、……とても気持ちの良い場所とは言えない。薬瓶、と言うことは此処は診療所か何かだろうか。

ただ、見える限りに存在するどれもが俺の記憶には該当しない。目醒める前の記憶すら霞みがかったようで……。

 

待て。

 

()()()()()()()()

 

ぞわり、と首筋が粟立つ。絶望的な予感が急速に芽を伸ばしていく。目醒める前の私は何を思って此処に来たのか、分からない。

 

そもそも、()()()

 

記憶喪失、不吉な文字がちらつく。

 

待て、落ち着け。きっと寝惚けているだけだ。そうだ。落ち着いて記憶を辿ればいい、それだけの事___

 

 

 

「___ッグ、ぁ…っ……!」

 

 

 

突然、殴りつけられた様な激痛が顳顬(こめかみ)に走った。思わず頭を抱えて踞った脳裏に走馬灯じみた光景が流れる。

 

 

 

何処とも知れない場所

 

 

___ほう、『青ざめた血』ねえ…。

 

 

トップハットの老人、車椅子

 

 

___ヤーナムの血を

 

 

軋む音、輸血管

 

 

___受け入れたまえよ…

 

___なぁに、何も心配する事はない

 

___何があっても、悪い夢のようなものさね…

 

 

 

視界が水越しのように揺らぎ、暗転。そうして目覚めた先で火に焼かれ悶え狂う血に塗れた獣、そして這い登り俺を覆う、白い……ねじくれた人形のようなモノたちを見た。

 

頭痛が消えていく。心臓がばくばくと暴れ回る。あれが私の記憶だと信じたくない。信じられない。

だが、腕を見れば薄汚れた包帯と輸血痕が有る、何より夢と断じるには余りにも鮮明に焼き付いたあの光景が、俺の記憶ではないとはとても言えなかった。

 

そうして突き付けられる、先の数瞬間の光景以外には、俺には『記憶』と呼べるものが何ら欠落しているという事実を。

 

動揺のまま震える脚でベッドから降りる。

目の前にはひび割れた姿見に映る、陰気なフードを被った私がいた。背はそれなりに高い。黒く短い所々逆立った髪、濁って揺らぐ碧眼、左頬には垂直に一本傷。何をしていた人間なのだろうか。もしかすれば堅気ではなかったのかも知れない。顔に裂いた傷のある人間など、そうはいないだろうから。

 

 

ふと、一枚の紙が置かれているのを見とめた。丁寧とまではいかなくとも、ある程度整った字体で書かれた文字は

 

『青ざめた血を求めよ、狩りを全うする為に。そして、生き抜け。 ジャック・フィッシャー』

 

と記している。その意味は分からない、だがその時確かに、頭の片隅で何かのピースが填まる音を聞いた。

 

 

 

「ジャック・フィッシャー。……俺の名前」

 

 

 

復唱すれば、その名前は元ある場所に帰ってくるように自然に響いた。ジャック、ジャック・フィッシャー。俺の名前。

きっとこれは俺が、目醒めた俺の為に(した)ためたメッセージなのだろう。何故そう思えたのかは定かではない。ただこれが失った記憶の断片だとすれば説明が付く、そう思いたい、そう考えるべきだ。

 

無論それ以外は、依然として頭から抜け落ちたままだ。だが、このメッセージのような物を見つける事が出来れば……。

行こう。記憶を辿る為に。そして俺自身が記した『青ざめた血』を求め、狩りとやらを全うし生き抜く為に。

 

部屋の扉に鍵や鎖の類は無い。ほぼ抵抗なく開いた先から差し込む燻んだ朱の光に眼を細めながら、俺は階段に足を掛けた。

 

 

下りきった先は代わり映えのしない粗雑な部屋だった。並んだ棚を一通り眺めてはみたものの目ぼしい物は何も無い。寧ろ混ざり合った強烈な臭気に苛立つだけだ。先に進む。

 

先程まで俺が寝かされていた物と同じベッドが並んでいる。

広い部屋だ、中程を仕切るカーテンと部屋の端を埋める棚が無ければもう少しさっぱりしているだろう。吊り下げられたシャンデリアが僅かばかりに照らすこの場は、先の二部屋より余程マシに感じた。

 

部屋全体に、鉄臭い悪臭が漂っていなければ。

 

全身が強張り、口の中が乾いていく。

記憶を失っていても分かる。これは血だ、血の匂いだ。そして俺以外の息遣いと厭らしく湿ったにちゃにちゃという不快な音も。……何かがいる。

 

二つ目のベッドから僅かずつ顔を覗かせ、見えた物は。

 

 

 

「獣だ」

 

 

 

ほぼ無意識の内に口中で呟いた。頭痛の中で見た獣とよく似た、痩せた熊と狼を足した様な獣。

まずい、あれは駄目だ。奴の足元にあるのは明らかに衣服を纏った人だ。死体だ。奴は人を食うあの爪を見ろ血に塗れた俺の腕程もある爪をあの肉を食い散らす牙をあぁ酷い臭いだ喉に胃の内容物が迫り上がって今にも嘔吐してしまいそういや落ち着けまずは一旦あの部屋まで下が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

からん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ずさった踵が、小さな薬瓶を倒した。

床の軋む音が聞こえる、これは奴が俺に向き直る音だ。視界の端で赤く染まった躰が見える。

 

軋みが近付く、逃げなければならないと言うのに身体が、脚が凍りついたように動かない。駄目だ、駄目だこんな所で死にたくない!

 

 

 

「ぁぁあああ!!!!!」

 

 

 

叫び声を上げて思い切り床を蹴った、視界が流れると同時に背を何かが掠めていく。不格好にベッドに激突するも身体は動く、振り返って見ればあの獣が俺を睨みつけていた。

 

コイツを撃退する事など出来ない、だが逃げ回る事は出来る。何とか隙を見つけ出して……。

 

獣の肢体が屈む、横っ跳びに避けようと身構えた次の瞬間には、呆気なく獣は通り過ぎていた。

何処に?

ベッドを砕きその後ろへ。

 

ひゅ、と息を呑んだ。視認するまでも無い、足元に粘着質な水音が断続的に響く。

脇腹で、(痛み)が爆ぜる。

 

 

 

「あ"ッ___!!?______」

 

 

 

喉の奥から痛覚が形を成したような叫びが吐き出された。身体が勝手に跪き痙攣し手足をバタつかせる。

 

続いて衝撃、胸郭が潰れて声が止まった。溺れるように息が苦しい。さらに激突、頭蓋が揺さぶられ世界が溶ける。最早自分が何を見ているのか分からない、そもそも意識すら曖昧になる。全身を駆けずり回る痛みにこみ上げた物をとうとう抑え切れず、しかし潰れた喉がそれを堰き止めてしまう。

 

何とか逃れようと伸ばされた俺の腕を、溶けて歪む視界の中で奴の爪が簡単に掻っ切った。それに驚く間も無く首に熱が迸る。

 

ピッチフォークのように整列したそれは、……あぁきっと、奴の牙だ。

 

 

持ち上げられた視界に血に濡れた爪が光る。その光景を最後に、俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、狩人様を見つけたのですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




目醒めたばかりのただの人間が獣に勝てる訳ない
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