Bloodborne/宵歩きの狩人   作:疾風怒号

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恐ろしく、しかし同時に暖かい








2:夢とは

 

 

さらり、さり、さらり

 

 

涼しい風が頬を撫でる。

 

 

さり、さらり

 

 

とても、心地良い。微睡む中で、自らの末路など忘れてしまいそうな程。

 

そう、末路。何処とも知れない場所で目醒め、名前以外のほぼ全てを忘れ、そして醜く恐ろしい獣に殺された事。それが全て、朝日に掻き消える夢であったかのように、その場所は穏やかだった。

ひやりとした石畳、点在する墓石の周りに白い花が咲き、小さな館が建っている。その奥には何処までも続く夜明け前のような夕暮れのような、不思議なコントラストの空を幾つもの柱が貫く異様な光景。

 

 

(此処は、何処だ)

 

 

同じような問いを先刻も抱いた気がした。そう言えばと身体を弄れば、斬り裂かれた傷はすっかり消えている。

『キツネニツママレル』とはこう言う事を言うのか、とぼんやり思考する。

 

先程の事が幻、夢だとして此処は何なのか。

見渡してみれば、現実感という点に於いてはこちらの方が薄いだろう。近場の柵から身を乗り出せば、此処が空の只中に浮いているように見える。非現実的だが、それが厭にはっきりと認識出来て目眩がした。

 

揺れる空から逃げるように道を歩く、緩やかに曲がる坂を登れば、見覚えのある白い……改めて見ると何と言えば良いのか、出来の悪い人形、枯れた赤子のような群れ。地面から生え出たそれらが何かを抱えて俺を手招いた。

 

差し出されたのは、二つの金属と僅かな木の塊だった。

 

片方は奇妙なノコギリだ、厚く反り、汚れた布が巻かれた金属板と並んで取り付けられた柄。大振りに過ぎるピッチで突起が並び、何故か金属板の持ち手側が鋭く砥がれている。

もう片方は、銃だ。一眼で銃であると判別出来る。手のひら二つほどの大きさの銃。

 

俺が眺めていると、枯れた群れはずいとそれらを差し出した。

 

 

 

「……『受け取れ』と?」

 

 

 

彼ら(?)は答えない、ただゆらゆらと唸っている。どうやら睨み合っていても仕方が無いらしい。

 

 

 

「分かった、分かったよ」

 

 

 

右手でノコギリを、左手で銃を握り込む。辺りは涼しいが、その掌には確かな暖かさが伝わった。そうしてそれが、俺の中に入り込むように___

 

 

 

「___ぅ、あ」

 

 

 

声が漏れる。だが分かった。この二つはあの獣を『狩る』為の武器だ。右手に【ノコギリ鉈】、左手に【短銃】。これは獣狩りの為の武器で、メッセージにあった『狩りを全うする』とは、これを以てあの獣を殺せと言う事か。

 

また一つピースが填まる感覚、少しずつ自らの輪郭を取り戻す感触に頬が緩む。枯れた群れに礼を返すと、彼らは揃って坂に並んだ墓石、その一番端を指差した。

何も分からないなら、仮にも武器を与えてくれた彼らに従うしか有るまい。と墓石に近く。腰ほどの高さのそれに触れた瞬間、またも意識が薄れて……消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を取り戻した先は、あの薄汚れた部屋だった。もうどちらが夢であるかなどと考えるのはよす事にする。どちらも夢で、どちらも現、今はそれでいい。生き抜けば良い、それだけの事。

 

階段を降りながら逸る呼吸を抑え付けた。狩ってやる、奴にあの痛みを返してやる。

 

二つ目の部屋を抜け、ベッドを避けて歩いた先に奴はいた、相変わらずにちゃにちゃと屍肉を貪っている。まだ気付かれていない、今なら、やれる。

 

 

そう判断した瞬間には駆け出していた。驚いた様に振り返る奴の脳天に向けて、全体重を乗せてノコギリ鉈を叩き込む。

 

ぎひ、と獣が鳴いた。ぐしゃりという音が響き細かな刃がめり込むが奴は鳴いた、まだ生きている!狩れ!!!

 

 

 

「うあああぁ"ぁ"ッ!!!!!」

 

 

 

重い金属を持ち上げ、また叩き付ける。生温い返り血が掛かるが関係無い、奴はまだ生きている!生きている!まだだ!斬れ!!斬れッ!!!

 

 

がんっ、ごり、ぐしゃ、ごりゅりゅ、がす、ぞぶり、ぐちゃっ

 

 

叫びながら何度も何度も得物を振るう。時折爪が掠め、皮膚が裂けるが気にも留めなかった。頭が割れ、脳漿がこぼれ、指が千切れ、鮮血が舞う、その感触と感覚に半ば熱狂するように腕を振るい……気付いた時には、目の前には獣の死体があるばかりだった。

 

 

 

「……ハァッ、ハッ、ハッ……は、ゥグ…………」

 

 

 

全身を濡らす血の暖かさに吐気を催す。だが何より悍しいのは、先程までの自分だった。死体を見れば分かる、執拗に引き裂かれ、大量の血を撒き散らした屍は、恐らく死した後にも刃が突き立ったのだろう。何より覚えている、あの時の俺を、衝動のままに腕を振るう姿を。

 

……落ち着け、奴は三、四発目の時点で息爪を振るわなくなった、あの時離れていればすぐに動かなくなった筈で、余計な体力を消費する事も無かった。冷静になれ、きっと獣は、この一体だけではないのだから。

 

 

吐気は落ち着いた、息も整えた、痺れていた腕にも力が戻っている。……先に進もう。

 

目の前の扉に手を掛けて押し開けようとして、ふと一つ思い至った。

 

俺は奴を殺したが、少なからず傷も負った筈だ。だが痛みが無い、最初は熱狂の内で意識の外に痛みを追いやったのかと考えたが、どうやら違うらしい、返り血に濡れ、破れた服の何処にも傷は存在しない。

 

まるで奴の血が、俺の身体を補ったように。

 

 

 

「……?」

 

 

 

僅かな頭痛と共に、またパズルピースが浮かんだ。

 

 

 

___血の医療

 

 

___生きる力

 

 

___輸血

 

 

 

記憶の中で車椅子の老人は俺に輸血を行った、医療という事は、俺は何かを治療しに此処に来たのだろうか。

そして、『血』。輸血によって何かを治療し、今し方傷が塞がったのも血による物だとすれば……。

 

獣の死体を除けて、幾つか棚を漁る。果たしてそれは有った。朧げな記憶を掠める、やや濁った赤色の液体を閉じた容器。【輸血液】、恐らく、傷を癒す物だ。

 

蓋の先には針が伸び、中の血を注ぐ為の形状をしている。大きさは掌に収まる程で、携帯にも困らないだろう。

どうせ獣に荒らされていた場所だ、瓶の一つや二つ拝借しても責められるまい。罪悪感を噛み殺して棚から割れていない二つを持ち出し、腰に下げたポーチに捻じ込んだ。

 

 

 

「……にしても、返り血で傷が癒えるとは」

 

 

 

余程ロクでもない『医療』に手を出した物だ。目醒める前の俺よ。改めて扉に手を掛け、押し開けながらそう思った。

 

 

 

外の景色は、やはり気持ちの良いものではない。燻んだ朱色の光が入り組んだ街並みを照らし、鉄格子の戸を開けて見下ろした街は恐ろしく深い、起伏の激しい土地に無理やり都市を築いたのだろうか。

 

わざわざ暗い場所に降りる趣味は無い。そう思い道なりに歩けば通りに通じる格子の扉を見つけたが、意地悪な事に開かなかった。押しても引いても全く動かない。そもそも、辺りには棺桶や壊れた馬車、樽が放置されていて見通しも何もあったものではない。不親切な事だ。

 

格子に凭れて辺りを見渡す。どの扉も固く閉ざされているが、一際高い建物の壁に梯子が掛けられているのを見つけた。ただそれは半ばで途切れていて、跳んだところで手が届きそうもない。

だが警備が良いのか悪いのか、操作しろと言わんばかりのレバーが側にあった。思わず笑ってしまう。ずさんと言うか、何と言うか。

 

兎角助かる事には違わない、硬いレバーを引き戻せば甲高い金属音を響かせて梯子が落ちた。しめた、これで先に進める。

 

そう思い向き直った時、どうやって隠れていたのか、俺が歩いて来た方向、頽れた馬車の影から人がふらりと出て来た。掌には手斧、俺と同じように獣を狩るのだろうか。

 

 

 

「そこの貴方、この辺りの事を教えてくれないだろうか」

 

 

 

対話の為にノコギリ鉈をと短銃を腰のベルトに掛け、両手を挙げて敵意が無い事を示す。だがその男は無言のままつかつかと俺に歩み寄り

 

 

 

「……おれたちのまちからうせろ、けがらわしいけものが……!」

 

 

 

と斧を振り上げた。反射的にその場から飛び退き、軌道から逃れる。

 

 

 

「ま、待て!俺は獣じゃない!」

「そうやってだまして! みなをくいころしたのか……ッ!」

 

 

駄目だ。まるで聞く耳を持たない。

急いで武器を構え再度振り下ろされる斧を下から迎撃するが、信じられない力で弾かれる。何とか防いだ手が痺れノコギリ鉈を取り落とした。

今度は奴の斧が振り上げられる、今の崩れた姿勢では避ける事も叶わない、汚れた刃が俺の顎を捉え___

 

 

 

___る前に、短銃から飛び出した弾丸が斧を弾き飛ばした。俺ですら意図しない意識外の反撃。認識が追いつかないまま身体が躍動する。

 

短銃を持ち替え銃身を握り、奴の額に一撃。続けて痺れたままの右腕で首を捉え押し倒した。そこではっと我に帰る、だがやらなければまた俺が……!

 

 

 

「〜〜〜ッ、……すまない、許せ!」

 

 

 

短銃を振り下ろす。がつんと音がして奴の頭が落ちた。その隙に身体を伸ばしノコギリ鉈を拾い上げ、迷い無く顔面に叩き付けると体重を乗せて刃を喰い込ませ、()()()()()()()()()

 

擦り潰された喉からの叫びを、がりゅごりごりごちゅぐりゃ、と耳障りな音が打ち消した。

 

僅か手足を痙攣させたのを最後に男は沈黙する、原型を留めない頭部に耐えづらい不快感を持ち、次に右肩に異物感を得た。

 

 

 

「え」

 

 

 

恐る恐る覗いた肩から、先の物と似たような斧が生えている。思い出したような痛みに叫ぶ前に頭部に衝撃、視界が歪み倒れ伏した。

息の詰まる感覚、背後に視線を向ければ男が二人、淀んで腐卵じみた眼で俺を睨んでいる。

 

 

 

「けもの」

 

「けものだ」

 

「ころせ!」

 

「そうだ!ころせ!ころせ!」

 

「ひきさいてやれ!!」

 

「ひをくべろ!!」

 

 

 

あぁそうか、目醒める前の俺よ、『獣』とは、かたちを指す言葉ではないのだな。

見てみろ、あの毛の生えた顔を、肥大した掌と延長した腕を、理性のまるで無い眼を。人を獣と呼び、集団幻覚でも見るように武器を振るうこいつらもまた、獣だ……今度は、必ず、狩って…………や……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









獣狩りの群衆、パッと見ただの人間に見える説





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