課題と親戚付き合いとエスコン7が忙しかったので初投稿です。
「…………」
眼が覚めると、そこはゲールマンのいた館の前だった。それはいい、それはいいとして、だ。
「……人形…………?」
「はじめまして。狩人様」
「うおおおぉ!!?」
放置され、頽れていた筈の人形が立っている、と言うより俺を見ている、話した、当たり前の様に礼をしてみせたのだ。
そんじょそこらの事では驚きはしないと思っていたが、流石にこれには仰天した。後ずさった俺を無機質に乾いた瞳で見つめながら、彼女(?)は淡々と続ける。
「私は人形。この夢で…あなたのお世話をするものです」
「あ、ええと、……人形、人形さんか」
「えぇ、私は人形です。狩人様」
あまりに簡単に話すものだから、やはり『そういうもの』なのだと受け入れるしかない。何度でも自分に言い聞かせよう、考えるだけ無駄だと。
「狩人様、血の遺志を求めてください。私はそれを、遍く遺志を、あなたの力といたしましょう」
「……ちょっと待ってくれ、その、遺志って何だ、そもそも力にするって、どうやって」
俺を他所に話し続ける人形の口から、聞いた事の無い言葉がさらりと出てくる、とても申し訳ないが意味が分からない。
人形は俺の様子に思う所があったのか、少しだけ首を傾げる。そうして徐に跪き、ガラスの眼で此方を見た。
「狩人様、手を出して下さい」
言われた通りに右手を差し出す、すると、硬質的な人形の両掌で握り込まれる。無機質の筈であるのに、妙な暖かさがじわりと広がった。
「んな、何を……っ」
「遺志をあなたの力とします。……獣を狩り、何よりもあなたの意志の為に。……眼を、閉じていて下さいね」
有無を言わせない響きに、思わずきつく眼を瞑ってしまう。次の瞬間、右手に蟠る暖かさが、身体に流れ込んできた。この感覚には覚えがある。少し前、ノコギリ鉈と短銃を手に取った時の、あの感覚に似ている。
眼を閉じていたのはほんの数秒だっただろうが、自分では数十分、下手をすれば一時間近い様に感じられた。
輸血液を打ち込んだ時の熱を緩くした様な暖かさが、未だに身体の内に渦巻いている。お世辞にも心地良くは無い、だが不思議と、決して不快ではなかった。
軽くスカートの裾を払い、人形が立ち上がる。よくよく見ればその背丈は俺よりも頭一つ高かった。
「狩人様、血の遺志を求めてください。私がこのように、それをあなたの力と変えましょう、あなたの為、あなたの狩りと意志の為に」
「……分かった、宜しく頼む。ええと、人形さん」
いや、その実何も分かっていない。分かった事は、この人形に敵意は無いこと、それぐらいだ。あぁ、そう言えば
「ゲールマ……、車椅子の爺さんを見なかったか?」
「ゲールマン様は、今は居られません。あの方も今はもう曖昧で、お姿が見えないことが多いのです」
「そうか、……弱ったな、聖堂街までの道を聞きたいんだが。人形さんは知っているか?大橋以外の道だ」
「申し訳ありません…………、私は……」
どうやら人形には思い当たる節が無いらしい、仕方ない、駄目で元々、ギルバートに聞くことにしよう。
「あぁ大丈夫、あてが無い訳じゃないんだ、そう落ち込まないでくれ」
僅かに項垂れた人形に声を掛け、墓石に跪いて手を翳す。ギルバート宅前の灯火を強く思えば、砂が崩れるように意識が薄れていった。
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「うーむ、そうですか。橋門が閉じているとなると……」
「聖堂街には行けない、か?」
「いえ、そうではありません。心当たりが……有るには有ります」
「聞いても良いか?」
「……下水道です、大橋を挟んだ向かいになります。其処からと、大橋から脇道に逸れて下った先は下水道に繋がっていた筈です。決して良い場所ではありませんが、門が閉じている以上は…………」
ギルバートの言葉を反芻しつつ、言っていた通りに下水道への階段を降りていく。脇道に逸れ、肥満体の獣やより獣らしい姿に変貌した住民から隠れつつ何とか備え付けられた、恐らく整備点検用なのだろう通路まで辿り着いた。
聞いていた通り酷い匂いだ、袖を裂いて顔に巻いた応急のマスク越しにでも、腐った様な臭いが鼻を刺す。それに、あちこちに得物を持った獣が徘徊し、眼下の水路には犬程の大きさに肥え太ったネズミが群れを成す、見付からずに通り抜けるのは……
「けものだ!けものがいたぞ!!!」
土台無理があったようだ、放置された樽の影に入り込み銃弾から逃れる。不味い、足音が幾つも近付いてくる、こんな狭い足場で囲まれてみろ、また殺されるぞ。
輸血液は4つ、……対多数で生き残った試しは無いが、やるしかない。
「ふッ」
身体を起こして思い切り樽を抱え上げる。戦闘でサーベルを掲げていた獣の顔面に向かい、勢い良くそれを叩き付けた。鈍い音と共に獣が仰反る。その喉をノコギリで引き裂き、脱力した身体を盾に通路の向かいに掛かる小橋に突っ込んだ。
獣達はそこまで素早く無い、勢いさえ乗っていれば押し通れる!
「この……ッ、けものめ……!」
「こちらの台詞だノロマが!」
死体を捨てて銃を持った獣を蹴り付け、銃を奪い取ると同時に変形させた鉈を頭部に打ち込む。振り返って今頃引き返してきた三体の先頭を長銃で殴り付ける。外れて空いた顎内に短銃を突き付け発砲、崩れ落ちるその身体を踏み越えて振られた手鎌を鉈で受け止めた。
「く、っぅお……ッ」
鉈が明らかに人のそれではない腕力で押し込まれる。後退り何とか交わした鎌の切っ先が頬を掠め、更に間の悪い事に死体に脚を取られ尻餅をついた。見上げる間も無く獣達の影が掛かる、またあの場所に戻るのか、また、殺される____
瞬間、火の付くような衝動が突き抜けた。冗談じゃない、殺されて堪るか、また戻る戻らないの問題ではない、負けて堪るものか。
鎌とサーベルを受けながら無理矢理立ち上がる、肩と脇腹に激痛、だが致命傷は避けた、諦めない、やれる、まだ戦える!
銃撃で鎌を持つ肘を撃ち抜き、畳んだノコギリでサーベルを圧し折る。
四肢に力が籠り、自由になった身体が跳ね、呆気に取られた獣の身体を刃が引き裂いた。サーベル持ちに一撃、怯んだ隙に鎌を取り落とした片方に一撃、荒いピッチが次次と肉を削ぐ。辺りも俺も血に染まる、人型の獣は一撃毎に馬鹿正直に怯んでくれると
全身をなます斬りにされた片方の獣が倒れる時には、もう血に浸された場所は無い程に辺りは酷い有様だった。荒い息を吐く背に、残った獣の腕が迫る。だがひび割れて伸びた爪が届く寸前に、その喉元に銃弾が突き刺さった。出鼻を挫かれた獣の動きが止まり、肉のこびり着いたノコギリを手放すと、密着姿勢で腕を引き絞る。
あの巨大な獣の舌を引き千切った、
「オオオッ!!!」
「ぎぃっ、い、いだ、だ、いだい!やめろっ!!!」
ぞぶッ、と血でふやけた腹に右腕を突き込んだ。不快な生温かさの中で、臓物を指に絡める。獣の声など聞かず思い切り手を振り抜くと、掌の中で内臓が滅茶苦茶に引き裂かれる感触がして、夥しい量の血が舞った。
「く、そ……けもの、め…………」
僅かな呻きを残して、獣だったものが倒れる。辺りがしんとする。……狩った。
勝った、狩った、勝った!
そう実感する毎にぞくり、ぞくりと背筋に熱が走った。今までとは明確に違った感覚、意識が身体に引っ張られるのでは無く、もっと別の何かに背中を押されるような……。これが、人形の言っていた【遺志】なのだろうか?
身体を包む返り血の生暖かさすら、今では傷を癒すものとして受け入れられている、興奮冷めやらぬ内に折れたサーベルを引き抜き、数秒迷ってから輸血液を腿から注ぎ込んだ。
辺りにもう獣、いや、生物の気配は無い。いや、無かったからこそ
無かったからこそ、眼前に舞い降りた烏の様なシルエットに、俺の眼は釘付けになったのだろう。
あけましておめでとうございます(激遅)。次回は俺の大好きなあの人です。