あれからまた月日が経ち、いつもと変わらない毎日を送っていた。
最近は季節も巡り、初冬に相応しいくらいに気温も低下していた。長袖であっても生地の薄い服だと、風が吹く度に肌寒さで身震いしてしまうほどだ。
そんな時期であるにも関わらず、目の前ではこころとはぐみはキャッチボールをしている。はぐみの所属しているソフトボールチームの大会が近いらしく、今日はハロハピ総力でその練習を行うとの事だ。因みに今日は生憎と薫さんが不在だった。何やら、薫さんも大切な講演会の練習があるとの事らしい。
その傍らであたしと花音さんは近くのベンチで休憩していた。この時期になると、ベンチも気温で冷えてしまうため、座った瞬間にそれまで溜まっていた冷気が体に移ってくるかのような感覚に襲われた。
「美咲ちゃん、飲み物いる?」
「あ、ありがとうございます。」
花音さんから手渡されたスポーツドリンクが入ったペットボトルの蓋を開け、そのまま水分を喉に流し込む。練習前に近くのスーパーで買った物なのにとても冷えていた。寒波の影響がこんな所にも出ているのかと思うと、本格的に冬が近くまで来ていることを実感する。
「あれ? こころとはぐみは?」
「まだ練習してるよ。」
ほら、と指さされた所を見ると、そこではこころとはぐみがキャッチボールを行っていた。確か、練習を始めてから既に40分は経っているというのに。
子供は風の子、なんて言葉をよく聞くが、ここまで元気な風の子を見たのは何時ぶりだろうか。
「こんな寒い中でよくあんなに動けるなぁ……。」
そう呟いてると、そよ風が吹き、あたしは思わず身震いした。
そよ風でさえも少し吹くだけでこの寒さだ。これがもっと強くなったら室外で活動なんてあたしにはまず無理だ。
そう思いながら、あたしは重い腰を上げてこころとはぐみに休憩を促すように声をかけようとした。
「あ、美咲ちゃん。落し物だよ。」
すると花音さんに声をかけられて、あるものを渡された。
それはこの間、沙島くんと出かけた時に貰ったピンクのクマのストラップだった。
「あ、すみません。ありがとうございます。」
「ううん。それにしても、ミッシェルに似てるね。そのクマさん。」
「あはは……。沙島くんも同じこと言ってました。」
そっか。と微笑みながら花音さんが答える中、あたしはそのストラップに視線を向けた。
「大切なものなの?」
「あ、いえ。大切なものっていうか……なんか手放せないんですよね……。」
そう、彼に貰ってからこのストラップは気がつけばいつもポケットの中に入っている。別にこのストラップが勝手に動いたとかそういうホラーな話じゃなくて、勿論私が自分の意思で持ち歩いている。
と言うものの、これは家に置いておこうと思っていたのだが、何故か出掛ける時に持っていくものとして手に取ってしまう。
別に沙島くんに貰ったから……なんてロマンチックな理由ではない。ただ……何となく手放すことが出来ないというか……
「(あーもう!なんでこんな時まであたしはその事考えてんの!)」
あたしは若干必死な感じでそのことを思考から消そうとする。
「……美咲ちゃん、大丈夫?」
「あ、はい……。」
花音さんに心配されながらもあたしは立ち上がり、こころとはぐみの元に向かった。
「……はあ…。」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから時間は経ち、気がつけば午後3時になっていた。
正午から練習をしていたせいか体はすっかりと冷えきり、暖を求め始めていた。
こころやはぐみ、花音さんとも別れ、早く家に帰り寒さを防ごうと思い、進む速度を早めていた時、あたしはある場所を見てふと立ち止まってしまった。
「(あれって……沙島くん?)」
そこであたしは沙島くんが花屋にいるのを見た。何やら花束を買っているようだった。
そしてそのままこっちへ向かってくる。
また、いつものようにこっちに気づいたのかと思っていたのだが……
「(………あれ?)」
その彼があたしの横を素通りして行った。
そして……その時すれ違った彼はとても元気が無かった。
どうしたんだろう……と思いつつも、あたしは去り行こうとする彼の背中を見ていたのだが……
「ちょ!沙島くんストップ!!」
彼は俯き気味に歩いていた為か、前を見ていなかったのだろう。そのせいで、あと数歩進んでいればすぐ前の電柱にぶつかっていた。
それを危惧したあたしは思わず声を上げ、沙島くんを止めた。
「へ? お……奥沢さん?」
あたしの声で我に帰ったのか、その足を止めた。
「ど……どうかしましたか?」
「どうかしましたかじゃないよ。ちゃんと前向いて歩かないともうちょっとでぶつかってたよ?」
あたしがそう言うと、沙島くんは前方を見てその意味を瞬時に理解したようだった。
「すみません……。」
「気をつけなよ……。……なにかあったの?」
「いえ。ちょっと……考え事を……」
「……もしかしてだけど、その花と何か関係とかあるの?」
思い切って気になっていた事をあたしは聞いた。
「……実は、今から父の所に向かうつもりだったんです。」
「沙島くんの……お父さん?」
「はい。」
そして、あたしは彼の表情を見たことにより、口から出そうになっていた言葉を飲み込んだ。
その時の沙島くんは、とても切なそうな表情をしていたからだ。
「………あの、奥沢さん。」
そんな時、沙島くんは口を開いた。
「奥沢さんは、自分を許せなくなる時ってありますか?」
「……え?」
「…………あ…。すみません、変なこと聞いちゃって。」
忘れてください。と笑いながら語るが、あたしの頭の中は色んな思考が飛び交い、混乱状態に近いものになっていた。
「そうだ!奥沢さんのバンド、今度ライブやるんですよね?」
「へ?あ、うん。」
そして話題転換と言わんばかりに彼から発された言葉に、歯切れが悪いまま返答した。
「美琴も楽しみにしてました。『ミッシェルにまた会える』って。」
「そ……そっか。」
「それで美琴ってば、もうチケットの予約しちゃって……。それに僕の分まで買っちゃったみたいです。」
あはは、と笑いながら話す沙島くんであるが、その表情にあたしは違和感……というか、その顔を見ていると胸が締め付けられるような、妙な感覚に襲われていた。
「あ、もうこんな時間……。じゃあ奥沢さん、僕はそろそろ失礼します。ライブ、楽しみにしてますね?」
「あ、う……うん。」
そのまま彼はあたしに背を向け、その背中はどんどん遠ざかって行った。
「(……やっぱり沙島くん、まだ無理してるのかな……?)」
あれ以来、彼の笑顔を見る度にあたしの胸の奥にはなんとも表現し難いモヤモヤが現れるようになっていた。なんだか、沙島くんのいつもの笑顔が彼らしくないように感じている。
「(って、なんであたしは友人1人の為にこんなに……)」
自分の思考に悪態を着きながらも、どうしても考え込んでしまう。
そんな時、あたしはポケットからさっきまでのストラップを取り出した。
やはり、これを見ていると変な気持ちになる。手に取る度に、自然と脳裏にあの時の沙島くんの笑顔が浮き出てくる。
やっぱりあの時見た、彼の表情はいつもの笑顔とは違った。
なんだか……まるであの時は、いつもの仮面をつけ忘れていたかのような……そんな感覚に襲われている。
「(………なんだろう、この感覚。)」
なんてことない、ただの友達の筈なのに、どうしても思考がそこに支配される。
まるで……少し前のあたしが感じていたような思いが再沸騰しているような気持ちだ。
「(………まさかね。)」
そんなはずは無い。
そう思っていた。
でも何故だろうか。沙島くんに
だとしたら、かつてのあたしのこの思いは、その面影に向けられているのか。それとも、沙島くん自身に向けられているのか。
だからあたしは…沙島くんをどうしても気にかけてしまうのだろうか?
余計に混乱し始めたあたしは、首を乱雑に振りながら、再び帰路への道を歩き始めた。
そして、この先あたしの歩む道が……暗雲に覆われてるかもしれないという可能性は、まだあたしは考えもしなかった。
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