武装神姫-ようこそ、神姫工房へ!-   作:鞍月しめじ

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第十三話『敵情視察-イリーガル-』

 プリンセスオブマジック――P.O.Mの代表、御堂が現れてから一日。

 昼休みを利用して和巳とラフィカは直販店へと車で向かっていた。今日の工房留守番は三奈にミレイユ、ルーシィとモニカだ。心強いこと、この上ない。

 今回ばかりはサボりという訳でもない。何しろ店の営業形態に影響を及ぼすのだ、敵情視察くらいは許されてしかるべきだろう。

 

「なあ、カズミ。今回の話、本当に受ける気はないんだよな?」

 

 車内に備わったカップホルダーに座ったラフィカは、少々不安そうに和巳へ訊ねた。

 

「まあな。ウチの良さは客と距離が近いことだ。デカイ会社に使われてやる気はないさ」

 

 左手でシフトノブを操作すると、エンジンの回転が静かに落ち着いた。

 そのせいか、和巳の声は特に邪魔されることなくラフィカへ届く。

 

「そうか……」

 

 俯くラフィカ。反対してほしかったのではないのか。

 元々の彼女は、工房での職務態度は良くはない。それもバトルが出来なかったからだ。苛立ちを反発としてマスターにぶつけていた。

 和巳の話を葉月と共に聞いてからは、彼女なりに積極的に働いている。だが、ラフィカには気になることが一つあった。どうせ答えてはくれないのだろうが。

 

「あたしは修理されたんだよな。イリーガルな方法で、でも改造として引っ掛からないように」

 

 ラフィカの声はどこか様子をうかがうようだった。

 

「もしそうなんだとしたら、タダじゃないはずだ。支払いはどうしたんだ?」

 

 俯いていたラフィカが、和巳の顔を見上げた。

 彼は無表情のまま、なにも意に介していないようだった。

 

「別に。お前が気にすることじゃない。俺にはお前しかいなかった。だから、いろんなモノに手を出した……それだけさ」

 

 買い換えて済む問題じゃなかった。和巳は最後にそう付け加える。

 

「あたしだけ……」

 

 和巳の言葉は重たくラフィカの心に響いていた。彼の言葉には嘘も偽りもない、少なくともラフィカはそう計算する。

 そうすると、不思議と内部CPUの温度が上がる。頬が紅潮する。

 

「そっか。お前にとっては、あたしはただ一体のストラーフか」

「当たり前だろ。だから、値段とかじゃないんだよ。――そろそろ着くぞ」

 

 車のスピードが落ちていく。軽い身のこなしでダッシュボードへ飛び上がったラフィカは、フロントウィンドウから外を眺める。

 専用の駐車場も用意され、直通の入り口もある。ビルの1フロアをまるまる利用したショップは、工房とは比べ物にならない規模とモダンな雰囲気に包まれていた。

 

「スゴいな」

 

 車から降りて和巳は呟く。外から見えるだけでも充分な雰囲気がある。

 あまり他所に興味を持たない彼からすると、そんな性格を少しは後悔することになるか。

 

「アクセサリー屋のように言っていたが、武装パーツも見える。広い客層が目当てだな」

 

 ラフィカのアイセンサーは大会用のカスタム品。建物に近付けば、ズーム機能で内部を見ることは容易い。

 

「アクセサリーに、武装パーツか。コスチュームもあるな」

 

 店内を見回る一人と一体。広大な店内だ、歩いて回って十二分な広さがある。

 そんな店内の角に用意されたカフェテリアでは、神姫マスターたちが自慢の神姫を互いに交流させたり情報を交換したりしていた。

 時代がもう一昔前なら、ペットランドにでもなっていたかもしれない。和巳にはギリギリ見たことがない世代だったが、分からなくはなかった。

 

「こんな店が、なんでうちの工房に声をかけたやら分かりかねるな」

 

 肩を竦めるラフィカ。和巳も敵情視察とはいったが、特に得るものはなかった。ただ相手は巨大で、慎重に断らなければ握り潰されかねないことはハッキリと心に刻む。

 もう見るものもない。そろそろ引き上げようかとした時だった。

 

「マスター、避けろッ!」

 

 ラフィカが慌て食って叫んだ。

 訳もわからないうちに、激しい衝撃が和巳の頭部を襲う。つんのめって床に倒れ込むと、刹那に悲鳴が上がった。

 ぼやける視界を必死に凝らして、何事かを探る。床に降り立ったラフィカは背中ごし、心配そうに和巳を見つめながら得物の刀に手を掛けていた。

 

「無事か、マスター!」

「っつつ……頭になにか掠めたか?」

 

 右側頭部が出血している。大事には至らない量だったが、明らかに異常だった。

 

「マスター、動けるか」

 

 ラフィカが和巳へ問うと共に、刀の鯉口を切る。響く重たい金属音が、尋常ではない事態を告げるようだ。

 

「神姫だ。こっちに来る、隠れてろ。倫理プログラムがないらしい」

 

 ラフィカの声に重みが増す。神姫は人間を攻撃できない。してはならないよう、プログラムされている。

 だが稀に、プログラム改変によって倫理プログラムを書き換えられた神姫が存在している。神姫を利用した犯罪が存在するのは、こうした行為を行う、請け負うハッカーの存在があるからだ。

 そして、今向かってきている神姫は人間を狙ったようだ。不意を突かれた和巳には分からなかったが、ラフィカは目視していた。

 

「早く隠れろ!」

 

 急かされて、和巳は近くのショーケース棚に身体を滑り込ませた。ラフィカを見失わないように。だが、彼女の邪魔にならないように。

 

 

「ストラーフMk.2を確認。ラヴィーナタイプ、対象に類似しています」

 

 店内に入り込んだ神姫はたった一体。両手で支えた大剣からは、和巳を切った時に付いたであろう血液が滴っている。

 機械そのものといった無感情な声音は異常としかいいようがない。

 

「お前まさか、最近噂のストラーフ狩りか」

 

 右手、柄を握った手に力が入る。

 ラフィカの問いに、神姫は何も答えなかった。だが言動から考えて、ほぼ間違いない。

 和巳へ神宮司が語ったストラーフ狩り。だがラフィカが知る話ではない。それでも、普段からマスターである和巳と共に工房で働いていれば、他の神姫マスターから噂くらい聞くことはあったし、中には襲われたというマスターもいた。

 

「沈黙は肯定と見なす。いずれにせよ、貴様はあたしのマスターを傷つけた! メーカー送りくらいは覚悟してもらおう」

 

 それからは早かった。ラフィカにインストールされたレールアクションが、彼女をあたかも瞬間移動させたかのように彼我の距離をゼロにする。

 だが神速で抜刀された刀を、神姫はさも簡単そうに突き立てた大剣の腹で防ぎ、柄を軸にポールダンスのように勢いをつけ、全体重を乗せて蹴り飛ばす。

 人間には何が起こったかすら分からないような早業。なにより、ラフィカの得意距離で反撃を受けたのは、彼女にとっても意外だった。

 

 体勢を整えようとするラフィカへ、神姫が上空から大剣を振り下ろしながら飛びかかる。

 最中、大剣は巨大な刃がカバーのように外れ、西洋剣めいた両刃の剣へ変を変える。

 舌打ちと共にラフィカが刀を抜き放ち、飛び掛かった神姫の攻撃を受け止めた。質量が小さくなったなら軽くなったかと思いきや、そのパワーはラフィカを容易く押し潰さんとしていた。

 床へラフィカが捨てた鞘が滑り、外れた大剣の刃は重々しく突き刺さる。二体の神姫は力比べの鍔迫り合いだ。

 

「くそっ……! なんてパワーだッ!」

 

 単なる玩具同士の戦いのはず。だというのに、互いの武器は鍔迫り合いをしながら火花を散らしている。突如戦場へと変わったP.O.M店内には、鉄を削り合うような耳障りな音が響いて止まない。

 感情をあらわに歯噛みするラフィカに対し、神姫はあくまでも無表情、無感情だった。

 さらに一段と力が神姫から掛けられる。ラフィカの膝が崩れ、左手で刀の峰を押さえて対抗するが、彼女の腕は既に限界に震えていた。もう持たない。和巳も場が止まっている今なら、把握できる。

 飛び出すなら今だ。幸い傷は深くないし、何よりここで彼女を失えば投げ出した時間が今度こそ無駄になる。

 

 和巳が脚に力を入れ、飛び掛かろうとしたのと同時だった。

 音もなく神姫の右腕が吹き飛んだ。力の掛かりが変わる。ラフィカは刃を滑らせて右へステップし、鍔迫り合いを逃れる。

 石を叩きつけたような音を上げ、神姫の剣が床を突く。まだ諦めていないらしい。左手に剣を持ち変えると、神姫は身体を捻りラフィカを両断せんと横薙ぎに剣を振るう。

 だが、それは叶わなかった。

 

 再び、何かが神姫を破壊した。今度はCSCの埋め込まれた左胸。

 

「ス……と、La、LaらラLaラー……」

「CSCを破壊されて、まだ動くのか……!?」

 

 刀を構え直すラフィカだが、その表情は驚愕に染まっていた。CSCを破壊されて動く神姫など、物理的に有り得ない。何による攻撃かラフィカには分からないが、攻撃を外したのだろう。そうなれば、残りは頭を切り落とすしか無い。

 もはや攻撃をするような複雑な姿勢制御は不可能だ。ストラーフの名前を壊れたままに連呼し、ゆらゆらと身体を揺らす。

 刀を構え、振り上げた刹那。神姫の頭が半分吹き飛ばされた。

 衝撃で後ろへ飛んだ神姫は床に倒れ、動くことはない。ショートした電流がほとばしる神姫の素体は、見る者によってはあまりにも惨たらしい姿だ。

 

「ラフィカッ!」

 

 和巳がラフィカの身体を抱え上げる。細かな傷はあったが、彼女はバッテリーを激しく消耗していながらも優しく微笑んでみせる。

 

「大丈夫さ。あたしは、F1チャンプの神姫だ。それにしても、さっきの攻撃は……」

「済まない、私だ」

 

 和巳たちの前に、ピンク色のショートカットに黒いミリタリーキャップを被った神姫が現れて言った。私がやった、と。

 彼女の右手には、神姫には少々大型のスナイパーライフルが握られていた。弾倉を差せそうだったが、差してはいないようだ。

 

「君は?」

 

 和巳が問う。

 

「私はリーメス。今マスターが来る、詳しい紹介はその時に」

 

 神姫は自身をリーメスと名乗る。ムルメルティア型のつや消しブラックの素体に黒いジャケットを羽織り、上から軍人のようなチェストリグを着け、そこに弾倉を差していた。

 

「マスターについては急がない。神姫を攻撃したのはリーメス、君か?」

 

 和巳の問いにそうだ、とリーメス。

 

「本来ならばCSCを一撃で撃ち抜く手筈だったのだが、現着が遅れて、狙ってみたら鍔迫り合いだったものだからな」

 

 重々しくスナイパーライフルが掲げられる。

 

「私もまだまだだ。CSCへの攻撃もミスをした。元警備神姫として、許されない」

「お前、職業神姫なのか?」

 

 和巳の手の上からラフィカが問う。リーメスは静かに頷いた。ただし、と前置いて語る。

 

「ただし、さっきも言ったが『元』だ。今は神姫バトルしつつ、平和に退役後の暮らしを楽しんでいる」

「リーメス!」

 

 男の声に、来たぞとリーメス。

 和巳たちの前に現れたのは、厳つい男だ。小さな傷が半袖のシャツから幾つも覗いて、顔立ちも歴戦を感じさせる。

 

千日(チハル)、今回襲われたストラーフ型とそのマスターだ」

「見てたよ。元F1チャンプ、篠山和巳の神姫だ。改造神姫相手に、あそこまでやりあえるとはな」

「千日。向こうも疲れているんだぞ」

 

 とにかく褒め称えるような調子の男を、リーメスが叱責する。

 

「おっと失礼。藤堂千日だ、ムルメルティア型のリーメスが俺の相棒。何かの縁だ、よろしくな」

 

 手を差し出す千日。握手を求める彼へ、和巳はすぐに返した。

 手を握り合い、だが和巳は千日へ問う。

 

「随分詳しそうですね。俺たちにも、これにも」

 

 和巳の視線は床に転がった神姫へ。

 

「ストラーフ狩りを何体か倒した。ここまで強いのは初めて見たがな……」

 

 リーメスは床へ軽やかに降り立つと、ライフルの重さも感じさせず背中へと背負う。

 彼女は神姫の傍らに膝をつく。調査しようとすると、不意に倒れていた神姫が破片に紛れていたピストルをリーメスへ向ける。

 

「ウソだろ!?」

 

 和巳の驚愕に反して、リーメスは冷静に神姫の左腕をそらし、腿に着けていたホルスターのピストルでCSC部分を複数回に渡って撃ち抜いた。

 

「既にシステムは生きていない。あれは誰かのリモートコントロールだ、操り人形さ」

「リモートコントロールって……神姫だろ、それは?」

「神姫だ。だが、ストラーフ狩りの主犯は随分とお前たちに思い入れがあるんだな」

 

 ピストルをホルスターに収め、リーメスは和巳たちを見上げた。

 

「千日、どうする」

「篠山和巳は平日、工房シノヤマを開いている。明日見に行こう」

 

 和巳の目の前で、これ見よがしに語る千日。

 

「店に妙な話を持ち込まないでくれ」

「大丈夫だよ。そこは、警備の人間を信じてくれ。いくぞ、リーメス」

 

 千日はリーメスを迎えると、店の外へ足早に去っていってしまった。

 

「ルーシィに、ストラーフ狩りに……店どころじゃないな」

 

 すっかりがらんと静かになったP.O.M店内。誰かが呼んだのか、サイレンの音を聴きながら和巳とラフィカはもう二度と動かない改造神姫の素体の傍らで、警察の到着を待っていた。

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