工房は久しぶりに客足が多かった。というのも、いよいよラフィカがストラーフ狩りに遭ったという情報が神姫ネットから広まったのだ。
買い物は勿論、ついでにゴシップを仕入れていこうとするマスターも少なくはなかった。
「随分と情報の拡散早いわよね……」
三奈が客のいなくなった合間に店内を掃除しつつ呟く。
「まあ、それなりに派手にやったみたいですから……」
埃取りを手伝いながら、ルーシィが答える。彼女もまた、神姫ネットで仮のマスターである和巳たちが襲われた事を知った神姫だった。
和巳たちは今日も店を空けている。最近こんな事ばかりだ。
「最近多いですね、ストラーフが襲われる事件」
三奈の神姫、アーンヴァルMk.2型のモニカも今日は手伝いに来ていた。
陳列を直しながら、世間話ムードだ。和巳が神姫に怪我を負わされた事も含め、いよいよメディアも動き始めていたから、モニカにも情報はいくらか入ってきてはいた。
「……和巳さん、ずっと私と一緒に働いてるよね」
ふと、三奈は店主の不在で広く感じる店内を見回し、呟いた。
「ルゥちゃんのことも、あの人自身のことも、ラフィのことも。もっと私に頼ってくれてもいいのに」
「やきもち? 珍しいわね」
店に残ったミレイユがカウンターを清掃する傍ら、ぼやいた三奈へ口を挟む。
「そんなんじゃないよ。でも、なんかあの人――聞けば聞くほど遠い世界の人みたいで、いつかこうやって店には私たちしか残らないんじゃないかって思って……」
三奈が抱くのは空虚と焦燥だった。いつか和巳が目の前から消えるのではないか? そうならば、自分がそうさせない為に策を巡らせなければという焦り。それから、和巳とラフィカという店主を失った店内の静けさを、彼女は再認識していた。
「考えすぎよ、三奈。彼なら大丈夫。この工房が彼の選んだ道なのだから、全てが終わればまた元に戻るわ」
ミレイユは三奈をそう慰める。
「そうね……うん、そうだよね。大丈夫大丈夫!」
仕事に戻ろう。三奈は意識を切り替え、掃除に戻る。
ふと、店の電話が鳴り響く。細かい掃除や整頓は神姫に任せ、三奈は受話器を取り上げた。
「はい、神姫工房シノヤマです」
『古谷さん? 店はどう?』
電話の主は和巳だった。
「今はお客さん居ませんよ。さっきは盛況でしたけどね。すごく忙しかったんだから」
ほほを膨らませつつ、電話口の見えない相手へ苦言を告げた。
神姫たちは微笑ましげに三奈の姿を眺めている。
「早く戻ってきてくださいよ、店長。またお客さんが来ないとは限りませんし」
『ああ。ただ、ルーシィの手懸かりのために少し店を空けたいんだ。古谷さんなら安心して――』
店内に、激しく物が叩きつけられたような音が轟いた。それは三奈がカウンターを手で叩いた音で、神姫たちも思わず飛び上がる。
「ルーシィのことを調べているのはわかります。けど、最近危ないところに顔を出そうとしたり店を空けてばかりじゃないですか」
『それは……ごめん。無責任なのは分かってるんだ、けどちょっと事情が込み入ってて……』
「どれだけ空ける気ですか? 貴方に会うために来てくれるお客さんもいるんですよ?」
三奈の詰問は止まらない。
『……古谷さんには共有できないんだよ。まずはルーシィの件を終わらせる。そうしなきゃ、ゆっくりも――』
三奈は話を遮って通話を切ると、スマートフォンをカウンターへ叩き付けてくずおれた。
モニカが気を利かせて工房の看板を『準備中』にひっくり返し、ブラインドを閉じる。少なくとも中を見られることはなくなった。
「三奈……」
恐る恐る、ミレイユが三奈の顔を覗き込んだ。
「もういい。私がここを継いでやる。それからルゥちゃんの謎も、ストラーフ狩りも。元F1チャンプだからって、何でも出来ると思わないでよ」
固く握られる拳。三奈の声にはハッキリとした決意が込められていた。
そうだ。和巳が明かさないのなら、自分で暴けばいい。ただそれだけだ。
「とにかく、今日の予定は全て消化しよっか。モニカ、ありがとう。札とブラインド、戻しておいて」
三奈の決意は堅い。和巳に対して怒りに近い感情すら抱いている。だから彼女な一刻も早く彼を引き戻し、頬の一つも張ってやらなければ気がすまなかった。