武装神姫-ようこそ、神姫工房へ!-   作:鞍月しめじ

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第十六話『切ない結末』

 夜十時、埠頭。ミレイユ、アトラは神宮司宅で充電を終え、改めて彼の送迎のもと違法レースの現場へとやってきた。

 

「凄まじいな、全く」

 

 神宮司が頭を悩ませるのは、集まった車の騒音だった。人も多く、車も辺りを埋め尽くすようで停める場所がない。

 ただ、はみ出し者にははみ出し者のルールがあるのか、神宮司の車は駐車係とおぼしき男に案内される。

 案内のまま車を動かすと、ギャラリー用らしい区画に車を駐車させられた。ギャラリー用らしいとはいえ、それらも良く目立つ改造車ばかり。神宮司の一般乗用車は逆に浮いてしまっていた。

 

「しかし、本当に潜り込めるとはな……。規模は交通課(あいつら)の思っている以上だ」

 

 広大な埠頭に集う車たち、そしてドライバーやギャラリーといった人だかりを眺めて神宮司は語る。

 年寄りにはつらい。そう彼はごちりつつ、車を降りた。神姫たちも後に続く。

 アトラは神宮司の左肩、ミレイユは右肩に登って周囲を見渡した。

 周囲はまさしく人の海だ。カーオーディオもやかましく、街灯の下は車のネオンライトがそこかしこでまばゆく輝いていた。

 

「彼は居たか?」

「いえ、見当たりません……」

 

 アトラが声を潜めて首を振る。ミレイユにも、見知った顔は見当たらなかった。

 

「まだレースが始まるには時間があるけれど……」

 

 時間はミレイユの知る限り、レース開始にはまだ早い。

 このまま待とうにも、広いはずの埠頭の一角にすし詰めだ。近辺からは浮いた神宮司を怪訝に見つめる視線もあった。

 

「なぁ、ミレイユ。走る側の人間は時間ギリギリに来るのか?」

「いえ、そんなことは。大体は既に中心に……」

 

 言いかけて、ミレイユの視線が一点で止められた。銀色のポルシェ911GT2RS。外国車という時点で、この辺りの空気感とは明らかに掛け離れている。

 メーカー純正でありながら、違法レース参加者の改造車にも劣らないオーラを放って、ギャラリーの中心に鎮座していた。

 

「神宮司さん、車があったわ。彼はもう来ています」

「あぁ。ギャラリーがはけた瞬間にだが、俺も見つけた。しかし、彼はどこだ?」

 

 肝心のドライバー、和巳の姿がない。居なくなったのは事実だし、倉庫から車も消えている。そこにある個体が彼の物だとする証拠は充分だったが、やはりドライバーは待っていても、姿を現さなかった。

 和巳の姿を探す神宮司たち。しかし、不意に掛けられた声がそれを止めた。

 

「あたしたちを探してるのか? ミレイユ」

 

 慌てて振り返った一人と二体。ギャラリーが停めた車の上に腰掛けて、ラフィカが神宮司たちを睨む。

 

「えぇ。和巳に話があったの」

「そうか。だがマスターは、次が大事なんだ。今、邪魔をさせるわけにはいかない」

「何かあるのか?」

 

 神宮司が問う。ラフィカは『答えてやる気はない』と語って、刀に手を掛けた。

 

「ここでバトルをするのは危険では?」

 

 アトラが、殺気立つラフィカとそれを受けんとするミレイユの間に割って入る。無論、それは互いに分かっていたことだ。

 

「あたしはミレイユを相手にする。そこのアーンヴァルには見届け人になってもらうさ。そうすれば、そこのマスターもあたしのマスター――カズミには手を出せないだろ?」

 

 ラフィカはどこかで、神宮司がアトラにかける信頼感を知悉していた。彼はアトラを一人にはしておけない。だからアトラを連れていけば、神宮司も釣れると。

 案の定、それは間違っていなかった。ラフィカが人目から離れた倉庫街に案内すると、神宮司も付いてきた。時計を確認したが、少なくともミレイユが語ったレース開始には若干の時間がある。

 それが過ぎても、恐らく和巳は戻ってくるのだろう。何にせよ、ラフィカが彼らを妨害しようとしている。ミレイユが戦い、彼女を倒す以外に逃れる術はない。

 

 ラフィカはミレイユが装備する剣――ラリマ=クリミナルを放ると、彼女へ取るよう告げた。

 

「拾え。あたしだけ得物があるのはフェアじゃない」

「本当にやり合う気なのね」

「当たり前だ。少なくとも、時間稼ぎはさせてもらう」

 

 刀を抜き放ち、その切っ先をミレイユへ向けたラフィカ。少なくともミレイユに退く手は用意されていなかった。

 神宮司の背後では人々の歓声がより大きくなる。エンジン音も交じりだした、いよいよレースが始まろうとしている。だが見に行くことも叶わぬまま、ミレイユは促されるままに剣を手に取り、そのまま振り払う。

 それに応えるように、ラリマ=クリミナルの蒼く輝く刃は、音を立てて大気を切り裂いた。

 

「分かりました。あなたがそこまで言うのであれば、お相手致します」

 

 騎士として、そして家族として、ミレイユはラフィカへ真っ直ぐに向き直る。

 剣を構え、相手の出方を疑った。ラフィカこそ、真のF1チャンピオン神姫だ。一分の隙さえ見せることは許されない。

 

「油断はしないか。あたしを分かっているようだが、ストラーフ型には当たり前の心掛けだな……ッ!」

 

 ラフィカの姿が消えた。レールアクション、その速さに神宮司もアトラも声を漏らさずには居られない。

 背後に回り、刀を振り上げる。その所作に一切の無駄はなく、刃は真っ直ぐにミレイユの右肩を狙った。

 対したミレイユは摺り足で身体をずらし、刃を逃れる。空振ったラフィカへ流れるように剣の柄で腹部を叩く。身体をくの字に曲げ、衝撃に顔を歪めるラフィカ。

 地面を蹴りミレイユから距離を取ると、ラフィカは近くに隠していたリボルバーを取り上げて構える。今まで近接一辺倒だった彼女とは思えない手段ではあるが、ストラーフ型には拳銃も用意されている。苦手という訳ではない。

 

「くっ……!」

 

 炸裂するリボルバー。その銃弾に当たればひと溜まりもない。ラフィカに対し縦に逃げるわけにいかず、照準を合わせにくい横方向へ駆け出したミレイユ。

 

「甘いッ!」

 

 連射されるリボルバーの銃口が、ほんの少し余分に動いた。狙ったのはミレイユの前方――通過予測地点だ。

 トリガーが引かれ、銃弾が撃ち出される。ほんの一瞬の間に、ミレイユも自身に弾丸が向かっていると悟った。彼女は剣を横に薙ぎ、自身の身体を回転させつつ弾丸を真っ二つに切り裂いた。

 甲高い金属音と共に、二発分の着弾音がミレイユの背後に聳えたコンテナの後ろで響く。弾痕もきっちり二つある。

 

「カズミと居ただけある。意外とやるな」

「もう時間稼ぎは済んだでしょう? 車は規定されたコースへ出た、神宮司さんたちはもう彼を邪魔できない」

 

 ギャラリーの声はまばらになっていた。出走したドライバーの誰に賭けたか、なんて話がちらほら出るばかりでエンジン音は既に遠い。

 

「――そうだな。あたしも今は無駄にバッテリーを使えない。ただ、今は手を出すな。約束できるか?」

「篠山さんは、もうそこまで掴み掛けているのか? ラフィカ」

 

 バトルを見ていた神宮司が、ようやく会話に参加してきた。ラフィカは頷き、応える。

 

「もう、ほぼ答えは出てるがな。確信に変えるにはもうひと押しだ」

「確信でなくていい。彼は何を掴んだ? 話せないのか?」

「ああ、あたしからは話せない。あたしは神姫だ。ハチロー、君もわかっているだろう」

 

 やはり神姫は神姫なりにセキュリティは万全だ。和巳も語ることを許可していないのだろう、彼が何を掴んだかの手がかりさえラフィカは語らなかった。

 

「暫くあたしと居てもらう。とはいっても、今回コースは長くない。もう戻ってくるだろうがな」

 

 埠頭のレース会場へ戻り、ラフィカは神宮司の頭の上に陣取った。さぞ収まりが悪いのだろう、神宮司の表情は曇っていた。

 ギャラリーに揉まれながら待っていると、次第に猛るようなエンジン音が近付いてくるのがわかる。

 

「和巳が先ね」

 

 ミレイユには音だけで分析できたらしい。和巳が先頭で戻ってくる、少なくとも彼女はそう語っていて、ラフィカからも反論はなかった。

 エンジン音が至近距離に近づくと、ギャラリーはまるで海の波がうねるように神宮司もろともゴール地点へ動き出す。まさしく大波だ、神宮司は戸惑うばかりで抵抗できない。

 

「……本当なんだな、その話」

「ああ。嘘はつかねぇ。ヤツは俺にとっても恩人だったからな」

 

 和巳とそのライバルドライバーの話がようやく神宮司たちの耳に入ってくる。

 答えは出切ったようで、二人は互いに堅い握手を交わして別れた。

 

「今からマスターを連れてくる」

 

 ラフィカはそう話して、ギャラリーの肩伝いに和巳の元へ向かっていく。

 それから大した間も置かず、和巳は神宮司たちを呼び寄せた。

 

 

「ずっと待っていたそうで? ミレイユもな」

 

 少々棘を感じる物言いではあったものの、和巳も立場は分かっている。心配を掛けたのだ、腹を立てていい立場ではない。

 車に寄り掛かり、和巳は神宮司たちへその視線を向ける。

 

「で、何が目的です? 一斉摘発ですか」

 

 周囲にはまだレーサーたちがいる。警察が踏み込めば、一網打尽に出来るだろう。だが、神宮司はかぶりを振ってそれを否定した。

 

「俺自身はそういう問題には首を突っ込みたくなくてね。なにせもう年食って、記憶も曖昧なんだ」

「じゃあなんです?」

「順番に話そう。まずはルーシィ……篠山さん、あなたの拾ったアーティル型神姫についてだ。彼女のために、あなたはまた違法レースに手を出した。そうでしょう?」

 

 間違ってはいない。和巳からの反論はなかった。

 

「なにか掴めたのか……俺はそこが知りたくてね」

 

 街灯を見上げ、神宮司は大きく背中を伸ばす。しかし、すぐに視線は和巳へ戻された。

 

「わかった。結論から言って、ルーシィのマスターは死んでいた。ほんの数ヵ月前に」

「死んだ……? そりゃ穏やかじゃないな。病死だとか……」

「いや、殺されたらしいですよ。犯人は分かっていないが、死んだ当人は分かっていたらしい」

 

 ラフィカを車内のクレイドルに送り込み、和巳は再び神宮司へ向き直る。

 

「そのマスターはルーシィを信頼していた。自分が殺されるとなれば、ルーシィも無事じゃ済まない。だからヤツは、ルーシィを保護してくれる『とある場所』に待機させて、走り回った。結果、そのまま戻ることはなかった」

 

 和巳の話を聞いて、ミレイユがハッとしたように声をあげる。

 

「神姫を保護する場所……神姫センターね!? やっぱりルーシィは捨てられたわけじゃなかったの!?」

 

 頷いて答えた和巳。息を一つ吐いて、彼は語り始めた。

 

「ルーシィはマスターと約束を交わしていたらしい。仲間に語ったそうだ。『無事に逃げ切れたら、ルーシィを迎えに行って海外にでも行く』って」

「つまり、ルーシィはそこの記憶が……」

 

 肝心の約束を、ルーシィは忘れている。神姫としてももっとも切ない結末だ。

 

「そういうことになるな。それから、ここからはミレイユにも関係がある」

 

 和巳が発すると、ミレイユだけでなく神宮司もアトラも、車内にいるラフィカですら全神経を傾けているようだった。

 

「ルーシィのマスターは、ここのレースに出場しようとする人間に神姫を配ったらしい。俺は元F1チャンプで、そんな人間がこの場に来るんだ。それでお眼鏡に叶ったんだろうな。譲り受けた神姫がいる」

 

 そこまで言われては、皆まで語らずともラフィカもミレイユも分かった。

 

「ミレイユ。ルーシィのマスターは、本来お前のマスターにもなる筈だった。それを譲り受けたのが、俺らしい」

「……そんなことって」

「あるんだよ。この狭いコミュニティだ、一つくらいはある」

 

 少なからずショックを隠しきれないらしいミレイユの頭を、和巳は優しく指で撫でてやる。

 だが、問題はまだ解決していない。事には必ず原因がある。神宮司もそこへ足を踏み入れようとした。

 

「なぜそのマスターは殺されなきゃならなかったんだ? しかも死期まで分かっていた。それなら犯人も分かっていたんじゃないか?」

「そこだけは、得た情報だけでは分かりませんよ。俺が知りたかったのはルーシィの手がかりで、答えとしてマスターは既にいない――ということしか分からなかった」

 

 謎が解け、また謎が増える。捜査には必ず付きまとう展開だが、神宮司も頭を抱えるしかなかった。

 ルーシィのマスター探しは、マスター死亡という結果で終わりを告げた。和巳はそれでいいかもしれないが、それが殺人だとすれば警察として神宮司が黙っているわけにはいかない。

 神姫担当、といった特殊な役回りを勝手に与えられたとはいえ彼も刑事だ。殺人事件なのだとすれば、放ってはおけない。

 

「少しこちらでも探ってみるか。篠山さん、ストラーフ狩りはまだ消えてない。ルーシィのことは残念だが、マスター代わりになるんだろう?」

「勿論。ストラーフ狩りからも気を抜く気は無いですよ。チハルだとかいう人間も、接触を図ってきた。――ん?」

 

 和巳が着ていたジャケットの胸ポケットでスマートフォンが鳴動する。車の反対側に回って神宮司たちから距離を置き、画面を開いた。

 画面には『古谷さん』――三奈からの着信を知らせる表示があった。和巳が彼女を怒らせてしまってから、三奈から連絡は来ていなかった。いつか謝ろうと思っていたから、都合はいい。迷わず受話ボタンをタップする。

 

「もしもし、古谷さん?」

 

 応答はない。しかし、通話は切られていない。不審に思い、何度か呼び掛けるが応えが返ってくることはなく。

 しかし暫く待つと、嗚咽のようなものが聴こえてきた。

 

「古谷さん? 三奈さんッ!」

 

 間違いない、三奈は電話口にいる。和巳が必死に呼び掛けると、今にも消え入りそうな声で応答があった。

 

『和巳さん……。モニカが……』

「モニカ? 彼女に何かあったの?」

『御堂さんが来て、それで……』

 

 P.O.Mの御堂。その名前だけで、まるで電流でも走ったかのような感覚が和巳の背中を走り抜ける。

 

『モニカが……連れていかれちゃった……』

「なんだって!?」

 

 和巳の声に、神宮司たちも反応せざるを得なくなった。失礼を承知で近寄ると、和巳は手をかざして少し待つように伝える。

 

「古谷さんは今どこ?」

『店にいます。あれから……ミィが鍵渡してくれたりしたから、店続けてて……それで』

「分かった、すぐに戻る。もうやることは終わったから、店を空けたりはしない。だから動かないでそこに居て。良い?」

『はい。でも、ルゥちゃんが後を追っちゃって……。私、どうしたらいいか』

「わかった、わかったから。近くに神宮司さんもいる、最悪は手分けも出来る。とにかく戻るよ」

 

 終話。急転直下だった。とはいえ今さら『場を離れなければ』などと、たらればをいっても仕方ない。

 神宮司に事情を話すと、彼も付き添いに快諾した。和巳はポルシェに乗り込むと、神宮司よりも早く埠頭を後にする。

 向かう先は工房だった。アクセルペダルを踏み込み、ひたすらに車を走らせ三奈の元へ向かう。

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