武装神姫-ようこそ、神姫工房へ!-   作:鞍月しめじ

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第十八話『日と影』

 千日の指示通り和己と三奈、それから神姫たちは工房へと戻ってきていた。

 真っ暗だった店に灯りを入れると、そこは何も変わらない店内だ。在庫が無い訳で

なく、陳列も減っていない。

 恐らく、三奈一人ではほぼ商いにならなかったのだろう。和己はそう推測した。

 

 三奈がモニカに付きっきりになって暫く。店の前に、スポーツタイプのバイクが停車する。ヘルメットを外すと、ライダーは千日である事がわかった。

 

「悪いな、遅くなった」

 

 タブレットのようなデバイスを小脇に抱え、右肩にリーメスを乗せたまま千日は店内へやってきた。

 既にクレイドルはカウンターに用意され、モニカはその中で眠り続けている。

 ミレイユが店のブラインドを下げ、店外から内部の様子をうかがえないように素早く支度を済ませると、再びモニカの傍へ歩み寄る。

 

「まずは見てみるか」

 

 千日はクレイドルの配線を引き抜き、自らが持ってきたケーブルに差し替え、更にそれをタブレットと接続する。

 タブレットの電源を入れると、合わせてクレイドルに内蔵されたランプも点灯する。タブレットには一般人では理解できないような文字の羅列が並び、下から上へ次々と流れていった。

 

「よし、診断は走らせた」

 

 タブレットには『COMPLETE』の表示が点滅している。では、全て終わったのか? そう言いたげな和己たちを見回して、千日は首を横に振った。

 まだまだこれからだ、と。彼はそう言いたげだ。

 

「チートプログラムによる異状箇所は絞り込めた。ここからが大変だ。変なところを消せば、彼女は目を覚まさなくなる」

「随分手慣れてるが、前職以外でもやってたんですか」

 

 あまりにも慣れている。和己が不審に思い、千日に訊ねた。

 彼は暫し黙り込むと、答える。

 

「姉貴がな。アイツほどじゃないが、神姫のプログラミングはある程度覚えちまったよ」

 

 タブレットを操作しながら、千日は少々呆れ気味に話した。

 彼は市販状態のアーンヴァルMk.2と異なる箇所を既にハイライトし、その部分を市販状態と同様に置き換えるためのリカバリーデータが入った記録デバイスを、タブレットに挿入する。

 

「助かるんですよね……?」

 

 三奈がすがるように千日へ問う。千日は少々返答に時間を掛けたものの、頷いた。

 

「姉貴もそうしてきた。俺だってそうする。やってみせる」

 

 プログラム更新を開始。それには少し時間が掛かるようだ。プログレスバーは1%から2%に進むまで、約30秒を要している。

 その作業の合間、千日が不意に口を開いた。

 

「これを語るべきか迷ってたんだが、アンタはたどり着いちまったな。篠山和己、アンタと出会ったのは偶然じゃない」

「ストラーフ狩りの件でしょう。だったらいつか――」

「違う。いや、ストラーフ狩りも間違いじゃない。だけど、俺は初めから篠山和己とラフィカへの接触を目的に動いてたんだ」

 

 様々な思惑蠢く今、千日のカミングアウトに今さら驚く事もない。だが、問題は何故なのか? だ。

 千日は語る。

 

「さっき姉貴の話をしたろ。ラフィカを直したのは、藤堂千影――俺の姉貴だ」

 

 千日のカミングアウトは、想像を絶していた。ラフィカを直した人間が近くにいた。それは和己も三奈も、ラフィカ当人でさえ言葉を失う告白だった。

 

「アイツは裏で神姫を助けてた。決して表に出ない、アンダーグラウンドの腕利きだ。情報をどこから仕入れたか知らないが、ラフィカ復活のために走り続けるアンタのために動いた。覚えはないか?」

 

 千日の問いに、和己は頭を悩ませる。記憶に無いとは失礼に当たるが、現実問題ラフィカを直した人物に関してはほぼ不透明だった。

 

「ラフィカを直せる話が出てから、その名前を聞いたことはない。だけど……もし本当なら、礼を言わなきゃいけませんね」

「そうだな。だが、姉貴は行方不明になっちまった。ルーシィ……そこのアーティルのマスターが殺された直後くらいだ。事件に巻き込まれたのかもしれない」

 

 淡々と語る千日。家族の話だと言うのに、どこか他人事だ。

 

「捜したりは……しなかったの?」

 

 ミレイユが問う。千日は言葉にする代わりに、かぶりを振った。しなかった、と。

 

「元々、姉貴とはさほど連絡取ってなかったからな。失踪したって連絡が両親から来て、それだけだ」

 

 話はまだ尽きそうに無かった。しかし、それを許さぬようにタブレットが突如作業中断を示す。

 

「クソッ……! このリカバリーデータじゃダメなのか!?」

 

 千日がどれだけ作業を再開させようとしても、すぐにエラーダイアログが表示される。

 三奈の表情はみるみる内に焦りを濃くしていった。

 打つ手無しか。そう思われた時、店の前でけたたましいエンジン音が響いた。低く獰猛で、腹の底に響くようなサウンドだ。

 

「この音……」

 

 真っ先に反応を示したのは千日だった。彼にとって聞き覚えのある音であるらしく、店の前で唸る音に視線を逸らせずにいた。

 少しして音が消えると、ブラインドの下りたドアも無視して一人の人間がドアを開けた。

 漆黒のライダースーツに、フルフェイスヘルメット。不審者としか言い様の無い姿に、その場にいる全員が身構えた。

 

「フゥ……ごめんなさい、不安にさせたわね」

 

 闖入者はヘルメットを脱ぎ、金色の長い髪を振り払う。

 闖入者は女だった。クールな目付きに、ライダースーツでくっきりと浮き出るボディラインはグラマラスだ。

 真っ先に反応したのは、やはり千日。

 

「姉貴……!? 生きてたのかよ!?」

「千日、勝手に殺さないでくれる? それより、そこのアーンヴァルね。ちょっと見せて」

 

 千日とは浅からぬ縁があるようだが、女性は千日を退かすとタブレットを手に取る。

 画面をくまなく見回すと、コマンド画面を開き、何かを入力していく。それが何かなど和己たちに分かりはしない。それが何であれ、モニカが元に戻ればそれで良かった。

 

「よし。千日、このプログラムには別なコマンドがいる。単なる暴走個体じゃないのよ、今までのやり方ではダメだわ」

 

 女性が言うと、エラーダイアログは消え、今までの遅さが嘘のようにプログレスバーが進み始める。

 助かったとは言えたが、問題は女性の正体だ。千日にとって深い関係――姉であることは明らかだったが、行方不明になっていた筈。何故今、都合良く現れたのかが疑問だった。

 

「あなたがまさか、藤堂千影さん?」

 

 和己が訊ねると、女性は頷いて答えた。

 

「ラフィカは元気にしているようね。良かったわ、助けた甲斐があった」

「……機能停止したあたしを助けたプログラマーが、君か」

 

 ラフィカも驚いていた。言葉もどこか絞り出すようだった。

 

「直接は初めましてになるわね。元F1チャンプのコンビさん?」

 

 千影が和己たちへ微笑んだ。彼女の周囲には、今時代には珍しく神姫の影が無い。神姫のプログラミングに精通しているのなら、一体くらい連れていても良いものと思われたが。

 

「色々話はあると思うけれど、まずは彼女に声を掛けてあげて」

 

 千影が言うと、クレイドルで寝ぼけ眼のモニカを顎でしゃくって示した。

 

「モニカッ!」

 

 三奈が飛び付くようにしてモニカの元へ駆け寄る。

 

「マス……ター? ――ッ!? 私……ッ!?」

 

 モニカがクレイドルから身を起こす。自身の黒色に変色した両手を眺め、そして目を丸くする。

 

「夢じゃなかった……。私、御堂さんにチートプログラムを……」

「それなら心配要らないわ。チートプログラムは消去した。公式大会のチェッカーも、プログラム改編の痕跡は発見できない」

「……貴方は?」

 

 モニカが千影へ視線を向けて訊ねる。

 

「藤堂千影。ラフィカを直した、まぁ……プログラマーよ」

「ラフィカさんを!? じゃあ、もしかしてルーシィさんの……」

 

 モニカがルーシィと和己を交互に見遣るが、どちらも反応は芳しくなかった。

 

「ルーシィのマスターは死んでる。彼女はラフィカを修復したプログラマーってだけだ」

 

 和己が告げると、モニカはばつが悪そうに視線を落とす。

 

「アーンヴァルさん、念のため自己診断を走らせてもらえる? ……マスターさん、指示を」

「ふぇ? あ、はいっ」

 

 呆けていた三奈が、声を掛けられて跳ね起きた。

 基本的に神姫は外部の指示を受けない。マスターである三奈に話を振るのは、当然とも言えた。

 三奈が自己診断の指示を出すと、モニカは目を瞑り、黙り込む。それから少しして、彼女は再び目を開いた。

 

「プログラム、異常ありません。ですが、このボディは……」

 

 モニカが眺めるのは、黒く色の変わった自身の身体だった。白が基調のアーンヴァルとは思えない、黒を基調にしたカラーリング。金髪も紫色に変わり、瞳まで紅くなってしまっている。

 

「昔、フロントライン社のデータベースで見たことがあるわ。アーンヴァルMk.2テンペスタ、そのカラーリングにそっくりね」

 

 千影が語る。モニカは告げられたモデル名を噛み締めるように、何度も繰り返す。

 

「テンペスタ……」

「色なんて関係無い! モニカが無事なら、私はそれでいいの。ゴメンね? 弱いマスターで、本当にゴメン」

 

 三奈の謝罪に、モニカは優しく微笑む。彼女は三奈の頭に飛び乗って小さな手を頭へ乗せると、優しくその髪を撫でた。

 

「いいんです。一度は失ったハズだった……今までの生活に戻してくれた。私はそれだけで凄く嬉しいんですから」

「モニカ……」

 

 モニカの問題は粗方解決したようだった。そうなれば、後は突然現れた千影に疑問が向く。

 

「で、姉貴は今まで行方を眩ませて何処に居たんだ?」

 

 千日はリーメスと共に、千影へ詰め寄った。しかし、千影も全く後ずさりしない。真正面からぶつけられる疑問を受け止めていた。

 

「それは言えない。けど、姿を隠していたのは事実だわ。ごめんなさい、千日」

「本当だぞ、全く。まあロクに連絡も取ってなかったこっちにも非があるけどな」

 

 姉弟の問題も、意外にもあっさりと片が付いたように見えた。しかし、やはり突然千影が現れた理由は不明のままだ。

 

「単刀直入に話しましょう。ここにジールベルン型の神姫が来たでしょ?」

「……そういえば、マスター無しのジールベルンが来た事があったわね」

 

 ミレイユの記録にはしっかりと残されている。以前、和己たちにヴァルハラへ行くように伝言を残した神姫だ。

 

「……彼女は私の神姫だったの。あの伝言を託したのは、私よ」

「では、ルーシィについても知っていたんですね。貴方は」

「えぇ。マスターの彼は私の友人だったもの。ミレイユ、貴方の事も知ってるわ」

 

 全て見通すような千影の視線が、ミレイユを射抜いた。

 

「でも、彼女はそれを最後に帰ってこなかった」

 

 金色の髪をかき上げ、千影は大きなため息を吐いた。消えた神姫を心配しているのかどうか、彼女は何処か哀しげに目を伏せている。

 

「行く宛は?」

 

 和己が問うと、千影は「もう分かってる」と返した。時間は掛からず、ほぼ和己に被せる形の返答だ。

 

「御堂よ。アイツが連れ去った。伝言を届けたメッセージの直後に、彼女から『ごめんなさい』と一つメッセージがあったの」

「それでどうしてヤツの仕業だと?」

 

 今度はラフィカが訊ねる。千影の態度に変わりはなく、神姫の心配こそあるものの、焦りらしい焦りは見せなかった。

 

「最後のメッセージの発信場所。そこは、P.O.M.の本社。それ以降の音沙汰は無いわ」

 

 やはり、御堂が大元か。少なくとも今回のモニカといい、千影の神姫といい、打倒すべきはP.O.M.代表、御堂であるということは分かる。

 しかし千影が、それだけではないと話を割り込ませた。

 

「御堂は確かに野心家だわ。けれど、ここまで出来る程の人間じゃない。裏に何か居るのは間違いないわ」

「まさか、御堂以上にデカイ奴が?」

 

 和己が言うと、千影は悪戯っぽく笑う。

 

「フフッ……そうね。デカイけれど、小さいわ。――奴を操っているのは、神姫よ」

 

 荒唐無稽とも言える発言に、場が凍った。

 人間を神姫が操っている? 常識で語れば、そんなことは有り得ない。神姫は人間に逆らえないのだ。

 そう、それこそ違法改造でない限り。

 

「違法改造……まさか」

 

 和己も当然、人間を操る神姫がまともなものではないと気付いている。そして導き出したのは、違法改造の神姫。

 

「ストラーフ狩り、御堂のあたしたちへの執着……。そして違法改造の神姫が本当だとすれば……」

 

 ラフィカも同じ答えに行き着いた。

 青い満月を背にした、騎士の姿が浮かんだ。彼らが決して避けては通れない、仇敵の姿が消えない。

 

「サイフォス……!」

 

 拳を握りしめるラフィカ。答えは思いもよらないところからもたらされた。

 倒すべき敵は御堂ではない。サイフォスだ。御堂すら、彼女の前では単なる駒に過ぎなかった。

 

「でもね、篠山さん。貴方たちだけで彼女に勝てるほど、奴は甘くない。それは知ってるでしょう?」

 

 千影の言うことはもっともだった。また下手な攻撃を受けて、ラフィカだけでなくミレイユやルーシィまで機能停止したらと思うと、戦いにさえ消極的になってしまう。

 

「もう少しこちらでも情報を探ってみるから、貴方は信頼の出来る味方を探しなさい。それから……ラッヘ――私の神姫をもし見つけて、様子が少しでも変なら破壊して」

「破壊? アンタの神姫だろう? 助けられるんじゃないのか?」

 

 モニカだって助けて見せた。なら、千影のジールベルンも助け出せるのではないか。だが、千影は否定した。

 

「念のためよ。でも、恐らく無理。だから、もし襲われたら――躊躇わずに破壊して。それが貴方たちの為だわ」

 

 千影はそう言い残すと、踵を返す。店を出ると、彼女は闇に融けるかのような黒いクルーザーバイクに跨がってエンジンを掛ける。

 再び唸りを上げるエンジン。数回スロットルを捻ると、高らかな咆哮が静かな路地に響き渡った。

 

「じゃあ、もし何かあったらまた来るわ。準備が整うまでは、下手な動きをしないようにね」

 

 千影はそう残して、ヘルメットを被る。それから軽く手を振り上げて挨拶すると、走り去ってしまった。

 

「全く。私の出番はほぼ無かったな」

 

 残された千日の肩の上で、リーメスはふて腐れたように腕を組んでいた。

 彼らもまた、長居は出来ない。和己が戻り、モニカも復帰できたのだ。工房も再開しなければ。

 千日もまた、スポーツバイクに跨がるとエンジンを掛ける。

 

「姉貴の言う通りだ。向こうは最大の力で抵抗するだろうからな。こっちも万全を期して行こうぜ。じゃ、今度な」

 

 千影の後を追うように、千日もバイクを発進させた。

 すっかり朝日が昇り始めている。

 

「店長、このまま店開けちゃいませんか?」

 

 三奈ははにかんでから微笑んで、和己に提案する。

 和己にも断る理由はない。頷いて答えると、三奈と二人、工房へと戻っていく。店内には二人の神姫たちが準備万端で待っている。

 まずは店を続けよう。この先も工房を続けるためにも、今は千影の言う通りにする他無いように思えた。

 

 だからこそ、工房シノヤマは再び『OPEN』の札をドアに吊り下げる。

 今まで迷惑を掛けた分、和己にも何処か接客に力がこもっていた。




日があれば必ず影もある。
ハーレー乗り(書いてないけど)の千影さんが登場し、物語は一気に加速しました。
そろそろ工房に戻らないとタイトル詐欺に……!
もうしばらくお待ちください。
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