武装神姫-ようこそ、神姫工房へ!-   作:鞍月しめじ

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第二十二話『好敵手へ捧ぐ』

 ラッヘを倒し、先へ進んだラフィカ。まるでこの時のために作られたかのような長い階段を上り、大広間へ出る。

 備え付けられた天窓からは月光が差していた。相当高いところまで上がってきたのは間違いないようだ。

 そして、やはり神姫が一体待ち構えている。

 

「来たか」

 

 青い騎士の甲冑に、大振りの西洋剣を左脇に差した金髪の神姫は、ラフィカへ振り返りもせずに言う。

 

「あたしにはお前に負けたあとの記憶がない。だが、長く感じたよ。こうなるまで」

 

 太刀を振り払い、ラフィカは神姫を睨み付けた。

 神姫はゆっくりと振り返り、左脇の剣に手を掛ける。その表情から窺えたのは歓喜、興奮。

 

「あぁ……。私にとっても長かった。初めは私自身で様々なストラーフを狩ったが、お前ほどの神姫はそうそう居なかったな」

「その後は御堂を操った……か」

「あぁ。彼は私の本来のマスターの旧友であるからな。……だが、ヤツにもう用はない」

 

 用があるのはお前だ。そう言い放って、神姫サイフォスは剣を抜き放ち、その切っ先をラフィカへ向けた。

 青い月夜の晩。ラフィカの記憶にも、その瞬間までは残っている。あの時と同じ戦い、マスターである和巳のトラウマそのもの。状況は見事に一致していた。

 彼女に倒されたから、彼は表舞台から姿を消した。イリーガルの世界に足を踏み入れた。

 

「行くぞサイフォス。武器の貯蔵は充分か?」

「心配ない。この剣一本で、楽しませてもらう」

 

 やり取りの後、二人が姿を消した。レールアクションの同時発動、刹那に剣を打ち合い、つばぜり合いしながら地面を滑る。

 サイフォスから笑みが消えない。楽しい遊びに出会った子供のように、無邪気な笑みを浮かべている。だが、ラフィカの全力はサイフォスの腕に震えすら起きさせない。

 

「ふッ!」

 

 つばぜり合いから瞬間的に刃を離し、サイフォスがラフィカの太刀を弾き上げた。

 

「くっ……!」

 

 衝撃によって空中に浮き上がり、ラフィカの防御が疎かになる。しかしストラーフ型は複腕武装だ。突き出された剣は、素体の刀と短刀を十字に重ねて防ぐ。

 尚もサイフォスは止まらない。ラフィカが着地する一瞬でまた刀を打ち上げ、次々に剣を打ち込んだ。それから直ぐ様、強烈な蹴りがラフィカの腹部を打ち付ける。

 吹き飛ばされ地面を転がり、刀を突き立てなんとか止まるラフィカ。まるで相手になっていないと、自覚せざるを得ない状況であった。

 

「ふぅん。何がお前を弱くした?」

 

 一転してつまらなさそうに剣を弄び出したサイフォス。ラフィカでは相手になっていないと、彼女も分かっているようだった。

 

「守るべき者か?」

 

 サイフォスが歩き出す。だが、ラフィカへ歩み寄る訳ではなく大広間を横切ろうとしている。

 

「守るべき場所か……?」

 

 スイッチが押される。二体の周囲から景色が崩れ、神姫にはあまりに巨大な部屋がその奥から現れた。

 

「ビジュアライザーか……」

 

 空を見上げるラフィカが呟いた。

 神姫たちにリアルな視覚効果を与えるバーチャルリアリティデバイス、ビジュアライザー。そこに在るものには触れられ、破壊できる。

 サイフォスはそのスイッチを切ってしまったようだった。

 

「お前を弱くしたもの、それを私が破壊しよう。そうすれば、お前はまた昔のように強くなれる」

 

 人間用の巨大なデスクに飛び乗り、サイフォスはその上からちっぽけなラフィカを見下ろした。

 

「違う……。あたしが力を出せないのは、あたし自身のせいだ」

「ならばどうする? このまま剣を打ち合うか? その刀が砕け散るまで、そう時間は無いだろうがな」

 

 サイフォスに言われ、ラフィカが武装に目を配らせる。しかし、それが罠だった。

 滑り込むように懐に飛び込まれ、振りかぶられた横薙ぎを、ラフィカは反射的に刀で防御しようとする。

 ふと持ち上げられた刀身から、小さな破片が落ちた。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 刀を三本とも纏めて砕かれ、悲痛な声を上げるラフィカは再び地面を転がった。

 粉々に砕かれた三本の刀。残されたのは、地面に突き刺さった太刀――その半分だけだ。手では扱えない。事実上、ラフィカは一瞬にして得意武器を失ってしまった。

 

(まさかここまで差がついてるとは……。ロークのガトリングに賭けるか)

 

 近接武器は失くなってしまった。ならば、とラフィカはガトリングガンでサイフォスを狙う。

 布を切り裂くように響き渡る銃声。次々に撃ち出された弾丸をすら、サイフォスは片手で往なして見せた。

 

「欠伸が出るな」

 

 つまらなそうなサイフォス。その身体を狙っていた砲身の回転が止まる。ガトリングガンまで衝撃で壊れてしまっていた。

 ならばいよいよ、肉薄しての格闘戦以外に選択肢が無い。このサイフォス相手に距離を詰め続けることがどれほど危険か、つい先程ラフィカは身をもって知った。しかし、もう手段はそれしかなかった。

 ラフィカにとって、最後の武装。腕を光が包み、それから鋭い爪を持った腕部パーツに置き換わる。刀を握りにくくなるといって使ってこなかった、ストラーフ型の腕部装甲兼用の武装だ。

 もはや背面武装も重りでしかない。パージし、身軽になる。身構え、サイフォスを睨み付ける。

 長く彼女に張り付くのは危険だ。ならば、一撃離脱を繰り返してダメージを蓄積させる他に無い。

 

「最後は拳か。いいだろう、来い」

 

 サイフォスはもはや勝利を確信しているように見えた。手招きしてラフィカを挑発すると、特に構えることもせず彼女を待った。

 ラフィカは地面を蹴り、拳を振りかぶる。風を切り裂く威力の右ストレートは、そのままサイフォスが振り上げた左手一本に止められた。

 

「バカな……!?」

「弱くなったな、ラフィカ。やはり生かしておく意味は最早無いか」

 

 パンチを押し返し、サイフォスは右手の剣を、よろめくラフィカ目掛けて振りかざす。

 

『待ったー!!』

 

 突然の声。神姫にとって広すぎるその部屋にさえ、声は響き渡った。

 

「チッ、邪魔が入ったか」

 

 忌々しげに、サイフォスが飛び込んできた赤い影を睨み付ける。

 緑色のツインテールに華麗な赤いアーマー。サンタクロースを思わせるその出で立ちは、ツガル型の神姫だった。

 

「全く! マスターが出遅れちゃったせいで空気悪いじゃない!」

「イヴ……だったか? ミレイユと戦った」

「ええ。あなたがラフィカでしょ? 大丈夫、ちゃんと話はミレイユから聞いてるから!」

 

 イヴが乗るソリのような武装には、幾つか椅子を備えたゴンドラが繋がっている。

 

「なんとか間に合ったわね」

 

 白い影がゴンドラから飛び降り、ラフィカとサイフォスの間に降り立った。

 ミレイユ――剣士型オールベルンが、騎士の前に立ちはだかる。

 

「間に合ってるように見えるのか……?」

「ええ。彼女はあなたを見誤っている。故に、私たちの到着までに破壊するには至らなかった」

 

 あなたが生きていれば良い。ミレイユはラフィカへ振り返り、そう彼女へ告げた。それで充分間に合ったのだと。

 

「まさか抜けてくるとはな。あの部屋を」

「お陰さまで、警報は全て解除済みです。だから遅刻してしまったイヴも招き入れられた」

 

 ミレイユは自慢の片手剣、ラリマ=クリミナルの剣先を姿勢正しく振り払う。

 

「じきに他の仲間も集まってくる。投降しなさい、サイフォス」

「断る。ラフィカを弱くしたのは、お前たちだ。破壊して、続きをするとしよう」

 

 サイフォスが剣を振りかぶるより早く、ミレイユはその間合いから逃れる。ラフィカでさえ相手にならないのだ、ミレイユが相手になる筈がない。分かった上で、彼女はあえて戦いを避けていた。

 

「ラフィカ、これを!」

 

 ミレイユは唯一の武装である片手剣を放り、ラフィカへ投げ渡す。自らに戦う力が無くとも、力を貸す事は出来る。

 弧を描き宙を舞った剣を受け取り、ラフィカはそれを天高く掲げた。

 

「助かる、ミレイユ」

「良いのよ。とにかく持たせるの、ラフィカ! 出来うる援護はするわ!」

 

 サイフォスはミレイユを狙い剣を振るうが、彼女の持ち味はその軽さ。武装も軽いものだが、だからこそ重苦しい武装では出来ないステップによって、サイフォスに差をつけている。

 勿論、剣の打ち合いになれば敵わないだろう。しかし、それはラフィカの出番だ。

 

「ミレイユに構っている場合か!? こっちに来い、サイフォスッ!」

「良いだろう!」

 

 あえて剣を大きく振り上げ、ミレイユを遠ざけると、サイフォスは踵を返しラフィカの呼び掛けに応えた。

 剣を振りかざし、真っ直ぐにラフィカを狙う。狙いに寸分の違い無く、精彩さを欠いている様子も無い。

 

「ラフィカ、よく見るの! どんな敵にも必ず、隙はあるわ!」

 

 ミレイユの呼び掛けによって、ラフィカも片手剣の構えを僅かに変える。真っ直ぐに打ち合ってはいけない。ならば、受け流せば良い。

 イヴたちの乱入によって、彼女の思考は瞬く間にクリーンアップされていく。洗練されていく。

 

「見えたッ!」

 

 振り下ろされる剣。それを片手剣の腹で滑らせ、サイフォスの勢いを利用しながら顔面を片手剣の柄で殴打する。

 よろけるサイフォスへ更に一撃、真っ直ぐに振り下ろす。不意を突かれ、攻撃を受けた彼女。いよいよ甲冑に深い切り傷が刻まれた。

 

「やっと一発だ。あたし一人じゃ、無理だったんだな」

 

 二年以上を跨いでの一撃。それがラフィカのメンタルに大きくプラスになった。

 胸元に入った傷を撫で、サイフォスは笑う。愉快そうに、彼女は笑う。

 

「ハハハ! そうか、孤高のチャンピオンは、一人では私には勝てなかったか。だが、それでいい! 結局は自らの力で戦う。この部屋に来た神姫には、その力があるということだ」

 

 サイフォスが周囲を見渡す。気づけば、そこにはイヴのソリから飛び降りる神姫たちがいる。

 ルーシィ、アルテミス、リーメスとレミまで。ただモニカだけは、その姿がなかった。

 

「私が試したのはそういうものだ。ラフィカ、お前にもうチカラは無い。ならば、他の神姫で楽しませてもらう」

「いいや、君にあたし以外の相手は務まらない。彼女たちは見届け人だ」

「……いいだろう。ならば、これで終わりにしてやるッ!」

 

 サイフォスがその場から姿を消す。瞬間、ラフィカの傍らで足を振り上げた。

 顎に蹴りを受け、大きく宙へ浮かされたラフィカ。空中を舞う中、ふとルーシィと視線が結ばれた。

 ルーシィは頷く。ラフィカも同じように頷いた。

 体勢を立て直し、無防備な状態から真っ直ぐサイフォスへ頭から落ちるよう姿勢を入れ替えるラフィカ。片手剣を左手に持ち替え、落下の威力を乗せた渾身の一撃を狙う。

 

「シャイニング――」

 

 サイフォスの剣を左手の片手剣で受け止め、重力の力に任せて右ストレートを彼女の顔面に打ち込んだ。ただただ真っ直ぐに、何も考えず、根性の一撃を。

 

「シャイニングナックルッ!」

 

 目を丸くするサイフォスに、確かに拳が届いた。

 ラフィカは確かな手応えを感じた。サイフォスは大きくつんのめると、右足を踏み出して堪える。

 地面へ着地すると、素早い後転でサイフォスとの距離を取って片手剣を構え直した。

 

「くっ……! ふふ、ははは! いいぞ、お前に求めていたのはこれだ。前言は撤回しよう、仲間はお前に必要だ」

 

 サイフォスは見守る神姫を一瞥し、ラフィカへ素早く駆け寄る。

 

「だから、壊しがいがある」

 

 次の瞬間、彼女が発した言葉は異常なまでに冷え込んでいた。先程とはうって変わり、感情を一切感じさせない。

 ラフィカの片手剣によるガードもろとも剣の連撃に巻き込んで、いよいよ彼女は本気でラフィカを破壊すべく全力を注いできた。

 ミレイユのものだった片手剣を砕き、打ち上がったラフィカが落ちる寸前に全力の一閃。まともにそれを受けたラフィカは吹き飛び、地面を滑ると、いよいよ動かなくなった。

 

「これで残るはお前たちだな。さて、誰から先に死ぬ?」

 

 ラフィカが倒された。状況からは確かにそう思われた。

 だがしかし、それをそう思わない神姫がいた。

 

「ラフィカさんは破壊されてなどいません。彼女はF1チャンピオンなんです、この程度でやられなどしません。ですよね、モニカさん」

 

 アルテミスが空を見上げる。蛍光灯の下を、黒い影が飛び去った。

 サイフォスよりも早く、影は何かをラフィカ目掛けて投げ放つ。

 

「立って! 店に帰るんです、ラフィカさんッ! 私、まだあなたから聞きたいことが沢山あるんです。マスターも、八郎さんも、小夜さんに三船さん、藤堂さんのお二人だって。それに何より、和巳さんはあなたを信じて待ってますッ!」

 

 叫んだのはモニカだ。彼女もまた、決戦の場に辿り着いた神姫だった。

 

「何をバカな。彼女はもう動かない。二度目は――」

 

 モニカを見上げるサイフォスの後ろで、ラフィカが立ち上がった。地面に突き刺さったプロトタイプ武装を引き抜き、構える。

 

「そうだ。まだだ、サイフォス」

「お前……!」

 

 既にラフィカのボディはボロボロだ。サイフォスでさえ、何故立てているのか分からない。目を丸くして、驚く他に無かった。

 

「いくぞ、サイフォス。教えてやる――」

 

 剣はジェネレータ出力が既に最大になっている。突き刺さった時の衝撃を一度に蓄えたのだろう、限界を超えて赤く燃え盛っていた。

 

「――“心を許した”マスターの有無ってヤツを。彼はあたしがやられた後、あらゆる手を尽くした。あたしは一人で勝手に蘇った訳じゃない」

「お前は一人じゃない、か?」

「そうだ。行くぞッ!」

 

 次が文字通り、最後の一撃になる。ラフィカのエネルギーは限界で、サイフォスを打ち破れるであろう剣もいつ破損するか分からない。

 剣の推進力で加速し、サイフォス目掛けて一気に駆け抜けた。雄叫びを上げ、更にジェネレータを回す。限界を超えた出力を与える。

 サイフォスの攻撃動作より早く、ラフィカは彼女の腹部を切り裂いた。甲冑が守ったか真っ二つは避けられたようだが、その甲冑すら一瞬の内に砕けた。

 

「ハッ……ハハハ! いい一撃だ……一人では放てなかった、最高の一撃だな……」

 

 膝をつくサイフォス。彼女にはもう、立ちあがるエネルギーすら残されていなかった。

 一方で、ラフィカのプロトタイプ武装もついに刀身から砕け散る。二度のフルパワー攻撃で、ただでさえ試作だったそれは早くも限界を迎えていた。

 見守っていた神姫たちからは勝利を確信する声が上がる。

 

「ラフィカ、一つ頼みがある」

 

 サイフォスは膝をついたまま、剣の鞘を外しつつラフィカを見上げる。

 

「私を破壊してくれ。私はマスターの元へ行きたい」

「……? 君のマスターは、まさか」

「死んでいる。私を改造したのはマスターではない、それは誓う。拾われた先が悪かったな」

 

 自嘲するように笑うサイフォス。だが、目は真剣に訴えていた。

 

「私のチートプログラムには、遠隔操作が含まれている。今は抑えるので精一杯だ。――私は騎士だった。頼む、好敵手よ。せめて最期は、私を騎士として殺してくれ」

 

 遠隔操作。そう聞いて、ラフィカはP.O.M.ショップでの神姫を思い出す。CSCを破壊されて尚動いた、あのMMSを。彼女もそうなのだろうか、と。

 ラフィカはサイフォスの剣、コルヌを手に取る。この剣がラフィカの全てを奪った。操るサイフォスが全て消し去った。その剣を握り締め、今度はラフィカが剣を構える。

 

「ラフィカ……もっと強くなれ。その剣は、その為に私が遺す試練だ」

「そうか。……さようならだ、サイフォス」

 

 剣を構え、サイフォスの首めがけ振り下ろした。もし同じ遠隔操作ならば、完全に命令系統である頭部を破壊するしかない。彼女に、綺麗な死は用意されていなかった。

 斬首の後、ラフィカは両手で天高く剣を掲げる。どういう訳か蛍光灯が一瞬消え、天窓からの月明かりが刀身を美しく照らした。

 

「……終わらせたぞ」

 

 剣をゆっくりと鞘に収め、戦闘体勢を解いたラフィカ。

 その視線の先には、仲間である神姫たち。微笑みかけようとして、ラフィカはふと意識を失った。

 

 □

 

「終わったようです、マスター」

 

 アトラがP.O.M.本社ビルを見上げて告げる。

 

「そうか。神姫の因縁に決着はついたが、問題は御堂だ。何で引っ張ればいい? 器物損壊? それとも恐喝か?」

 

 御堂は既に会社から逃れようとしていた。無論、そうはさせまいと神宮司が手を回していたが、何しろ大きな事件は起こしていないのが彼だ。

 せいぜい違法改造神姫を用いて、よそのマスターの神姫を傷付けた程度。勿論神宮司からすれば許されない事案だが、他の人間からすれば大したことはない。

 映画顔負けのカーチェイス、なんてものが発生するまでも無く、御堂は駐車場に現れたところを藤堂姉弟に捕縛されていた。

 

「三奈さんはいいの?」

 

 自身の愛車で待機していた和巳と三奈。運転席から助手席の三奈へ問うが、彼女はゆっくりと首を横に振った。

 

「一回くらい張り倒してやろうかと思いましたけど、今はモニカを迎えにいきたくてあんなのに構っていられませんから」

 

 毅然とした態度からは、既に戸惑いなどは感じられない。御堂への怖れも、遠慮も。

 パトカーのサイレンが近づく等と言うこともなく、ただ静かに一つの因縁が断ち切られた。

 重要なのは過去でなく、現在を生き続けること。過去に無かったものは、きっと今を生きていれば手に入る。

 ラフィカのメモリーブランクは消えないが、彼女はそれを乗り越えようとしている。いや、それ以上のものを手に入れた。

 

「ただいま、マスター」

 

 車の窓から、聞きなれた声がした。

 ボロボロの身体を引きずって。ミレイユとルーシィに支えられて、ラフィカは和巳の元へと帰ってきた。

 

「おかえり、皆」

 

 神姫たちを迎え入れる和巳。それからすぐ、彼にラフィカから一つの提案がされる。

 面白い提案だとは彼も思った。出過ぎた真似ではないかとも考えたが、やってみる価値はある。ラフィカはそう考えたから、実行したのだと。

 

 □

 

 事件から数日後の工房シノヤマ。

 今日は早めに店を閉め、一人の協力者を招いていた。

 クルーザータイプのバイクが一台、店の前に停車する。エンジンを切り、ヘルメットを脱いだのは千影だった。

 彼女は何も知らされず、ただ今日この日に工房へ来るように、とだけ言われていた。

 何があるのか見当もつかないと言った様子で、彼女は警戒しつつ工房のドアを開けた。

 からん。ドアベルが鳴って、しかし店員の姿がない。いつもはいる神姫たちも見当たらなかった。

 

「一体何なのよ……」

 

 カウンターまで歩いてみる。すると、一体の神姫が座っていることに気がついた。

 黒い素体、薄紫の髪、感情を感じさせない目付き。それは、千影にとってもっとも見覚えのある神姫だった。

 

「……マスター?」

「……え?」

 

 神姫に問われ、千影は掠れたような声で返す。

 あり得ない、居る筈がない。千影が目の当たりにしている神姫は、ジールベルン型の神姫だった。彼女はラフィカに破壊するよう頼んだ筈。だから居る筈がないのに。

 

「ラッヘ……?」

「……あたしの個体識別名に相違、無し。肯定」

 

 その言葉を聞いて、千影は思わず感情を昂らせた。だが、違和感を感じる。

 

「悪いな。ラフィカがラッヘのCSCを抜いて、別なジールベルン型の素体に移した。だから、彼女はラッヘであり、ラッヘじゃないんだ」

 

 カウンターの奥から、ラフィカと共に現れた和巳。彼の肩の上で、ラフィカは申し訳なさそうに斜を向く。

 

「CSCは記憶媒体じゃないからな。ラッヘに保存されていたメモリーは、当然存在しないんだ」

 

 だから、ラッヘが帰ってきた訳ではない。ラフィカは千影へそう告げた上で、彼女へ懇願した。

 

「頼む、チカゲ。もう一度神姫と暮らしてほしい。これは勝手な願いだけど、あたしと戦ったラッヘは最期に君を思い出して、謝っていたんだ。任務失敗を詫びていったんだ」

「そんなこと言われても……」

「今度は平和に。それを、きっと彼女も望んでる。彼女が生きた証を……受け取ってくれないか?」

 

 ラッヘが生きた証明をもう一度。ラフィカがP.O.M.でラッヘから抜き取ったCSCを、新しいジールベルン型の素体に利用した。

 同じ見た目、同じ名前。きっと傷を抉る事になる。それでも、ラフィカは同じ神姫として、マスターにそれを望んだ。

 

「正規のマスターはあなたなのよね? 篠山さん?」

「まあ。やっぱりイヤですか」

「……正直戸惑っているのよ。でも、そうね。ラッヘはきっと、失意の中で消えていった。だとしたら、もう一度……」

 

 千影はラッヘへ恐る恐る手を差し伸べる。すると、彼女は警戒することなく千影の手に乗った。

 

「話は聞いてる。あたしは、登録マスターとは別なマスターと共に生活する。あなたは、受け入れを了承?」

「……えぇ。一緒に行きましょう、あなたが良ければ」

「よろしく、マスター。それから……()()()()()、ラフィカ」

 

 そういって微笑んだラッヘに、ラフィカは以前のラッヘを重ね見た。まさか、有り得ない。同型機だからだろう。

 

「今度は服を見に来るわ。ありがとう、篠山さん」

「いえ、差し出がましい真似をしました。いつでもいらしてください」

 

 ラッヘと共に退店する千影。バイクの音が遠ざかると、再びドアが開いた。

 

「葉月か……」

 

 入れ替わりにやってきたのは、竹姫葉月。彼女は小さく頭を下げると、ラフィカにも目を配らせる。

 

「だいぶ良さそうですね」

「あぁ、お陰様で。助かったよ」

「いえ、サイフォスと戦ったのはラフィカのみと聞きました。私たちは何もしていません」

 

 ラフィカの様子を見て、そして葉月は切り出す。

 

「F大会に戻ってきませんか。今ならしがらみも無いでしょう?」

 

 彼女らしい話題と言えた。確かに悩ましい。

 サイフォスを倒した今、もう一度頂点を目指すのも良い。

 しかし、それ以上に和巳は工房の店長なのだ。神姫バトルを牽引した篠山和巳はもう居ない。居るのは神姫工房シノヤマの店長、篠山和巳だ。

 そしてラフィカもまた、以前ほどバトルを欲しては居ないようだった。

 

「だけど、いつかは顔を出すよ。本当にいつか、な」

「……私は待ちますから。いつまでも。F1の一番上で、あなたを待っています」

「期待しないで待っててくれ。俺には店があるからな」

 

 同じミスは繰り返さない。三奈を一人にして、店を空け続けたことを彼は反省している。

 和巳が神姫バトルに戻るとするなら、また最初から。歩くような速度で、ゆっくりと登っていくだろう。

 伝えるべきを伝えて帰る葉月を見送って、和巳はカウンターの椅子に腰掛けた。見慣れた店内も、今日は店を閉めているため静かだ。

 

「時間は……、よし。今から店開けるか」

「正気か、和巳? 客が押し寄せるぞ?」

「規模は縮小ぎみでな」

 

 時間は学生の放課後。神姫マスターなら、バトルなどに興じる時間帯でもある。

 そこを狙って開ければ、いくらか客は入るだろう。

 ドアの札をオープンにひっくり返して、下ろしていたブラインドを上げる。

 ラフィカと共に陳列棚を直していると、ドアベルが鳴った。

 神姫と共に入ってきた客へ、和巳とラフィカは笑顔で応対する。

 

「ようこそ、神姫工房シノヤマへ。どんな服がご入り用ですか?」




久々に9000文字……!
お疲れ様でした。タイトル詐欺章、これにて最終回となります。
次回からは備えておいた工房編で、元々予定していた単話を書いていく予定です。
ここまで付いてきてくださったかた、ありがとうございます。そして、どうかこれからもよろしくお願いいたします。

次からは楽しい武装神姫です。
私も力を抜いて書こうと思っています。
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