第二話『やってきたかぐや姫』
「一旦落ち着いたかな……」
『神姫工房・シノヤマ』店内。時計は正午を指そうとしている。
店を開けてから客足は衰えず、あっという間に数時間が経過した。売り上げもそこそこだ。
現在はまるでインターバルであるかのように客足がぴったりと止んでいる。
「古谷さん、昼ご飯先どうぞ。俺は店番やってるから」
「いいんですか?」
「うん。モニカも、彼女と休んでおいで」
店にはバックヤードが一応存在している。
一人くらいなら何ら問題もなくくつろげる広さで、交代で昼食を取るくらいならわけはない。
三奈はモニカを連れ、バックへ引っ込んでいく。特にBGMを流すこともしていないから、店内にはしんとした静けさだけがあった。
「こんにちは」
ドアベルと共に、昼の来客が一名。ピンク色の髪が珍しいアーンヴァルを肩に乗せ、一人の少女が迷うことなくカウンターに向かってくる。
「また来たのか、葉月」
少女の名前は竹姫葉月。和己の知らない人間ではなかった。むしろ、よく知っている人物であり忘れ去りたい過去の人物だった。
それでもそんな彼の気を知ってか知らずか、葉月はことあるごとに店へ足を運ぶ。
「武装パーツならセンターと前紹介した店があるだろ……」
「いいえ、違います。今回はちゃんと服を見に来ました」
露骨に気だるさを見せる和己に対し、葉月は毅然と語った。
その返答は少なからず彼にとって意外だった。見せた表情がさぞ間抜けだと思ったのか、ショーケースの上に陣取るラフィカが笑う。
「な、なんですか?」
「いや。君が神姫用の服を見るような人間だったとは思わなかった」
大規模な『武装神姫』の大会、そのチャンピオンである葉月。その実力は折り紙つきで、どちらかと言えばストイックだ。
その彼女が神姫──アルテミスの服を見に来ているときては、和己も唖然とする。
腰に手を当て、膨れっ面を見せる葉月。
「メイド杯に出るには必要なんです。あなたも出るんでしょう?」
カウンターの向こうに座る和己をまっすぐに見据えながら、葉月は語る。
神姫バトルには一部、特殊なレギュレーションを持ったものが存在する。葉月の語った『メイド杯』もその一つで、通常の武装は許可されない。今回は『メイド服とそれらしい武器』のみ使用可能のルールだ。
そしてその大会のエントリーシートを見たらしい葉月は、そこに和己の名前もあったと指摘する。
「あー、うん。たまには店の宣伝をとな」
「本当か!? カズミ!?」
バトルに否定的だった筈の和己は、意外にもあっさりと参加を認めた。
バトルを求めていたラフィカがショーケースを飛び下り、カウンターに着地する。
「すまん、出るのはミレイユだ。お前じゃない」
和己に言われ、固まるラフィカ。その横でミレイユは申し訳なさそうに語る。
「ごめんなさいね。けれど、彼があなたにバトルはさせないと」
「何故です?」
口を挟んだのは葉月だった。
和己とラフィカのコンビは、葉月にとって最も印象深いコンビだったのだ。それがなぜ表舞台に出ないのか、彼女は理解できない。落ち込むラフィカを見れば尚更だった。
「あなたはラフィカで私を破った。そのあと何かあったんですか? 神姫バトルでは、それからあなたの名前を全く見かけなくなりましたね?」
葉月の問いに和己は何も答えない。
重い空気が小さな店内に流れ込んだ。
「メイド杯用の服装だったな。ミレイユ、いくつか見繕ってくれ。レギュレーションは通る筈だから──」
「篠山さん!」
マスターである葉月の言葉を無視されて、彼女の神姫であるアルテミスも黙ってはいられなかった。
だがそれ以上に、和己も頑なに答えようとはしない。話は全て聞き流しているようだった。
「……ハヅキ」
葉月が声のする方へ顔を向ける。気付けばラフィカが再びショーケースを伝って、彼女の近くにやって来ていた。
「どうしてあたしがバトルをさせてもらえないか、知っているのか?」
ラフィカには自分がバトル出来ない理由を伝えられてはいない。すがるような顔を見せられて、葉月は暫し視線を逸らす。
彼女とて和己の事情を知っている訳ではない。だから彼に訊ねた。そこまではいいが、本人は葉月の思う以上に頑固だったらしい。ラフィカに助けを求められ、手を貸したいとは思ったが、どうすることも出来ないのもまた事実。
「……ちょっと待って」
葉月は一つの異変に気付く。ミレイユも和己も品だしで場を空けている。無用心だが、今は都合がいい。
「ラフィカ、あなた……記憶は?」
「え? ああ……それか」
神姫には高度にデータ化された記録がある。今までの学習、経験などは全て保存される。
葉月が聞く言い方では、まるでラフィカの一部記録が消えているようではないか。彼女はそこに違和感を抱いた。
「この店を開く前、何かあった。それからはほぼ空白らしい──半年ほど前に気が付いた」
「え?」
記録の空白。そんなものがあれば、ラフィカ自身の異常になる。神姫をその通り機械的に語れば、それは『動作不良』を起こしていることに他ならない。
「じゃあ、私との……」
「いや。F1クラスを優勝した記憶はあるんだ」
神姫バトルにも、最高峰はある。F1クラスともなれば、各地から名を馳せる最強クラスのマスターが集う上に、大会自体もテレビ中継されるほどの規模だ。
葉月はその頂点
「……私があなたたちに負けてから起きた何かで、ラフィカは記憶を失い、和己さんもバトルから離れたと?」
現状の情報だけでは葉月もそう推察せざるを得なかったし、ラフィカも「恐らくは」と小さく頷くだけだった。
「ずいぶん仲良く話してるな?」
探偵ごっこは和己の声で終わりを告げた。
ミレイユが多種多様なエプロンドレスを並べ、和己が再びカウンターに付く。製品解説はもっぱらミレイユの担当だ。
「メイド杯はエプロンドレス系のいわゆる『メイド服』ですけれど、多少の改造や趣味の範囲になる改装は許可されています。このミニスカート系だとかは男性マスターに人気なのですが……」
ミレイユが葉月の肩に乗るアルテミスを見上げる。
「……メイド杯。私たちが勧めた服で彼女が出るのはアンフェアかしら? 和己?」
「そうだな。うちの工房で買ったヤツは何人か居たが、大体は自分で選ばせた。無用なケチは付けさせたくないし」
並ぶメイド服はそれこそ多種多様だった。伝統として存在するシックなものは勿論、ミニスカートメイドといったどちらかといえば『フェティシズム』なものまで。
品揃えを差別しないのが、工房シノヤマだった。
「……普通のでいいですよ」
葉月が『ミニスカメイド』をあえて選ぶような人間ではないのは明らかだった。
それに、許可されているとはいえ布地の面積が増えれば武器を隠せる事にもなる。
『メイド杯』は単に趣味の大会というだけではない。既に服装選びの段階から戦いは始まっているのだ。
布地が減れば動きやすくはなるが、大袈裟な武器は持てない。逆もまた然り。
審査制度もあるから、服装と武装の組み合わせも重要になる。あまりにミスマッチな武装は減点され、戦闘だけで勝てるとは限らなくなる。
そういった頭脳戦めいた要素が、少なからず『メイド杯』という一見すれば趣味のみの大会が幅広く支持されている要素の一つだった。
「では、竹姫様がお選びになったこちらをどうぞ」
メイド服を包み、にこやかにミレイユは包みを差し出す。接客営業時は知り合いだろうと敬語、敬称をつける。彼女はある意味プロの職業神姫だった。
「ありがとうございます。では、メイド杯で──古谷さんにもメイド杯でよろしくと」
「ああ。──え? 古谷さんも出るのか?」
「エントリーシートに名前がありましたよ。古谷三奈とモニカ、でしたよね?」
葉月に呼ばれて気になったのか、休憩中だった三奈とモニカがバックヤードからひょっこりと顔を出した。
振り返り、和己は嘆息する。
「出るなら言えよ……。店閉めなきゃならないじゃない」
「ごめんなさい──でも、私お休み貰ってますよね?」
「え?」
慌てたように予定表を開く和己。メイド杯当日、三奈の予定として『休み』の文字がしっかり記されていた。
しまったと天を仰ぐ和己。完全に彼単体のミスだ。
「和己店長も出るなんて、当日が楽しみになってきました」
手を合わせ、かわいらしく笑みを見せた三奈。
今さら『店長』などとわざとらしい。和己は静かにかぶり振る。
「私が勝ったら、給料アップしてもらっちゃおーかな」
「勝てたらな、勝てたら。検討だけはするよ。検討だけ」
ほのかな期待に笑みを浮かべる三奈に和己は視線を合わせられない。
葉月の帰りを見送ることで、三奈に顔を合わせない大義名分が出来たのが幸いだった。
二話目です。こんにちは。
今回はバトルマスターズキャラで、人気の高い葉月さんがお客様。あらすじにも書いてますね。
ここではレギュラーキャラになります。メイド杯についてはまた今度か割烹にて。こちらでは前回の予定通り三奈さんのお話。
詳しい裏話とかは割烹にそのうち纏めるかもしれません。
三奈さんは勿論オリジナルキャラです。
どちらかといえば見た目清楚なお調子者お姉さん、といった感じ。
最初は神姫を持っていない設定だったんですが、折角ならとマスター設定に。この時にコトブキヤ神姫である『エーデルワイス』にしよう、とか色々企んだのですがエーデルワイスが個人的にまだ『武装神姫』として馴染んでいないこと、武装の資料を持ち合わせていないことから諦めました。
結果、天使型あーんばるがいいと思うわ!ということでアーンヴァルMk.2になりました。でも実はロングヘアーの方じゃありません。初代ヘアーだったりします。
今回はこんな感じ。
三話あとがきはそのとき考えます。
また三話もよろしくお願いいたします!